<本文>
1.ベストミックスの考え方
わが国は化石燃料の国内資源をほとんど持たず、先進諸国の中でもエネルギーの海外依存度が最も高い国の一つである。2度にわたる石油危機を契機として、石油依存からの脱却に向けて天然ガス、原子力等の石油代替エネルギーの開発利用を進めるとともに、幅広い分野で省エネルギーに努め、エネルギー需給構造の改善が図られてきた。その結果、エネルギー供給に係るわが国の脆弱性はかなり改善されてきたが、エネルギー・環境問題が深刻化しつつある中で、まだ多くの課題を抱えている。
石油危機以降の日本のエネルギー政策の基本的な理念となったのが、ベストミックスである。エネルギー源には様々な種類があり、それぞれ長所と短所とがある。その供給源もまた様々であり、供給の量と価格の安定性も供給源によって異なる。こうした状況を踏まえ、その時々の情勢に合わせて最適なエネルギー源、供給源を組み合わせて使用し、需要側のニーズに合ったエネルギーを低コストで、かつできるだけ安定的に確保することを目指すことが、ベストミックスという考え方である。
以下に、一次エネルギーと発電用エネルギー分野におけるわが国のこれまでの取組と、現状の課題についてまとめる。なお、供給源の多様化を示すための尺度として多様化指数(Herfindahl Index)という概念がしばしば用いられる(参考文献1)。多様化指数は
図1に示すように、全供給量に占める各供給源の比率の2乗を合計した値であり、供給源の数が多いほど、また、各供給源の選択比率を近づけるほど小さくなる。もし、各供給源の
リスクが概ね同等であるならば、この値が小さいほど供給安定性は高いと言える。
2.日本の一次エネルギー構成
1960年代における日本の高度経済成長を支えたのは廉価で利便性の高い石油であり、第一次石油危機の1973年には一次エネルギーの石油依存度が78%に達し、この石油の約77%を中東に依存していた。2度の石油危機を通じて石油価格が高騰するとともに、供給リスクが高まったために、石油代替エネルギーの開発利用が進められた。その中心となったのは、天然ガス(LNG)と原子力であるが、近年には石炭の利用も進んでいる。これによって、石油への依存度は1985年に約56%まで低減したが、その後は国際的な需給の緩みによる石油価格の低下と円高の影響で石油消費が増大した。1990年代半ばから、天然ガスや石炭利用の増加によって再び石油依存度の低減が進んだが、輸送用の石油需要が増えてきたこともあり、最近では50%程度の水準で停滞している。
石油危機以降、現在までの一次エネルギー構成の推移を見ると、
図2に示すように石油への依存が減少してエネルギー源の多様化は着実に進んできている。この多様化の度合いを示す多様化指数も、
図3に示すように急速に低減してきており、多様化の進展を裏付けている。ただし、化石燃料の大部分を輸入に依存しているので、原子力を国産エネルギーとみなしても、エネルギー自給率は2005年度に約18%(資源エネルギー庁「2005年度エネルギーバランス表」のデータ)と低い水準にある。また、石油の輸入元をみると、
図4に示すように、1980年代半ばまでは中東依存度が低減してきたが、その後上昇に転じ、最近では輸入原油の9割程度を中東に依存するという極端な偏りが生じている。
一次エネルギーの構成を国際的に比較すると、
図5に示すように、国ごとの事情に応じて構成が大きく異なっていることが分かる。先進諸国の多くが石油の比率が高いのに対して、ロシアでは国内天然ガス資源に、また中国とインドでは国内石炭資源に強く依存している。多様化指数(
図6)を見ると、これらの諸国の値が大きく、多様化が進んでいないことを示しているが、輸入依存度が低い(ロシアは逆に輸出超過)ことを考慮すると、一次エネルギーの供給安定性に特に問題があるとは言えない。むしろ、日本、イタリア、韓国では輸入石油への依存度が高いために脆弱性が高いと言える。
石油供給に関する安定性をみる上では、輸入元をどの程度多様化しているかが参考となる。石油の輸入元(地域)に関する多様化指数を比較すると、
図7に示すように米国、欧州、中国が輸入元を分散させているのに対して、日本と東アジア(日本と中国を除く)は中東依存が極度に強いため、多様化指数の値がきわめて大きい。なお、中東地域を国ごとに分けて多様化指数を計算すればこれよりも小さな値となるが、中東地域は石油の輸出に関して概ね協調的に行動してきているので、リスク評価の観点からは単一地域とみなす方がより安全サイドに立った情報が得られると考えられる。
したがって、今後の一次エネルギーの供給安定性を高めるためには石油依存度の低減、特に中東石油への依存度の低減が最重要課題である。このためにはまず石油の消費量を低減することが不可欠であるが、最終消費される石油製品全体に占める自動車燃料の比率が年々上昇しており(2005年度に約38%)、自動車燃費の全般的な改善とともに、ハイブリッド車等の新型自動車の普及促進による燃料消費量の大幅な低減が必要とされる。また、資源ナショナリズムが台頭し、産油国による資源の国家管理の動きが強まる中で、新・国家エネルギー戦略にも謳われているように、自主開発原油の比率を高めていくことも重要である。さらに、中東以外の地域には豊富な非在来型石油資源があり、石油価格が高値で推移すれば十分に経済的に利用し得るので、こうした資源の開発利用にも積極的に参画していくことが望まれる。
安定供給の確保とともに、地球環境問題、とりわけ温暖化問題への取り組みも、ベストミックスに向けての重要な課題である。IPCC第4次評価報告書(2007年)では、地球温暖化の兆候が増加するとともに温暖化が加速しつつあること、この温暖化は人為起源の
温室効果ガスによるものである可能性が非常に高いこと、深刻な被害を回避するためには二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量を現在よりも大幅に削減する必要があることなどを指摘している。短期的には
京都議定書の約束期間(2008年〜2012年)の削減目標(基準年比6%削減)を達成することがまず必要であるが、さらに長期的には一層厳しい排出削減を実施することが不可避の情勢にある。しかし、現実には温室効果ガス排出量は逆に増加傾向にあり(2006年度速報値では温室効果ガス全体で基準年比6.4%増、人為起源CO
2のみでは11.8%増)、議定書の目標達成さえ決して容易ではない(参考文献2)。そこで、省エネルギーの一層の促進とともに、長期的な視野に立って原子力、
再生可能エネルギーの導入促進を図り、化石燃料に依存した供給構造を転換していくことが必要とされている。
3.日本の発電用エネルギー構成
最終エネルギー消費に占める電力の比率が高まりつつある中で、発電用エネルギーの安定的な確保も重要な課題である。わが国の発電用エネルギーの構成(発電電力量の電源別構成)は、
図8に示すように、第一次石油危機の1973年には石油依存度がきわめて高かったが、その後急速に天然ガスと原子力に転換し、さらに最近では石炭の利用も増加している。多様化指数を見ると、
図9に示すように、一次エネルギーと同様に着実に多様化が進んできている。また、化石燃料への依存度という観点から見ても、1973年当時は8割以上の水準にあったが、原子力利用の拡大とともに大幅に低下し、最近では約5割の水準まで低下してきている。
なお、電気は貯蔵が難しいために、需要量の時間的な変動に応じて発電量を柔軟に制御することが必要とされる。かつては電力需要の時間変動は小さかったが、需要の増加とともに変動幅が年々拡大してきており、現在では需要水準が昼夜で大きく異なっている。
電源構成の選択においては、このような変動に効率的に対応できることも重要な要件である。現在では、
図10に示すように、資本費は高いが燃料費の安い
原子力発電がベースロード電源(昼夜を通して一定の出力で運転する電源)、燃料費の比較的安い石炭火力(および一部のガス火力発電)が
ミドルロード電源(夜間には出力を下げたり、停止する可能性がある電源)、燃料費の高い石油火力、一部のガス火力(ガスタービン火力を含む)、揚水発電がピークロード電源(需要のピーク時のみ運転する電源)として利用されている。こうした電源の特性を活かした選択をすることによって、電力需要の時間的な変動に合理的に対応できる体制を整備している。
発電用エネルギーの構成と多様化指数に関する国際的な比較をそれぞれ
図11および
図12に示した。世界的に見ると、埋蔵量の豊富な石炭への依存が強く、米国とドイツで約5割、中国とインドでは約8割を石炭に依存している。その他で特徴的なのは、カナダが豊富な水力資源を活用して電気の約6割を水力で賄っていること、フランスが積極的な原子力開発を行い、電気の約8割を原子力で賄っていることである。中国、インドとともにこれらの諸国では多様化指数が大きいが、国内エネルギーを使用していて海外依存率が低いため、特に脆弱性が高いとは言えない。ただし、100%の信頼性をもつエネルギー源はあり得ないので、単一電源に依存していることのリスクは存在することに留意が必要である。
例えば、水力は降水量に応じて発電量が低下するリスクがあり、気候変動の進展によって異常気象の頻度が増加すれば、このリスクはさらに大きくなる可能性がある。原子力では機器、系統のトラブルがあった場合に同型の他の発電所も検査の対象となり、多数の発電所が系統から離脱するリスクがある。こうしたリスクの低減には、発電炉技術の信頼性の向上とともに、発電炉技術を多様化することが有効である。実際に、わが国では加圧水型と沸騰水型の2種類の
軽水炉を採用していることが、原子力発電の全面的停止のような深刻な事態を回避することに貢献してきた。
また、石炭は局地的な大気汚染や地球規模の環境問題の観点から、大きな外部コストの発生するエネルギー源である。炭鉱事故も多く、地下深部の坑道掘りが増える中で、安全面の課題も大きい。先進諸国では、環境対策のために電気集塵機や
排煙脱硫装置を装備することが普通になっている。しかし、温暖化問題に対応するためには、さらに二酸化炭素の回収貯留技術の導入も必要と考えられている。このような環境対策を施せば石炭火力の発電コストは大幅な上昇が避けられないので、将来的には、先進諸国だけでなく、中国やインド等の発展途上諸国でも原子力、再生可能エネルギーを本格的に導入して、石炭への過度の依存を軽減していく必要があると考えられる。
4.今後のエネルギー戦略
近年、エネルギー・環境を巡る国際情勢は急速に変化しつつある。特に、国際市場における原油価格の異常な高騰と高止まり、産油国、産ガス国等における資源ナショナリズムの台頭、中国、インド等の新興国の経済発展に伴うエネルギー需要の急増、IPCC第4次評価で報告された地球温暖化の兆候の明確化と長期影響に対する懸念の増大などは、わが国の今後のエネルギー需給にも多大な影響を及ぼす要因となり得るものである。
こうした情勢を受けて、2006年5月に策定された新・国家エネルギー戦略では、エネルギー安全保障の確立、エネルギー問題と環境問題の一体的解決などを戦略目標とし、多様化するリスクに対応するための基本的視点として、(1)世界最先端のエネルギー需給構造の実現(利用効率向上、エネルギー源の多様化・分散化等)、(2)資源外交とエネルギー環境協力の総合的強化(資源国・アジア諸国との関係強化、海外炭鉱活動強化、気候変動問題への貢献等)、(3)緊急時対応策の充実が必要であることを明確にし、エネルギー問題と環境問題の一体的解決を目指して、これらの各項目において達成すべき具体的な数値目標を掲げている。この詳細は、ATOMICA関連タイトル「新・国家エネルギー戦略 <01-09-09-09>」にまとめられている。新・国家エネルギー戦略が掲げる目標の実現を目指して、具体的な政策措置を着実に実施していくことが当面の最重要課題である。
(前回更新:2002年9月)
<図/表>
<関連タイトル>
日本のエネルギー供給とその推移 (01-02-02-01)
日本の一次エネルギー供給構成と推移 (01-02-02-05)
日本の各種電源の特徴と位置付け(2002年) (01-04-01-15)
日本のエネルギー政策の基本的な考え方 (01-09-01-02)
エネルギー政策基本法 (01-09-01-06)
エネルギー基本計画 (01-09-01-07)
改定エネルギー基本計画(2007年3月) (01-09-01-09)
石油代替エネルギーの供給目標改定 (01-09-09-07)
新・国家エネルギー戦略 (01-09-09-09)
<参考文献>
(1)T.L. Neff:Improving Energy Security in Pacific Asia:Diversification and Risk Reduction for Fossil and Nuclear Fuels,Commissioned by the Pacific Asia Energy Security(PARES)Project(Dec.1997)
(2)環境省:地球環境・国際環境協力>地球温暖化国内対策>我が国の温室効果ガス排出量
(3)(財)日本エネルギー経済研究所計量分析部(編):EDMC/エネルギー・経済統計要覧 2007年版、(財)省エネルギーセンター(2007年2月15日)
(4)BP:Statistical Review of World Energy 2007,June 2007,
http://www.bp.com/productlanding.do?categoryId=6848&contentId=7033471
(5)経済産業省 資源エネルギー庁:日本のエネルギー2007
(6)OECD/International Energy Agency(IEA):Electricity Information 2005(2005)
(7)資源エネルギー庁編:エネルギーバランス表(平成19年5月25日公表)2005年度