<大項目> エネルギーと地球環境
<中項目> 日本のエネルギー情勢
<小項目> 日本のエネルギー需給
<タイトル>
日本のエネルギー供給とその推移 (01-02-02-01)

<概要>
 日本の一次エネルギー供給量は、高度経済成長期に急速に増大したが、1973年の第一次石油危機以降は横ばいに転じた。その後、1980年代半ばから1990年代半ばにかけて再び急速に増加した。この間に、エネルギー構成には大きな変化が生じた。石油は高度経済成長期に急増し、エネルギーの主役となったが、石油危機の後には原子力、天然ガスなどの代替エネルギーの利用が増加し、エネルギー源の多様化が進んだ。しかし、1980年代半ばからは再び石油の消費が増加している。日本のエネルギー供給の当面の大きな課題は、安定供給体制の確立と環境問題への対応であり、このために石油依存度の一層の低減、および環境排出量、特に二酸化炭素排出量の少ないエネルギーへの転換が必要となっている。このような情勢の下で、3E(経済成長、エネルギー安定供給確保、地球温暖化防止等の環境保全)の調和に向けたエネルギー供給対策が進められている。
<更新年月>
2007年12月   

<本文>
 日本の一次エネルギー供給量および石油供給量(図1および図2)は、高度経済成長時代、すなわち1960年頃から1973年の第一次石油危機までの期間に急速に増大した。第一次石油危機の後は経済成長の鈍化、省エネルギー、および産業構造変化によって経済規模は徐々に拡大しながらも、エネルギー供給量は10年余りの期間ほぼ横ばいの状態が続いた。 1980年代半ばからは、国際市場における原油価格の低下と円高を背景とした石油価格の大幅な低下、並びに国内景気の回復によってエネルギー需要が再び増加基調に入り、1990年代半ば頃までエネルギー供給は急速に増大した。特に、一旦はかなり減少した石油の供給が、輸送用燃料を中心に再度大幅に増大した。しかし、その後は景気の低迷、産業構造変化、省エネルギーの推進等、さまざまな要因を反映して、多少の増減はあるものの、エネルギー需要はほぼ横ばいの状態にある。
 日本のエネルギー供給の当面の大きな課題は、安定供給体制の確立と環境問題への対応である。このために、石油依存度を一層低減すること、および京都議定書の温室効果ガス排出削減目標を達成するために二酸化炭素(CO2)排出量の少ないエネルギーの利用を拡大することが必要となっている。このような情勢の下で、3E(経済成長、エネルギー安定供給確保、地球温暖化防止等の環境保全)の調和に向けたエネルギー供給対策が進められている。
 総合資源エネルギー調査会需給部会が平成17年3月にまとめた「2030年のエネルギー需給展望」(表1)では、京都議定書の目標達成の観点から、2010年度のエネルギー供給についても詳細に検討している。これによると、CO2削減に特段の対策を講じないレファレンスケースと現行対策推進ケースでは京都議定書の目標達成はできず、さらに追加対策を講じる必要があるとしている。具体的には、省エネルギーの推進で総供給を2000年度を下回る水準に抑えるとともに、石油と石炭の消費を減らし、代わって原子力と新エネルギーの利用を増やすことによって、概ね1990年度と同水準のCO2排出量を実現しようとしている。また、石油(LPGを除く)への依存度を、2000年度の47%から2010年度には41%まで低減し、エネルギー源の多様化を進めようとしている。
 以下に、各エネルギー源について、これまでの供給の推移と課題についてまとめる。
1.石油
 第二次世界大戦後の日本の高度経済成長を支えたのは、廉価で利便性の高い石油である。それ以前には石炭と水力が主要なエネルギー源であったが、経済成長とともに石油の消費が急増し、1973年には一次エネルギー供給全体の77.4%を占めるまでになった。
 しかし、1973年と1979年の2度にわたる石油危機に際して、石油価格は高騰し、また供給の安定性にも大きな懸念が生じてきた。そこで、省エネルギーの強化、石油代替エネルギーの利用拡大に努めるとともに、産業構造の転換が徐々に進められた。これによって、一次エネルギーに占める石油(LPGを含む)の比率が1990年度には58.3%まで低下した。その後、徐々にではあるがさらに比率が低下し、2005年度には49.7%に至っている。
 しかし、絶対量でみると、1980年代半ば以降の石油価格の低下を反映して、近年再び石油消費量が増大してきており、1990年代半ばには第一次石油危機の1973年を超える水準に達した。その後はやや低減したが、現在でもわが国のエネルギー供給の柱が石油であることは変わっていない。また、原油の輸入量を供給国・地域別にみると、図3および図4に示すように、1980年代半ば以降の需要増加の大部分を中東地域から調達しており、最近では輸入原油の90%近くを中東地域に依存するという、脆弱な供給体制にある。
2.石炭
 第二次世界大戦前後の国産エネルギー中心の時代には「黒いダイヤ」と呼ばれ、1960年代始めまではエネルギーの主役であった。しかし、高度経済成長の過程でボイラ用などの一般炭は石油に代替されて、国内生産が急速に減少した(図5)。コークス製造用の原料炭は粗鋼生産の増大とともに需要が急増したが、その増加分は輸入で賄われた。1965年度から1973年度の間に、一般炭の国内生産量は約3500万トンから約1000万トンに低下、逆に原料炭輸入量は約1600万トンから約5700万トンに増加した。このように、国内一般炭の生産縮小、原料炭輸入の増加の趨勢の中で1973年の第一次石油危機を迎えた。
 第一次石油危機の後に、国内炭の保護政策によって生産規模の落ち込みが食い止められたが、1980年代後半からは相次ぐ炭鉱の閉鎖で生産量が減少し、2002年には全ての炭鉱が閉鎖して国内生産は事実上なくなった。原料炭の消費量は粗鋼生産量が頭打ちとなったために、ほぼ横這いで推移してきたが、第一次石油危機の頃に約1000万トンあった国内生産量が徐々に減少して、1990年度以降ゼロとなったために、輸入量の水準は若干増加している。
 一方、石油代替エネルギーの一つとして、一般炭の輸入は大幅に増大した。特に、1979年の第二次石油危機の後に、電気事業、セメント製造、紙・パルプ製造などで石炭転換への取り組みが本格化し、最近では年間約1億トンの一般炭が輸入されている。これによって、一次エネルギーの中で石炭(一般炭と原料炭合計)が占める比率も上昇し、現在では21%程度である。
 わが国が輸入する石炭を国別にみると、図6に示すようにかつては北米炭への依存が大きかったが、近年の輸入増加の大部分を豪州に依存しており、また、最近では中国、インドネシアといったアジア地域からの輸入も増えつつある。
 石炭は、供給安定性と経済性に優れていることから、今後電力用一般炭の消費がアジア・太平洋地域で増加すると予想される。わが国でもエネルギー源の多様化の観点から重要な選択肢であるが、CO2排出量の厳しい削減が求められる情勢の中で石炭利用を進めるためには、ガス化複合サイクル発電等のクリーン・コール・テクノロジーやCO2回収・貯留(CCS)の実用化など、環境保全の要請に応える技術の実用化が必要とされており、現在これらの技術の研究開発や実証試験が進められている。
3.原子力
 原子力は、他のエネルギーと比較して最も顕著な伸びを示している。わが国で商業的な原子力発電が開始されたのは1970年であり、第一石油危機当時のエネルギー供給への寄与はまだきわめて小さかったが、その後順調に発電所の建設が進み、1990年代始めには一次エネルギーの10%を超え、1990年代後半から2000年代初頭には12〜14%の寄与をするまでに拡大し、自家発を含む全発電電力量に占める原子力の比率も3割を超えるに至った。
 このように原子力は、石油危機の後、天然ガスとともに脱石油に向けて中心的な役割を果たし、現在では基幹的な電源となっている。海外でも、石油に代わる新たなエネルギー源として先進諸国を中心に原子力開発利用が積極的に推進され、世界全体の石油消費量の低減や大気汚染物質の排出量の減少に役立ってきた。また、石油需要の低減は、売り手市場にあった石油の国際市場を改善し、石油危機以降の石油価格の安定化にも寄与した。
 一方、米国スリーマイル島原子力発電所、旧ソ連のチェルノブイリ発電所などにおける事故を契機に、欧米では新たな原子力発電所の建設を中止したり、原子力発電所の早期閉鎖を決定する国が現れ、1990年代以降、原子力開発は停滞期に入った。
 わが国でも近年の度重なる事故と不祥事が、原子力発電への不安、国や事業者への不信を招き、新規発電所の建設計画やプルサーマル計画が遅延を余儀なくされてきた。また、2006年に耐震設計審査指針が改訂され、各発電所で耐震安全性の見直しが行われている最中の2007年に中越沖地震が発生した。この地震で柏崎刈羽発電所は想定を大きく超える揺れを受け、原子炉の安全性能は実証されたものの、多数の周辺設備が損傷を受けた。この被災経験を基に、耐震性能を一層高めるための補強工事が進められている。
 わが国では、エネルギーの安定供給、二酸化炭素の排出削減のために不可欠のエネルギー源であるとの認識で、これまで原子力開発利用が推進されてきたが、今後の推進に当たっては、意義や必要性だけでなく、課題やリスクについても明らかにした上で、国民の十分な理解と協力を得ることが必須となっている。
4.天然ガス
 天然ガスは、燃焼時に硫黄酸化物がほとんど出ず、化石燃料の中では二酸化炭素の排出量も少ないクリーンなエネルギー源である。また、国内にはほとんど資源がなく、輸入に依存せざるを得ないが、グローバルな資源分布をみた場合、石油資源が政情の不安定な中東に集中しているのに比べて、旧ソ連地域にも大規模な資源があり、資源の偏在は石油ほどには極端でない。
 このため、石油危機の後に原子力と並ぶ石油代替エネルギーの中心として、発電用および都市ガス原料用として急速に利用が拡大した。欧州諸国も石油代替のために積極的に天然ガスの利用を拡大しているが、欧州諸国が旧ソ連の天然ガスをパイプライン網で輸入しているのに対して、図7に示すようにわが国は主として東南アジア諸国からLNG(Liquefied Natural Gas:液化天然ガス)の形で輸入している。LNGの開発には、多額の資金と長いリードタイムを要するので、需要の将来動向を見据えた上で、着実に開発計画を進めることが必要とされている。また、長期的には資源の豊富なシベリアや沿海州地域の開発が期待されるが、その先駆けとしてサハリンの天然ガスをパイプラインでわが国に輸送する計画が現在進められている。
 天然ガスは、すでにわが国の一次エネルギーの約14%を占めるに至っている。将来的には、複合サイクル発電設備やコージェネレーション設備の増設などを通じて利用がさらに増加すると予想される。
5.水力
 水力は、貴重な国内エネルギー資源として早くから開発され、高度経済成長が始まる以前の1953年には一次エネルギーの30%近くを賄っていた。しかし、経済規模の拡大によってエネルギー供給量が急速に増大する中でその構成比は下がり続け、最近では3〜4%の水準まで低下した。資源はほぼ開発しつくされて、大型発電所を設置できる可能性のある所が少なくなり、今後の伸びはあまり期待できない。
6.新エネルギー他
 水力以外の自然エネルギーと廃棄物からの回収エネルギーがこのカテゴリに含まれる。現在、わが国では太陽熱利用、太陽光発電、風力発電、廃棄物発電、地熱利用(発電と熱供給)、黒液・廃材利用などが行われている。これら全部を合わせても一次エネルギーに占める割合は1〜2%程度であり、しかもそのうち約半分が黒液・廃材(パルプ製造における回収エネルギー)である。
 上記の「2030年のエネルギー需給展望」では、CO2排出削減目標を達成するためには新エネルギーの利用を2010年度に1910万kl(構成比で3%程度)に高める必要があるとしている。これは現状の2倍程度の利用規模であるが、黒液・廃材については大きな増加が望めないために、太陽熱利用、太陽光発電、風力発電、廃棄物発電などの大幅な拡大が必要である。補助金制度、優遇税制制度、RPS法による電力会社の利用義務付け制度(参考文献3)などを通じて再生可能エネルギーの普及促進が図られているが、2010年度の導入目標を達成するには並々ならぬ努力が必要な状況にある。
(前回更新:2004年1月)
<図/表>
表1 一次エネルギー供給の見通し
図1 日本の一次エネルギー供給の推移
図2 日本の一次エネルギー供給構成の推移
図3 日本の供給国・地域別原油輸入量の推移
図4 日本の原油輸入の供給国・地域別構成の推移
図5 日本の石炭供給量の推移
図6 日本の国別石炭輸入量の推移
図7 日本の国別LNG輸入量の推移

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<関連タイトル>
石油危機と日本 (01-02-03-04)
世界の原子力発電の動向(2002年)・日本 (01-03-04-02)
石油危機と世界 (01-06-01-01)
世界の一次エネルギー消費の推移 (01-07-03-01)

<参考文献>
(1)(財)日本エネルギー経済研究所計量分析部(編):EDMC/エネルギー・経済統計要覧(2007年版)、(財)省エネルギーセンター(2007年2月15日)
(2)総合資源エネルギー調査会需給部会:報告書「2030年のエネルギー需給展望」(平成17年3月)
(3)総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会RPS法小委員会:RPS法小委員会報告書(平成19年3月13日)、http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g70329a01j.pdf
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