<本文>
1.まえがき
現在、わが国には軽水炉を主体とする原子力発電所が47基(平成6年末)稼働しており、その全発電設備容量は3,947.6 万KWに至っている。高速炉は実験炉「常陽」( 熱出力10万KW )が、昭和52年4月
臨界以来、順調な運転を続けており、原型炉「もんじゅ」( 電気出力28万KW )も平成6年に臨界となり、漸く高速炉が電力網の戦列に加わることが実現する段階にある。また次期
実証炉についても炉型式や出力規模(60 〜100 万KW) を含めた概念設計が鋭意進められているのが現状である。
軽水炉は初期導入に始まり、改良と標準化によって今日の商業化を達成したが、高速炉は、核燃料サイクルの自立を目指して軽水炉の
使用済燃料を
再処理して得られるプルトニウム燃料を利用し、半永久的な準国産資源エネルギーを活用すべく現在も開発中の原子炉である。この大局的な見地より、高速炉は当初から、実験炉、原型炉、実証炉、と段階を踏んで開発する官民一体の国家プロジェクトとして位置づけられて自主開発路線が選ばれた。従って、科学技術庁(現文部科学省)の傘下にある動力炉・核燃料開発事業団(現日本原子力研究開発機構)を中心に、再処理工場の建設、燃料製造工場、高レベル廃棄物処理等の開発と共に、高速増殖炉の技術開発についても、大洗工学センターを中心として「常陽」の建設を含む各分野に亘る大規模な研究開発が昭和43年以降幅広く展開され、国際協力に基づく技術情報交換も行われてきた。これらの諸研究開発は高速炉の安全確保大きな目的としており、その成果は「常陽」、「もんじゅ」に反映されてきたし、更に実証炉に反映されることは言うまでもない。
2.高速増殖炉の安全研究
高速炉の安全研究は、高速炉特有の性質を勘案して、軽水炉発電所が永年積み重ねてきた安全基準の他各種技術基準を踏襲して、「事故の防止及び緩和に関する研究」として、1)異常の発生防止、2)事故の拡大防止、3)放射性物質の放出防止という停める、冷やす、洩らさないという基本的安全思想に則っている。
高速炉は未だ商業化されておらず、自主開発という立場から、その特徴を踏まえて、「安全設計と評価方針の策定」をはじめ、「事故評価にかかわる安全研究」や「シビア・アクシデント」についても力が注がれている。
(1)高速炉の特徴
表1 に軽水炉と高速炉の主要特性を比較して示した。高速炉では燃料に
高富化度のプルトニウムを使い、高速中性子による核分裂の連鎖反応を高出力密度で持続させるため、
冷却材に水は使用できず沸騰点の高い(常圧で883 ℃) 、伝熱特性のよい液体金属ナトリウムが使用されている。従って軽水炉のように加圧(PWR 約150 気圧、BWR 約70気圧) する必要がなく、常圧で運転できる。
安全設計上また安全基準を作る上で軽水炉とくらべて特筆すべき事項をいくつか上げると、(a)炉心の中の 高速中性子のため、燃料・材料の中性子照射損傷の挙動の追求、さらに炉心特性、遮蔽特性の計算予測精度が課題となる。(b) 高温・高出力密度で液体金属ナトリウムを使用することから、炉心の入口・出口温度差が約150 ℃に及び、かつ、炉心の比熱が小さく、
熱容量が小さいことから緊急炉停止時等の構造材料に対する
熱過渡応力による熱荷重が注目される。(c) 冷却材として使用するナトリウムは水と接触すると急激な反応を起こすので、特に
蒸気発生器の伝熱管に亀裂が生じた場合の対策は安全研究の大きな対象となる。(d)高速炉は常圧で運転されているので、ループ型の場合万一、炉容器や一次系配管に亀裂が入りナトリウムが洩れても安全容器が二重になっているため、また高所配管引き回しとなっているため炉容器内のナトリウム液面が保持され、
自然循環によって崩壊熱を除去できる。(e) 安全設計上、異常発生防止、事故拡大防止、放射性物質放出防止など万全の対策がとられているが、最悪のケースとして、
制御棒が入らず事故が進行するという仮想的なシビア・アクシデントが発生したという場合についても事故を想定した研究が行われ、万全が期されている。
(2)安全研究年次計画
高速炉の安全性に関する研究については、原子力施設等安全研究の一環として、原子力安全委員会の下に専門部会が設けられ、年次計画が定められ、その成果を報告することが義務づけられている。(注:原子力安全委員会は
原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
以下これらの内容について、概括する。
A)安全設計・評価方針の策定にかかわる研究
評価方針を確立する技術的データベースを整備するため、日米間で稼働中の施設の運転・保守経験データを相互に収録し、機器故障率、原因、傾向分析など信頼性データ分析を行う(CREDO 計画と称す) 一方、PSA 手法に基づく
AI 技術を使用した運転・保守支援システムなど知識データベースの拡充・改良を行っており、機器故障診断システムの高度化も図られている。
B)事故の防止及び緩和にかかわる研究
(1) 異常状態発生防止に関する研究
日米共同の大型炉心模擬臨界実験(
JUPITER計画) やFCA (高速臨界実験装置)による実験等で、大型炉心特性や安全パラメータについて解析、遮蔽については
JASPER計画を実施した。また、燃料・材料許容設計限界を常陽、FFTFおよびPHENIXで照射試験を実施し、データベースの拡充をはかった。
構造・材料強度については、9Cr 系鋼、308 系溶接金属及び継手などのNa中照射挙動実験の他、機器・配管の耐震解析、高温構造解析法の改良・整備などFINAS プログラムの拡張を行っている。
(2) 異常拡大防止に関する研究
原子炉停止系の信頼性評価として、Fe-Ni 合金の成分比によってキュリー点( 溶融臨界温度 )を適当に選定し、異常時炉心温度が上昇すれば、合金が溶融して自動的に制御棒が落下するタイプの自己作動型炉停止機構を開発した。予防保全的な立場から、炉心異常検出系システムの研究で、集合体局所閉塞が起こった場合の温度や流量の異常検出、炉容器内のナトリウム沸騰を超音波によって検知するなどの安全系の開発が鋭意行われている。 また、
燃料破損が発生しても、原子炉を停止することなく、安全側に運転を継続できる限界を定める解析や、構造健全性評価についてデータベースを整備する共に、熱過渡を受ける原子炉容器のクリープ疲労、亀裂進展挙動など破壊力学的評価法を整備した。また、高Cr鋼伝熱管の小リーク時のウエーステージ( 損耗性 )や気液界面移動に伴う圧力伝播モデルの詳細化など、蒸気発生器について評価コードの改修が行われた。
(3) 放射性物質の放出防止の研究
エアロゾルの発生の過程とその挙動に関する研究なども行われている。関連して
格納容器の構造やナトリウム火災対策の研究も行われている。
C)事故評価にかかわる安全研究
プラントで惹き起こされる事故の事象進展過程を定量的に評価できるよう、炉心局所事故、事故時燃料挙動、崩壊熱除去、ナトリウム漏洩の影響、放射性物質の放出移行などの事象について計算コードを整備し評価研究が行われている。
D)シビア・アクシデントにかかわる研究
高速炉のシビア・アクシデントに関して、事象推移を精度良く把握し、現行設計の安全裕度を評価するため、異常な過渡変化時のスクラム失敗時の
反応度事故(
ATWS) 、崩壊熱除去機能喪失事故(LOHRS) 、事故後崩壊熱除去(PAHR)および
ソースタームに関する評価研究が進められている。
以上の研究は、大学、民間をはじめ、国際協力を通じて世界の各機関とも、協力して進められている。安全設計・安全基準については将来の高速炉の実用化を目指して国際的に統一のとれた基準にすべく努力が払われている。
<図/表>
<関連タイトル>
高速増殖炉 (03-01-01-01)
高速増殖炉のプラント構成 (03-01-02-02)
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
高速増殖炉の安全性評価の考え方 (11-02-02-02)
<参考文献>
(1)動力炉の実用化を目指して− 大洗工学センター20年の研究開発− 、平成2年3月。 PNC 、SN9410 90-031。動力炉・核燃料開発事業団 大洗工学センター。
(2)昭和62年度原子力施設等安全研究成果報告書。平成元年3月 原子力安全委員会 原子力施設安全研究専門部会。