<本文>
1.遅発中性子の生成機構
核分裂に伴って2〜3個(
235Uの場合は2.42個)の中性子が
核分裂直後(10−14秒以内)に放出される。しかし、ごく僅か(1%以内)の中性子がかなりの時間たってから放出される。まず、遅発中性子の生成機構について例をとって説明する。(本文中の式の表示については
表1参照)
多くの核分裂生成物のなかに
87Brがある。この核は約55秒の
半減期でβ−
壊変して
87Kの励起状態Kr*になる。壊変で作られた核は、普通\(\gamma\)線を出して基底状態に落ちるが、
87Kr*の場合、(1)
87Kは中性子数が魔法の数50より1個多い51個で、この51番目の中性子の
結合エネルギーが非常に小さい。(2)
87Kr*は
87Brの壊変に際して、かなりの割合でこの結合エネルギーより高い励起状態に作られる。
このため、高い励起状態に生じた
87Kr* からは中性子が放出され、核は
86Krとなる。このとき、中性子は
87Kr* に崩壊した後直ちに発生するが、実際にはあたかも中性子が
87Br の半減期である55秒の時間遅れを持って生じたように見える。このように核分裂後、時間遅れを持って生ずる中性子を遅発中性子といい、
87Br のように、遅発中性子を出す核分裂生成物を遅発中性子先行核という。今日約45種類の遅発中性子先行核が知られているが、原子炉物理では通常これを6つのグループに分けている。最も半減期の長い
87Br が先行核である以外のグループは複数個の先行核をまとめて1グループとしている。
表2に熱中性子核分裂に対する
233U 、
235U 、
239Puの、また高速中性子核分裂に対する
233Th、
238U、
240Puの発生中性子数(\(\nu\))、遅発中性子発生数(\(\nu_{d}\))およびその比で与えられる\(\beta\)を示す。\(\beta\)の違いは主に核分裂生成物の収率曲線の違いによる。
表3には
233U、
235U、
239Pu、
241Puの熱中性子核分裂に対する
壊変定数\((\lambda_{i}:\lambda_{i}=\frac{0.693}{T_{i}})\)と、\(a_{i}=\frac{\beta_{i}}{\beta}\)を示す(なお、\(\beta=\Sigma_{(i)}\beta_{i}\)である。以下、\(\Sigma_{(i)}\)により\(i\)についての和を取ることを示す)。遅発中性子のエネルギーは即発中性子に比べかなり低い。
2.遅発中性子の重要性
原子炉において中性子の世代時間(核分裂から次の核分裂までの平均時間)を\(l\)、中性子増倍率を\(k\)とし、中性子数の時間変化を考える。今、\(t=0\)における中性子数を\(N(0)\)、\(t=t\)における中性子数を\(N(t)\)とする。増倍率の定義から\(N(t+l)=kN(t)\)である。左辺の\(N(t+l)\)をテーラー展開すれば、
\[
N(t+l)\fallingdotseq{N(t)}+l(\frac{dN}{dt})=kN(t)\tag{1}
\]
であるから
\[
\frac{dN}{dt}=[\frac{(k-1)}{l}]N(t)\tag{2}
\]
したがって
\[
N(t)=N(0)\exp[-\frac{(k-1)}{l}]\tag{3-1}
\]
で与えられる。これをしばしば
\[
N(t)=N(0)\exp(\frac{t}{T})\qquad{T}=\frac{l}{(k-1)}\tag{3-2}
\]
と書き、\(T\)を
ペリオド(原子炉時定数)という。この\(T\)は原子炉出力が\(e\)倍となる時間である。
式\((3\)-\(2)\)によって原子炉動特性についての簡単な検討を行う。原子炉が
臨界にあれば\(k=1\)で\(T\)は\(\infty\)であり、\(N(t)=N(0)\)で一定である。この原子炉の増倍率が\(t=0\)で0.1%(1.000から1.001に)変化したとする。\(l\)として
熱中性子炉の代表的な値である\(\ =10^{-4}\)秒を取ると、\(T=\frac{10^{-4}}{(1.001−1.000)}=10^{-1}\)となり、1秒後の原子炉出力が
\[
N(1秒)=N(0)\exp(10t)=22024N(0)\tag{4}
\]
となる。すなわち、原子炉出力は1秒後に2万倍以上となり、これを通常考えられる機械装置で制御することはできない。しかし、遅発中性子を考えるとこの事情は一変する。遅発中性子の各組の平均寿命を\(\tau_{i}(=\frac{1}{\lambda_{i}})\)とし、これまでの\(l\)を改めて\(l_{p}\)と書くと
\[
l=l_{p}(1-\beta)+\Sigma_{(i)}\beta_{i}(\tau_{i}+l_{p})\fallingdotseq{l_{p}}+\Sigma(i)(\frac{\beta_{i}}{\lambda_{i}})\fallingdotseq\Sigma_{i}(\frac{\beta_{i}}{\lambda_{i}})\tag{5}
\]
とできるので、\(\beta_{i}\)、\(\lambda_{i}\)として
表2と
表3から与えられる値を代入すると\(\Sigma(\frac{\beta_{i}}{\lambda_{i}})=0.085\)となり、前と同じく\(k=1.000\)から\(k=1.001\)に変化したとすると、\(T=\frac{0.085}{0.001}=85秒\)となり、この場合、1秒後の出力は
\[
N(1秒)=N(0)\exp(\frac{1}{85})=1.012N(0)\tag{6}
\]
すなわち1秒後の出力は1.2%増加するに過ぎず、機械的装置で容易に制御できる。
3.1点炉原子炉動特性方程式の導出
時間依存拡散方程式(原子力百科事典<03-06-04-03>の式(18)参照)
\((\frac{1}{v})(\frac{\partial\varphi}{\partial{t}})=S(r,t)-\Sigma_{a}(r,t)\varphi(r,t)-\nabla{D}\nabla\varphi(r,t)\)において\(S(r,t)=S(t)\psi(r)、\varphi(r,t)=n(t)\varphi(r)\)とし、また中性子源項を即発中性子項と遅発中性子項に分けて
\[
S(t)=ν\Sigma{f}vn(t)+\Sigma_{(i)}\lambda_{i}C_{i}\tag{7}
\]
ただし\(C_{i}(t)\)は、
\[
(\frac{dC_{i}}{dt})=\beta_{i}\Sigma_{f}vn(t)-\lambda_{i}C_{i}\qquad(i=1,\dots,6)\tag{8}
\]
という先行核濃度に関する微分方程式の解とする。
\[
\nabla^{2}\psi(r)+B^{2}\psi(r)=0\tag{9}
\]
と仮定し、\(k_{\infty}=\frac{ν\Sigma_{f}}{\Sigma_{a}}\)、\(L^{2}=\frac{D}{\Sigma_{a}}\)、\({k}=\frac{k_{\infty}}{(1+L^{2}B^{2})}\)という関係を用い、また
即発中性子寿命(prompt neutron lifetime)を次のように定義すると、
\[
l=\frac{1}{[v\Sigma_{a}(1+L^{2}B^{2})]}\tag{10}
\]
\[
(\frac{dn}{dt})=\{\frac{\{k(1-\beta)-1\}}{l}]n(t)+\Sigma_{(i)}\lambda_{i}C_{i}\tag{11-1}
\]
\[
(\frac{dC_{i}}{dt})=(\frac{k}{l})\beta_{i}n(t)-\lambda_{i}C_{i}\qquad(i=1,\dots,6)\tag{11-2}
\]
という連立微分方程式が得られる。これを1点炉動特性方程式という。
この式は、
実効増倍率が1からずれている割合を示す、反応度
\[
\rho=\frac{(k-1)}{k}\tag{12}
\]
を用いて書き直すと
\[
(\frac{dn}{dt})=\frac{(\rho-\beta)}\Lambda+\Sigma_{(i)}\lambda_{i}C_{i}\tag{13-1}
\]
\[
(\frac{dC_{i}}{dt})=(\frac{\beta_{i}}{\Lambda})n(t)-\lambda_{i}C_{i}\qquad(i=1,\dots,6)\tag{13-2}
\]
となる。即発中性子寿命\(l\)を実効増倍率\(k\)で割った\(\Lambda\)は中性子世代時間(neutron generation time)といわれ、2節の始めに\(l\)として定義した量である。
4.1点炉動特性方程式の解
最も基本的な場合として、\(t=0\)まで臨界状態にあり、一定出力で運転していた原子炉に\(\rho_{0}\)というステップ状の反応度が加えられた場合を考える。\(n(t)=A\exp(\omega{t})\)、\(C_{i}(t)=C_{i}\exp(\omega{t})\)としてこれらを式\((13\)-\(1\))と\((13\)-\(2)\)に代入すると、反応度方程式
\[
\rho_{0}=\omega\Lambda+\Sigma_{(i)}[\frac{\omega\beta_{i}}{(\omega+\lambda_{i})}]\tag{14}
\]
が得られる。この方程式の7つの根、\(\omega_{j}(j=1,\dots,7)\)を用いて中性子密度の時間変化\(n(t)\)が
\[
n(t)=\Sigma_{(j)}A_{j}\exp(\omega_{j}t)\tag{15}
\]
で与えられる。ここで\(\omega\)を\(\frac{1}{T}\)に置き換えた式を逆時間方程式(inhour equation)という。
以下でこの式の応用を考える。
A.正の反応度
反応度\(\rho_{0}\)を与えたときの、\(\rho_{0}\)と根\(\omega_{j}\)との関係を
図1に示す。正の\(\rho_{0}\)に対し、一つのみが正で他の根は負であるから、反応度投入後、十分な時間がたった後には、6つの負の指数関数の項は消えて原子炉出力は\(\omega_{1}\)の項に支配されることが分かる。
すなわち、
\[
n(t)\to{A_{1}}\exp(\omega_{1}t)=A_{1}\exp(\frac{t}{T})\tag{16}
\]
これは漸近ペリオドと呼ばれる。
B.負の反応度
\(\rho_{0}\)が負の場合、7つの\(\omega_{j}\)はみな負である。しかし \(\omega_{1}\omega_{2}>\dots>\omega_{7}\)のため、十分時間が経った時には、中性子束はやはり\(\exp(\omega_{1}t)\)の形で変化する。しかし負の反応度に対しては、負の反応度の絶対値\(|\rho_{0}|\)をいくら大きくしても\(\omega_{1}\)が\(-\lambda_{1}\)より小さくなることはない。すなわち\(\omega_{1}\to-\lambda_{1}\)である。この\(\lambda_{1}\)は
表3の第1組の壊変定数であり、おおよそ\(0.0125s^{-1}\)である。したがって大きな負の反応度を挿入した時の原子炉出力の時間変化は\(\exp(-0.0125t)=\exp(−\frac{t}{80})\) の形となる。つまり、どんなに大きな負の反応度を与えたとしても原子炉出力を80秒より速いペリオドで低下させることはできない。
C.大きな正の反応度の添加
このとき、\(\omega_{1}\gg\beta\)であり、反応度方程式\((14)\)において\(\omega\)に対して\(\lambda_{i}\)を無視することができる。そこで
\[
\rho_{0}=\omega\Lambda+\frac{\Sigma_{(i)}\beta_{i}}{(\omega+\lambda_{i})}\to\omega_{1}\Lambda+\omega_{1}\Sigma(i)(\frac{\beta_{i}}{\omega_{1}})=\omega\Lambda+\beta\tag{17}
\]
ただし\(\Sigma_{(i)}\beta_{i}=\beta\)となり、原子炉ペリオドが
\[
T=\frac{1}{\omega_{1}}=\frac{\Lambda}{(\rho_{0}-\beta)}=\frac{l}{[k(1-\beta)-1]}\tag{18}
\]
となる。すなわち、\(\rho_{0}\)が\(\beta\)を超えると原子炉の振舞いは即発中性子寿命\(l\)で支配される。したがって、原子炉は\(\rho_{0}>\beta\)の状態とならないようにしなくてはならない。\(\rho_{0}=\beta\)の状態を
即発臨界という。
D.即発跳躍近似(prompt jump)
ステップ状の反応度が投入された直後に限ると、遅発中性子先行核濃度は一定で反応度投入前の値を取るという近似が成り立つ。その先行核濃度を\(C_{i0}\)とすると、式\((13\)-\(2)\)で\(\frac{dCi}{dt}=0\)と置いて、
\[
C_{i0}=(\frac{\beta_{i}}{\lambda_{i}\Lambda})n_{0}\quad(i=1,\dots,6)\tag{19}
\]
である。\(n_{0}\)は反応度投入前\((t<0)\)での中性子密度である。これを式\((13\)-\(1)\)に代入すると
\[
(\frac{dn}{dt})=[\frac{(\rho_{0}-\beta)}{\Lambda}]n(t)+(\frac{\beta}{\Lambda})n_{0}\tag{20}
\]
となる。これを解くと
\[
n(t)=n_{0}[\{\frac{\beta}{(\beta-\rho_{0})}\}-\{\frac{\rho_{0}}{(\beta-\rho_{0})}\}\exp\{\frac{(\rho_{0}-\beta)t}{\Lambda}\}]\tag{21}
\]
となる。即発臨界とならない条件、すなわち\(\rho_{0}<\beta\)のとき、上の第2項の指数関数内の係数\(\frac{(\rho_{0}-\beta)}{\Lambda}\)は負で、\(\Lambda\)が小さいため大きな絶対値を取る。したがってこの項は急速にゼロに近付き、その結果反応度を加えた直後に原子炉出力は急速に
\[
n(t)\fallingdotseq[\frac{\beta}{(\beta-\rho_{0})}]n_{0}\tag{22}
\]
となる。すなわち、反応度投入直後原子炉出力に急激な変化が起こる。これを即発跳躍という。かりに\(\rho_{0}\)が0.001であったとすると、ウラン燃料の熱中性子炉の\(\beta\)は0.0065であるから中性子密度すなわち原子炉出力が\(\frac{0.0065}{0.0055}\)=1.182倍に上昇する。これは原子炉にとって大きな出力上昇である。なお、この近似は負の反応度を投入して
制御棒の反応度を測定するのに応用される。
E.外部中性子源を持つ
臨界未満炉
最後に原子炉が臨界未満の状態にあって外部中性子源\(S\)によって定常状態にあるときを考える。このとき原子炉動特性方程式は次のようになる。
\[
(\frac{dn}{dt})=[\frac{(\rho_{0}-\beta)}{\Lambda}]n(t)+\Sigma_{(i)}\lambda_{i}C_{i}+S=0\tag{23-1}
\]
\[
(\frac{dC_{i}}{dt})=(\frac{\beta_{i}}{\Lambda})n(t)-\lambda_{i}C_{i}=0\qquad(i=1,\dots,6)\tag{23-2}
\]
ここで未臨界度\(-|\rho{0}|\)は一定であるとする。
式\((23\)-\(2)\)より\(\Sigma_{(i)}\lambda_{i}C_{i}=\Sigma_{(i)}(\frac{\beta_{i}}{\Lambda})n(t)=(\frac{\beta}{\Lambda})n(t)\) なので、これを式\((23\)-\(1)\)に代入して
\[
n(t)=n_{0}=-\Lambda(\frac{S}{\rho_{0}})\tag{24}
\]
となる。(\(\rho_{0}<0\)に注意)。
未臨界炉の出力は中性子源強度に比例するとともに、未臨界度に逆比例する。この方法も制御棒の更正に用いられる。
<図/表>
<関連タイトル>
原子核と核反応 (03-06-01-03)
原子炉の炉心核設計概論 (03-06-01-04)
原子炉物理の基礎(1)原子炉の構造と核分裂連鎖反応 (03-06-04-01)
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原子炉物理の基礎(6)中性子減速理論 (03-06-04-06)
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原子炉物理の基礎(8)多群拡散方程式 (03-06-04-08)
<参考文献>
(1)平川直弘、岩崎智彦:原子炉物理入門、東北大学出版会(2003年11月)