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原子力の安全の特殊性は放射能にあることから、高速増殖炉(FBR)の安全対策も放射性物質の閉じ込め機能の維持・確保にある。原子炉内の放射性物質のインベントリーは極めて大きいが、その大部分は燃料の中にあり、一部が1次冷却系にある。それぞれが健全ならば周りに
遮へいがあるので、運転員の放射線による被ばくは極めて少なく、一般公衆の被ばくは考えられない。
燃料の健全性は、燃料とプラント双方についての綿密な設計上の配慮、細心の注意を払った製造と運転管理および全体を通した品質保証活動によって確保されるものである。放射性物質を内蔵する1次冷却系についても同様である。
燃料の健全性は、
燃料破損検出装置によってモニターされている。その方法は2種類あり、一つは1次冷却系に設けられている
遅発中性子法、他の一つは1次冷却系カバーガス中の
核分裂生成物を検出する
カバーガス法である。
さらに、機器の故障や誤作動あるいは誤操作などにより異常状態が生じても、燃料や1次冷却系が破損することのないように安全対策が講じられている。その安全対策の基本は、炉を停めること(原子炉停止)と原子炉停止後の炉心の冷却をすること(崩壊熱の除去)であり、さらに
冷却材ナトリウムの漏洩対策を行うことである。
1.原子炉の停止
高速増殖炉の原子炉停止方法には、原理的に次の3つの方法がある。
(1)
燃料棒を抜く(例:英国の実験炉DFR)。
(2)反射材を外す(例:ソ連の実験炉BR-10、米国の実験炉SEFOR)。
(3)中性子吸収材(制御棒)を入れる。
(1)および(2)は小型の炉に適しており、中型炉以上では(3)を用いるのが普通である。
吸収材としては軽水炉と同様に炭化ホウ素(B
4C)を用いるが、高速増殖炉ではホウ素の同位元素(
10B)を濃縮して用いる。制御棒は、炭化ホウ素をペレットにしてステンレス鋼製の被覆管に収め、束ねたものである。これを上下に動かす装置を
制御棒駆動機構といい、両者合わせて反応度制御装置あるいは原子炉停止装置という。複数の原子炉停止装置で原子炉停止系が構成され、一つの原子炉停止装置が作動しなくても系全体としては十分な炉停止能力をもつようにしている。
また、制御棒だけを切離して挿入する方式と制御棒を把んでいる延長管と一体で挿入する方式との、異なる2種類の方式の駆動機構で構成する2組の原子炉停止系を設けることにより、多重性と多様性を備えるようにしている。
制御棒を保持する電磁石は電気が切れると制御棒を切り離して、重力で落下するようにしたフェイルセーフの考え方を採り、また、引き抜き速度を機械的に制限している。
図1にまとめた原理的特徴で示す如く、高速増殖炉は高温低圧系であり、原子炉容器上部の内圧は常圧に近いので、制御棒駆動機構が圧力で飛び出すような事象は起こり得ない。
日本原子力研究開発機構ではFBRの実用化を目指す
FaCTプロジェクト (Fast Reactor Cycle System Technology Development Project)において、自己作動型炉停止機構の開発が進められている(
図2および
図3参照)。
2.崩壊熱の除去
原子炉停止後余熱(原子炉の崩壊熱)の冷却には、通常運転中使われている主冷却系も使われるが、それとは別に専用のシステムを設けている。このシステムを崩壊熱除去系といい、高速増殖炉の場合には、システム構成上から次のような方式が用いられる。
(1)原子炉内を直接に冷却する炉心冷却方式。
(2)主中間
熱交換器の1次側に冷却コイルを入れる1次系冷却方式(
PRACS)。
(3)2次冷却系を分岐して冷却する2次分岐冷却方式(
IRACS)。
さらに、(1)の炉心冷却方式にも次の3方式がある。
(1)原子炉容器を外側から直接冷却する方式。
(2)原子炉容器内に熱交換器を直接挿入する方式(DRACS)。
(3)原子炉容器から冷却材を取り出し、熱交換器で直接冷却する方式。
炉心冷却方式のうちの一つである炉容器内直接冷却方式(DRACS)、中間熱交換器内直接冷却方式(PRACS)および
2次系分岐冷却方式(IRACS)の3方式の概念を
図4に示す。
崩壊熱除去に必要な系統はそれぞれ独立な複数の系統とし、一つの系統が使えない状態でも十分な除熱能力を持つようにし、また必要なポンプ動力は独立の
非常用電源に接続して、それぞれ多重性を持たせている。地震に対しても、原子炉施設の中で最も高い耐震クラス(Sクラスという)とした耐震設計がなされている。
高速増殖炉では、もともと冷却材が沸点以下で使われているため、例えば冷却材バウンダリが破損しても冷却材が沸騰蒸発してしまうことはなく、液面と流路さえ維持できれば崩壊熱除去能力を確保することができる。
また、炉心と中間熱交換器、蒸気発生器あるいは空気冷却器とそれらの位置が順次高くなるように配置することにより、主冷却系も崩壊熱除去系も容易に自然循環冷却能力を発揮させることができる。日本原子力研究開発機構では、FaCTプロジェクト(Fast Reactor Cycle System Technology Development Project)において、DRACSとPRACSを組合わせた自然循環による崩壊熱除去システムの開発が進められている(
図2および
図5参照)。
3.ナトリウムの漏洩対策
原子炉の冷却材バウンダリは、プラント寿命中十分な健全性を維持できるように設計、製作されるが、運転を開始してからもその健全性を確認するために、供用期間中検査(ISI:Inservice Inspection)が行われている。
高速増殖炉のISIの方法には、基本的には次の2つの方法がある。
(1)機器や配管の表面または内部のクラックの検査
(2)冷却材漏洩の連続監視
(1)の方法では、クラックの生じる可能性が高いと考えられる溶接部を重点に、直接または遠隔装置を用いて、表面観察あるいは超音波探傷を行う。
(2)の方法は、低圧系である高速増殖炉の場合に特に有効である。この方法は、バウンダリを構成する鉄鋼材料の延性が大きく、かつ内圧が低いため、たとえ容器や配管などにクラックが発生してナトリウム冷却材の漏洩が起きても急激な破斷に発展することはないという性質(これを
漏洩先行型破損LBB:Leak Before Break という)を利用し、漏洩を連続監視することにより、微小な漏洩の段階でナトリウムの漏れを検出し、安全確保の対策を講じることができる。
ナトリウムの漏洩検出には、ナトリウムの特徴を利用した次の方法が用いられる。
(1)機器や配管と保温材層との間の雰囲気ガスを常時サンプリングし、漏れたナトリウムの
エアロゾルを検出する方法(これは火災報知器に似ている)。
(2)検出器の電極間に、漏れたナトリウムが接触し、電極間の電気抵抗の低下を検出する方法(ナトリウムは金属だから導電性が良い)。
仮にナトリウムが漏洩した場合を想定して、次のような設計上の配慮もなされている。
(1)原子炉容器内の液面を確保する。このために2重容器にするか、あるいは炉心より低い部分を覆うように
ガードベッセルを設ける。
(2)1次冷却材は放射性物質を含んでいるので、燃焼に伴ってそれが放出されるのを防ぐため、1次冷却系機器、配管が設置されている部屋の雰囲気を窒素ガスにし、かつ鋼板気密セル構造にして、1次冷却材の燃焼を防止する。
(3)2次冷却材は放射性物質を含んでいないので、空気雰囲気のままとするのが一般的であるが、熱的影響を抑制するため、漏れたナトリウムを鋼板床ライナーで受け、下方のナトリウム燃焼抑制板を備えた場所に集めて窒素の吹き込みにより窒息消火させる。
<図/表>
<関連タイトル>
高速増殖炉の原子炉本体 (03-01-02-07)
ナトリウム冷却システム (03-01-02-09)
崩壊熱除去システム (03-01-02-12)
ナトリウムの安全性(1次系ナトリウム) (03-01-03-04)
ナトリウムの安全性(蒸気発生器および2次系ナトリウム) (03-01-03-05)
高速増殖炉想定事故の安全評価 (03-01-03-07)
高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の開発(その1) (03-01-06-04)
<参考文献>
(1)動力炉・核燃料事業団編:高速増殖炉の技術、 日本工業新聞社 (1985)
(2)奈良義彦、他:高速実験炉「常陽」における高速増殖炉技術開発、 原子力工業、 Vol.32 No.2(1986)
(3)姫野嘉昭:高速増殖炉工学基礎講座 安全工学、原子力工業、Vol.36、No.2(1990)
(4)亀井 満:高速増殖炉工学基礎講座 ナトリウム取扱技術(その2)、原子力工業、 Vol.35、No.9(1989)
(5)中本香一郎:高速増殖炉工学基礎講座 計測・制御(その1)、原子力工業、Vol.37、No.2(1991)
(6)基礎高速炉工学編集委員会(編):基礎高速炉工学、日刊工業新聞社(1993年10月)
(7)日本原子力研究開発機構:森下 正樹 高速増殖炉システムに係る革新技術の研究開発の進捗、高速増殖炉サイクル実用化研究開発FaCTプロジェクト中間報告会、2009年8月
(8)原子力安全委員会:高速増殖原型炉もんじゅ新耐震指針に照らした耐震安全性評価主要施設の概要、WG2第22-1号、平成21年6月25日、