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<概要>
 原子力利用においては、安全確保がその前提とならなければならない。そのため、原子力利用に携わるすべての組織において、安全最優先の価値観が全体として共有され、その価値観に基づいて日々の業務が実行される安全文化が堅持されていなければならない。逆に、このような安全文化が組織内で醸成されていれば、当該組織が自律的に安全の確保に最優先で取り組んでいるといえる。安全文化の醸成は、原子力施設の安全確保のために極めて重要なものであり、原子力利用を行う組織において安全文化が醸成されるよう促していくことは、安全確保という目的を達成する上で規制当局が重視すべき事項の一つと考えられる。安全文化をめぐる国際的な議論を整理し、次にわが国の事業者や規制当局などの取組の概要について述べる。
<更新年月>
2007年07月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.IAEAをめぐる安全文化への取組
 原子力分野における安全文化概念は、IAEAの国際原子力安全諮問グループ(INSAG:the International Nuclear Safety Advisory Group)が旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故についてとりまとめたチェルノブイリ事故の事故後検討会議の概要報告書(INSAG-1、1986年)において「チェルノブイリ事故の根本原因は、いわゆる人的要因にあり、『安全文化』の欠如にあった」と記述、初めて明示的に示された。INSAGは、報告書「原子力発電所の基本安全原則」(INSAG-3、1988年)、「安全文化」(INSAG-4、1991年)などをとりまとめ、安全文化概念を施設の安全確保のための基本原則の一つとして位置づけるとともに、その概念を組織及び組織を構成する個人の特性と姿勢とを総合した、非常に広がりがあるものとした。さらにその後、安全文化の構成要素、組織が安全文化の構築について自己点検するための質問事項や安全文化の劣化の兆候などについて検討し、その結果を公表している。以下に概要を述べる。
(1)安全文化の概念を定義したINSAG-4
 報告書では、安全文化を「原子力発電所の安全の問題には、その重要性にふさわしい注意が最優先で払われなければならない。安全文化とは、そうした組織や個人の特性と姿勢の総体である」と定義し、その普遍的特徴として、「安全文化を構成する一般的な要素は、第一に組織内に必要とされる枠組みと管理階層の責任、第二に組織内の枠組みに対応し、そこから利益をうけるすべての階層の従業員の姿勢である」としている。安全文化の主要な要素を図1に示す。さらに同報告書では、政府機関、運転組織(各企業や発電所内、あるいは従業員)などが、それぞれ安全文化を構築するために何をすべきかを示しており、また、付属文書として安全文化の効果を自己評価するための質問リストを安全文化指標(Safety Culture Indicators)として提示している。
(2)安全文化の評価項目
 安全文化の概念が示された後、組織の安全文化を適切に評価する方法、評価項目について検討が加えられ、1996年にIAEAの組織内安全文化評価チーム(ASCOT:Assessment of Safety Culture in Organizations Team)が、「ASCOTガイドライン:安全文化に対する組織の自己検証とレビュー」をとりまとめ、組織の安全文化を自己評価するための評価項目を提案している。この評価項目は、規制機関及び事業者それぞれの自己評価項目からなり、INSAG-4で提示された基本的な評価項目である基本質問と、これに関連する具体的な指定質問、さらにこれらの質問の仕組みや活動成果などの評価の視点に係る質問などから構成されている。
(3)安全マネージメントシステム
 報告書INSAG-13「原子力発電所における運転安全のマネージメント」(1999)では、安全文化を強化し優れた運転実績を実現するための安全マネージメントシステムの構築を提示している。この目的として、個人や組織が持つ安全に対する良好な態度と行動を強化することにより、強固な安全文化を醸成することが挙げられおり、安全マネージメントの構成要素は、図2に示すとおりである。また付属文書では、これらの各要素が効果的に確立されているか否かを判断するための安全マネージメント指標(Safety Management Indicators)として自らに問いかける一連の事項の例を示している。例えば安全に関する基本方針については、
・すべての従業員に認識され、中間管理層に支持されているか?
・適正な資源配分が内容に盛り込まれており、それが適切に監視されているか?
・継続的な改善を意図して、意欲的で達成可能な目標が設定されているか?
などの質問を示しており、指標の目的は、安全マネージメントの有効性を評価するための基礎を提供することになっている。
(4)自己点検のための質問
 報告書INSAG-15「安全文化を強化するための主要な実務課題」(2002)では、この安全マネージメントシステムの検討を深め、原子力利用を行う組織の各階層が、それぞれ安全文化の醸成にどのように貢献しているかを自己点検するための一連の質問項目の例を示し、安全文化の概念を日常的な表現で説明し、普遍的に適用可能な明確な基準に照らして組織の各階層が確認できるようにしている(表1参照)。
(5)劣化の兆候
 安全文化の劣化の兆候は、初期には必ずしも明確に把握できない場合もあり、予想以上に事態が悪化してしまう可能性がある。報告書INSAG-13と-15では、このような安全文化の劣化の兆候を早期に検出するためには、自己点検が重要であり、安全文化は表2に示すような過程を経て劣化していくと分析し、これらの兆候を自己検知することが必要であるとしている。
(6)総合マネージメントシステム
 IAEAは、各種の安全基準文書をとりまとめており、2005年に、原子力施設を総合的に管理するための総合マネージメントシステムを提示した。これは、原子力施設の安全性、環境、セキュリティ、品質マネージメント、経済性を統合し単一のマネージメントシステムで取り扱うことを目指している。総合マネージメントシステムの中では、安全文化の醸成を促進しなければならないものとし、留意事項を指摘している(表3)。また、安全文化の特性として、「安全は明確に認識された価値、安全確保のためのリーダーシップが明確、安全確保の説明責任が明確、安全確保がすべての活動に組み込まれている、安全確保は学習によって向上する」の5つを挙げ、各特性について解説を加えている。
(7)安全文化の評価と向上計画支援
 現在IAEAでは、これまで蓄積した安全文化の考え方、その定着から向上に至る技術的、社会的、心理的、文化的側面などを総合しながら、IAEA加盟国の専門家で構成されるチームによる評価、向上計画支援の制度を運用している。安全文化評価レビューチーム(SCART:Safety Culture Assessment Review Team)は、専門家チームと事業者のメンバーが共同で安全文化の実情を分析し、さらに促進すべき点と改善すべき点を洗い出すものであり、良好事例は他の事業者、他国にも広げるよう支援している。安全文化向上計画(SCEP:Safety Culture Enhancement Programme)は、組織によって異なる安全文化を自己評価し、絶えず改善していく努力を支援することを目的としている。安全文化向上は、トップが計画し、全従業員が参加してやり遂げる長期的な運動である。IAEAはその自己評価手法、評価の方法、良い慣習を広めるための情報交換について助言などにより支援している。
(8)運転安全性能指標
 IAEAは1980年代から、原子力発電所の運転安全性能を監視する指標(OperationalSafety Performance Indicators for Nuclear Power Plants)について取り組んでおり、TECDOC−1141(2000年)で示された原子力発電所の運転安全性能指標は現在、11か国、12の発電所で試運用されている。指標は3つの「安全運転方針」の下に、「概括的指標」—「戦略的指標」—「個別指標」の3つの階層で整理されている。3つの「安全運転方針」の一つである「前向きな安全態度による発電所の運転」の下に、「概括的指標」である「安全に対する態度」と「改善努力」に係る指標群が位置づけられる。更にそれらの下に(1)法規制等の遵守、(2)ヒューマンパフォーマンス、(3)安全についての知見の蓄積、(4)安全意識等の戦略的指標群が位置づけられている。各指標群には、それぞれ関連する個別指標が挙げられており、これら「前向きな安全態度による発電所の運転」に係る指標については、安全文化との関連性が指摘されている。

2.わが国における安全文化への取組
 安全文化をめぐるわが国の事業者や各機関における取組について、概要を述べる。安全文化の構築は、まず、原子力施設の安全運転に一義的な責任を負う原子力事業者の組織の中で行われなければならない。次に、事業者の安全文化の醸成について、規制当局が適切な関心を払い、それを促していくことが望まれる。
(1)事業者の活動
 原子力事業者や原子力関連メーカー、研究機関などは平成11年12月に、JCO臨界事故を教訓として、安全文化の共有、向上を図る相互交流ネットワーク組織として、ニュークリアセイフティネットワーク(NSネット)を設立した。のちにその機能は、原子力事業者の技術基盤の整備、自主保安活動の促進を行う目的で平成17年3月に設立された有限責任中間法人である「日本原子力技術協会」に移管された。同協会の活動を表4に示す。原子力事業者は各施設などにおいて、さまざまな取組を展開しており、その取組の一般的な例を表4に併せて示す。
(2)経済産業省原子力安全・保安院/原子力安全基盤機構の活動
 原子力安全・保安院は、「強い使命感」、「科学的、合理的判断」、「透明性の確保」、「公正・中立性の維持」の4つを行動規範として定め、原子力安全行政に取り組んでいる。平成14年に発覚した東京電力(株)の自主点検記録の不正問題には、旧来の設備故障やトラブル、ヒューマンエラーなどに加えて、安全文化の劣化を思わせるような新たな問題、例えば、組織の閉鎖性や情報伝達の不足、法令遵守・記録の保全・外部への情報提供に対する認識不足など多岐にわたる問題が提起された。原子力安全・保安院では、原子力安全に対する信頼回復のため、様々な取組を行っている。
1)原子力安全文化の在り方に関する検討会
 規制当局である原子力安全・保安院は原子力事業者の安全文化の促進を適切にサポート(支援)し、モニタリング(監視)することが自らの役割と考えられる。この視点から、原子力事業者など関係者の反省を促すとともに、改善への道筋を立て直す上で、社会の各層(原子力事業者、規制当局、マスメディア、行政、一般国民)の課題を洗い出すこととし、平成15年に「原子力安全文化の在り方に関する検討会」を開催し、同年8月報告書をとりまとめた。報告書に指摘された主な課題は表5の通りである。
2)品質保証体制の整備などの制度改善
 原子力事業者の品質保証システムの確立・維持が安全文化の劣化を防ぐ大前提であることを踏まえ、国は平成15年10月から、事業者の品質保証体制を保安規定に位置付け、保安検査などにおいて品質保証体制が機能しているかを確認することとした。また、合理性、実効性のある規制の実施に向け、
 a.事業者の自主点検だった項目を「定期事業者検査」として法律で義務化し、設備の不具合があった場合、健全性評価を行うよう事業者に求める。
 b. 規制基準は安全上確保すべき性能を規定し、それを実現するための具体的な方法・内容については民間規格を活用する。
 c. 国の保安検査、定期安全管理検査では、抜き打ち的手法や監査型手法も活用し、事業者の保安活動全体が適切に機能することを確認する。などにより、安全文化の向上を図っていくこととしている。
3)企業文化・組織風土の劣化防止
 関西電力美浜発電所3号機二次系配管破損事故について、保守管理体制、品質保証体制が十分機能せず、安全文化の浸透が不十分な状況にあったことや、多くの発電所で高経年化対策が重要になってきたこと、組織運営、保守管理体制などのソフト面に焦点を当てた対応が重要になってきているとの指摘がなされた。さらに、実用発電用原子炉施設における高経年化対策では、企業文化・組織風土は原子力発電所の安全を守る各種活動の基礎と位置づけ、事業者は品質保証活動の一環としてその劣化防止策を講じるとともに定期安全レビューにて自ら評価を行うこと、国はこの事業者の取組を把握して、良好事例についてはこれを積極的に称揚するなど事業者の取組を促進させるべきとの指摘がなされた。これを受け、原子力安全・保安院及び原子力安全基盤機構は、原子力安全基盤機構内に「安全規制における原子力安全文化(組織風土の劣化防止)検討会」を設けて、IAEAを始めとした海外の動向、国内他産業分野での取組などの調査も踏まえて、事業者の組織風土劣化防止の取組を把握する視点を検討し、平成17年12月に「組織風土劣化防止の取組の考え方と把握の視点」を作成した(表6参照)。
4)原子力安全基盤機構における取組
 事業者が取り組んでいる安全文化の醸成と定着に係る活動は、日常の品質保証活動が基本であるが、品質保証では直接考慮されていない組織構成員の安全に関わる考え方・信念・価値・認識および行動のパターンが重要である。これらが劣化ないし形骸化しないよう組織構成員がそれぞれの立場で日常の業務において継続的に取り組むとともに、事業者だけでなく協力会社とも一体となって取り組むことが必要である。規制機関の役割は、これら事業者の取組、活動を日常的な側面と日常活動の積み重ねとなる長期の観点の両側面から評価・把握し、安全文化の劣化防止とその醸成活動を促進させることである。このような背景のもと、原子力安全基盤機構は、安全規制における原子力安全文化評価項目(案)を表7のプロセスで作成している。

3.原子力安全委員会の活動
 原子力安全委員会は、全国の原子力関連施設を訪れ、安全文化について意見を交換する安全文化意見交換会を開催している。得られた主な知見を表8表9及び表10に示す。今後とも、安全文化意見交換会を継続的に実施する。
<図/表>
表1 INSAG-15で提示された自己検証のための質問項目の例(組織の階層ごとに提示)
表1  INSAG-15で提示された自己検証のための質問項目の例(組織の階層ごとに提示)
表2 安全文化劣化の典型的なパターン
表2  安全文化劣化の典型的なパターン
表3 総合マネジメントシステムにおける安全文化醸成促進の留意事項
表3  総合マネジメントシステムにおける安全文化醸成促進の留意事項
表4 事業者の活動
表4  事業者の活動
表5 原子力安全文化に関する課題
表5  原子力安全文化に関する課題
表6 事業者の組織風土劣化防止の取り組みを把握する視点
表6  事業者の組織風土劣化防止の取り組みを把握する視点
表7 安全規制における原子力安全文化評価項目(案)の作成プロセス
表7  安全規制における原子力安全文化評価項目(案)の作成プロセス
表8 安全文化意見交換会−安全確保の現場で話し合ったこと(平成16年1月)
表8  安全文化意見交換会−安全確保の現場で話し合ったこと(平成16年1月)
表9 原子力安全文化の醸成について—トップマネジメントとの話し合い(平成17年6月)
表9  原子力安全文化の醸成について—トップマネジメントとの話し合い(平成17年6月)
表10 安全文化の醸成のための優良事例
表10  安全文化の醸成のための優良事例
図1 安全文化の主要な要素(報告書INSAG-4による)
図1  安全文化の主要な要素(報告書INSAG-4による)
図2 安全マネージメントシステムの構成要素
図2  安全マネージメントシステムの構成要素

<関連タイトル>
JCOウラン加工工場臨界被ばく事故の概要 (04-10-02-03)
原子炉等規制法の一部改正及び原災法の制定について(1999年11月) (10-02-02-06)
原子力安全委員会の当面の施策の基本方針について(2000年1月) (10-03-02-09)
原子力安全委員会の当面の規制調査の実施方針について(2000年6月) (10-03-02-10)
原子力安全委員会の当面の施策の基本方針について(2004年9月) (10-03-02-14)
原子力安全委員会の規制調査の実施方針の改定について(2004年7月) (10-03-02-15)
原子力安全委員会 (10-04-03-01)
原子力施設に対する国の安全規制の枠組 (11-01-01-01)
原子力安全委員会の安全規制に関する活動(2001年) (11-01-01-02)

<参考文献>
(1)原子力安全委員会ホームページ:平成17年版 原子力安全白書、第1編−特集−安全文化の醸成(平成18年3月)
(2)(財)原子力安全研究協会ホームページ:原子力安全文化のあり方に関する検討会 平成14から15年度 
(3)(独)原子力安全基盤機構ホームページ:組織風土劣化防止の取り組みの考え方と把握の視点(平成17年12月) 
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