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<概要>
 放射線リスク評価は、1970年代以降、国連科学委員会(UNSCEAR)や電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEAIR)等により、疫学調査の進展、放射線生物学研究の進展に基づき、5−10年ごとに見直しが行われている。この中で、国際放射線防護委員会ICRP)は、1977年勧告で最初のリスク評価法を示し、1990年勧告でこの大幅な改訂により完成度を一段と高めた。現在、2005年勧告(案)で最新知見を取り入れて改訂が行われている。ICRP勧告以外でも、宇宙放射線の人体影響、事故時の環境影響解析、放射線被ばく補償等に関連して、放射線のリスク評価は今日幅広く実施されている。
<更新年月>
2005年03月   

<本文>
 放射線のリスク評価は、防護の進展に伴い、「閾値のある放射線影響」から「閾値のない放射線影響(がん、遺伝、寿命短縮)」に対する防護へと重点が移された1950年代に端を発して、ICRPの1965年刊行物(身体的・遺伝的リスクの推定)、1977年勧告(線量限度の設定に係る放射線リスク評価に基づく実効線量当量の提案)、1990年勧告(原爆被爆者の固形がん死亡率調査LSS第11報等によるがん死亡、それ以外の影響を含めたリスク評価による総合健康損害に基づく実効線量の提案)において行われた。そして、ホルメシス(放射線益効果)の立場からの「直線・閾値なし(LNT)仮説」への批判を踏まえて、ICRPは現在、2005年勧告(案)へ向けた改訂を進めている。なお、最新の原爆被爆者死亡率調査(第13報、2003年)によると、LNT仮説を否定する結果は出されていない。
1.放射線の人体影響
 被ばくに伴う人体影響は、閾値の有無で確定的影響と確率的影響、発現時間の違いで急性(早期)影響と晩発影響、影響発症者の違いで身体的影響遺伝的影響に分類される。事故被ばくへの備えとして、閾値のある確定的影響は早期影響の把握上、重要である(表1参照)。通常は低線量被ばくに伴う晩発影響が関心事となり、放射線のリスク評価は、この確率的影響の評価を指す。中でも、がん死亡の確率が放射線リスクの大半を占めるため、確率的影響をがん死亡だけで行うことが多い。ICRP勧告では、がん死亡・罹患、遺伝影響、寿命損失を総合した総合健康損害の算定により、確率的影響を評価している。
2.確率的影響
 確率的影響には、がんリスク、遺伝リスク及び胎内被ばくのリスクがある。胎内被ばくのリスクは、被ばく胎児への確率的影響を指す。がんリスクと遺伝リスクは、ICRP勧告で、被ばくに伴う全健康損害量(総合健康損害)として総合的に評価される。
2.1 放射線のリスク係数
 がんリスクは、遺伝リスク(1%/Sv)に比べ寄与が大きいため、「確率的影響の確率=がんの確率」と見なすと、低線量・低線量率の放射線のリスク係数は、ICRP1990年勧告に基づき、5%/Sv又は0.005%/mSvである(表2参照)。ただし、BEIR Vの評価はこれよりも高めで、1mSv/年の連続被ばくで0.006%である(表3参照)。
 例えば、一般公衆10万人に平均1mSvの被ばくが起こると、この放射線起因の生涯がん死亡数は5人と計算される。日本のがん死亡は全死亡の約1/3から、1mSv被ばくによりがん死亡は約1/3+5/100,000になる。
 この計算法が、現在の科学的知見に照らしてどの程度妥当なのか、仮に問題があれば、それは何か又は他の優れた計算法は何か、が放射線リスク評価上、重要な課題である。
2.2 リスク係数を使用する前提
 リスク係数は、バックグラウンド線量(世界平均2.4mSv)からの線量の増分Dに伴う確率的影響が起こる確率の増分Pを与える直線の傾きである(図1参照)。線量は年又は複数年における値、また、確率的影響は被ばく集団の生涯における値が対象になる。
 自然放射線による生涯線量は100mSv程度に達するため、1mSvの被ばく増分に伴う生涯がん死亡の確率の増加は、100mSv程度における直線の傾き(リスク係数)を用いて計算することに相当する。
 リスク係数は、このように、個人ではなく被ばく集団について、また、バックグラウンド線量に上乗せた線量の増分に対する生涯がん死亡の確率の増分を算定する。
2.3 疫学データの線量−反応関係とLNT仮説
 疫学データの線量−反応関係(線量と確率的影響の関係)から、閾値のない直線性の根拠を、がんリスク(固形がんと白血病)について調べてみる。
 原爆被爆者における固形がん死亡率(1950−1997年)の過剰相対リスク(ERR)は、線量範囲0−3Svで直線性を示す(図2)。この線量−反応関係は、被ばく時年齢30歳の人とがん死亡が観測された到達年齢70歳の人の男女を平均した推定値である。この線量−反応関係は、5mSv以上の原爆被爆者のうち、線量区分5−100mSvで64%の人についての平均線量30mSv、また、5−200mSvで76%の人についての平均線量47mSvに対して過剰相対リスクをプロットすると、図3に示すように、5−125mSv(平均線量35mSv)以上では、統計的に有意な直線性を示す。
 原爆被爆者における白血病の過剰絶対リスク(EAR)の線量−反応関係(図4参照)は、下に凸の曲線(直線−2次関数フィット型)を示すが、低線量域では直線性を示す。
 被ばくに伴う生涯がん死亡リスクは、被ばく集団の過剰リスク(自然死亡率・ERR/Svか、EAR/Sv)を年齢積分したものであり、ERR、EARの線量−反応関係と必ずしも同じではないが、低線量域での直線性を仮定することは妥当と考えられている。
 なお、原爆被爆者の半数近くが生存しており、この死亡率調査は今後も継続される一方、種々の修飾因子による影響の検討など、今後も疫学調査の進展による見直しが必要である。
3.リスク評価の方法
3.1 ICRPの1990年勧告
 リスク評価として、1977年勧告では相加モデル(線量に依存)、また、1990年勧告では相加モデルと相乗モデル(自然がん死亡率と線量に依存)の両者で計算が行われ、最終的に相乗モデルにより生涯がん死亡確率が計算された。すなわち、1990年勧告では、原爆被爆者死亡率調査(1950−1985年)等の疫学データを、年齢0−90歳の男女を平均した、5つの国民(日本、米国、プエルトリコ、英国、中国)に対し、集団間のリスク転換と集団内のリスク投影(生涯で、疫学調査未完のリスク推定)に相乗モデルを用いて、生涯がん死亡確率が臓器別に計算された(表4第2欄参照)。これには、線量・線量率効果係数DDREF=2が適用されている。この生涯がん死亡確率は75−80歳が最大で、30歳から100歳に分布する。
 表4の1万人・Sv当たりのがん死亡数F、がんの致死割合kから、がん罹患数を(1−k)F/kと計算し、これに致死割合kで重付けして加えると、F+k(1−k)F/k=(2−k)Fが得られる。この量は非致死がんの相対寄与を含めた生涯がん死亡数(1万人・Sv当たり)である。なお、致死割合は米国のデータが使用されている(日本の致死割合の計算例を図5に示す)。
 遺伝的影響は、UNSCEARの1988年報告書に基づく倍加線量評価法により、重篤な遺伝性疾患のリスク係数0.5/mSv、重篤な多因子性疾患のリスク係数0.5/mSvを併せ、計1/mSvと評価されており、表4では、1万人・Sv当たりで100となる。ただし、同2001年報告書では、リスク係数が減少する方向で改訂されている(表5参照)。
 がん死亡及び重篤な遺伝性疾患が生ずると寿命損失もあるため、非致死がんの相対寄与を含めた生涯がん死亡数と重篤な遺伝性疾患数には相対寿命損失(全臓器の平均寿命損失との比)を乗じた量が求められる。これは全健康損害或いは総合健康損害と呼ばれ、この量の総和を1とした相対寄与をもとめ、この数字を丸めて組織荷重係数が計算される(図4参照)。この組織荷重係数により臓器における等価線量に重みを付けることによって、全健康損害量を反映させた実効線量が計算される。これが、1990年勧告におけるリスク評価の主要な部分である。
 1990年勧告では、妊娠8−15週の胎児被ばくに伴う健康影響として重要な、確定的影響と見なされる高線量・高線率における精神的影響のIQ低下は30IQ単位/Sv、また、重篤な精神遅滞の生ずる確率は0.04/Svと評価している。
3.2 その他の放射線リスク評価
 米国環境保護庁(EPA)による連邦指針報告書No.13 (EPA 402-R-99, 1999年)では、一般環境中の低線量被ばくに伴う生涯がん死亡リスクを評価するため、環境中の放射性物質に対するリスク係数が示されている。臓器は腎臓を除きICRPの1990年勧告と同じ13部位である。被ばくタイプは、半無限線源(サブマージョンモデル)、地表無限平面線源或いは種々の深さで厚みある半無限土壌線源からの被ばくが想定され、それぞれ、核種別、臓器別(実効線量も含め)のリスク係数が与えられている。このリスク係数は暫定的とされながらも、米国の全連邦政府機関における基礎データとして使用されている。
 原子炉事故、放射性物質の輸送事故等を想定した環境影響解析には、米国原子力安全規制委員会が作成したMACCS2コードを用いて、事故被ばくに伴う早期影響と晩発影響の算定が行われている(NUREG/CR-4214 Rev.1,Part II, Addendum 1, LMF-132,1991)。
 米国公衆衛生院国立がん研究所(NIH/NCI)では、希少難病医薬法(P.L.97-414)の下で、1985年NIH放射線疫学表(NAS/NRC,1984)を作成し、各がんの「原因の確率(Probability of Causation)」を示した。これは、原因確率PC=(放射線誘発がんリスク)/(自然がんリスク+放射線誘発がんリスク)によって、被ばく補償を行うためのリスク評価法である。米国では、被ばく退役軍人及びDOE職員の職業被ばくの補償に使われている。日本での従事者放射線被ばく補償に際しても参考にされた。この疫学表は2003年に改訂版が示された。リスク評価法は、ポアソン回帰分析(AMFIT)が使用され、性別、被ばく時年齢、到達年齢、被ばく経過年数が考慮されている。しかし、この計算値は確率ではなく、また、集団における割り当てたがん死亡の成分であることから、PCから“割当成分”AS(Assigned Share)に変更されている。それゆえ、AS=ERR/(1+ERR)であり、これで被ばく補償が行われる。
 宇宙放射線のリスク評価はNCRP Report No.132 (2000)又は報告書NIRS-M-175(2004)を参照して、現在、職業被ばくに伴う人体影響が評価されている。
3.4 リスク評価に対する不確かさの評価
 放射線リスク評価には、種々の不確かさ要因があるため、この評価が必ず行われる。不確かさ要因として、原爆被爆者のERR及びEAR評価上の不確かさ、がん診断分類上の不確かさ、原爆線量評価上の不確かさ、線量・線量率効果係数の不確かさ、線質係数(RBE)の不確かさ、原爆被爆者集団から他の国民集団へがんリスクを転換する上での不確かさ、生涯がんリスクを推定する上での不確かさ、喫煙暦の影響に伴う不確かさ、などが上げられている。
 線量推定方式はDS86、さらにDS02へと改訂が行われたが、放影研報告書No.3-04によると、これのよりγ線の推定値が増加して、1Sv当たりの固形がんのリスク推定値と白血病の曲線線量反応推定値がともに約8%減少している。その他の変動要因による影響の評価結果は、NCRP Report No.126(1997)などに不確かさの分布として示されている(図6)。
<図/表>
表1 確定的影響(放射線症と半致死線量LD50/60)
表1  確定的影響(放射線症と半致死線量LD50/60)
表2 低線量、低線量率放射線被ばくに伴うがん死亡の生涯リスク(ICRP1990)
表2  低線量、低線量率放射線被ばくに伴うがん死亡の生涯リスク(ICRP1990)
表3 低LET放射線によるがん死亡の生涯リスク予測(BEIR-V)
表3  低LET放射線によるがん死亡の生涯リスク予測(BEIR-V)
表4 全健康損害に対する各臓器の相対寄与
表4  全健康損害に対する各臓器の相対寄与
表5 低LET低線量放射線の1世代被ばくによる遺伝リスクの評価(倍加線量1Gyと仮定、UNSCEAR 2001)
表5  低LET低線量放射線の1世代被ばくによる遺伝リスクの評価(倍加線量1Gyと仮定、UNSCEAR 2001)
図1 確率的影響の評価
図1  確率的影響の評価
図2 原爆被爆者における固形がんERRの線量−反応関係(1950-1997年の死亡率調査)
図2  原爆被爆者における固形がんERRの線量−反応関係(1950-1997年の死亡率調査)
図3 低線量域における原爆被爆者の固形がんERRにおける直線性(1950-1997年調査)
図3  低線量域における原爆被爆者の固形がんERRにおける直線性(1950-1997年調査)
図4 原爆被爆者の白血病固形がんEARの線量−反応関係(1950-1990年調査)
図4  原爆被爆者の白血病固形がんEARの線量−反応関係(1950-1990年調査)
図5 日本における致死割合の計算例
図5  日本における致死割合の計算例
図6 生涯がん死亡リスク係数における不確かさ評価の例(米国の全年齢集団)
図6  生涯がん死亡リスク係数における不確かさ評価の例(米国の全年齢集団)

<関連タイトル>
国連科学委員会(UNSCEAR)によるリスク評価 (09-02-08-02)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)
国連科学委員会(UNSCEAR) (13-01-01-19)
国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12)
米国の放射線防護政策と科学アカデミー‐研究審議会 (13-01-03-19)

<参考文献>
(1)UNSCEAR 1988、放射線医学総合研究所(監修):放射線の線源・影響及びリスク、(株)実業公報社(1990年3月)
(2)BEIR-V 1990,Health Effects of Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation 1990 Committee on the Biological Effects of Ionizing Radiations Board on Radiation Effects Research,Commission on Life Sciences National Research Counci,National Academy Press,Washington,D.C.
(3)ICRP Publication 60 1990,国際放射線防護委員会の1990年勧告、(社)日本アイソトープ協会(1991年11月)
(4)ICRP Publication 27 1977,放射線の線源と影響、放射線医学総合研究所(1988年)(5)草間朋子ほか:放射線健康科学、杏林書院(1995.5)
(6)菅原努(監):放射線基礎医学第8版、金芳堂(1996.2)
(7)UNSCEAR,Hereditary Effects of Radiation,Scientific Annex,UNSCEAR 2001,Report to the General Assembly,United Nations, New York,(2001)
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