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1.国際放射線防護委員会(ICRP)の概要
1.1 ICRPの目的と設立の経緯
(1)ICRPの目的
ICRPは、科学的見地に立って、電離放射線の被ばくによるがん等の疾病の発生を低減し、また、放射線による自然環境への影響を低減し、公益に資することを目的に設立された。
このため、放射線防護に必要な科学的データ、放射線利用の状況、放射線防護の技術水準等を担当委員会で検討し、放射線防護の考え方(理念)、被ばく線量限度、規制のあり方等を「委員会勧告」や「委員会報告」といったICRP刊行物(ICRP Publication)の形で出版している。「委員会勧告」は、世界各国の放射線被ばくに関する規制や安全基準作成に際して尊重されている。
(2)設立の経緯
1928年の第2回国際放射線医学会議(ICR:International Congress of Radiology)において、電離放射線による健康影響を検討するため「国際X線及びラジウム防護委員会(IXRPC)」が設立された。第二次世界大戦後、広島・長崎の原爆による被ばく影響が顕在化するとともに、冷戦下の大気圏核実験による大衆被ばくに懸念が高まる中、1950年の第6回ICRにおいてIXRPCは独立し、対象を医療分野から全ての放射線利用に拡張して、名称を国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)」と変更した。この委員会はイギリスの独立公認慈善事業団体である。
1.2 ICRPの構成と事業
(1)ICRPの組織(図1)
ICRPには主委員会(Main Commission)と常設の5専門分野を取り扱う委員会(Committee)のほか、それを補佐する事務局(Secretariat)があり、構成員は2011年には総勢232名であった。主委員会は年2回、委員会は年1回、また、課題を検討するタスクグループ会議は必要に応じて開催される。主委員会と委員会の全体会議は2年ごとに開催されている。委員の任期は4年である。
主委員会は、委員長、12名以内の委員、及び事務局(正式委員ではない)で構成され、ICRPを総括し、方針・計画を立案するとともに委員会報告や委員会勧告を最終決定する。
委員会は5専門分野に分かれ、第1委員会は「放射線影響」、第2委員会は「被ばく線量」、第3委員会は「医療放射線防護」、第4委員会は「委員会勧告の適用」、第5委員会は「環境保護」を専門としている。各委員会の委員長は主委員会の委員がなる。
(2)ICRPの委員と活動資金(図2)
ICRPの委員等は、国際的な専門家であり、無報酬でICRPの活動に参加している。
ICRPの活動資金は、会議関連費と専任の事務局員の給与が大部分を占める。その資金は放射線防護に関心のある多くの機関からの任意の寄付と出版物の印税で賄われている。ICRPの独立性を維持するため、ICRPの活動計画と委員の選任に介入しないことが寄付の条件となっている。
2007〜2011年の5年間の活動資金の出所は、83%が寄付、16%が印税、1%が投資の利益等である。最も大きな寄付は、行政府と研究所によるものであるが、企業や専門職団体もある(図2のA)。地域別にみると、ヨーロッパが約半分を占め、次いで北米、国際機関、アジア・オーストラリアの順となっている(図2のB)。
2.ICRPの活動と成果
2011〜2017年事業計画(Strategic Plan 2011-2017)では、ICRP勧告の普及、放射線防護の一元化、環境保護、放射線防護システムの改善、医療における放射線防護の意識改革、放射線防護関連機関との協力等が大きな目標である。以下に5委員会の活動概要を示す。
2.1 ICRPの委員会とタスクグループ(表1)
(1)第1委員会(放射線影響、Radiation effects)
放射線被ばくで身体の器官や組織に引き起こされる確定的影響と確率的影響(がんや遺伝的影響)とその発現機構などの評価。
(2)第2委員会(被ばく線量、Doses from radiation exposure) 外部被ばくや内部被ばくを評価する線量係数の開発、生物動力学的(biokinetic)な基準モデル及び各国モデルの開発、放射線作業者や一般人の基準データの充実。
(3)第3委員会(医療放射線防護、Protection in medicine)
診断・治療等の際の放射線防護(大人から胎児まで)、不慮の被ばくによる医学的影響の評価。
(4)第4委員会(勧告の適用、Application of the commission’s recommendations)
職業被ばくや公衆被ばくに対する勧告の理解と適用に関する助言、放射線防護に関する国際機関や技術団体との協力。
(5)第5委員会(環境保護、Protection of the environment)
環境の放射線防護、環境の放射線防護と人の放射線防護との両立性、環境の放射線防護と別の災害に対する環境保護との両立性。
(6)タスクグループ
タスクグループは、上記の5委員会内に属し、ICRPと外部の専門家で構成され、特定の課題について検討し報告書を作成する。
2.2 ICRPの勧告等の国際的仕組(図3)
ICRPは、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」の報告を科学的根拠として、社会の動向にも配慮し放射線防護の原則を勧告する。それを受けて、IAEAは具体的な基準を作り経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)、国際労働機関(ILO)、各国等に報告する。各国はそれを参考に放射線防護管理に関する法規を策定している。
UNSCEARは、1955年に電離放射線の被ばく量と影響に関する情報の収集・評価のため設置された国連の委員会である。冷戦後は、環境放射線量の総合的評価、原爆被爆者の疫学的調査、生物化学的放射線影響の評価等の健康と環境影響に関する世界の科学的研究成果をまとめ、報告書「電離放射線の影響(Sources and Effects of Ionizing Radiation)」を発表している。
IAEAは国連の機関であり原子力と放射線利用の安全に関連し、評価基準等を策定している。
2.3 ICRP勧告と報告書
2014年までに勧告と報告書をあわせて125報が出版された。
(1)ICRPの主な委員会勧告(勧告)(表2)
ICRPの勧告は、拘束力を持たないが各国の放射線安全基準の基礎として尊重されている。1928年に発足した「国際X線及びラジウム防護委員会」による3勧告はX線とラジウムが対象であるが、ICRPが発足した1950年以降は広く電離放射線が対象である。1950〜1958年の勧告にはICRPの出版番号は無い。日本は、1990年の勧告を国内法令に採り入れているが2007年勧告の採り入れは検討中である。
(2)委員会報告書(報告書)(表3)
5委員会の報告書は、勧告に関する詳細なデータや検討内容をまとめたものである。表3は最近の報告の例を示す。
3.福島第一原子力発電所事故とICRPタスクグループ84(TG84)
2011年6月、ICRPに「日本の原子力発電所事故から学んだ初期の教訓」のとりまとめを課題とする「タスクグループ84(TG84)」が発足した。TG84は例外的にICRP主委員会の下に置かれ、そのメンバーの約半数は日本の当局者、研究機関及び大学の専門家であった。
TG84は事故時及び事故後の放射線被ばくに対して実施された防護対策や措置を検討し、2012年10月に放射線防護システムに関する提案を報告「日本の原発事故の初期の教訓に対するICRPの放射線防護システム(Initial Lessons Learned from the Nuclear Power Plant Accident in Japan vis-a-vis the ICRP System of Radiological Protection)」にまとめた。
報告では、被災者はほぼ防護されたものの、一般人やジャーナリストの誤解、救援者(消防、警察など)やボランティアの放射線防護、緊急時の危機管理、汚染物と土壌の処理・処分、モニタリング、情報共有等に関する18項目の課題があったことが指摘された。ICRPは、これらの課題に関して更に検討を続けている。
(前回更新:2006年8月)<図/表>