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<概要>
 放射線の健康影響は、放射線防護上、しきい値のある確定的影響の発生防止と、しきい値なしとした確率的影響の合理的な制限を達成するため、二つに大別される。確定的影響では、100mGy程度まで臨床症状が見られないが、線量が高い(1Gy程度以上になる)と、不妊白内障、急性被ばくの嘔吐、脱毛などの身体的影響が考慮される。確率的影響では、100mSv程度以上で有意増加が確認されるヒト発がん(固形がんと白血病)と実験動物で有意増加が確認される遺伝的影響(先天異常)などが考慮される。自然放射線に加わる年間100mSv程度以下は「確率的影響がしきい値なく増加線量に比例する」というLNT仮説が、最新知見も考慮の上、採用されている。なお、胚・胎児の被ばくに伴う健康影響にも上記の分類が適用される。
<更新年月>
2008年01月   

<本文>
1.はじめに
 放射線に被ばくすると、その線量に依存し、当人への「身体的影響」(母親では「胚・胎児影響」)とその子孫への遺伝的影響が考慮される。これらの影響は、被ばく量による発症の違いから、「確定的影響」と「確率的影響」に分類される(図1)。急性障害(嘔吐、脱毛)や不妊、白内障などの身体的影響は確定的影響である。晩発性の身体的影響(白血病と固形がん)や子孫に伝わる遺伝的影響は確率的影響である。放射線防護上、高線量で重視すべき「しきい値のある確定的影響」の発生防止と、自然放射線に追加される低線量として重視すべき「しきい値なく線量に比例するとした確率的影響」の合理的制限、が行われる。なお、母親被ばくに伴う胎児への影響もこの分類で防護が行われる。
2.確定的影響(deterministic effects)
 確定的影響は、しきい値のある組織障害反応であり、線量が大きいほど重篤な障害を生ずる。しきい値は、臨床診断において、組織維持の要である細胞集団に放射線損傷(大きな機能不全又は細胞死)の症状を認め得る最小線量である。しきい値以上では、線量増大とともに障害の重篤度が増す一方、放射線感受性の差を反映して、発症の頻度はS字型に増し100%に達する(図2)。なお、放射線治療では5年以内に1−5%の患者に障害を生ずる線量をしきい値としている。
 しきい線量は、器官や組織依存し、細胞の増殖や回復等の違いで異なるが、一回被ばくで多くは1Gy程度以上になる。100mGy程度以下の一回被ばく(数日又は数週間の早期被ばく)又は毎年繰り返し被ばくでは、臨床的に認められる症状は現れない。なお、同じ線量の長期(数月から数年)被ばくの場合、細胞の回復効果でしきい線量は一般に大きくなる。放射線防護上、生殖腺、眼の水晶体骨髄の確定的影響は高感受性で注目される。
(a)生殖腺(gonad)
 この確定的影響は不妊で、ICRPの1990年勧告付属書Bは表1のしきい線量を記載した。2007年勧告付属書Aでは、これに加え、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、男性で、一時的不妊は約0.1Gy(3−9週間で発症)、永久不妊は約6Gy(3週間)、また、女性の永久不妊は約3Gy(1週間未満)の値を示している。
(b)眼の水晶体(lens)
 この確定的影響は水晶体混濁と視力障害(白内障)である。2007年勧告付属書Aでは、表1に加え、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、視力障害(白内障)は約1.5Gy(数年)の値を示している。ただし、中性子など高LET放射線では効果が大きく、しきい線量は1/2から1/3になる。
(c)骨髄(bone marrow)
 この確定的影響は造血機能の低下と死亡である。2007年勧告付属書Aでは、表1に加え、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、造血機能低下は約0.5Gy(3−7日)、骨髄障害死亡は治療なしで約1Gy(30−60日)、良い治療で約2−3Gy(30−60日)の値を示している。なお、一回被ばくによる発症50%の半致死線量LD50/60は3−5Gy(30−60日)の値が示されている。被ばく後、適切な治療を行うと、半致死線量は9Gy近くまで上がる。
(d)甲状腺(thyroid)
 この確定的影響は甲状腺機能低下症、急性甲状腺炎慢性リンパ性甲状腺炎(橋本病)の三つである。甲状腺は、他の内分泌臓器(脳下垂体、副腎など)に比べて、放射線感受性が高い内分泌臓器である。甲状腺機能低下は、高線量で被ばく後1年以内に発症する。成人の場合、そのしきい線量は25〜30Gy程度である(ICRP Publ.41)。小児は成人に比べ感受性が高いとされている。なお、外部被ばくで1Gy以下、また、内部被ばくで10Gy以下では、甲状腺機能低下の発症は認められていない。急性放射線甲状腺炎は、甲状腺組織の炎症/壊死を伴い、I−131の内部被ばくでは被ばく開始2週間後に発症例がある(しきい値は200Gy以上)。慢性リンパ性甲状腺炎は、著しい侵潤リンパ球を伴う甲状腺腫を主兆とした自己免疫疾患である。小児期の放射線照射で慢性リンパ性甲状腺炎に発症例がある。10Gy以上の被ばくをした場合、数年後に発現する可能性がある。
(e)皮膚(skin)
 この確定的影響は紅斑、脱毛、乾性落屑、湿性落屑と壊死である。2007年勧告付属書Aでは、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、大面積での皮膚紅斑および火傷はそれぞれ<3−6Gy(1−4週間)および5−10Gy(2−3週間)、一時的脱毛は約4Gy(2−3週間)の値が示されている。なお、1990年勧告では、紅斑と乾性落屑は約3−5Gy(約3週間)、湿性落屑は約20Gy(4週間で水疱発症)、壊死は約50Gy(3週間)のしきい値が示されていた。
(e)胃腸管障害(gastro-intestinal syndrome)と間質性肺炎(pneuminitis)
 これらの確定的影響として、2007年勧告付属書Aでは、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、小腸の胃腸管障害死は治療なしで約6Gy(6−9日)、良い治療で>6Gy(6−9日)、間質性肺炎死は6Gy(1−7か月)の値を示している。なお、1990年勧告では、胃腸管死は>5Gy(1−2週間)、肺炎死は10Gy(急性炎症)、また、神経系障害死は>15Gy(1−5日)が示されていた。
(f)胚と胎児(embryo and fetus)
 この確定的影響は胚の致死、奇形や成長・形態変化と精神遅滞である。2007年勧告付属書Aでは、ヒトのデータは少ないものの、実験動物での知見に基づき、胚の致死、奇形や成長・形態変化のしきい線量は100mGyとしている。また、ヒト脳の発達障害について、原爆調査に基づき、重度の精神遅滞のしきい線量は300mGyとしている。なお、1990年勧告付属書Aでは、しきい線量は前者で同じく100mGy、後者で120−200mGyが示されていた。
3.確率的影響(stochastic effects)
 確率的影響には、損傷した単一体細胞に起因した発がんと単一生殖細胞に起因した遺伝性疾患(リスク寄与小)がある。臨床診断が下されるがん細胞は、単一の細胞が発がん上重要なDNA損傷の複雑過程を経て10億個以上に増殖する必要がある。また、子孫への遺伝性障害は、損傷生殖細胞が多段の受精選択過程を経て140兆個に増殖する必要がある。線量過大では損傷細胞が増殖能を失うため、確率的影響は数Gy以上で明確に減少する。線量が低くても増殖可能な損傷細胞は生じ得るため、確率的影響にしきい線量はない、また、線量の増加で影響の重篤度は変わらず発生確率だけが増加する、と見なされる。2007年勧告では、<100mSv程度において、がんおよび遺伝性疾患の発生確率は、最新知見(適応応答、バイスタンダー効果、遺伝子不安定性など)を考慮の上、等価線量に比例するという仮定が科学的に見て妥当である、とされている。
(a)発がん(carcinogenesis)
 がんの確率的影響は、主に年齢と性の揃った原爆調査(白血病と固形がん)に基づき評価される。原爆調査で、統計的に有意ながん増加は>約100mSvで認められる。2007年勧告では、原爆調査の固形がん罹患率(1958−1998年)を基に、過剰絶対リスクEARと過剰相対リスクERRで人口集団の違いを考慮し、性別、被ばく時年齢と到達年齢による補正関数を適用した計算を行い、これに各人口集団(欧米とアジア)のがんベースライン(性別、年齢群、がん部位ごとの罹患率と死亡率)等を用いて生涯寄与リスク(LAR)を算定し、さらに、人口集団と両性で平均した名目リスク係数(がん/万人/Sv)をがん部位ごとに求めた。なお、計算では、がん発症の最小潜伏期を、白血病2年、甲状腺5年、その他10年としている。
 名目リスク係数は、表2に示すように、致死がんおよび非致死がん合計の罹患率で評価しているため、これにがんべースラインに基づく致死割合(死亡率/罹患率)を乗ずると、名目死亡リスク係数が求まる。表3に、以前の勧告における死亡リスクとの比較を示す。ただし、ICRP Publ.60(疫学データ1985年までに相乗モデル)、ICRP Publ.26(疫学データ1974年までに相加モデル)とは、評価法が異なっている。単純比較では、全がんの名目死亡リスクは全年齢集団で1990年勧告の5%/Svから約4%/Svになっている。
 健康損害は、表2に示すように、基本は1990年勧告と同じ手法(致死がんと非致死がん間の調整後に相対寿命損失で重み付け)で評価している。2007年勧告では、遺伝的影響の生殖腺を含めて、全組織の和を1とする相対健康損害を、0.12、0.08、0.04および0.01の値に丸めて、各組織荷重係数が求められている。ここで、がん部位は、1990年勧告の赤色骨髄、骨表面、膀胱、乳房、結腸、肝臓、肺、食道、卵巣、皮膚、胃、甲状腺、その他に加えて、唾液腺が追加された。
(b)遺伝的影響(hereditary effects)
 遺伝性疾患を生ずる放射線障害例はマウスなどの実験データだけで認められている。遺伝性疾患はメンデル性疾患、染色体性疾患および多因子性疾患に大別される。2007年勧告では、前二者を合わせて、単一遺伝子突然変異の結果生じるメンデル性疾患と複数遺伝子突然変異と環境要因が関係し生じる多因子性疾患について、倍加線量法に基づき、被ばく者2世代までの遺伝リスクを評価した。今回は、生産児に突然変異回復能があるため、これを考慮した倍加線量法として、ヒト自然突然変異率とマウス放射線誘発突然変異率を結合したリスク評価が行われた。なお、遺伝的影響は、2世代と10世代とで、計算上、大差ないと評価されている。
 ICRP Publ.60では、全年齢集団の遺伝的影響は1%/Svに対し、2007年勧告では、表2の生殖腺に示すように0.2%/Svである。この致死割合0.8を適用すると、表3の生殖腺に示すように、0.16%/Svになる。また、寿命損失等を含めた健康損害上の遺伝影響名目リスク係数は、表4のように、2007年勧告で、全年齢集団0.2%/Sv(1990年勧告の約1/6)、成人0.1%/Sv(1990年勧告の約1/8)になる。
4.ICRP勧告の線量限度
 ICRPは作業者および一般公衆に対して、正当化および最適化に加えて、線量限度を勧告している。この線量限度は「確定的影響を防止し、確率的影響の発生を容認できないレベルに達しないように制限する」ように決められている。
 ICRP勧告では、1990年(ICRP Publ.60)および2007年(ICRP Publ.103)とも、確定的影響の防止として、作業者に対して、水晶体等価線量150mSv/年、皮膚等価線量および手・足の等価線量500mSv/年の線量限度が示されている(表5)。また、一般公衆に対して、水晶体等価線量15mSv/年、皮膚等価線量50mSv/年の線量限度が示されている(表5)。確率的影響を制限するため、寄与の小さい遺伝影響をを含めて、致死がん、非致死がん、とこれらに伴う寿命損失を総合した健康損害の評価に基づき、作業者に対し実効線量20mSv/年(50mSv/年を満たす5年間平均)、また、一般公衆に対し実効線量1mSv/年の線量限度が示されている。
(前回更新:1998年3月)
<図/表>
表1 成人の精巣、卵巣、水晶体および骨髄における確定的影響の推定しきい値
表1  成人の精巣、卵巣、水晶体および骨髄における確定的影響の推定しきい値
表2 両性平均の名目リスクと健康損害(全年齢集団)
表2  両性平均の名目リスクと健康損害(全年齢集団)
表3 全年齢集団における名目死亡リスク係数
表3  全年齢集団における名目死亡リスク係数
表4 低線量率放射線被ばくによる確率的影響:健康損害上の名目リスク係数
表4  低線量率放射線被ばくによる確率的影響:健康損害上の名目リスク係数
表5 職業人、公衆および妊婦に対する線量限度
表5  職業人、公衆および妊婦に対する線量限度
図1 放射線の人体への影響(種々の観点からの分類)
図1  放射線の人体への影響(種々の観点からの分類)
図2 確定的影響と確率的影響
図2  確定的影響と確率的影響

<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
放射線の中枢神経への影響 (09-02-04-01)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の生殖腺への影響 (09-02-04-03)
ICRP1990年勧告によるリスク評価 (09-02-08-04)
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)

<参考文献>
(1)日本アイソトープ協会(編):ICRP Publ.60、国際放射線防護委員会の1990年勧告(1991年11月)
(2)放射線医学総合研究所(監訳):国連科学委員会報告書「放射線の線源と影響」、ICRP Publ.26、1977(1988)
(3)放射線医学総合研究所(監訳):「放射線の線源、影響及びリスク」、UNSCEAR 1986年 Report、実業広報社(1990)
(4)青山喬(編):放射線基礎医学、金芳堂(1996年)
(5)Pierce,D.A.,et al.:Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors. Report 12,Part I. Cancer:1950-1990. Radiation Research 146,1-27(1996)
(6)辻本忠・草間朋子:放射線防護の基礎第2版、日刊工業(1992.4)
(7)ICRP Publication 103:Recommendations of the ICRP,Annals of the ICRP Volume 37/2-4(2007)(ICRP:2007年勧告)
(8)ICRP Publ.41(1984)
(9)UNSCEAR 1988
(10)Otake,M. and Schull,W.J.:Radiation-related posterior lenticular opacities in Hiroshima and Nagasaki atomic bomb survivors based on the DS86 dosimetry system. Radiat. Res. 121,3-13,1990
(11)NCRP:Guidance on Radiation Received in Space Activities. NCRP Report No.98,1989
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