<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 急性放射線影響
<タイトル>
放射線の生殖腺への影響 (09-02-04-03)

<概要>
 生殖腺放射線感受性の高い器官であるが、その組織の細胞すべてが感受性である訳でない。精子と卵子は個体の遺伝子を次世代へ遺伝するために特殊化した生殖細胞であり、生殖腺組織は生殖細胞の分化と生産の場所である。精巣では多量の精子形成が必要であるため、多くの精細管では細胞が分裂過程にある。また、卵巣では卵子の生産よりも卵子の機能維持や保護のために組織が分化しているので、両者の感受性は異なる。生殖腺で重要な放射線効果は、被ばくすると生殖細胞の分裂や分化の進行が直ちに停止、生殖細胞の生産が中止されるため、結果として細胞の枯渇が起こり不妊となる。この細胞の枯渇は被ばく線量に依存して一時的不妊や永久的不妊を惹き起こす。これに加えてもう一つ重要な放射線効果は精子や卵子に与えられるDNAおよび染色体に対する傷害で、わずか単一軌跡の低線量照射によっても起こる。これに起因する傷害は確率的または遺伝的影響として次世代細胞の染色体異常突然変異を誘発、遺伝傷害や発ガンに結びつく可能性が高い。そのため生殖機能に異常は起こらないような低線量被ばくの可能性にも充分な注意を払い、遮蔽によって生殖腺の放射線防護を徹底的に図る必要がある」
<更新年月>
2002年10月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線の生殖腺への影響(男性)
 男性の場合、精巣における精子生産能は生涯を通じて停止することはないといわれる。精巣を構成している精細管では未分化の精原細胞は有糸分裂を重ねて精母細胞となり、精母細胞は2回の細胞分裂から成る減数分裂を経て4ヶの精細胞となり、多量に生産された精細胞が精子に分化する( 図1 参照)。分裂期細胞が放射線に感受性であることは、「ベルゴニー・トリボンドーの法則」として古くから知られている。したがって、精細管内で精子形成を目的に起こる精原細胞および精母細胞の活発な細胞分裂は放射線の影響を特に強く受け直ちに停止する。そのため、精細管の精子産生能は被ばく線量に依存して一時的にまたは永久に停止する。精巣が極めて放射線感受性である理由はここにある。これに対して生産された成熟精子は分化した非分裂細胞なので放射線耐性である。
 照射直後はこの生残した精子によって生殖能力は保持されるが、被ばくによる精細管内の精子の生産が停止すると精子が枯渇してその結果不妊が誘発される。また、感受性の高い精原細胞や精母細胞に死が起こると精細管は永久に不妊となり、多くの精細管に不妊がおこると精巣が精子生産能を失い、個体は不妊化する。急性照射の場合、永久不妊はラットでは5〜6Gyの線量域で起こり、一時的な不妊(最長12ヶ月間)は2.5Gyで起こると報告され、ヒトでは前者が4〜5Gy、後者が0.1〜2.0Gyといわれている( 図2 参照)。
 医療被ばくについての注意は、診断用放射線や核医学診断用放射性同位元素の利用の際に患者が被ばくする線量または医師・技師等が受ける慢性被ばく線量は不妊を起こすほどの傷害には至らないものの、染色体異常や突然変異が誘発される可能性は否定できない。これに対して、放射線治療の際に患者が被ばくする合計線量は染色体異常も不妊も惹き起こすのに充分な線量である。治療用の照射野が精巣やその周辺も巻き込む場合は、防護のための遮蔽を充分にする必要がある。そのため精巣を照射野に入れる場合は、担当医師からその危険性について充分な説明が必要であり、場合によっては出産計画に対する対策や助言が必要になる場合もある。しかし、勃起不能は放射線被ばくとは関係がないことは明記すべき事柄である。
2.放射線の生殖腺への影響(女性)
 卵子は卵巣内で嚢状の封入体(濾胞)に包まれており、濾胞のサイズは大、中、小と差があるが、その差によって放射線感受性も異なる( 図3 参照)。濾胞の放射線感受性は、中サイズがもっとも高く、次いで大が中間で、小が最も放射線抵抗性となる。精巣と異なり、卵巣の生殖細胞は早期に形成され常に分裂している訳でなく、月経の度に成熟卵子は入れ替わる。卵子は成熟した濾胞から排卵されると、間もなく受精か月経かにより運命が決まる。
 卵巣に中等度の線量を被ばくしたと仮定すると、大サイズの成熟濾胞からは排卵がおこり受胎は可能であるが、中サイズの濾胞は感受性が高いため影響を強く受け、卵子の成熟は停止してしまう。したがって、もっとも抵抗性の高い未成熟濾胞が成熟するまでは一時的に不妊状態が続く。未成熟濾胞も感受性が低いといえ、線量によっては卵子の成熟が阻止されたり、細胞が死んでしまったりすると永久的な不妊となってしまう。しかし、卵子の感受性は年齢に支配される場合も多く、一般的に若い女性の卵子の方が放射線抵抗性がある。卵巣に不妊を起こす被ばく線量は、普通ではラットでは6.2Gy以上であり、ヒトでは 1.7〜6.4Gyで一時不妊、3.2〜10.0Gyで永久不妊となる。
 卵巣の被ばくで大きな問題となるのは、やはり被ばくによって卵子のDNAおよび染色体に起こる遺伝的な変化および傷害である。卵子の受胎能力は低線量でも中線量の被ばくでも回復するので、照射された卵子は染色体傷害をそのまま次世代の個体発生へ持ち込んでしまい、遺伝的異常や眼に見えない突然変異を子孫に伝える。男性の場合と同様、医学診断における被ばくで卵巣の不妊はおこらないが、染色体傷害は起こる可能性がある。卵子は精子に比べて自然の防護や遮蔽が施されているものの、不必要な被ばくは避ける用心が肝要である。
 放射線治療に起こり得る被ばくは卵子に染色体傷害を起こし同時に不妊も起こす2重の可能性があると想定されるが、更には被ばくによる不妊がつづくとそのために更年期傷害が起こってしまう。がん治療のように悪性な疾病治療のため照射の必要があるときは、患者は起こる可能性のある被ばくの危険性やその防護対策について充分医師より説明を受ける必要がある。
<図/表>
図1 精巣組織を構成する精細管
図2 ラット精巣組織における5Gy全身照射(X線)の効果
図3 卵巣の卵胞

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<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)

<参考文献>
(1) 平嶋ほか:Journal of Radiation Research (1995)
(2) UNSCEAR 1992年 Report
(3) NRC,NUREG/CR-4214(1985)
(4) UNSCEAR 1988年 Report(日本語版:「放射線の線源、影響およびリスク」)実業公報社(1990年)
(5) P.R. Wheater, H.G. Burkitt, P. Lancaster(著)、柴崎晋(監訳):カラーアトラス組織学、西村書店、(1988)
(6) E.L.Travis,Medical Radiobiology 2nd.Ed.,Year Book Medical Publishers, Inc., Chicago, USA(1989)
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