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1.総論
わが国においては、総発電電力量の約3割を50基の原子力発電により賄われており、エネルギー需要の伸びとして、相当程度省エネルギーに務めることを前提とした試算でも2010年には、1991年度の約1.2倍になるとの予想されている。原子力は、非化石エネルギーの中でも技術面、経済面の基本課題を克服し、既に現実の安定したエネルギー源としての地位を占めており、今後もわが国のエネルギー供給構造の脆弱性の克服に貢献する基軸エネルギーとしてその開発利用を着実に進めていく必要がある。また、放射線利用は医療、工業など国民生活の向上に大きく貢献するものであり、今後とも、その利用技術の普及促進などを進めることが重要である。さらに、多様化、高度化する原子力のニーズに適切に対応し、原理、現象に立ち返った基礎研究や幅広い技術基盤の強化が重要である。
なお、1996年末に発生した「もんじゅ」のナトリウム漏えい事故は、放射性物質による被害はなかったものの情報公開などに係る不適切な対応により、国民に大きな不安感を与える結果となった。国としてはこの事故の経験を十分活かしながら、幅広い意見を今後の政策に的確に反映していくために、「原子力政策円卓会議」を開催し、これを最大限に活用していくとともに、一般国民から広く意見を汲み上げるための原子力モニタ制度を拡充する。
こうした状況を踏まえ、1994年6月に原子力委員会が策定した「原子力の研究、開発用および利用に関する長期計画(以下「新長期計画」という)に基づき、わが国の原子力開発利用は、「エネルギーの安定確保と国民生活の質の向上」を目標とし、「平和利用の堅持」と「安全の確保」を大前提に、以下のような基本的考え方でその展開を図る。
「原子力平和利用国家としての原子力政策の展開」については、
原子力基本法に則り、原子力開発利用を平和目的に限定するとともに、国際的な核兵器不拡散体制の確立に貢献していく。このため、平和利用についての国際的信頼の確保、平和利用を指向した技術開発、平和利用先進国にふさわしい国際対応、情報の公開・提供に取り組む必要がある。
「整合性のある
軽水炉原子力発電体系の確立」については、今後とも軽水炉が原子力発電の主流を担うと予想されるため、その安全性・信頼性を確保しつつ、立地地域と
原子力施設が共生できるような積極的施策を展開する必要がある。特に、放射性廃棄物の処理処分と原子力施設廃止措置(以下、「バックエンド対策」という)を適切に実施するための方策を確立することが重要である。
「将来を展望した核燃料サイクルの着実な展開」については、エネルギー資源に恵まれないわが国が、その経済社会活動を維持発展させていくためには、将来のエネルギー安定確保に備え、また世界全体のエネルギーの安定供給の確保に貢献する観点から核燃料リサイクルの持つ意義は重要である。また、核燃料リサイクルは放射性廃棄物による環境への負荷を軽減し、その処理処分をより適切なものにするという観点からも有意義である。
「原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化」については、多様化、高度化する原子力のニーズに対応し、国民の福祉の向上と国際的貢献を図るため、既存の原子力技術の高度化のみならず、新しい原子力技術の創出が必要である。このため、中性子科学研究、光量子科学研究等の先導的基礎研究に積極的に取り組むとともに、計算科学技術や原子力用材料技術等の新たなブレークスルーを引き起こす基盤となる技術開発に努める。
2.各論
(1)核不拡散への取り組みの強化
原子力平和利用の確保および核不拡散対応への取り組みとして、
IAEAとの保障措置協定に基づく国およびIAEAによる厳格な保障措置を実施している。これを強化するため、核兵器の不拡散に関する条約(以下、「
NPT」という)に基づく国際的責務を誠実に履行するとともにこれに加えわが国としての自発的努力を払っていく。
NPTを厳格に履行し、保障措置を有効に適用することを目的として、IAEAにおける保障措置の強化および効率化の検討に積極的に参加している。最近の国際動向を踏まえ、国内保障措置体制の維持・強化を図るため、新たな計量管理手法の導入に向けた情報処理システムの整備、保障措置の実施に必要な試料分析の効率化、設計情報管理システムの開発、環境分析技術の開発調査等を行う。また、わが国の自発的な核兵器不拡散の努力として、核兵器不拡散に係る先端的技術に関する調査検討を実施するとともにわが国のプルトニウム利用に関する透明性の向上および核物質の国籍別管理の効率化システムの開発等を行う。
(2)安全確保対策の総合強化
原子力の研究開発利用を進めるに当たっては、安全確保に万全を期してきたが、
原子力発電所の高経年化が進みつつあることを踏まえて総合的な予防保全対策等を強化し、安全性の一層の向上を図る。さらに、
再処理工場等核燃料リサイクル施設の建設・運転、放射性廃棄物処理処分対策の推進等今後の原子力研究開発利用の進展に対応し、万全の安全確保対策を講じていく必要がある。原子力施設の万一の緊急時における防災対策を推進するため、緊急連絡網、緊急時医療体制、防災活動資材の整備、原子力防災に関する知識の普及等の充実を図る。科学技術的知見の蓄積、各種安全審査指針・基準の整備と充実、原子力施設等の安全性の向上のため、新しい安全研究年次計画(平成8〜12年度)に従い、原子力施設等安全研究、環境放射能安全研究および放射性廃棄物の安全研究等を推進する。
(3)国内外の理解の増進と透明性の向上等を図るための情報の公開
原子力開発利用を円滑に進めるため、原子力施設立地地域の住民を始めとする国民全般の原子力に対する理解と協力を得ることが重要である。このため、原子力施設の安全運転の実績を積み重ね、国民の信頼を得るとともに、原子力の安全性、必要性等について「もんじゅ」の事故の教訓を踏まえ、正確な知識および情報を国民に伝えるための施策を推進する必要がある。特に、
核物質防護、核兵器不拡散、財産権保護に支障を及ぼす情報を除き、わが国のプルトニウム利用計画の透明性の向上を図ることが重要である。
(4)原子力施設の立地の促進
発電用施設周辺地域整備法等の
電源三法を活用し、周辺住民の福祉の向上等に必要な公共用施設の整備を推進するとともに、地域と発電所との共生の推進、既設地域を含めた立地地域の自立的・長期的な振興策を充実・強化し、立地の一層の推進を図る。また、環境放射能の的確な監視体制の整備、放射線業務従事者等の追跡健康調査、防災対策、原子力施設の安全性・信頼性実証試験等を推進する。さらにマスメディアを通じた積極的な広報を進めるほか、中長期的な観点からの新立地方式の研究、立地技術の高度化を図る。
(5)軽水炉体系による原子力発電の推進
軽水炉の信頼性および稼働率の向上、作業員の被ばく低減化等の観点から、自主技術を基本として技術の高度化を図り、わが国に適合した軽水炉を確立するための調査、原子力発電検査技術の開発を行うとともに、民間の原子力発電支援システムの開発助成を行う。また、海外
ウラン探鉱開発活動、新素材高性能遠心分離機の実用規模カスケード試験、民間ウラン濃縮商業プラントの円滑操業およびレーザー法ウラン濃縮技術開発を推進するほか、再処理により回収されたウランの利用技術の確立を図る。
(6)核燃料リサイクルの技術開発の着実な展開
エネルギー資源に恵まれないわが国が、将来にわたりその経済活動を維持・発展させていくためには、将来を展望しながらエネルギーセキュリティの確保を図っていくことが不可欠である。このため、
MOX燃料の健全性試験、全炉心MOX-
ABWRのための技術開発、再処理施設の環境安全確保、保障措置適用のための技術開発、燃料リサイクル安全工学研究施設(NUCEF)を活用した臨界安全性、放射性廃棄物に関する研究等を行う。
(7)バックエンド対策の推進
原子力発電の進展、核燃料リサイクルの事業化、海外再処理廃棄物の返還等を背景に、バックエンド対策はますます重要性を増しており、これを確立することは、整合性のある原子力発電体系と言う観点から残された最も重大な課題である。特に、放射性廃棄物の処理処分は、多種多様な放射性廃棄物の特性を踏まえて、安全確保を大前提に、国民の理解と協力の下、責任関係を明確化して推進する。発電所廃棄物の埋設処分については、環境シミュレーション等の
安全評価に関する研究を継続する。リサイクル廃棄物に対しては、国民の理解と合意が得られるよう開かれた幅広い検討を進めるとともに、核種分離、長寿命核種の消滅処理等の研究開発等を推進するほか、全国規模の地質環境調査、地層処分システム等の研究開発を実施する。また、軽水炉の廃止に備えて、
原子炉の解体技術の高度化を進め、解体炉内構造物等の処理処分技術の開発、安全貯蔵に係る実証試験を進める。
(8)原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化
中性子科学研究、光量子科学研究等原子力の新たな可能性を拓くための先導的研究に積極的に取り組む。基盤技術開発については、放射線生物影響分野、ビーム利用分野、原子力用材料技術分野、ソフト系科学技術分野および計算科学分野の研究課題を推進する。研究の推進に当たっては、特に、研究ポテンシャルを結集して行うべき技術開発課題を原子力基盤総合的研究として特定し、国際交流を含む産・学・官の連携の下に研究を進める。
放射線利用については、医療分野における各種疾病の診断に関する研究、重粒子線がん治療法等に関する研究等を推進する。
核融合の研究開発については、
自己点火条件の達成、長時間燃焼の実現等を主要な目標に研究を進める。ITER計画については、必要な工学および物理研究開発を着実に進めるとともに、立地環境評価のための予備的な調査等を行う。
(9)国際協力の推進
原子力分野におけるわが国の国際貢献への要請に応えるべく、核兵器不拡散との両立を図るとともに、安全確保の重要性を認識しつつ積極的な国際貢献を果たしていく。
特に、近隣諸国および旧ソ連・中東欧諸国の原子力安全確保のためIAEAの活動を通じて支援など、主体的・能動的な国際貢献を果たしていく。
(10)人材の養成と確保
原子力の研究利用開発を推進するためには、その担い手である優秀な人材の養成と確保に努力することが不可欠であり、原子力関連研究者、技術者については大学等を中核として、原子力発電所等の技術者や技能者については、民間がその養成と確保を計画的に推進することが望まれる。このため、これらの活動の支援に努めるとともに、政府関係研究開発機関における人材の養成と確保に加え、多様な研修活動を推進していく。
<関連タイトル>
原子力委員会と長期計画(平成6年原子力委員会) (10-01-01-01)
核不拡散へ向けての国際的信頼の確立(平成6年原子力委員会) (10-01-04-01)
安全の確保(平成6年原子力委員会) (10-01-04-02)
国内外の理解の増進と情報の公開(平成6年原子力委員会) (10-01-04-03)
核燃料リサイクルの技術開発[その1](平成6年原子力委員会) (10-01-04-06)
バックエンド対策[その1](平成6年原子力委員会) (10-01-04-09)
平成7年度原子力開発利用基本計画 (10-02-01-05)
<参考文献>
(1)科学技術庁原子力局(編):原子力委員会月報、通巻第475号(第41巻第3号)、大蔵省印刷局(1997年4月)