<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 国際放射線防護委員会ICRP)は「有害な確定的影響を防止し、また確率的影響を容認できると思われるレベルにまで制限する」ことを放射線防護の目的とし、このため個人が超えて被ばくしてはならない放射線の量を線量限度として勧告している。わが国をはじめ世界各国はこのICRPの勧告を尊重し、法令等に積極的に取り入れている。
<更新年月>
2002年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線防護の目的として、(1)利益をもたらすことが明らかな、しかし、放射線被ばくを伴う行為を不当に制限することなく人の安全を確保すること、 (2)個人の確定的影響の発生を防止すること、(3)確率的影響の発生を制限するためにあらゆる合理的な手段を確実にとること、を掲げ、これらの目的を達成するため、放射線防護体系の基本原則の一つとして、個人が超えて被ばくしてはならない放射線の量を線量限度として勧告している。
 白内障不妊、血球の減少などで代表される確定的影響(ICRP1977年勧告では非確率的影響と呼んでいた)の防止は、組織が受ける線量の限度を十分低い値に設定し、生涯の全期間あるいは全就労期間の後であっても、被ばくする線量が障害発生のしきい値に達することがないようにすることによって達成されるとしている。(しきい線量の例:白内障について長期被ばくで年0.15シーベルト、ICRP Publication 41)
 一方、発がん及び遺伝的影響を指す確率的影響に関しては、その発生のしきい値が明確でない。そのため、どのような少ない被ばくでも線量に比例して影響が現れるとの安全側の仮定がとられ、その発生を社会的に容認できるレベルに制限することを意図して確率的影響に関して実効線量限度が定められている。
 線量限度は正当化、最適化と共に放射線防護体系を構成する3つの基本原則の1つである。線量限度の数値は、この値をわずかに超えた被ばくが続けば、ある決まった行為から加わるリスクは平常状態で“容認不可”と合理的に判断できる値に選ばれている。
 線量限度の適用にあたっては、限度を超えないように監視と制限がなされねばならいことが勧告されると共に、全ての正当化できる被ばくを経済的および社会的要因を考慮に入れて、被ばく線量を合理的に達成できる限り低く保つ(ALARAの原則)努力がなされるべきであるとした(防護の最適化)。この防護の最適化では、社会及び全被ばく集団に対する便益と損害を重視している。便益と損害の二つは社会の中で同じ分布をしそうにないので、防護の最適化は、ある人と他の人との間に大きな不公平を生ずるかもしれない。この不公平は、最適化の過程の中に個人線量についての線源関連の限定を導入することにより、制限することができる。ICRPは、これら線源関連の限定を線量拘束値と呼び、その使用を奨励している。
 線量限度からは、自然放射線により受ける線量と医療行為から受ける線量は除外されている。自然放射線には地域的な差があり、かつ、人為的に制御できるものではないことにより線量限度が適用されない。また、医療被ばくでは、被ばくする個人はその医療行為の直接の利益を受ける当人であることにより正当化されるため、線量限度を当てはめることは適切ではないとされた。
 わが国をはじめ世界各国はこのICRPの勧告を尊重し、法令等に積極的に取り入れている。
2.ICRP1990年勧告における線量限度
(1) 職業人に対する線量限度( 表1 参照)
 放射線作業者が生涯連続に被ばくしたとき、放射線により誘発されると考えられるがんによる死亡確率、その死亡による寿命損失及び18歳における平均余命損失を調べ、死亡確率について5%、平均余命損失0.5年及びリスクが年齢的に高くなってきた65歳における年間死亡確率10−3 (すなわち、千分の1)を容認できるリスクと容認できないリスクの境界付近にあるとした。これに対応する年線量は20mSvであるので、ICRPは、いかなる1年間にも実効線量は50mSvを超えるべきでないという付加条件つきで、5年間の平均値が年あたり20mSv(5年間に100mSv)という実効線量限度を勧告した。
 組織または臓器の等価線量の限度については、実効線量の限度によって、ほとんどすべての組織・臓器に確定的影響を起こさないことが確実となった。しかしながら、主に外部被ばくの場合、実効線量に寄与しない眼の水晶体水晶体、及び、局所的被ばくとなることが多い皮膚は、実効線量限度だけでは不充分である。眼の水晶体に対する年線量限度は150mSv(1977年勧告と同じ)、皮膚(任意の1平方cmで平均線量)または指先及び足先のすべての組織に対して500mSvの年線量限度がそれぞれ勧告された。
 女性一般に対する特別な職業上の線量限度は勧告されていないが、妊娠が申告された場合、妊娠の残りの期間に対し、腹部(躯幹下部)の表面に対し2mSv、放射性核種の摂取を年摂取限度(20mSv相当)の1/20とすることが補助的な限度として勧告された。
(2) 一般公衆に対する線量限度
 ICRPは、1mSvから5mSvまでの範囲での追加の年実効線量を受ける連続被ばくからのリスクの増え方を調べ、例えば、年線量1mSvでの年死亡確率は、最大で相加リスクモデルでは34歳のとき約1.4%増え、相乗リスクモデルでは42歳のとき約0.9%増えること、及び、もっと大きい年線量5mSvの連続的追加被ばくによっても年齢別死亡率の変化は非常に小さいことなどの結果から、1mSvをあまり超えない数値に年線量限度をとるべきとした。また、場所による変動が大きなラドンによる被ばくを除けば、自然の放射線からの年間被ばくは約1mSvであり、海抜の高い地域及び局地的の被ばくは少なくともこの2倍ある。これらすべてを考慮して、ICRPは、年実効線量限度1mSvを勧告した。時間平均については、特殊な状況に対して、5年間にわたる平均が1mSvを超えなければ、単一年について1mSvより高い実効線量が許されることもあり得るとした。
 等価線量の限度について、公衆は被ばくの全期間が職業被ばくのほぼ2倍であり、また、被ばくした個人の感受性の幅が広いかもしれないので、職業被ばくに比べて1/10とした。
3.法令(平成13年4月1日施行)に定められている線量限度
 現在の法令にはICRP1990年勧告を取り入れており、放射線業務従事者について以下の線量限度を定めている。
3.1 実効線量限度
(1) 平成13年4月1日以降5年ごとに区分した各期間につき、100ミリシーベルト
(2) 4月1日を始期とする1年間につき50ミリシーベルト
(3) 女子については、(1)(2)に規定するほか、4月1日、7月1日、10月1日及び1月1日を始期とする各3ヶ月間につき、5ミリシーベルト
 ただし、妊娠不能と診断された者、妊娠の意思のない旨を使用者等に書面で申出た者及び(4)に規定する者を除く。
(4) 妊娠中の女子については、(1)(2)に規定するほか、本人の申出等により使用者等が妊娠の事実を知ったときから出産までの間につき、人体内部に摂取した放射性同位元素から放射線に被ばくすること(以下「内部被ばく」という)について1ミリシーベルト
3.2 等価線量限度
(1) 眼の水晶体:4月1日を始期とする1年間につき150ミリシーベルト
(2) 皮膚:4月1日を始期とする1年間につき500ミリシーベルト
 妊娠中の女子の腹部表面については、本人の申出等により使用者等が妊娠の事実を知ったときから出産までの間につき、2ミリシーベルト
 なお、事業者は放射線業務従事者の線量を測定し、定められた実効線量限度および等価線量限度を超えていないことを確認し、その結果を記録保存しなければならない。
<図/表>
表1 ICRP1990年勧告の線量限度
表1  ICRP1990年勧告の線量限度

<関連タイトル>
被ばく制限値の推移 (09-04-01-02)
放射線被曝によるリスクとその他のリスクとの比較 (09-04-01-03)
放射線防護の目標 (09-04-01-04)
ICRPによって提案されている放射線防護の基本的考え方 (09-04-01-05)
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)
作業者と一般公衆の防護 (09-04-01-11)
実効線量 (09-04-02-03)
限度とレベル (09-04-02-12)
年摂取限度(ALI) (09-04-02-14)
国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12)

<参考文献>
(1) 日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publication 60、国際放射線防護委員会の1990年勧告、丸善(1992年7月)
(2) 日本アイソトープ協会:2001年度アイソトープ法令集I−放射線障害防止法関係法令、丸善(1988)
(3) 日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publication 41、電離放射線の非確率的影響、丸善、(1987)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ