<本文>
1.はじめに
放射線は本質的には生物にとって有害である。したがって、如何に安全に放射線を利用していくかが重要な問題である。しかしながら、放射線の利用あるいは原子力の利用において放射線の被曝防護を考える際、被曝リスクをゼロにすることは現実問題としてはありえない。一方我々が日常生活を送る上で如何なる行為といえどもリスクを伴わないものはない。
このようなことから、「ICRP-Pub.60(
国際放射線防護委員会の1990年勧告)」(以下「ICRP1990勧告」という)では、放射線被曝によるリスクがどのくらいであれば人間活動において容認できるかを考慮して、
放射線防護における
線量限度を決めている。ここでは、放射線被曝によるリスクと放射線以外の他のリスクについて対比的に述べる。
「ICRP1990勧告」による作業者(
放射線業務従事者)の線量限度を
表1-1 に、および一般公衆の線量限度を
表1-2 に示す。
リスクの表し方にはいろいろある。たとえば病気でも”罹患率”を求めることは不可能であるが、その数値を最も容易にかつ正確に得ることのできるのが死亡率である。したがって、いろいろなリスクを死亡率によって比較する。
2.産業生活におけるリスク
我が国における主な職業(産業生活)上の死亡リスク(労働災害のリスク)が1973年から1983年にわたって調べられており、
図1 に死亡リスクを100万人当りの年間死亡者数で示す。全般的傾向として、死亡リスクは年とともに減少している。業種別にみると、鉱業は何れの年度においても他の業種の死亡リスクを上回っており、100万人当り約1300人(1.3×10
-3のリスク)である。一方、安全な業種は製造業と電気・ガス・水道・熱供給事業であり、100万人当り50〜60人(5.0×10
-5〜6.0×10
-5 のリスク)である。7業種平均では、100万人当り141人(1.4×10
-4 のリスク)となっており、運輸業もほぼこれに近い。この業種平均値は他の欧米諸国とそれほど異なる値ではない。
3.日常生活におけるリスク
日常生活においても様々なリスクがある。我が国における日常生活上の各種リスクを
表2 に示す。自動車による死亡リスクは他の如何なる死亡リスクよりも高く、1年間に1万人に約1人が死亡する(1.1×10
-4 のリスク)。これに相当する産業生活における死亡リス クは、上に示したように、7業種平均および運輸業のリスクに相当する。
4.放射線被曝によるリスク
図2 に放射線被曝による影響の分類を、
図3 に
確定的影響と
確率的影響との比較説明図を示す。
放射線を被曝した場合、高線量被曝では早期に
急性障害が生ずる。この場合にはある線量(「しきい線量」)以上被曝しないと症状が現れてこない。この影響を「確定的影響」という。
一方、がんや
遺伝的影響は通常数十年経ってから現れてくる障害で、しきい線量がなく理論的にはどんなに少ない線量でも発生するといわれる。これを「確率的影響」という。したがって、どんなに低い放射線被曝でも安全であるとはいえないが、同時にどのような放射線被曝も一律に危険であるともいえない。放射線の影響といえども、身体の修復機構が働き障害を軽減する。被曝した人々の全てにがんや遺伝的影響が生ずるのではなく、被曝した人が被曝しなかった人に比べリスクが高いということであり、リスクの大きさは被曝線量に依存する。事故による放射線被曝の場合を除けば、一般公衆はもとより作業者といえども、しきい線量に近い放射線被曝を受けることはまず有り得ない。したがって、放射線防護での線量限度を考えるときには、特に確率的影響が問題となる。
ICRP 1990勧告では、 日常生活においてどれぐらいのリスクであれば、そのリスクを容認できないか、あるいは容認ができるかという、リスクの容認性から放射線のリスクアセスメントを行なっている。ICRP 1990勧告では、確率的影響のがん死亡確率係数 の推定確率として、
表3 に示すように、成人作業者に 4.0×10
-2/Sv、一般公衆(一般人)に 5.0×10
-2/Sv、という値を示している。これらはICRP1977勧告 の
リスク係数に相当する。この表では、致死がんについては、
デトリメント(
損害)は確率係数に等しい。
5.まとめ
放射線の被曝線量限度を決める場合、ICRP 1990勧告では「リスクの容認性」に基礎を置いている。ICRP1977年勧告でも、英国Royal Societyの報告「リスクアセスメント」でも、年間死亡確率 1.0×10
-3 を職業上容認できないリスクレベルの下限値としている。
図4 に示すICRPによる18才から65才までの放射線被曝に起因するがん死亡確率の年当り発現年令分布(計算値)によれば、65才までの死亡確率が1.0×10
-3 を超えないのは20mSv/年以下の場合である。
これらのことから、ICRP 1990勧告では、種々のデトリメントの表し方を考慮するとき、作業者被曝に対して、20mSv/年の連続被曝 (生涯1Sv)は容認できない状況の下限を示すとものとして、管理期間を5年間と考え5年平均100mSvを制限値とすることが実務的と考えた。したがって、年当り50mSvを超えない条件付きで
実効線量で20mSv/年を線量限度として勧告した(
表1-1参照)。
一般公衆に対しては、作業者被曝と同様に考るとともに、
ラドンを除く自然放射線による被曝の平均実効線量が約1mSv/年であることを考慮して、実効線量1mSv/年を一般公衆の線量限度として勧告した(
表1-2参照)。
我が国における産業生活の年平均死亡リスクは 1.0×10
-3〜1.0×10
-5(
図1参照)、平均し て1.0×10
-4であり、日常生活のリスクは1.0×10
-4〜1.0×10
-6 の巾(
表2参照)にあることから、ICRPが示したリスクを超えていない。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線のリスク評価 (09-02-03-06)
国連科学委員会(UNSCEAR)によるリスク評価 (09-02-08-02)
BEIR-Vによるリスク評価 (09-02-08-03)
ICRP1990年勧告によるリスク評価 (09-02-08-04)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)
<参考文献>
(1)日本アイソト−プ協会(訳):国際放射線防護委員会の1990年勧告(ICRP Pub.60)、丸善(1993年7月)
(2)草間朋子(編):ICRP1990勧告−その要点と考え方、日刊工業新聞社(1991年5月)
(3)岩崎 民子ほか:日本における労働災害のリスク、 保健物理、21,145-154(1986)
(4)岩崎 民子 :放射線のリスクの現状、からだの科学、135, 74-78(1987)
(5)松岡 理ほか:放射線利用に伴うリスク、原子力学会誌、35(7),595 620(1993)