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<概要>
 臨界事故とは、「核分裂性物質が予期しない原因によって制御不能のまま臨界量(または臨界寸法)を超えて、いわゆる臨界超過の状態になって事故を起こすこと」である。臨界事故被ばくは、原子炉あるいは臨界集合体(CA)の建設時、あるいは定期点検時等に原子炉の炉心燃料体を組立(装荷)する作業において、誤って臨界近接が生じることにより発生する。また、再処理施設を含む核燃料施設では、通常は臨界状態を目的としていないので起こらないが、事故として臨界状態の発生はあり得る。
 臨界事故による被ばくは、外部被ばくであるが、γ線中性子線の被ばくが組合わさっている点にその特徴があり、大線量被ばく事故となる場合が多い。被ばく事故に遭遇した場合の放射線障害急性障害である。中枢神経系障害、胃腸管障害が生じる程の大線量を被ばくした場合の治療方法はなく、1−2時間から1−2週間で死亡する。被ばく線量が比較的少なく、骨髄障害のみの場合にも、緊急医療として、骨髄移植等の措置を含めた集中治療によって生存できる場合がある。
<更新年月>
2003年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.臨界事故における放射線障害の特徴
 臨界事故とは、原子核(分裂)反応が無制御の状態によって発生し、それに伴って大量の中性子線、γ線が生ずる。原子炉施設においては、制御棒を引き抜いて臨界近接する(原子炉を運転する)際に原子炉炉室に作業者が立ち入ることはできない構造(インターロック)になっている。したがって、ほとんどの場合、臨界事故は、原子炉あるいは臨界集合体(CA)の建設時、あるいは定期点検時に原子炉の炉心燃料体を組立(装荷)する作業において、誤って臨界近接が生じることにより発生する。核燃料保管庫、高レベル廃棄物保管庫等においても、核物質を不用意に隣接させることにより、中性子束密度が増加して臨界条件を満たした場合には、核分裂反応が起こり、高線量の中性子線とγ線が発生する可能性がある。
 臨界事故による被ばくは、外部被ばくであるが、γ線と中性子線の被ばくが組合わさっている点にその特徴があり、大線量被ばく事故となる場合が多い。原子炉の設計が初期の頃に幾度か発生したが、現在ではほとんど発生することのない放射線事故である。
 被ばく事故に遭遇した場合の放射線障害は急性障害である。中枢神経系障害、胃腸管障害が生じる程の大線量を被ばくした場合の治療方法はなく、1−2時間から1−2週間で死亡する。被ばく線量が比較的少なく、骨髄障害のみの場合には、緊急医療として、骨髄移植等の措置を含めた集中治療によって生存できる可能性がある。
2.過去の臨界事故例
 過去の臨界事故例を 表1-1表1-2 に示す。
(1)Boris Kidrich,Vinca(ユーゴスラビア)
 1958年に発生したユーゴスラビアにおける臨界事故では、6人の原子力技術者(物理学)が被ばくした。被ばく線量は、最大でγ線が3.2Sv、中性子線が3.2Svであり、最小でγ線1.75Sv、中性子線1.75Svであった。被ばく線量の大きかった5名はフランスに移送され、骨髄移植を受けた。その結果、腹膜炎、肺出血等感染症で1名が死亡した以外は生存したため、骨髄移植の有効性が喧伝される事例となった。この際の骨髄は被ばく2週間後に胎児幹細胞、1か月後に血縁関係のない他人の骨髄の移植をそれぞれ受けている。しかし、このような場合、一部生残していた骨髄が、移植された骨髄細胞と組織不適合を起こしてしかるべきであるにも拘らず、その兆候は報告されておらず、また免疫適合のチェックをしないままで兄弟姉妹以外の他人からの骨髄細胞が生着することは考えにくい。被ばく線量の評価の精度についても問題点が指摘されており、生存は被ばく線量が致死量に及ばなかったためであり、必ずしも骨髄移植が有効であったわけではないと現在では考えられている。
(2)Y−12,オークリッジ国立研究所(アメリカ)
 1958年のオークリッジにおける臨界事故では8名が被ばくし、混合被ばくで3.65Sv, 3.39Sv, 3.27Sv, 2.70Sv, 2.68Svの線量を被ばくした5名には、血液異常と脱毛が見られたが、残りの3名は0.68Svの被ばくで特に症状は観察されなかった。生存者全員に現在でもリンパ球染色体異常が見られ、影響が残存している。
 大線量被ばくによる急性障害から回復しても、晩発影響の発生の可能性は残される。事故後に子供をもうけない限り、遺伝障害は発生する懸念はないが、がん発生確率の増加、あるいは加齢現象による寿命の短縮などが依然として懸念される。
(3)JCO,東海村(日本)(参考文献3)
 1999年に発生した茨城県東海村の核燃料製造工場における臨界事故では、3名の作業員が高線量の放射線(中性子およびγ線)に被ばくした。Aは直後から嘔吐、下痢を発症、Bも1時間以内に嘔吐を始めた。最初に患者が運ばれた国立水戸病院での血液検査から高線量被ばくである可能性が、また患者の体表面サーベイから放射性核種による汚染が疑われたため、放射線医学総合研究所(放医研)に転送された。放医研では、臨床症状、吐物・血液中のNa−24、リンパ球数、染色体分析から被ばく線量の推定を行った。その結果、Aは16〜20GyEq(*)、Bは6〜10GyEq、Cは1〜4.5GyEqであり、この結果に基づいて治療方針が決められた。AおよびBについては造血幹細胞移植が必要であるとの結論に至り、Aは東京大学医学部付属病院で末梢血幹細胞移植を、Bは東京大学医科学研究所付属病院で臍帯血幹細胞移植をそれぞれ受けた。しかしながら、Aは広範な皮膚障害と消化管障害を含む多臓器不全のため、被ばく後83日目に、またBも211日目に死亡した。Cは放射線医学総合研究所の無菌室で治療を受け、現在、外来で経過観察中である。
 一方、上記3名を除いた従業員169名が最大4.8Sv、作業者を救出した消防署員3名を含む防災業務関係者60名が最大9.4mSv、一般住民207名が最大21mSv被ばくした(これら436人中79人が5mSv以上の被ばく)。(ATOMICA <04-10-03-02>参照)
3.高線量被ばく(参考文献3)
 被ばく後、数時間から数週間に起こる臨床症状の総称を急性放射線症(Acute radiation syndrome:ARS)といい、その病態は多くの組織や臓器の複合障害と位置づけられている。一般にX線やγ線の急性放射線症は、約1Gyの線量を全身に被ばくすると起きるとされている。急性放射線症について、JCOの臨界事故を例につぎに少し記述する。(ATOMICA <09-02-03-01>参照)
 その病態は、大きく分けて被ばく線量に依存して現れてくる臨床症状から、血液・骨髄障害(Hematologic injury)、消化管障害(Gastrointestinal injury)、循環器障害(Cardiovascular injury)、中枢神経障害(Central nerve system injury)の4つに分けられる。また急性放射線症は、時間的経過から前駆期(Prodromal phase)、潜伏期(Latent phase)、発症期(Critical or Manifestation phase)、回復期もしくは死亡(Recovery phase or Death)に分けられる( 図1 参照)。
 前駆期は被ばく後、数時間以内に現れ、食欲低下・悪心・嘔吐・下痢が主な症状で、およそ1Gy以上で現れることが多い。これらの症状は線量が高いほど現れるまでの時間が短く重症である。またこの症状が、大まかな被ばく線量推定にも役立つことが多い。すなわち1〜2Gyでは、嘔気は10〜50%被ばく者に2時間〜数時間後に現れるが、4Gyを超えるとほぼ全員に現れ、6Gy以上では30分以内に現れる。今回のJCO事故の場合、臨界は朝の10時35分ころに起き、数分以内に1名(作業者A)に嘔吐が、さらに約1時間後にさらに他の1名(作業者B)に嘔吐が見られている。この症状から、Aは8GyEqを超える線量、またBは少なくとも4GyEqは超えた被ばくらしいことが推定される。下痢についても4Gyを超えると3時間から8時間くらいの間に見られることがあり、8Gy以上ではほぼ100%の人に現れる。やはりJCO事故では、1時間以内に下痢が現れており、これもAの場合8GyEqを超えるほどの高線量被ばくであることがわかる( 表2 参照)。
 この前駆期を過ぎると、一時的に前駆期の症状が消え、無症状な時期に入る。前駆期に見られることが多い皮膚の発赤や紅斑も消失する。この期間も線量に依存し8Gyを超えるとほとんどないが、1〜2Gyでは数週間あることもある。しかしながらJCO事故では、事故当日である9月30日にみられた嘔吐・下痢などは10月1日には消失している。このように高線量であっても潜伏期が認められることもある。JCO事故など最近の事故例から、症状の発症については従来の教科書の記載とは異なり、書き変えるべきところが多く提起されている。一方、この潜伏期後には、多彩な症状が現れる発症期にはいる。この時期に、典型的な症状が現れる。その後、治療が成功すれば回復期に入るが、線量が高いと死亡する。

[用語解説]
(*) GyEq(生物学的γ線相当線量、Gray Equivalent):ここでは、急性効果に対する中性子のRBE(生物効果比)を考慮した被ばく量の指標として用いられており、同程度の急性効果の現れるγ線の吸収線量で表されている。
<図/表>
表1-1 過去に発生した主な臨界事故における被ばくの状況(1/2)
表1-1  過去に発生した主な臨界事故における被ばくの状況(1/2)
表1-2 過去に発生した主な臨界事故における被ばくの状況(2/2)
表1-2  過去に発生した主な臨界事故における被ばくの状況(2/2)
表2 急性放射線症
表2  急性放射線症
図1 急性放射線症の病期
図1  急性放射線症の病期

<関連タイトル>
世界の核燃料施設における臨界事故 (04-10-03-02)
世界の原子力施設における臨界事故 (04-10-03-05)
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
放射線による骨髄の損傷(骨髄死) (09-02-04-06)
放射線による腸管の損傷(腸死) (09-02-04-07)
放射線による中枢神経障害(中枢神経死) (09-02-04-08)
放射線が寿命に与える影響 (09-02-05-05)
緊急被ばく医療 (09-03-03-03)
骨髄移植 (09-03-05-02)

<参考文献>
(1)中尾(編):放射線事故の緊急医療、ソフトサイエンス社、東京(1986)
(2)明石 真、石榑 信人:特集 ウラン燃料加工施設における臨界事故 (V)高線量被ばく作業員に対する緊急時対応とその被ばく線量評価、日本原子力学会誌、42(8), p.40-43(2000)
(3)T.P.McLaughlin et al.: A Review of Criticality Accidents, 2000 Revision, LA-13638(2000)
(4)Handling of Radiation Accidents 1977, Proceedings of a Symposium Vienna,IAEA-SM-215,(1977)
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