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<概要>
 骨髄移植は難治性白血病の治療法として発達してきた。同時に約40年前のヴィンカ(Vinca)放射線事故時の障害治療に用いられ、以来、重度被ばく障害の治療法とされ、チェルノブイル事故時にも用いられたが、まだ研究の余地がある。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.骨髄移植治療と放射線事故例
 骨髄移植というのは骨髄の細胞浮遊液を宿主の静脈内に注射する方法で技術的には比較的簡単な医療技術である。骨髄移植研究が本格的に始まったのは1950年代に入ってからであるが、すでに1939年に試みられている。
 骨髄移植は悪性腫瘍の治療法として近年急速に発展しつつある。大量の抗がん剤や超致死線量の放射線全身照射を前処置として行われる骨髄移植療法は難治性白血病の完治療法としての地位を固めてきただけでなく固形がんにも成功例を増しつつある。骨髄移植療法の当初の難関は移植骨髄の拒絶、急性GVHD(輸血後移植片対宿主病:移植骨髄に対する免疫的反応による障害)と間質性肺炎であった。相次いで適切な対策が講じられ、いまやこれらの諸問題は解消されつつある。
 急性放射線症における造血臓器障害の治療法としては有力視されており、過去の最初の実例として1958年10月ユーゴスラビアのヴィンカ原子炉臨界事故があった。ガンマ線中性子線による被ばく推定線量は2−4.4Gyであった。事故後の第5週に3Gy以上(3.23,4.19,4.14,4.26,4.36Gy)被ばくした5症例に骨髄移植治療が施行された。1症例は腸の障害(腸重積)を併発して死亡したが、残る4症例は回復した。しかし、移植骨髄の生着は一過性であった。第2事例は10年後の1967年米国ピッツバーグで直線加速器冷却装置の修理に当たっていた3名がX線に被ばくした事例である。2名は1及び3Gyの被ばくであったが残る1例は6Gyの被ばくと考えられた。この症例には8日後一卵性双生児の兄弟から骨髄移植を行い救命できた。第3の事例は、1986年4月のチェルノブイル原子炉事故処理被ばく者に対する治療である。検査、治療が必要と考えられて115名がモスクワ第6病院へ運ばれた。そのうち、嘔吐、頭痛、発熱、下痢、下血、脱毛等の発生状況から4.4−13.4Gy被ばくしたと推定される25名のうち、13名( 表1 )に事故後4−16日以内に骨髄移植が施行された。そのうち2症例は2年以上生存したが、いずれもHLA表現型不適合の提供者から骨髄の移植を受けている。その後の染色体分析によると約1カ月後の細胞核型は両名とも患者のもので占められていて、移植した骨髄細胞は生着していなかった。
2.チェルノブイル事故における骨髄移植治療
 放射線事故被ばく例への骨髄移植治療の症例は過去約40年以上に亘って19症例に過ぎない。それゆえ各症例は大変貴重である。チェルノブイル事故の症例を検討してみる。13症例中7症例(症例1、2、3、4、9、17、27)は生着判定前に皮膚障害、消化管障害で死亡した。生着した残りの6症例のうち4症例(症例5、6、16、28)はGVHD(graft-versus-host disease)、サイトメガロヴィルス感染、肝障害、腎不全で死亡した。症例11、29は成分輸血や免疫抑制剤等の処置を行っている間に自力で造血能を回復したと考えられる。これらの患者は肝障害、消化管障害、呼吸器感染等を伴っており、これらを管理しながらGVHDを起こさないように予防処置をしなければならない。4症例には移植後1、3、6日目に代謝桔抗剤のメソトレキセート投与したが、途中よりサイクロスポリンAに切り替え大部分の症例に用いた。3名には抗リンパ球グロブリンを使うなどGVHDの克服を試みている。GVHDの判定も困難である。基準に照らして重度分類ができたのは4症例で、疑いと判断された症例を入れると半数以上となる。しかし、組織診断や皮膚生検と一致しない場合もあり、剖検例にても一致しない症例もあった。
 骨髄移植をどう評価するかが問題である。9Gy以上の症例は6症例が骨髄移植をうけ、5症例が受けなかった。いずれも全症例死亡している。しかし、骨髄移植を受けた1症例は60日まで生存した。6.5〜9Gyで骨髄移植を実施した3症例中1症例は生存、2症例は死亡、実施しなかった4症例の内1症例は30日以上生存したが、結果的に4症例とも死亡した。6.5Gy以下の場合は、骨髄移植を受けた4症例中生存は1名だけで、受けなかった5症例は全員生存している。この結果から骨髄移植が本当に良かったかを判断するのは困難である。生命延長に役立ったとも言える。骨髄移植を受けて生存した2症例は移植骨髄が拒絶され流れてしまい、その後に自己骨髄が回復してきたと考えられる。
3.骨髄移植治療の問題点
 障害治療法としての骨髄(造血幹細胞)移植はまだまだ問題がある。骨髄移植を行って生着し造血組織が増殖し始めるまで約3週間かかる。しかも、白血球数が1000/マイクロリットルを超えるには24〜25日かかる。この間の生命維持が問題である。被ばく患者は白血球数0の状態が2週間続くわけであり、火傷等がある場合は、これが生命を非常に短縮する。移植骨髄が流れてしまい、その間に自己骨髄が回復する事もある。この間のつなぎとしての骨髄移植を行う考え方もある。顆粒球数が500/マイクロリットルまでになる日数は35日以上である。この間の生命維持が問題でまだまだ研究されなければならない。骨髄移植以外の治療に頼れる様になる必要がある。血小板減少は血小板輸血でかなり持ちこたえることができる。顆粒球減少は顆粒球の半減期が数時間なので大量でも短時間しかもたずこれだけで維持するのは不可能である。そこで考えられるのが造血刺激因子(CSF)である。骨髄移植後にCSF(cerebrospinal fluid)を投与する事により白血球数が1000/マイクロリットルに到達するのが25日から14日に短縮することが可能となっている。
 最近は造血幹細胞を骨髄からばかりではなく臍帯血や末梢血管から採取した臍帯血幹細胞の移植や末梢血幹細胞移植も普及してきた。JCO事故の際にも試みられ、血液成分を造るという最初の目的は達成できたが、免疫能は回復しなかった。
<図/表>
表1 チェルノブイル事故で骨髄移植を受けた人の状態と提供者たち
表1  チェルノブイル事故で骨髄移植を受けた人の状態と提供者たち

<関連タイトル>
輸血血液への放射線照射(GVHDの予防) (08-02-02-12)
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の中枢神経への影響 (09-02-04-01)
放射線の造血器官への影響 (09-02-04-02)
放射線の皮膚への影響 (09-02-04-04)
放射線の消化器官への影響 (09-02-04-05)
放射線による骨髄の損傷(骨髄死) (09-02-04-06)
白血病 (09-02-05-02)
放射線障害に対する治療法 (09-03-05-01)

<参考文献>
(1) 蔵本 淳:「骨髄の造血障害に対するBMT、CSFの適応について」癌と化学療法 17、919-921、(1990年)
(2) 井上俊彦:「骨髄移植と放射線障害」−全身照射からみた晩発障害−医学のあゆみ 146、396-398、(1988年)
(3) 高久史麿(編):骨髄移植マニュアル、中外医学社(1996)
(4) 小林賢司:骨髄移植の朝、玄文社(1996)
(5) 加藤俊一:骨髄移植、中外医学社(1992)
(6) 正岡徹(編):骨髄移植、西村書店(1991)
(7) 鈴木 元:外部放射線被ばくによる急性放射性障害とその治療法、原安協だより、第173号、4、(2000)
(8) 鈴木 元:JCO臨界事故患者の初期治療、保健物理、35、4、(2000)
(9) 佐渡敏彦:放射線と免疫,老化,がん,5.骨髄移植の免疫学(4)、放射線科学、43、380、(2000)
(10)有水 昇(監)、高島 力、増田康治、佐々木康人(編):標準放射線医学第5版、医学書院、1999年12月
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