<概要>
電離放射線によって生物学的効果が生じるのは、生体に吸収された
放射線のエネルギーが
電離や
励起をおこすことによる。しかし同じ
吸収線量でも、放射線の種類が異なれば作用や効率が異なってくる。この違いを表すために基準放射線としてエックス線またはガンマー線を選び
生物学的効果比(RBE)を用いている。ある放射線の生物学的効果比に最も影響を及ぼす要因は、その飛跡の電離および励起の分布状態である。これは線エネルギー付与(
LET)で表す。
高LET放射線による障害の特徴は、生体自身の回復がほとんどみられないことや、放射線の効果が修飾されにくいことである。
放射線防護の目的では、異なった放射線のいろいろな生物効果比を慎重に判断し、危険度を計算するために、目的とする放射線のLETによって
線質係数を定めている。高LET放射線は障害の面では重大な影響を及ぼすが、この生物学的作用の特徴を活かして、がんの治療などの医学利用も行われつつある。
<更新年月>
2002年10月
<本文>
(1)放射線と生体物質との相互作用
電離放射線は、すべて電離や励起により生体物質と相互作用を行うが、生体系に損傷を与える場合には、放射線の種類が異なれば同一の吸収線量でも、その生物学的効果が異なってくる(
表1 )。ある放射線の生物学的効果に最も影響をおよぼす要因は、その飛跡に沿った電離および励起の分布状態である。これは線エネルギー付与(LET:Linear Energy Transfer)で表現される
低LET放射線の代表的なものはエックス線と
ガンマ線からの二次電子線であり、高LET放射線はアルファー線、
中性子線、陽子線、重粒子線などである。そこで基準放射線としてエックス線またはガンマ線を選び生物学的効果比(RBE:Relative Biological Effectiveness)として他の放射線の効果を表現している(
表2 )。
一般に放射線の生物学的効果比は、線エネルギー付与が高くなるほど、増大する(
図1 )。高LET放射線による障害の特徴は生体自身がもっている回復がほとんどみられないこと、
酸素効果や増感剤や防護剤などによる放射線効果の修飾がされにくいことである。LET増加にともなうRBEの増大の関係は、LETの値が非常に高い場合は成り立たない。そのような高い電離密度では、効果が生じるのに必要なエネルギーよりも多くのエネルギーが付与されるため、エネルギーが無駄になると考えられている(
図1)。
(2)放射線の種類と生物学的効果
(a)アルファ線の
内部被ばく
トリウム232はその
晩発障害があきらかでなかったため1940代に主として血管造影剤として用いられた。体内に入ったトリウムは肝、脾、
骨髄、リンパ節などの
細網内皮組織にとりこまれて、ながくその組織内に沈着しアルファ線を出し続ける。その結果細胞の
壊死をおこし、肝がんの原因となった。アルファ線は体外からの
照射では皮膚表面で吸収されるので障害の対象とならないが、内部被ばくでは電離作用が大きい(RBEが大きい)ため、重大な局所障害をあたえる。原子力利用にともなうプルトニウムなども体内にとりこまれた場合は長期にわたって障害の
リスクをかかえる。
(b)原爆による
中性子線の被ばく効果
広島、長崎における原爆被ばく者の放射線障害はガンマ線と中性子線によるものであるが、同じ被ばく線量で比較すると広島のほうが障害が大きい。これは広島の原爆の放射線が中性子線の割合が長崎のものより多く、中性子線の高LETの効果(RBEが大きい)のあらわれと言われていた。近年、原爆線量再評価が行われ広島の中性子の貢献度が低いことが分ったが、確かさに欠けているのが問題である。
(c)高LET放射線の医学利用
がんの治療に、放射線を発生するいろいろな医療用の装置が開発され、病気の位置や性質にあわせた治療がおこなわれている。高LET放射線である中性子線、陽子線などは、同じ線量でもエックス線やガンマ線に比べて細胞を死滅させる力が強く、放射線に抵抗性のある種類のがんにも有効な放射線であることから治療が試みられている。また、物質内で停止する前にエネルギー付与のピーク(ブラッグピーク)を示す重粒子線は体内深部のがんの部位のみに高い吸収線量を与えるような照射が可能なので、正常組織を害せず効率的な治療ができると期待され、現在多くの臨床症例が積み重ねられつつある。
脳腫瘍の治療に中性子を利用する方法として、ホウ素を含む化合物との併用法がある。この化合物を投与すると脳腫瘍の部分によく集まるので、そこに
原子炉の中性子線を当てると、このホウ素が放射性のホウ素に変わり、これからでるアルファ線が直接腫瘍にあたって治療される原理で、アルファ線が電離作用が強く、透過性が低い性質を利用したもので、今後の利用が期待されている。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)
線エネルギー付与(LET)・生物学的効果比(RBE)・放射線荷重係数(WR) (09-02-02-11)
放射線効果と修復作用 (09-02-02-12)
被ばく線量と生物学的効果 (09-02-02-13)
線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)
<参考文献>
(1)近藤 宗平(著):分子放射線生物学、東京大学出版会(1972年)
(2)放射線のはなし、日本原子力文化振興財団(1990年)
(3)坂本 澄彦:医学のための放射線生物学、秀潤社(1998年)
(4)坂本 澄彦:放射線生物学、秀潤社(1998年)
(5)E.Blakeley,et al,:Inactivation of human kidney cells by high energy monoenergitic heavy−ion beams, Radiation Research 80,122(1979)
(6)日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publication 26、国際放射線防護委員会勧告、丸善(1984年)
(7)日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publication 42、ICRPが使用しているおもな概念と用語解説、丸善(1986年)