<本文>
1.線エネルギー付与(
LET)
放射線の線質の違いは何によって生ずるのであろうか。放射線による生物効果は、放射線のエネルギーが生物体内に吸収されることによって引き起こされる。
照射された生物に与えられる放射線のエネルギー量は、その生物体内に生ずる
電離と
励起の量によって決まる。ところが同じ吸収線量を与える放射線であっても、たとえば
α線と
X線、
γ線とでは電離のミクロな空間分布が異なる。α線は緻密な飛跡を与えるが、X線やγ線ではイオンはより疎に分布する(
図1 )。ここで、荷電粒子の飛跡に沿って単位長さ当りに局所的に与えられるエネルギー量を線エネルギー付与(LET:Linear Energy Transfer)といい、これを放射線の線質の違いを知る指標とする。
放射線の線量単位は1kg当りに吸収されるエネルギーの総量1Gy=1J/kgといったようにきわめて巨視的なものであるのに対し、実際の生物体内では、電離のミクロな空間分布の違いによって、同一線量であってもその放射線から与えられる効果が異なってくる。
2.生物学的効果比(RBE)
そこでこのような放射線の線質による生物効果の大きさの違いを量的に示す値として、生物学的効果比(RBE:Relative Biological Effectiveness)が用いられる。RBEとは、問題にしている放射線Λ″が、標準放射線Λ(例えば、
60Coγ線やX線)に比べて何倍の生物効果を与えるかを数字であらわしたものである。同程度の生物反応yを与えるのに要するΛ″とΛの線量をそれぞれ D″(y)、D(y)とすると、RBEはこの線量の逆比で与えられる。
RBE(Λ″:Λ|y)= D(y) / D″(y)
標準放射線は、
放射線医学においては250keVのX線を用いるが、通常は普通のX線または
60Coγ線が用いられる。例えば、半数のマウスに
白内障を引き起こす線量が、X線(標準放射線)で8Gy、
中性子で2Gyであった場合、中性子のRBEは4になる。
3.RBEとLET
一般に、放射線のエネルギーが小さいほど、また粒子の質量が大きいほどLETは大きくなる。
図2 、
図3 に示すように、マウスの臓器の重量低下や致死、また高等植物の染色体異常等はそれぞれ全く異なった生物反応であるが、いずれも約80keV/μm付近のLET値をもつ放射線が、最大のRBE値を示す。RBE値に影響を及ぼす因子としては、LET以外に動物の系統差、培養細胞の株差、生物効果の種類、粒子線の種類、線量などが挙げられる。
放射線の
線量率を変えると、同量の線量を照射しても障害の大きさに差がみられる。一般に、低線量率の方が障害は小さい。これは照射中に回復が起こるためと考えられる。
線量率効果は、
低LET放射線を照射したときには大きく、高LET放射線を照射したときには著しくない(
図4 )。従って、線量率が減少するほどRBEは大きくなる。
4.放射線荷重係数(WR)
これまで述べたように、RBEは線量率や生物効果の種類、また生物効果のエンドポイントをどこにおくかなどにより変化する値であり、定数ではない。そこで、防護施策上はそれぞれの放射線が一定のRBE値を持つと仮定し、その値を線質による生物作用の違いをあらわすために用いる。これを放射線荷重係数(WR)という。これは、危険度が過大評価となるよう、RBE値の最大値に近い値を用いている(
表1 )。吸収線量に放射線荷重係数をかけたものを線量当量という。
なお、放射線荷重係数は1991年以前は
線質係数(QF:Quality Factor)といわれていた。
<図/表>
<関連タイトル>
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線の細胞系への影響 (09-02-02-08)
放射線荷重係数と組織荷重係数 (09-04-02-02)
<参考文献>
(1)江上 信雄:放射線生物学、岩波書店(1993)
(2)山口 彦之:放射線と生物、啓学出版社(1973)
(3)近藤 宗平:分子放射線生物学、東京大学出版会(1972)
(4)E.J.Hall:Radiobiology for the Radiologist 3rd Edition J.B.Lippincott Co.(1988)
(5)日本アイソトープ協会(訳):ICRP Pub. 60 (1991)、国際放射線防護委員会の1990年勧告、丸善(1991)