<本文>
放射線の生物作用は、細胞死、細胞分裂阻害、個体の致死、発生異常、物質代謝異常、
突然変異、
染色体異常、がんなどの生物学的効果として現れる。放射線によって起こるこれらの生物現象は他の物理・化学的刺激によるものと質的な差異はないが、一般的に放射線の被ばく線量が大きい程、生物学的効果は大きい。この線量−効果関係は、放射線の標的によって異なるが、(1)しきい値のあるS字型、(2)しきい値のないS字型、(3)指数関数型に分類される(
図1 )。
このうち(1)は、その線量効果関係を表す曲線がS字型を示し、観察される最終効果がこれ以下の線量では発生しないというしきい値が存在するものであり、個体による感受性の変異が
正規分布をしていると考えると説明がつく。一方、(2)しきい値のないS字型や(3)のような指数関数型の線量−効果関係は放射線に特有のものであって、感受性の変異だけからは説明ができない。このような放射線による生物学的効果の特異性を統一的に解釈しうるのが標的説(
ヒット説)で、細胞の中に特に
放射線感受性の高い部分(標的)があって、この部分が放射線によりヒット(
電離がおこる)されたときのみ効果が生ずると考えるものである。標的説の考えを発展させ、2つまたはそれ以上の飛跡間の相互作用により単一ヒットによる障害を修飾する付加的効果、マルチトラック効果(増強または弱化)も考えられている。
1.酵素の失活やウィルスの失活に関する線量−効果関係
生物活性のある酵素分子や
核酸が蛋白の殻で包まれた簡単な構造からなるウィルスが放射線
照射を受けると、その活性が線量に対して指数関数的に低下し(
図1、C)、線量に対して活性を対数で表した片対数グラフ上では原点を通った直線で表される(1ヒット曲線。
図2 、C)、放射線感受性の大小はこの直線の傾き(
D37値)として表現され、標的の大きさは1/D37に比例する。
2.微生物や培養細胞の生残率に関する線量−効果関係
ウィルスより大きな微生物や培養細胞に対する放射線の線量−効果関係は、細胞の増殖能(コロニー形成率等)の消失を指標にして、片対数グラフで表すが、一般には肩のある生残曲線(多標的1ヒット曲線、しきい値のないS字)になる(
図2、A,B)。これは亜致死損傷からの回復が存在することを示しているが、このような放射線の生物作用は細胞の種類、細胞のおかれた環境条件、放射線の種類や照射の条件等で異なる。
3.組織を構成する細胞(幹細胞)の線量−効果関係
組織の放射線感受性は、それを構成する細胞の放射線感受性と細胞の動態によって決まる。一般的には
細胞再生系に属する組織では放射線の影響を受け易く、細胞増殖のもとになる幹細胞の放射線感受性が高い。例えば造血組織や小腸のような再生系組織ではそれぞれ造血幹細胞およびクリプト細胞といった幹細胞の線量−効果関係は、培養細胞で知られていると同様な肩のある曲線として得られる(
図3 )。従って組織の幹細胞も本質的には、培養細胞と同様の
標的理論で傷害を受けているとして説明できる。
4.個体レベルの線量−効果関係
一般に、臓器あるいは個体レベルの
放射線障害の発生頻度は、その線量−効果関係が、しきい値のあるS字型を示す(
図1、A)。これはある線量(しきい値)以下ではその放射線障害が観察されないことを示しており(
図4 )、放射線感受性は、個体の半数がその障害(例えば、致死)を起こす線量(LD50)で表すことが多いが、個体レベルの線量−効果関係は照射後の生存期間の長・短でも表される。
4.1 線量−生存率関係
個体レベルの線量−効果関係のうち最も重要なものは線量−生存率関係である。動物にいろいろの線量を照射した後、急性障害死のピークを過ぎた30日目の生存率を求め、半数の個体が死亡する線量すなわち
50%致死線量をLD50[30]と表し、個体の感受性の比較に用いる(
図4)。
4.2 線量−生存期間関係
照射後の動物の生存期間は、動物種により差があるが、共通して見られる特徴はかなり広い線量範囲にわたって生存期間が一定、すなわち線量不依存域が存在することである(
図5 )。これは線量−生存期間関係曲線から、おのおのの線量域で死因が異なるためであり、感受性の低い方から次のように分類される。ヒトの場合を
表1 に示す。
1) 中枢神経(障害)死(高線量致死域)
2) 腸(障害)死(線量不依存域)
3) 造血器(障害)死(低線量致死域)
<図/表>
<関連タイトル>
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線の細胞系への影響 (09-02-02-08)
放射線効果と修復作用 (09-02-02-12)
線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)
放射線の種類と生物学的効果 (09-02-02-15)
<参考文献>
(1)江上信夫:放射線生物学、岩波書店(1985年)
(2)菅原 努ほか(編): 放射線細胞生物学、朝倉書店(1967年)
(3)飯田博美(編):放射線概論、通商産業研究社(2002年)
(4)UNSCEAR 1993,国連科学委員会の1993年報告、附属書F、実業公報社(1995年)、p.629
(5)杉浦紳之:放射線生物学、通商産業研究社(2001年)
(6)日本非破壊検査協会(編):エックス線作業主任者用テキスト(1998年)