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1.はじめに
海外における中性子ラジオグラフィの利用は、国内と比較して早い時期から始められており、本格的な利用は1960年代からヨーロッパ及びアメリカを中心として開始された。中性子を発生するためにはX線またはγ線の場合よりコストがかかるため、検査対象はX線またはγ線ラジオグラフィではその測定が極めて困難であるものに限られていた。使用済原子炉燃料の検査は一番特徴的なものであり、検体自身からγ線が出るためX線またはγ線ラジオグラフィでは基本的に不可能である。また、航空機部品の検査においては、その部品のトラブルが与える影響が非常に大きいことを考えると接着部・腐食部の検査は重要である。さらに、火薬、爆薬等を含む火工品の検査においては、装薬類が一般的に金属容器内に納められており、かつ、内容物が軽元素で構成されていることから、X線またはγ線による検査では極めて困難である。機能試験や作動検査ができないまま使用せざるを得ないロケット等の重要な部品の検査においては、可能な限り多くの検査を行い信頼性を高めることが必要不可欠であり、中性子ラジオグラフィによる検査は重要である。
国外では、原子炉および加速器を用いて、研究分野とともに産業分野における利用が盛んである。国内では、研究用原子炉を中性子源とした中性子ラジオグラフィ装置を用いた基礎研究分野における利用が多数を占め、産業分野における利用は、加速器を中性子源とした装置を有する民間会社が行っている程度である。
2.使用済原子炉燃料の検査 使用済燃料には含有する核分裂生成物から強いγ線が放出されており、X線またはγ線を用いたラジオグラフィでは、検出器がそれらのγ線も一緒に検出するため、使用済燃料の検査はできない。これに対して中性子ラジオグラフィでは、間接法(*1)を用いることにより燃料からのγ線による影響を受けずに使用済燃料の検査が可能である。これらの検査は中性子ラジオグラフィの代表的な利用例であり、アメリカではアルゴンヌ研究所(Argonne National Laboratory)を中心に行われており、ヨーロッパではデンマークのリソ研究所(Riso National Laboratory)、オランダのペッテン研究所(ECN Petten)、フランスのサクレー研究センター(Saclay Nuclear Research Centre)等で行われている。図1にSaclayのOSIRIS炉の装置で撮影された加圧水型原子炉の燃料ピンの中性子ラジオグラフィ画像を示す。左側のピンでは、端栓直下の燃料ペレットが砕けている様子がはっきりと観察される。
3.宇宙ロケット用火工品の検査
ロケットなどの火工品は点火・分離系、指令破壊系に大きく分類され、小型軽量、高エネルギー伝達、瞬間作動という特徴を有し、宇宙ロケット、人工衛星に欠かせない。しかしながら、他の部品と異なり1回限りの使用であるため、製造後において機能検査や作動試験を行うことはできず、その代わりに非破壊検査が機能の信頼性を確認するために大きな役割を担っている。火工品の一般的構造は、装薬(火薬、爆薬)が鉄、アルミニウム、鉛等の金属ケースに覆われ、また材料・部品の結合や保持に接着剤、シーリング剤が多用されている。それ故、X線では金属部の欠陥は検出できるが、機能に大きく影響する装薬の欠陥(ボイド、亀裂、隙間)や接着、シーリング剤の欠陥を検出することはできない。しかし、中性子は金属ケースを透視して、軽元素で構成されている装薬、接着剤、シーリング剤の状況を可視化できる。
アメリカでは、GA(General Atomics)社のTRIGA炉を用いて中性子ラジオグラフィによるNASAのアポロ宇宙計画の火工品の非破壊検査が行われ、フランスでもSaclay研究所のORPHEE炉を用いて数多くの検査が行われている。ORPHEE炉の装置で撮影されたARIANEロケットで用いられる電気式起爆装置の検査例を図2に示す。左側がX線で撮影した画像、右側が中性子で撮影した画像である。両者を比較すると、中性子ラジオグラフィの画像方がa,b,cの各領域のそれぞれが明確に示されており、各部の状況が良好であることが確認できる。
4.航空機部品の検査
中性子ラジオグラフィは航空機の翼、ヘリコプターの回転翼等の腐食検査、複合材料の接着部の検査にも使用されている。構造材料としてアルミニウムが使用されている部品の検査では、中性子はアルミニウムを容易に透過するが、腐食生成物であるアルミニウム水酸化物や水を透過しにくいためその状態が確認できる。この種の検査では対象物が極めて大きい場合が多く、252Cf等の放射性同位体を用いる大型装置や加速器を用いる可搬型の中性子ラジオグラフィ装置が一般的に使用される。アメリカのMcClellan(McClellan Air Force Base)には252Cf(50mg)を中性子源とする可搬型の中性子ラジオグラフィ装置と航空機検査専用1MW出力のTRIGA型原子炉を中性子源とした中性子ラジオグラフィ装置がある。McClellanでは、これらの中性子ラジオグラフィ装置を用いて航空機の検査を定期的に行い、補修や部品の交換時期を決定している。図3は252Cfを中性子源とした可搬式中性子ラジオグラフィ装置による垂直尾翼検査の様子を示す。
この他にもアメリカには航空機の検査専用の中性子ラジオグラフィ装置が稼働している。そのうち、LTV Aerospace and Defence 社(Company)で行われた航空機のハニカム構造材の検査例を図4に示す。中性子ラジオグラフィとX線ラジオグラフィの画像を比較すると、前者においてのみ内部に発生した腐食あるいは水分の存在がはっきりと確認できる。ハニカム構造は軽量でかつ強度を有しているが、腐食等に起因する破損があると極端に強度が低下するため飛行中に事故が発生する可能性が高い。中性子ラジオグラフィ検査によってこれらを絶対に回避するべく努力がはらわれている。
構造材以外にもジェットエンジンで使用されるタービンブレードの検査に中性子ラジオグラフィが使用されている。タービンブレードは使用中高温にさらされるため、内部に冷却材流路を設けて冷却している。製作時にセラミックス製の中子(なかご)を使用して冷却材流路を形成し、完成時には取り除かれる手順となっている。何らかの事故で一部に中子が残っていると冷却材流路を閉塞あるいは冷却材の流量不足を生じさせる原因となる。一枚のタービンブレードの破損は、エンジンそのものの破損につながる可能性があり、絶対に避けなければならないことから慎重に検査が行われている。
そこで、中性子ラジオクラフィ検査では、内部に中性子吸収材であるガドリニウム混合液体を塗布し、撮影を行っている。これにより中子残留物のある部分にはその部分にガドリニウムが付着して残り、検出可能となる。このような検査は、アメリカのAerotest社(Aerotest Operation Inc.) やカナダのN-ray Service社等を中心に行われている。図5にAerotestで撮影されたタービンブレードの中性子ラジオグラフィ画像を示す。冷却材流路の左上部に中子残留物が確認できる。
5.中性子テレビ法を用いた検査
中性子テレビ法(*2)を用いると、エンジンを稼動した状態で内部のピストン、バルブ、潤滑油等の動きを直接観察できる。中性子ラジオグラフィ関係者にとって歴史的に重要なこの実験は、1970年代後半にイギリスAERE Harwell研究所のDIDO炉を使用して行われた。図6に実験風景と撮影されたアルミニウムエンジンの中性子ラジオグラフィ画像を示す。この実験では、冷中性子ビームを原子炉建屋に隣接した撮影室まで導き、毎秒100駒の速度で撮影、記録を行っている。撮影結果はエンジンの改良やトラブル発生時の対策等の際に活かされるとともにテレビコマーシャルとしても使用された(文献12参照)。
現在では、高中性子束を有する研究用原子炉の出現と撮像システム等のエレクトロニクスの飛躍的な進歩により、国内でも日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)JRR-3Mの中性子ラジオグラフィ装置を用いて気液二相流等の研究が精力的に行われている。しかし、国内、国外を問わず中性子テレビ法を実用面に使用できる施設は高中性子束が必要なこと等の問題により限られているのが現状である。
6.その他の中性子ラジオグラフィ開発研究の現状
中性子ラジオグラフィは、非破壊検査としてばかりでなく研究の実験道具としても使用されている。最も多く利用されている分野は二相流、混相流、金属液体の流れ等の流動関連の研究である。この種の研究で使用される中性子ラジオグラフィ装置には中性子テレビシステムが必要であり、必然的に高中性子束の中性子源を有する装置施設に限定される。国内では日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)のJRR-3M中性子ラジオグラフィ装置がある。国外でも大学の研究用原子炉を使用して中性子ラジオグラフィの開発研究が進められている。ドイツのミュンヘン工科大学ではFRM-I炉を使って中性子3次元CT(Computed Tomography)の研究を進めている。図7にタービンブレード検査への応用例、図8に金属製鍵の検査への応用例を示す。両画像ともに3次元CT画像により内部の構造がはっきりと観察できる。
最近では中性子3次元CTをリバースエンジニアリング(*3)への応用等、工業面で直接応用するための技術の開発も行われている。この他にも農学研究で植物の根の生長過程観察に用いられたり、古代遺物の内容物検査や絵画の真偽判定に使用される等、中性子ラジオグラフィの応用範囲は広がっている。現在、世界で約90基の中性子ラジオグラフィ装置が稼動している。その所在地や特性については、Neutron Radiography Sites of the World (、2004.11.10)あるいは、文献13)の中性子ラジオグラフィの概要に表2、3として中性子ラジオグラフィ設備が詳しく載っている。
新しい情報を知るには、関連の国際会議がもっとも手っ取り早い。歴史的に見れば1981年末のアメリカのサンディエゴにおいて第1回目が開かれ、その後第2回目が1986年6月にパリ、1989年5月大阪、1992年にサンフランシスコ、1996年6月にベルリン、1999年5月に大阪、2002年9月にローマのそれぞれにおいてWCNR(The World Conference on Neutron Radiography)として行われている。また、中性子ラジオグラフィの国際的な団体のホームページ(http://www.isnr.de/)も情報源として有用である。