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<概要>
 中性子ラジオグラフィX線ラジオグラフィと類似した放射線透過検査法であり、透過特性の違いによりX線ラジオグラフィと相補的な情報が得られる。典型的な中性子ラジオグラフィ装置は中性子源コリメータおよび撮像系の3つの要素から構成される。観察対象試料をコリメータによって方向が揃えられた中性子ビーム内に置き、透過してきた中性子ビームの強度分布を適当な撮像系を用いて画像化する。
 中性子ラジオグラフィが実用的に利用されている分野を列挙すると:1)原子炉燃料の健全性確認検査、2)宇宙ロケット等で多用される火工品、エンジンノズル等の試験検査、3)航空機エンジンを始めとする各種タービンブレードの検査、機体のハニカム構造材腐食検査、4)内燃機関内の燃料の輸送状況観察等である。これら工業分野以外にも、美術品への応用、埋蔵文化財への応用、農業への応用等が挙げられる。
 ここでは、中性子ラジオグラフィの原理を概観した上で多様な応用事例を紹介する。
<更新年月>
2007年12月   

<本文>
1.中性子ラジオグラフィの原理
(1)中性子ラジオグラフィの特長
 中性子ラジオグラフィはX線ラジオグラフィと類似した放射線透過検査法である。その特長は、X線が物質内の核外電子との相互作用により減衰されるのに対し、中性子は物質を構成する元素の核そのものと相互作用を起こして減衰される点にある。X線の減衰は主として物質内の自由電子密度に依存するため質量減弱係数は原子番号に対して単調増加の傾向を示している。これに対して熱中性子の場合は原子番号に対して質量減弱係数が急激に変化している(図1参照)。具体的には、中性子を用いることによりX線の減衰が小さい水素、炭素、硼素等を含む物質(例えば水、プラスチックあるいは有機物等)の減衰像が得られる一方で、中性子はX線が透過しにくい鉄、鉛、ウラン等の重金属を透過するため、これら重金属で構成された物の内部を検査することができる。
(2)中性子ラジオグラフィ装置の構成
 典型的な中性子ラジオグラフィ装置は図2に示されるように中性子源、コリメータおよび撮像系の3つの要素から構成される。観察試料を中性子源より発生され、コリメータによって方向が揃えられた中性子ビーム内に置くと、試料内での中性子の散乱と吸収によって本来一様であった中性子ビーム強度分布が変化し、試料の内部構造を示す強度分布になる。この中性子ビーム強度分布を適当な撮像系を用いて画像化するのが中性子ラジオグラフィである。以下にそれぞれの構成要素について述べる。
1)中性子源
 中性子源としては、原子炉、加速器又は放射性同位元素が一般的である。このうち原子炉の中性子源強度が他の2者に比べて大であり、現在最も多くの中性子ラジオグラフィ装置で利用されている。加速器の性能の向上、さらには大強度陽子加速器による核破砕を用いた中性子源の出現等により、加速器中性子源は原子炉と比肩、条件によっては凌駕するレベルに達しつつある。一方、放射性同位元素では226Ra−Be、241Am−Be、252Cf等が用いられる。その特長は前2者に比べて、軽量かつコンパクトであるため可搬性を有する中性子ラジオグラフィ装置の中性子源として利用できる点である。
 中性子ラジオグラフィで用いられる中性子をエネルギーで分類すると冷中性子、熱中性子、熱外中性子および高速中性子となる。このうち熱中性子が最も一般的に用いられているが、熱外中性子では共鳴領域における断面積の変化を利用して、高速中性子では透過能力の高さを活かして、それぞれ特長のある中性子ラジオグラフィ装置が開発・利用されている。
2)コリメータ
 中性子源から放出された中性子は、まずコリメータに入る。コリメータの内壁はLi、B、Cd等の中性子吸収材によって内張りされており、コリメータ外から侵入する中性子や方向のずれた中性子は通過させない構造になっている。コリメータには直管型(入口部と出口部が同形状および同寸法のもの)、Sollerslit型(中性子吸収材でできた小径管束又は等間隔の平板群を挿入して中性子ビームの平行度を向上させようとするもの)、ダイバージェント型(末広がり型:入口部に対して出口部の面積が大きくなったもの)等の種類があり、現在ではダイバージェント型のものが最も多く利用されている。このコリメータの性能は、コリメータの全長Lと入口等価直径Dとの比として求められる。このL/D比が小さい場合、条件によっては撮影された画像に半影(ボケ)が生じ、良好な画像が得られない。現在では1000に近い高L/D比を有する装置も出現している。
3)撮像系
 撮像系は、試料を透過してきた中性子ビームの強度分布を可視化する部分である。従来から用いられてきた方法としてフィルム法があるが、現在では中性子用イメージングプレートで置き換えられつつある。また、後述する蛍光コンバータ(コンバータとして蛍光を発するもの)と高感度のテレビカメラを組合せることにより動的試料の撮影も可能となる。
 フィルム法では中性子に不感なX線フィルムを使用するため中性子をX線フィルムが感じるものに変換させるコンバータが必要となる。コンバータとしては、Li、B、Gd等の吸収断面積が大きく中性子との反応により2次荷電粒子(α線、β線等)を放出させるものが用いられる。一般的には、Gdをアルミニウム板に25μm厚蒸着させたものが使用される。Gdは極めて大きな中性子捕獲断面積を有し、(n,γ)反応に伴い内部転換電子を放出しX線フィルムを感光させる。
 試料が放射化している場合、又は放射性物質を内包している場合は、X線フィルムが試料から出てくる放射線により感光されるので上記手法は適用できない。この場合は、中性子やγ線に不感であるトラックエッチ検出器を、中性子を吸収し陽子やα粒子などの重荷電粒子を放出するコンバータと一緒に用いるトラックエッチ法又はフィルム法の一種である転写法が用いられる。トラックエッチ検出器の場合、重荷電粒子により検出器を構成する高分子材料の化学結合が切断され、切断跡が化学エッチングにより可視化できる状態となり、画像化される。トラックエッチ検出器としては硝酸セルロース又は39CRがよく用いられる。他方、転写法では試料と一緒にDy、In等の金属箔が中性子ビーム中に置かれ撮影される。金属箔は中性子ビームにより放射化されるが、放射化の程度は中性子ビームの強度に依存し、この金属箔からの放射線を用いて間接的にX線フィルムを感光させる。
 中性子テレビシステムは蛍光コンバータ、鏡、撮像デバイスおよび暗箱より構成される(図3参照)。蛍光コンバータはLi-6F:ZnS(Ag)を組成とするものが最も広く用いられており、中性子強度を可視光の強度に変換する。ただし、現在使用されている蛍光コンバータは発光輝度が月明かり程度と微弱であるため、超高感度のテレビカメラの使用が必要不可欠となる。これまでは撮像デバイスとして超高感度を有するSIT(Silicon Intensifier Target)管カメラが使用されていたが、より高速の現象を捉えるためにイメージインテンシファイアを装着した高速度ビデオカメラ(毎秒1000コマ以上の撮影が可能)やCT(Computed Tomography)用に高解像度を目指した冷却型CCD(Charge Coupled Device)カメラ(空間分解能 数十μmでの撮影が可能)が利用可能となっている。
2.中性子ラジオグラフィの応用分野と応用例
 中性子ラジオグラフィが実用的に利用されている分野を列挙すると:1)原子炉燃料の健全性確認検査、2)宇宙ロケット等で多用される起爆管、導火線等の火工品(図4参照)、エンジンノズル、各種電気部品の試験検査、3)航空機エンジンを始めとする各種タービンブレード(図5参照)の検査、機体のハニカム構造材腐食検査、4)内燃機関内の燃料の輸送状況、潤滑油の状態、油圧装置類中の油の挙動観察等である。これら工業分野以外にも、美術品への応用、埋蔵文化財への応用、農業への応用等が挙げられる。
(1)熱流動現象の可視化・計測
 非接触の計測が必要とされる熱流動研究では、高温、高圧等の過酷な条件が求められることが多く、金属容器の使用は不可欠である。これらの問題に対し、中性子ラジオグラフィ、特にテレビ法は有力な可視化・計測法として期待できる。可視化画像を画像処理することにより流動様式、気泡上昇速度、液膜厚さ、速度分布、ボイド率分布等の代表的な流動特性値が計測可能である。可視化対象としては、ヒートパイプ内の作動流体挙動、液体金属の流れ、熱交換器内部の流体挙動、固気二相流等多種多様である。
(2)農学分野
 植物はその殆どが水から構成されているため、中性子ラジオグラフィで良く可視化できる。植物の生育に伴う根の成長の様子を時系列的に非破壊で可視化したり、肥料を添加した土壌中での根の成長との関係を調べたり、根の生育と根近傍の土壌中の水分量の関係を明らかにするために使用されている。図6は肥料を添加したダイズの根の生育状況を観察したものである。真っ直ぐ下方に伸びている主根に対して横に広がる側根は肥料のある側に伸びていないことが分かる(図6右参照)。これは肥料が過剰に与えられたため、根は敢えて養分を摂取しなかったものと考えられる。これに対し、肥料を与えずに同様の条件下で生育させたダイズの根では真っ直ぐ下方に伸びた主根に対して側根が左右に伸びている(図6左参照)。最近では、バラの首折れ(ベントネック)現象の原因を解明するための研究にも応用されている(図7参照)。ベントネックとは、切り花を生産地から消費地に輸送する間に花の首の部分が折れ曲がって商品価値が低下するものである。
(3)古文化財
 埋蔵文化財への非破壊検査としては身近に利用しやすいX線ラジオグラフィが一般的であるが、中性子ラジオグラフィを用いることにより新たな情報が得られる。具体例としては銅鏡におけるひび割れ、腐食の発生状況、鉄剣の錆の発生状況、青銅製の経筒内の内容物の確認(図8参照)等が挙げられる。金属の腐食部分は、金属の密度が減少していることからX線が透過し易くなるのに対し、そこに水素を含む腐食生成物が発生していると中性子は透過し難くなる。特に金属容器内に存在する紙、布等の有機物は中性子ラジオグラフィによりはっきりと確認できる。
(4)近年の事例
 近年の応用分野として、燃料電池、水素吸蔵合金等が挙げられる。燃料電池はクリーンなエネルギー源として期待されているが、実用化までには未だ開発すべき項目が多い。運転に伴い副生成物として発生する水の効率的な除去は重要であるが、その状態を知るのは難しい。燃料電池は締付板(SUS等の金属)、電極板(銅等の金属)、セパレータ(炭素あるいは金属)等から構成されており、これら材料の組合せで内部の水の動きを可視化できるのは中性子ラジオグラフィだけである。図9に(財)日本自動車研究所(JARI)タイプの燃料電池標準セルを中性子ラジオグラフィで撮影した結果を示す。炭素セパレータの流路パターンがはっきりと確認できる。テレビ法を用いて稼動状態で可視化すると、セパレータ流路内の水の動きをリアルタイムで観察することができ、燃料電池の性能との相関を知ることができる。
 燃料電池では燃料として水素ガスが用いられるが、高純度水素の供給源として高濃度かつ低圧力で水素を貯蔵できる水素吸蔵合金が注目されている。水素は原子番号1であり、X線との相互作用は極めて小さい。これに対して中性子は図1に示されるとおり、水素に対する質量減弱係数が大きく、金属内部に吸収された水素でも可視化可能である。水素吸蔵合金を粉末にしてライターサイズの小型タンクに詰めた試料を用いて、水素の吸放出の繰り返しによる影響が中性子による可視化により調べられている。中性子ラジオグラフィによる観察の結果、繰返し使用による性能の劣化は、水素を吸蔵したまま放出しない合金粉末が底部に集まり引き起こされていることが分かった。
(前回更新:1998年12月)
<図/表>
図1 異なるエネルギーを持つ中性子およびX線に対する質量減弱係数
図1  異なるエネルギーを持つ中性子およびX線に対する質量減弱係数
図2 典型的な中性子ラジオグラフィ装置
図2  典型的な中性子ラジオグラフィ装置
図3 中性子テレビシステムの概要
図3  中性子テレビシステムの概要
図4 密封型導爆線の説明図および中性子透過画像
図4  密封型導爆線の説明図および中性子透過画像
図5 タービンブレードの外観写真、中性子透過画像、造影剤入り中性子透過画像
図5  タービンブレードの外観写真、中性子透過画像、造影剤入り中性子透過画像
図6 土壌中のダイズの根の成長過程観察
図6  土壌中のダイズの根の成長過程観察
図7 バラ切花の乾燥過程観察
図7  バラ切花の乾燥過程観察
図8 一乗寺経塚出土経筒の外観写真および中性子透過画像
図8  一乗寺経塚出土経筒の外観写真および中性子透過画像
図9 JARI燃料電池標準セルの外観写真および中性子透過画像
図9  JARI燃料電池標準セルの外観写真および中性子透過画像

<関連タイトル>
JRR-3(JRR-3M) (03-04-02-02)
研究炉 (08-01-03-05)
非破壊検査用の線源 (08-01-03-11)
ラジオアイソトープ(RI)中性子源 (08-01-03-16)
植物中の水のイメージング (08-03-01-06)
中性子イメージングプレートとその応用 (08-04-01-02)
冷中性子の発生と応用 (08-04-01-04)
考古学研究への放射線利用 (08-04-01-13)
大強度中性子ビームの利用 (08-04-01-40)
海外における中性子ラジオグラフィの利用 (08-04-02-10)

<参考文献>
(1)P.von Der Hardt and H.Rotger eds.:”Neutron Radiography Handbook”,(D.Reidel Publishing Company,Dordrecht,1981)
(2)Y.Oyama,S.Ikeda and JAERI-KEK Joint Project Team:”Status of Spallation Neutron Source Program in High Intensity Proton Accelerator Project,”p.19-26,JAERI-Conf 2001-002(2001)
(3)和田延夫:日本原子力学会誌、Vol.30、28(1988)
(4)N.Niimura,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A349(1994)521
(5)J.Miyahara,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A310(1986)572
(6)Y.Tsuji,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A377(1996)148
(7)N.Takenaka,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A377(1996)156
(8)N.Takenaka,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A377(1996)174
(9)小澤守、他:日本機械学会論文集(B編)、62巻、601号、185(1996)
(10)M.Kamata,et al.:Nucl. Instrum. Meth. Phys. Res.,A377(1996)161
(11)T.M.Nakanishi,et al.:Radioisotopes、Vol.43、451(1994)
(12)増澤文武、他:第1回放射線シンポジウム講演論文集(1995)、p.146
(13)平岡英一、他(編):中性子ラジオグラフィ写真集、(社)日本非破壊検査協会
(14)茨城県:中性子産業応用事例集2006
(15)Progress report on Neutron Science(April1,2005March31,2006),JAERI-Review 2007-004
(16)Progress report on Neutron Science(April1,2004-March31,2005),JAERI-Review 2005-045
(17)Progress report on Neutron Science(April1,2003-March31,2004),JAERI-Review 2005-013
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