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<概要>
 原子と原子核についての基本的な知識と、原子から放出される放射線と物質の相互作用を取り扱う原子核物理の分野では、非SI単位が使われる場合がある。ここではSI単位を含めた原子核物理で使用される単位の起源について記述する。
<更新年月>
2006年11月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.原子に関する単位の起源
(1)元素記号 −プルトニウム(Plutonium)
 原子炉内では、ウラン238が中性子を捕獲してウラン239となり、それがベータ崩壊してネプツニウム239に、更にベータ崩壊してプルトニウム239ができる。これらの名称は太陽系の惑星に因んで、原子番号92をウラニウム(Uranus:天王星)、原子番号93をネプツニウム(Neptune:海王星)と命名。原子番号94の元素も、当時、海王星の次の惑星と考えられていた冥王星 (Pluto)に因み、プルトニウム (Plutonium)と命名された。(現在、冥王星は1930年にクライド・トンボーによって発見された直径は2,320kmの太陽系矮惑星とされている。)
 原子番号 94の元素は1941年2月23日、バークレーの60インチサイクロトロンを使用して、ウランに重水素を衝突させ、米国の化学者グレン・T・シーボーグ等により、初めて分離・合成に成功した。なお、2006年8月、国際天文学連合 (IAU) は惑星の定義を定め、「dwarf planet」(矮惑星または矮小惑星)という分類を新設することを採択したため、冥王星は、小惑星番号134340、矮惑星に分類されている。
(2)反応断面積の単位 −バーン(barn、b)
 反応の起こりやすさを表現する尺度として面積の次元をもつ。1bは10−24cm2である。もともとは、散乱問題で入射粒子がある立体角に散乱される確率を示すために考案された尺度であるためは散乱断面積とも呼ばれる。1bはおよそウランの核の断面積に等しい。バーン(barn)は英語で「納屋」の意味であるが、これは「納屋ほども大きな的」の意味。
 用語の起源に関して、ホロウェイとベイカー(1944)によるレポートから引用する。
…1942年12月のある日、パデュー大学(Purdue)のカフェテリアで夕食を食べていた時、反応断面積10−24cm2の名称が話題になった。…通常、単位は分野に関連した偉人に因んで名付けるのが慣わしであった。「オッペンハイマー」…長すぎる。「ベーテ」…ギリシア文字と混乱する。次にパデュー大学とも縁があるマンハッタン計画のグループリーダー、ジョン・マンリー氏が候補に上がった。「マンリー」?「ジョン」…米国では違う意味がある。「ジョン」から「納屋」が連想された。原子核レベルでは10−24cm2は納屋と同じ位大きい…
(参考文献:M.G. Holloway and C.P. Baker,Note on the Origin of the Term ”Barn” LAMS 523, Sept. 1944.)
(3)スクラム(scram)
 原子炉の安全を護るため、炉内の温度、圧力、水位、原子炉冷却材の放射能濃度等に一定の基準を超える異常状態が検出されたとき、通常制御棒の挿入により原子炉を緊急停止させること。トリップとも言われる。
 scramはしばしば”safety control rod axe man”のための頭文字であると言われている。エンリコ・フェルミらがシカゴパイル1(CP-1)で制御可能な核分裂連鎖反応を持続させたとき、コントロール不可能な場合に備えて、ロープでぶら下げた非常時の制御棒を斧で切る人がいたことに由来する。
 Norman Hilberryが1981年1月21日にDr. Raymond Murray博士にあてた手紙では。
 …1942年12月2日午後、私がCP-1のバルコニーレールに案内されて、鋭い消防士の斧が手渡され、「緊急停止棒が作動しないなら、そのロープを切ってください。」といわれました…でも、言うまでもなくロープは切られませんでした…
(参考文献:L. Marshall Libby The Uranium People,Crane,Russak & Co.,1979.)
2.放射線に関する単位の起源
(1)放射線ーエックス線(X-ray)
 X線は波長が1pm〜10nm程度の電磁波のこと。レントゲン(Roentgen、独、1845〜1923)が1895年末陰極線管の実験時に未知の放射線Xを発見したことに由来する。レントゲンは論文Ueber eine neue Art von Strahlung [On a New Kind of Ray] (December 28,1895)の中で始めて「エックス線」という語を使用した。
…1片の厚さ15mmであるアルミシートで、エックス線はまだ通っていた…
(2)放射線 ーアルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線
 放射線にはアルファ(α)線、ベータ(β)線、ガンマ(γ)線などがあり、それぞれ物質を突き抜ける能力(透過力)が異なる。一般的には、ガンマ線の透過力が最も強く、続いてベータ線、アルファ線となる。アルファ線はヘリウムの原子核で、ベータ線やガンマ線に比べ巨大な粒子であるため物質を透過する力は弱く、薄い紙一枚程度でさえぎることができる。ベータ線は電子、ガンマ線は電磁波である。
 アルファ線とベータ線の最初の科学的文献はアーネスト・ラザフォード(Ernest Rutherford ,1899)によるものである。
…これらの実験からウラン放射線は複雑で、少なくとも2つの異なったタイプに分かれる。1つは電離能力が非常に大きいため物質に吸収されやすい放射線で便宜的にアルファ線と、他方はもっと透過性のある放射線でベータ線と呼ぶ。
 さらに、ラザフォードは1902年に、仏物理学者P.ヴィラール(Paul Ulrich Villard)が1900年に発見した非常に透過力の強い放射線を、3番目の放射線としてガンマ線とした。
(参考文献:E. Rutherford, Uranium Radiation and the Electrical Conduction Produced by it,Philosophical Magazine 47:116,1899)
(A. Romer,The Restless Atom Doubleday and Company Inc,1960.)
(3)キュリー(Ci)
 放射能の古い単位。SI単位ではベクレル(Bq)を用いる。1Ciは1グラムのラジウムが持つ放射能を単位としたもの。1グラムのラジウムは毎秒3.7x1010回アルファ崩壊するので、1Ciは3.7x1010ベクレルとなる。
 放射能の単位の命名と定義については、1910年9月にベルギーのブラッセルで開かれた第1回国際放射線学会(International Congress of Radiology and Electricity)で議論されている。1910年に出版されたネイチャー10月号では、アーネスト・ラザフォード(ラジウム基準委員会(Radium Standards Committee)委員長)は「放射能の強さを表す単位として、1グラムのラジウム(ラジウム226)と平衡なラドンの量を1キュリーを定義した。すなわち1キュリー = 放射性核種が1秒間に370億回数の放射線を発するとき(1Ci = 3.7 x1010崩壊数/秒)と定義した。単位キュリーは、故ピエール・キュリーの栄誉を称えたゲッチンゲン大学リッケル教授が提案したもので、キュリー夫人も受け入れている。しかし、ラザフォード自身の著書(Radioactive Substances and Their Radiations、1939年)のなかでは「キュリー夫妻の栄誉を称え」と記している。
(参考文献:L. Badash Rutherford and Boltwood ? Letters on Radioactivity,Yale Univ. Press,New Haven,1969.)
(E. Rutherford,Radium Standards and Nomenclature,Nature 84(2136)430-431,1910.)
(E. Rutherford,(Radioactive Substances and Their Radiations, Cambridge University Press,1913.)
(4)ベクレル(Bq)
 ベクレル (becquerel) とは、放射能の強さを表す単位で、1秒間に崩壊する原子核の数。SI基本単位では1Bq = 1s−1と定義される。記号は Bqと表す。ベクレルという名称は、ウランの放射能を発見したフランスの物理学者アンリ・ベクレルに因む。放射能の強さには、ラジウム1gの放射能の強さを表すキュリー(記号Ci)という単位が用いられていたが、日本では法改正に伴い、1989年より本単位が適用されている。1キュリーは 3.7×1010 ベクレルに等しい。
 1975年8月、ICRU(International Commission on Radiation Units and Measurements;国際放射線単位・測定委員会)は放射能のSI単位としてベクレルを採用する旨を多数のジャーナルに述べている。ICRUは
…アンリ・ベクレル(1852-1908)は 1896年に放射能(rayons de Becquerel)を発見、1903年にキュリー夫妻とともにノーベル物理学賞を受賞した、としている。SI単位では研究室、実験室レベルで取扱う放射性物質の放射能単位としてはキュリーは大き過ぎること、本来放射能単位は放射性物質によらず定義すべきであることから、ベクレルが定義された。なお、ICRU発表の1年前にあたる1974年、保健物理学会ニュースレター(5月-6月号)で、キース・シアゲル(Keith Schiager)は、1秒あたり1回の崩壊に同等なSI単位として、名称を「ベクレル」、簡略化してBqを提案していた。
(参考文献:L. Taylor Organization for Radiation Protection,The Operations of the ICRP and NCRP DOE/TIC 10124,1979.)
(5)吸収線量の単位 −グレイ (Gray, Gy)
 放射線によって受ける効果を表すため、放射線に照射された物質や人体が単位質量当たりに吸収するエネルギーとして吸収線量が定義される。吸収線量の単位はJ/kg、1J/kgはSI単位としてグレイ(Gy)という特別な名称が与えられている。旧単位はラド(rad,1Gy = 100rad)。日本ではICRP1990年勧告の法令への取り入れ、度量衡法の改正により2001年3月31日より本単位が適用されている。
 1975年8月、ICRUは吸収線量のSI単位としてグレイを採用する旨を多数のジャーナルに述べている。ICRUはその説明で…ルイス・ハロルド・グレイ(Louis Harold Gray, 1905-1965)は線量測定の分野で最も貢献した。彼の名前はBragg-Gray Principle(ブラッグ・グレイの空洞理論)としてよく知られている…としている。
(参考文献:L. Taylor Organization for Radiation Protection,The Operations of the ICRP and NCRP DOE/TIC 10124,1979)
(6)吸収線量の単位 −ラド(rad)
 吸収線量を表す旧CGS系の特別な単位で、1gの物質中に吸収されたエネルギー量(100erg)を基準として表したもの(1rad=100erg/g)。単位はrep(roentgen equivalent physical) からrad、現在ではGray(1Gy = 100rad)が使用されている。
 radは1953年に第7回国際放射線医学会議でICRUによって採用されている。radは放射線吸収線量(radiation absorbed dose)の頭文字といわれている。
(参考文献:L. Taylor, 80 Years of Quantities and Units - Personal Reminiscences.? ICRU News June 1990)
(7)線量当量の単位 −レム(rem)
 放射線の人体に対する線量当量である放射線防護学上の単位。CGS系単位で1rem = 102 erg/g。線量当量はreb(roentgen equivalent biological)からrem、現在シーベルトSvに取って代られた(ICRP Publication 26,1977以前の単位)。1 rem = 10−2Sv である。なおremの名称はroentgen equivalent in man(エックス線の1レントゲンと同じ生物学的効果のある量の意)からきている。
(参考文献:R. Kathren, Herbert M. Parker, Publications and Other Contributions to Radiological and Health Physics Battelle Press,1986)
(H. Parker Tentative Dose Units for Mixed Radiations,Radiology 54,1950)
(8) 線量当量の単位 ーシーベルト(Sv)
 放射線の人体に対する線量当量で放射線防護学上のSI単位である。線量当量は吸収線量に線質係数を乗じた量で、放射線被ばくによって人が受ける影響は放射線の線種・線質、被ばくの時間的・空間的分布によって異なるため、吸収線量に重みを付したもの。線量当量の単位Svと旧単位remとの関係は1Sv=100 remで、1J/kgと等しい線量当量。なお、ICRPは1990年勧告(Publication 60)で線量当量を等価線量に変更した。
 Sievertの名称はICRPの委員長も務め、放射線防護分野で業績を上げたスウェーデンの科学者、ロルフ・マキシミリアン・シーベルト(Rolf Maximillian Sievert,1896-1966)に由来する(ICRP1977)。
(参考文献:International Commission on Radiological Protection, ICRP Publication 26 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection, Pergamon Press 1977.)
(L. Taylor, Organization for Radiation Protection, The Operations of the ICRP and NCRP DOE/TIC 10124,1979)
<関連タイトル>
原子核物理の基礎(1)原子核の構造 (03-06-03-01)
原子核物理の基礎(2)原子核の壊変 (03-06-03-02)
原子核物理の基礎(3)核反応 (03-06-03-03)
原子核物理の基礎(4)核分裂反応 (03-06-03-04)
原子核物理の基礎(5)断面積 (03-06-03-05)
原子核物理の基礎(6)放射線と物質の相互作用 (03-06-03-06)
原子核物理の基礎(7)関連用語一覧 (03-06-03-07)
X線と放射能の発見 (16-02-01-01)
α線、β線、γ線の発見 (16-02-01-03)

<参考文献>
(1)Paul W. Frame著、Oak Ridge Universities監修、Orau Co.:WHY DID THEY CALL IT THAT?The Origin of Selected Radiological and Nuclear Terms,http://www.orau.org/ptp/articlesstories/names.htm
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