<大項目> 海外情勢
<中項目> ヨーロッパ各国
<小項目> ドイツ
<タイトル>
旧西独の原子力発電の現状および統一ドイツの原子力政策 (14-05-03-01)

<概要>
 ドイツの原子力発電は、設備容量から見た場合、フランスに次ぐ西欧第二の規模を誇っている。また、シーメンス社エネルギー生産事業部(KWU)などの原子炉メーカや軽水炉燃料加工産業も世界先端を行っている。また、旧西独の原子力発電は、設備容量の比率こそ約23%を占めるにすぎないが、発電電力量の比率は約34%に達し、主要ベースロード電源として貢献している。統一後の1991年12月に連邦政府は10年ぶりにエネルギー政策を発表、地球温暖化を招く二酸化炭素排出削減に貢献する重要なエネルギー・オプションとして原子力発電を位置づけた。さらに、1994年に可決したエネルギー関連一括法においても原子力利用を継続する方向で原子力法の一部改正が決定した。しかし、野党である社会民主党(SPD)との見解の相違から、現状維持も困難となってきている。
<更新年月>
1998年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.旧西独の原子力発電の現状
 統一ドイツの原子力発電計画は、西欧諸国第二の規模を誇っている。1995年12月31日現在、運転中の原子力発電所の設備容量は、2,398万kW(21基)で、フランスに次いで西欧第2位の座を占めることになる。ドイツでは軽水炉燃料加工産業が発達しており、シーメンス社エネルギー生産事業部(KWU)はレベルの高い技術水準を誇る原子炉メーカーである。さらにドイツの強味が、エンジニアリング、冶金、そして物理諸科学にあることもよく知られている。
 1993年現在、総発電設備容量は1億280万kWである。一方、総発電電力量は、1993年現在、4,527億2,800万kWhである。1993年現在、発電設備容量における原子力のシェアは23.0%を占めるにすぎないが、総発電電力量では34.3%に達している。 表1 に電源別の発電設備容量を示す。需要ピークは冬場に発生し、1993年の事業者最大電力は5,612万kWであった。
 旧西独では原子力発電、水力発電、そして褐炭火力発電がベースロード電源となっている。燃料費の比較的高い石炭火力発電は、これに次ぐミドルロード電源(年平均4,000運転時間)として使われ、さらにガス火力発電がピーク需要を賄うため使われている。しかし、相当数ある石油火力および混合火力発電所の稼働率は低い。
 発電設備容量の構造は、社会的、経済的な政策を反映している。歴代の連邦政府と州政府は、割安の輸入炭と生産コストの高い国産炭の価格差を埋めるため、国内の採炭産業に補助を行ってきた。石炭を利用する電力・鉄鋼業界は1977年、年間3,300万トンの国内炭使用で合意した。この協定は1980年に、今世紀末まで延長されることになった(一般に「世紀契約」と称され、その後、政府、電力・鉄鋼業界、石炭会社の間でもたれた話し合いで引取量の変更が行われた)。
 国内炭補助の財源は、電気料金に課せられる石炭調整課徴金(通称「コールペニヒ」)であった。1995年の賦課率は全国平均8.5%、ただし旧東独地域では褐炭が主要電源であるため、統一後もコールペニヒは適用されなかった。
 こうした国内炭補助政策は、コールペニヒが生産コストに跳ね返る産業需要家や、自由貿易を目指す立場から特定の産業部門への国家補助を禁じようとする欧州共同体(EC)委員会から圧力を受けてきた。連邦政府は関係者らと議論を重ねた結果、1994年5月に可決したエネルギー関連一括法を今後のエネルギー政策の基礎とすることを明らかにした。同法では国内炭補助を2000年まで継続し、コールペニヒも同様に延長することが定められた。しかし、1994年12月、連邦憲法裁判所においてコールペニヒに違憲判決が出され、国内炭補助の財源確保が困難になったことから、翌年改正され、暫定的に補助額(一般財政から捻出)の上限が設定されているのみである。原子力政策と合わせ、エネルギー政策について今後、与野党のコンセンサスが形成される必要がある。
 産炭州では石炭火力の比率が高いが、原子力発電への依存度にも地域的な相違がある。 図1 に、ドイツ送電連系組合(DVG)に加入している8大電力各社の原子力発電シェアを示した。これら8社は、旧西独で最も重要な事業者であり、同地域の総発電量の70%以上を供給している。また、これら各社の送電網がそのまま基幹送電網を構成する形になっている。原子力施設の立地場所は 図2 に示す通り。
 旧西独11州のうち、1995年現在、バイエルン州を除くすべての州でドイツ社会民主党(SPD)が単独もくしは連立政権を樹立している。SPDは1980年代半ば以降、原子力発電の拡張に反対している。原子力維持勢力であるキリスト教民主同盟(CDU)は、バーデン・ヴュルテンベルク、ベルリン、ブレーメンの3州でSPDと連立し、バイエルン州ではキリスト教社会同盟(CSU)が政権に就いている。SPD政権は各州で、原子炉を廃止するべく動いており、ノルトライン・ヴェストファーレン州では、カルカー高速増殖炉SNR-300の許認可が阻止された。

2.統一後の1991年連邦政府の原子力政策
 以上のような状況を踏まえ、エネルギー政策を所轄する連邦経済省は、1991年12月に10年振りにエネルギー政策を発表した。この中で原子力発電は、地球温暖化を招く二酸化炭素排出を削減するために不可欠であり、重要なエネルギー・オプションとして位置付けられている。具体的には以下の項目が政策方針として挙げられた。
(1)既設の原子力発電所は、寿命に達するまで運転を続ける。
(2)寿命後の代替電源については1990年代半ばまでに決定する必要があるが、原子力発電所を新設する余地を残しておく。
(3)原子力利用に際しては、原子力の安全確保に一層努める。
(4)異常事象を発電所内に限定する原子炉を開発する。
(5)バックエンドに関しては、コンラート低・中レベル放射性廃棄物最終処分場を1996年までに、またゴアレーベン高レベル放射性廃棄物最終処分場を2020年までに開設できるよう準備を進める。
(6)使用済燃料について、原子力法を改正し、直接処分を再処理と同格のオプションとする。
 原子力法の改正を行うことは、1991年2月に表明され、また一方で将来の原子力政策に関するコンセンサス形成のための協議が各政党間で1993年3月から行われてきたが、同年10月、SPDは協議で成立した妥協案は将来の原子力利用オプションを放棄するとした党議に反するとしてこれを拒否したため、政策協議は頓挫した。政府は原子力法を改正するという当初の目的に戻ることとし、1993年12月、石炭政策、原子力法改正および再生可能エネルギー促進とを合わせたエネルギー関連一括法案を閣議決定した。同法案は1994年5月に議会を通過、これにより使用済燃料の直接処分も再処理と同格のオプションとなった。
<図/表>
表1 旧西独の総発電設備容量の推移
図1 旧西独電力各社の原子力発電シェア
図2 旧西独原子力施設の所在地(1995年)

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<関連タイトル>
旧東独の原子力政策および原子力発電の現状 (14-05-03-02)
ドイツの原子力発電開発 (14-05-03-03)
ドイツの原子力開発体制 (14-05-03-04)
ドイツの原子力安全規制体制 (14-05-03-05)
ドイツの核燃料サイクル (14-05-03-06)
ドイツの電気事業および原子力産業 (14-05-03-07)
ドイツのPA動向 (14-05-03-08)
高速増殖炉SNR-300の中止決定 (14-05-03-11)

<参考文献>
(1)海外電力調査会:「海外電気事業統計1995年版」
(2)海外電力調査会:「海外諸国の電気事業第1編」,1993年12月
(3)ドイツ連邦経済省:「1991年エネルギー政策」
(4)原子力委員会:「原子力白書 平成6年度版」,1995年2月
(5)日本原子力産業会議(編):世界の原子力発電開発の動向 1995年次報告、1996年5月
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