<大項目> 海外情勢
<中項目> ヨーロッパ各国
<小項目> ドイツ
<タイトル>
高速増殖炉SNR-300の中止決定 (14-05-03-11)

<概要>
 SNR-300の建設工事は1973年に開始され、1990年現在、あとは燃料装荷と運転の許認可のみが残されている。しかし、許認可当局のノルトライン・ウェストファーレン州政府(社会民主党:SPDが与党)は1986年7月、これらの認可を出さないと発表し、現在も運転ができない状態が続いていた。この結果、1991年3月連邦研究技術省 BMFTが正式に中止を決定した。
<更新年月>
1998年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.社会民主党の原子力政策
 SNR-300(カルカー高速増殖原型炉)の建設工事は1973年4月に開始され、1990年現在、建設および燃料装荷前の機能試験がほとんど完了している。しかし、1986年7月以降、許認可当局のノルトライン・ウェストファーレン州(NRW)政府が技術的問題点が多いという理由で、換気系追加など建設の残りの部分と燃料の搬入および装荷を主な内容とする第6次部分建設許可を出さず、1991年に中止された。
 NRW州与党である社会民主党(SPD)はチェルノブイリ原子力発電所事故の後、原子力発電の廃止、高速増殖炉反対の政策をとっている。その理由として、放射能が人間の健康に与える長期的な影響は深刻なものであること、原子力発電所に絶対安全ということはありえないこと、原子力利用の全般コスト(廃棄物の処理、老朽設備の廃棄コストを含む)が非常に高いことなどを挙げている。また、西ドイツ内での電力需要が低下していることも示し、石炭、天然ガスの利用や集約的な節約を徹底することで原子力の放棄は可能であるとしている。

2.SNR-300の研究・開発意義
 SNR-300の管理および運転は、西ドイツ、ベルギー、オランダおよびイギリスの資本によって設立された高速増殖炉発電会社(SBK)で行われている。また、SNR-300の建設には、SBKとターンキイ契約を結んでいる国際ナトリウム増殖炉建設会社(INB)が主な契約者となっている。SNR-300の開発組織を 図1 に示す。
 SBKとINBは共同で1989年9月、「SNR-300の研究・開発政策上の意義」というレポートを発表した。そのなかで、「高速炉の技術は実証されており、経済性の目標を達成する見通しは十分立っている。商業的な高速炉の運転までには、なお期間が必要だが、その間に、技術・経済性・環境との調和などの観点から見て、高速炉に代わるものが出てくることはない」と高速炉の開発の意義を強調している。また、反対派がSNR-300の安全性に疑問を抱いていることについて、これまでの調査で安全性の欠陥は見つかっていないと反論している。

3.SNR-300の許認可促進指示
 許認可手続き上の膠着状態を打開するため、SBKは、連邦政府の指導により、第6次部分建設許可申請から燃料のサイト搬入などを除外した形で、1987年12月、再び部分建設許可申請を行った。
 しかし、この申請に対してもNRW州は前向きの判断を示さなかったため、連邦環境・自然保護・原子炉安全省(BMU)クラウス・テプファー大臣は1988年4月、西ドイツ基本法第85条の連邦による監督規定にもとづき、NRW州ヨヒムゼン経済相にSNR-300の許認可促進指示を発した。

4.連邦憲法裁判所へ提訴
 NRW州はこの指示にも従わなかったため、連邦政府は1988年7月、本件を連邦憲法裁判所に提訴することを決めた。NRW州も1988年11月、連邦政府の指示を不服として連邦憲法裁判所に提訴することを明らかにした。
 その結果、連邦憲法裁判所は1990年5月22日、NRW州に対してSNR-300の認可手続きを進めるようにとの裁定を下した。しかし、NRW州は、同炉の緊急時避難計画の研究を行うとして、認可手続きを進めることを拒否した。

5.SNR-300の中止決定
 連邦技術省(BMFT)、RWE電力会社、プロイセン・エレクトラ社、バイエルンベルク社の3電力会社、メーカーのシーメンス社は、1991年1月20日、30万kW原型炉SNR-300の核分裂をともなう運転、これにつづくコミッショニングには、資金をさらに投入せず、プロジェクトを継続しないことを確認した。1991年3月20日、これら関係者がボンにおいて会議を行ったあと、BMFTによって正式に発表された。
 SNR-300中止の最大の原因は、SNR-300が建設されたノルトライン・ウェストファーレン(NRW)州の社会民主党(SPD)政府の反原子力政策にある。連邦政府は運転認可を発給するようNRW州政府に要求したが、州政府はこれを拒否した。連邦研究予算逼迫のため、連邦政府は州政府との論争を最終的にあきらめるにいたった。
 旧東ドイツ再建の資金負担が増大し、連邦政府の主要原子力研究プロジェクトの補助は削減の方向にある。新型炉の研究開発費は1990年度8,600万マルク、1991年度6,600万マルクであったが、1992年度は1,500万マルクの予定であった。
 FBR 研究開発費は、1991年度の4,900マルクから、SNR-300も中止になるので、1992年度には1,000万マルクになるとされている。
 SNR-300の中止にともない、SNR-300に出資してきたオランダ、ベルギー両国政府はドイツ連邦政府に出資額の返還、その他の補償について請求を行っている。
 ベルギーは7億7,000万マルク、オランダは10億6,000万マルクをそれぞれ投資したとしている。
<図/表>
図1 旧西ドイツの高速増殖炉原型炉SNR-300開発組織図

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<関連タイトル>
旧西独の原子力発電の現状および統一ドイツの原子力政策 (14-05-03-01)
旧東独の原子力政策および原子力発電の現状 (14-05-03-02)
世界の高速増殖炉原型炉 (03-01-05-02)
ドイツの高速増殖炉の研究開発 (03-01-05-07)

<参考文献>
(1) 日本原子力産業会議(編):原子力資料 NO.233 1990.6
(2) 日本原子力産業会議(編):原子力資料 NO.235 1990.8
(3) 海外電力調査会(編):海外電力  1989年9月号 
(4) 日本原子力産業会議(編):原子力年鑑 1992年版 p119(1992.11)
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