<大項目> 海外情勢
<中項目> ヨーロッパ各国
<小項目> ドイツ
<タイトル>
旧東独の原子力政策および原子力発電の現状 (14-05-03-02)

<概要>
 旧東独は発電用燃料のほとんどを褐炭に頼っていたため、旧ソ連型加圧水型炉の導入にいち早く取り組んだが、運転開始は予定より遅れた。グライフスバルト(ノルト)1〜4号機(PWR、各44万kW)が1974年〜79年にかけて、同5号機(同)が1990年に運転を開始した。これら5基は1990年、ドイツ再統一により安全上の理由から連邦政府により閉鎖された。
<更新年月>
2003年01月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.旧東独における原子力政策の展開
 旧西独と同様、旧東独も1955年まで占領軍の共同管理委員会法(1946年5月)により、原子力の研究開発を禁じられていたが、1955年11月に「原子力平和利用科学評議会」が設置された。同評議会のメンバーは、閣僚評議会が召集し、原子力利用に係わる問題について政府に答申を行った。
 1955年4月に旧ソ連と旧東独の間で結ばれた協定で、旧ソ連は旧東独に対して(1)2.5万kVのサイクロトロン、2,000kWの研究炉およびそれに必要な核燃料を供給する、(2)施設の建設、運転時に支援を行う、(3)専門家の教育を支援する、ことが決まった。翌1956年1月にドレスデンのロッセンドルフ原子力研究センター(ZfK)が活動を開始した。また、旧ソ連は同年6月、7万kWの原子炉の技術計画、設備および核燃料を旧東独に供給することで合意した。研究炉は1957年12月に、またサイクロトロンは1958年8月に運転を開始した。
 産業規模の研究施設としてブランデンブルク北部に建設されたラインスベルク原子力発電所は1966年10月、6年の建設期間を経て営業運転を開始した。また、旧ソ連側は1967年、旧東独に対して1980年までにさらに200万kWの原子力発電設備を供給することを契約した。これに基づき、ソ連型PWRであるVVER−440 型炉がバルト海沿岸のグライフスバルト(ノルト)に建設されることとなった。
 グライフスバルト1号機は1973年12月、送電を開始し、1974年7月に営業運転を開始した。2号機は1975年4月、3号機は1978年5月、4号機は1979年10月にそれぞれ営業運転を開始した。1号機が約4年の工期で系統に併入されたのに対して、2号機と3号機は5年、4号機に至っては丸7年の工期を要した。1970年代初めの原子力発電に寄せられた期待から考えると、実際の運転開始は1980年までに4基、総出力176万kWと少ないものだった。
 運転員の訓練は、主に旧ソ連の同型炉であるノボボロネジ原子力発電所で行われたが、1974年4月以降稼働していたシミュレーターでも訓練が行われた。1980年には、「ブルーノ・ロイシュナー」原子力発電公社が発足し、1982年になると100万kWのVVER-1000の2基の建設に向け準備が進められた。
 1962年3月には「ドイツ民主共和国における原子力利用に関する法律−原子力法−」が発効した。その前文には、「原子力の平和利用は、人類の社会的、技術的進歩に対して、力強い展望を与えるものである。これは、社会主義の建設を急速に進めるため、欠くことのできないものである」と記されている。
 同法の概要は、(1)核燃料および原子力施設を人民所有とする、(2)保護対象地域を確定する、(3)放射線防護規定を設定する、(4)核燃料の不正な利用に対して罰則を設る、(5)原子力利用分野の行政機構を若干改編する、となる。旧東独の原子力開発の歩みを 表1 に示す。
 原子力利用の拡大にともない、関係する法律や指針等が新たに制定された。国家閣僚評議会の決定により、1973年8月、国家原子力安全・放射線防護庁(SAAS)が設置され、業務を開始した。SAASの職務は、(1)安全技術面での業務遂行状況の検査、(2)原子力発電所周辺および運転員の線量測定によるモニタリング、(3)放射線防護措置の制定、(4)放射性廃棄物の収集、(5)原子炉安全問題に係わる国際協力の促進であった。
 旧共産党政権では、他の部門と同様に電気事業も国営で運営された。電力経済に関しては、旧東独重工業省(褐炭・ガス・電力)が全体のエネルギー需要を想定し、褐炭、ガス、石油、水力および原子力によるそれぞれのエネルギー生産の規模を決め、各コンビナートは割り当てられた生産規模を目標とした。褐炭発電コンビナート、原子力発電コンビナート、エネルギー流通コンビナート(送電系統運用、ガス供給網・熱供給網の建設)の下部組織として各県ごとに15の地域エネルギー配給コンビナートが担当地域の需要家に配電・ガス供給・地域暖房熱供給を行っていた。
 ドイツ統一後、電気事業再編成が行われ、供給体制も西側と同様に形成された。まず、旧西独の8大電力に相当するのが合同エネルギー会社(VEAG)で、発電・送電を統括している。広域配電会社に相当するものが従来のコンビナートを基盤とした15社あり、さらに自治体営事業者が百数十社設立されている。主要発電設備はすべてVEAG社が所有・運転しているが、その他事業者も発電設備をもつことが可能である。昨今は自治体営事業者がコージェネ設備を建設するケースが増えている。再統一前の1989年末時点の国内総発電設備容量は約2,341万kWで、電源別の内訳は火力1,974万kW、原子力183万kW、水力184万kWであった。発電電力量では、褐炭火力が全体の8割以上を占めた。
 なお、旧西ドイツの大手電力の合併に伴い、VEAGの81%とベルリン電力(BEWAG)の49%株式が2000年に放出され、激しい競争の結果、いずれもスウェーデンの国営電力会社であるバッテンフォール社が獲得した。旧東独の両社は、巨額の負債や施設の老朽化など数多くの課題を抱えているものの、今後の電力需要増が見込めるチェコやポーランドなどの東欧市場に隣接することから、市場拡大をめざす企業にとって有望な投資先である。バッテンフォール社は、旧東独を中心とする新会社をベルリンを拠点に2003年に発足させる方針を固めている。
2.旧東独地域の原子力発電の現状
 ドイツ再統一により、それまで運転中だったグライフスバルト1〜5号機(VVER-440)は、安全上の理由からドイツ連邦政府によって閉鎖された。2号機と3号機は、1990年2月に運転中止となり、4号機も同6月に運転を停止している。1号機は、地域への熱供給のため運転を続けたが、1990年12月に運転を停止した。5号機は1990年11月、試運転段階で閉鎖された。また、シュテンダールに建設中だった2基のVVER-1000も、計画中止となった。
<図/表>
表1 旧東独の原子力開発の歩み

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<関連タイトル>
旧西独の原子力発電の現状および統一ドイツの原子力政策 (14-05-03-01)
ドイツの原子力発電開発 (14-05-03-03)
ドイツの原子力開発体制 (14-05-03-04)
ドイツの原子力安全規制体制 (14-05-03-05)
ドイツの核燃料サイクル (14-05-03-06)
ドイツの電気事業および原子力産業 (14-05-03-07)
ドイツのPA動向 (14-05-03-08)
グライフスバルト(通称ノルト)原子力発電所をめぐる動き (14-05-03-12)

<参考文献>
(1)Kernenergie fuer eine Friedliche Zukunft(VE Kombinat Kernkraftwerke ”Bruno Leuschner”)
(2)Die Geschichte der Stromversorgung/VDEW (ドイツ電気事業者連合会)
(3)Die Elektrizitaetswirtschaft in der Bundesrepublik Deutschland im Jahre 1993
(4)(社)日本原子力産業会議:世界の原子力発電開発の動向 2000年次報告(2001年6月22日)
(5)(社)日本原子力産業会議:世界の原子力発電開発の動向 2001年次報告(2002年5月31日)
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