<本文>
1. 原子力開発の経緯と現状
ドイツ(当時は西ドイツ)政府は、1973年の石油危機以降、カール発電所(KAHL:BWR、16MW、1969年運転開始)を皮切りに、1970年代から1980年代の初めにかけて急速に原子力開発を進めた。しかし、1986年のチェルノブイリ発電所事故と前後して原子力の安全性に対する危惧から国民の原子力反対運動が活発化し、2002年4月には改正原子力法(脱原子力法)が施行された。この法律により新規原子力発電所の建設・操業が禁止され、既存の原子炉については、ドイツ全国の総発電規制値(2,623TWh)を達成した後、操業許可は消滅すると定められた。近年、輸入エネルギー依存度の増加やエネルギー価格の上昇、地球温暖化対策がエネルギー政策の重要な課題となり、ドイツでも原子力発電が長期的なエネルギー安定供給のオプションとして見直されるようになった。2010年9月28日に発表した「エネルギー計画2050」では、「2022年までにすべての原子力発電所の稼働を停止する政策」では必要な電力を賄う見通しが立たないとして、
再生可能エネルギー等による電力供給のインフラが整うまでの移行措置と位置づけ、原子炉の運転延長を認めた。しかし、2011年3月の福島第一発電所事故発生により、原子炉の運転期限延長の凍結(原子力モラトリアム)、1980年以前に運転を開始した7つの原子炉の即時停止を盛り込んだ政策が2011年6月に閣議決定した。これら政策を含む原子力法第13次改正法が2011年8月6日に施行されている。
2017年1月末時点、稼働中の原子炉は8基1135.7万kW(グロス電気出力)、2015年の原子力発電による正味電力量は868億1032万kWh、総発電電力量に占める原子力の割合は14.09%である。これらの原子炉は全て、E.ON、RWE、Vattenfall、EnBWの4大グループによって所有され、2022年までに閉鎖される予定である(
図1参照)。
2. ドイツの原子力開発体制
2.1 原子炉の開発体制
ドイツの原子力発電開発は民間中心の開発体制で進められてきたが、「脱原子力」政策により原子力発電所の新規建設を禁止したため、原子力開発は大きな影響を受けた。従来、ドイツの原子炉はシーメンス社のエネルギー生産事業部(KWU)がほぼ独占的に行ってきた経緯がある。KWUは、シーメンス社とアルゲマイネ電機会社(AEG)によって設立された会社であるが、1992年にシーメンスの1事業部門として吸収された。また、シーメンスは、2001年にフランス・フラマトム社と共同子会社フラマトムANP社を設立して、欧州加圧水型炉(EPR:European Pressure Reactor)の設計に携わったが、脱原子力政策のもと2011年9月に原子力発電事業からの撤退を表明している。
高速炉開発については、インターアトム社(シーメンス社の子会社)がSNR−300を建設中であったが、1991年に計画中止。高温ガス炉については、運転中であった高温ガス炉建設会社(HRB)のTHTR−300を1989年に閉鎖している。
2.2
核燃料サイクルの開発体制
ドイツでは
核燃料サイクルのフロントエンドも基本的に民間中心で開発を行ってきた。しかし、原子力反対運動が高まるにつれて原子力開発が停滞し、撤退あるいは放棄を余儀なくされた部門が多い(
図1参照)。
ウラン採鉱会社・ウランゲゼルシャフト社、ザールベルク・インタープラン社はそれぞれ1990年代初めに外国企業に売却され、シーメンス社KWUが運転するカールシュタイン・ウラン燃料加工工場や、ハナウのウラン及びMOX燃料加工工場は1995年までに運転を停止した。
再処理に関しては、ドイツ核燃料再処理会社(DWK)がバッカースドルフにWA−350の建設を予定していたが、1989年6月に計画を放棄している。現在運転している核燃料サイクル事業は、オランダ、イギリスとの共同会社ウレンコ(URENCO)が実施するグロナウ濃縮工場と、フランスAREVA NP社傘下のANF(Advanced Nuclear Fuels)が実施するリンゲン燃料成型加工工場のみである。
一方、
バックエンドに関しては2002年4月の改正原子力法に従って、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体及び
使用済燃料)をドイツ国内で地層処分する方針で、研究開発を進めている。
2.3 原子力研究開発体制
ドイツでは原子炉と燃料サイクルの分野で高度な技術的独立性を獲得することを目的に、連邦政府は政府の研究機関を通じて、民間部門に財政的支援を行ってきた。また、実証プロジェクトは、民間が政府と契約して実施する一方、商業プロジェクトは、民間の所有者が
リスクを負って実施してきた。
ドイツの原子力行政は、原子力の規制と推進体制が省庁レベルで分離されている。エネルギー政策全般を連邦経済・エネルギー省(BMWi)が管轄し、連邦教育・研究省(BMBF)が原子力技術の研究開発を管轄する。
(1)連邦教育・研究省(BMBF:Bundesministerium fuer Bildung und Forschung)
ドイツの原子力教育及び原子力研究開発を管轄する。BMBFは8つの総局に分かれており、同省の下には、カールスルーエ工学研究所(KIT:Karlsruher Institut fuer Technologie)とユーリッヒ中央研究所(FZJ:Forschungszentrum Juelich、旧ユーリッヒ原子力研究所)、マックスプランク・プラズマ物理研究所(IPP:Max−Planck−Institut fuer Plasmaphysik)、ヘルムホルツセンター・ドレスデン・ローゼンドルフ研究所(HZDR:Helmholtz−Zentrum Dresden−Rossendorf)などの研究所がある(
図2参照)。第7総局の714課は核融合を、715課は研究炉の廃止措置及び廃棄物処理研究等を担当している。
(2)連邦経済・エネルギー省(BMWi:Bundesministerium fuer Wirtschaft und Energie)
ドイツのエネルギー政策及び経済政策全般を管轄する。BMWiは10の総局に分かれており、この中の第2総局と第3総局がエネルギー政策を担当する(
図3参照)。従来、経済技術省(BMWi)が管轄していた石油・ガスなどの化石燃料と、環境自然保護放射線防護省(BMU)が管轄していた再生可能エネルギーを2013年12月の省庁再編で経済・エネルギー省(BMWi)に統合した。第2局は3つの部局に分かれており、A5課でウラン鉱山の復旧、A6課で原子力産業、
放射性廃棄物処分研究、原子力安全研究などを担当している。また、第4局B5課に属する連邦地球科学・資源研究所(BGR)は放射性廃棄物の処分に関する調査・研究を行っているほか、原子炉安全協会(GRS:Gesellschaft fuer Anlagen−und Reaktorsicherheit)は原子力専門機関としてBMBFやBMWiの委託を受けて原子炉安全技術分野の研究、技術支援活動を行っている。
3. 原子力安全規制体制
ドイツの法規制は、憲法に相当するドイツ連邦共和国基本法(Grundgesetz fuer die Bundesrepublik Deutschland)が1959年12月に制定され、連邦と連邦を構成する州(Land)の権限が定められている。原子力の平和利用に関する分野は、基本法を増補する法律によって連邦と州の競合的立法権限とされ、原子力利用を規定した原子力法(Atomgesetz:AtG)が制定されている。ドイツの原子力安全規制は、この原子力法に基づき、連邦政府の原子力機関である連邦環境・自然保護・建設・原子力安全省(BMUB)と、原子力発電所等の立地する州政府が分担して実施している(
図4参照)。州政府は、原子力発電所及びその他の原子力施設の許認可の発給、安全性の検査・監視、環境中の放射線の観測等を行うため、原子力安全規制を担当する省庁を独自に設置して業務を実施している。これに対して、BMUBは連邦内の規制の均一性を確保するため、原子力施設の許認可等や安全基準等に関する法令を規定するなどして、州の規制活動を監督している。
図5に原子炉安全規制の法的枠組みを示す。なお、州政府が担当する許認可業務、また検査・監督業務はBMUBからの委託事業として予算措置が講じられている。
(1)連邦環境・自然保護・建設・原子力安全省(BMUB:Bundesministerium fuer Umwelt,Naturschutz,Bau und Reaktorsicherheit、旧連邦環境・自然保護・原子力安全省(BMU))
BMUBはドイツの環境当局として、気候変動問題、生物多様性問題、環境衛生等の環境政策全般を管理している。BMUBは9つの総局に分かれており、この中の原子力安全局(RS総局)が原子力全般を担当する(
図6参照)。RS総局はさらに原子力施設の安全、放射線防護、核燃料サイクルの3局にわかれる。なお、BMUBの諮問機関としては、許認可における技術審査のガイドラインを作成する原子炉安全委員会(RSK)や、電離放射線のリスク評価を扱う放射線防護委員会(SSK)、廃棄物の安全評価を行う廃棄物管理委員会(ESK)がある。
(2)放射線防護庁(BfS:Bundesamt fuer Strahlenschutz)
BfSは原子力問題全般を担当する連邦環境・自然保護・建設・原子炉安全省(BMUB)の業務分野のうち、放射線防護に関し専門的な立場から、BMUBを支援するため、1989年にBMUB内に設立された独立官庁である。BfSは4つの総局に分かれ、連邦放射線防護庁(BfS)の設置に関する法律(1989.10.9/1990.9.25)」第2条に従って、核燃料の政府管理、低レベル放射性廃棄物処分場(コンラート)や高レベル放射性廃棄物処分場(ゴアレーベン)などの処分場の建設・操業、核燃料・
放射性物質の輸送許可、核燃料貯蔵の許可、放射線被ばく登録の監督、事故・トラブル情報の文書化、科学的研究の推進などを行う(
図7参照)。原子力法によれば、BfSには第三者の起用が認められており、実際の運転はドイツ廃棄物処分施設建設運営会社(DBE社)が行う。また、使用済燃料と放射性廃棄物の輸送は、ドイツ連邦鉄道の子会社ヌクレア・カルゴ&サービス社が当たっている。
(3)連邦放射性廃棄物処分庁(BfE)
2014年1月付けで発効した連邦放射性廃棄物処分庁(BfE)設置法により、2014年9月に設置された。BfEは最終処分場の運営を迅速かつ安全に行うために設置された機関で、処分場サイト選定手続に際しては全体の監督・調整を担い、処分場サイト決定後は、高レベル放射性廃棄物処分に関する規制当局として、実施主体であるBfSに対する監督を行う。
(前回更新:2007年8月)
<図/表>
<関連タイトル>
ドイツにおける原子力発電所廃止措置計画 (05-02-03-03)
外国における高レベル放射性廃棄物の処分(4)−独、スウェーデン、フィンランド編− (05-01-03-17)
ドイツの研究・開発に関する主な機関 (13-01-03-04)
ドイツの原子力発電開発 (14-05-03-03)
ドイツの核燃料サイクル (14-05-03-06)
ドイツの電気事業および原子力産業 (14-05-03-07)
<参考文献>
(1)日本電気協会新聞部:原子力ポケットブック2015年版(2015年12月)、ドイツ
(2)日本原子力産業協会:世界の原子力発電開発の動向 2016年次報告
(2016年4月)
(3)経済産業省 資源エネルギー庁発行、原子力環境整備促進・資金管理
センター制作:諸外国における高レベル放射性廃棄物の処分について
(2016年版)、2016年2月、ドイツ
(4)原子力環境整備促進・資金管理センター:平成27年度放射性廃棄物共通技術
調査等事業放射性廃棄物海外総合情報調査(国庫債務負担行為に係るもの)
報告書(平成27年度分)、2016年2月、ドイツ、
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2016fy/000298.zip
(5)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社:欧米主要国における原子力
発電等に対する国の関与と会計検査に関する調査研究−平成25年度会計検査
院委託業務報告書−、2014年2月、ドイツ、
http://www.jbaudit.go.jp/koryu/study/pdf/itaku_h26_1.pdf
(6)IAEA Country Nuclear Power Profiles GERMANY(2016年版)、
https://cnpp.iaea.org/countryprofiles/Germany/Germany.htm
(7)ドイツ連邦環境・自然保護・原子力安全省(BMUB):
http://www.bmub.bund.de/fileadmin/Daten_BMU/Organigramme/organigramm_bmub_en.pdf
(8)ドイツ連邦放射線防護庁(BfS):
http://www.bfs.de/SharedDocs/Downloads/BfS/EN/bfs/organigramm-en.pdf?__blob=publicationFile&v=23
(9)ドイツ連邦経済・エネルギー省(BMWi):
https://www.bmwi.de/Redaktion/DE/Downloads/M-O/organisationsplan-bmwi.pdf?__blob=publicationFile&v=52
(10)ドイツ連邦教育・研究省(BMBF):
http://www.bmbf.de/pub/orgplan_eng.pdf