<本文>
1.保障措置の歩み
IAEA憲章が1957年に成立した時に、実施すべき保障措置の大略は憲章に示されていた(第3条A5および第12条)。その後、この憲章に示された任務を実施する上での具体的な細目という形で熱出力10万kW未満の
原子炉を対象とした保障措置文書(INFCIRC/26)が1961年に作成された。さらに、1964年からはその適用範囲を拡げた文書が逐次刊行され、1968年のINFCIRC/66/Rev.2の作成によってこの拡大は一段落した。1970年に「核兵器の不拡散に関する条約(
核不拡散条約、NPT:Non-Proliferation Treaty)」が発効するに至って、現在はNPTに基づく保障措置協定(INFCIRC/153)が適用されている。
INFCIRC/66/Rev.2は、基本的にはIAEAとの計画協定や二国間の原子力協定により供給された核物質や原子力資材だけがIAEAの保障措置の対象であったが、INFCIRC/153では全ての核物質が保障措置の対象となる。ここで言う全ての核物質とは、輸入した核物質だけでなく、国産の核物質も含み、さらに、IAEAに報告された核物質だけでなく、未報告の核物質も含む全ての核物質との意味である。そのため、INFCIRC/153を包括的(フルスコープ)保障措置協定という。ここで注意しなければならないのは、INFCIRC/66/Rev.2はINFCIRC/153が作成されたからといってなくなったわけではなく、NPTに加盟していない諸国(インド、パキスタン、イスラエル等)には引続き適用されているということである。
その後、イラクの包括的保障措置協定違反が発覚し、IAEAの保障措置は申告された核物質に対しては有効であるが、未申告の核物質および原子力活動の存在を探知するには不十分であり、IAEAの保障措置を強化する必要性が指摘・検討された。1993年、IAEA事務局は常設諮問委員会(SAGSI)の勧告および理事会の要請に従って、事務局プログラム案を理事会に提出し、了承された。このプログラム案が俗に言う「
プログラム93+2計画」であり、1993年に開始され1995年までの2年間で結論を出すことになっていたためこのように呼ばれた。
1995年6月の理事会に、包括的保障措置協定の枠組み内で実施できる各種方策からなる第1部と、新たな法的権限が与えられて初めて実施可能になる、主として未申告の核物質および原子力活動に対する方策をまとめた第2部で構成された「93+2計画」の最終報告書が提出され、第1部は直ちに実施することが承認された。第2部については、その方法および手続きについて理事会で議論が重ねられ、最終的に、1997年5月に「モデル追加議定書案」として特別理事会で承認され、同年9月に署名のため開放された。追加議定書(AP:Additional Protocol(INFCIRC/540))に規定されている措置と手段は、包括的保障措置協定のそれと統合し運用することではじめて、十分な「保障措置の強化と合理化」を可能にするものであり、そのため包括的保障措置と追加的議定書に基づく新しい保障措置を一体化した統合保障措置(IS:Integrated Safeguards)が提唱され、現在検討が進んでいるところである。
2.わが国の保障措置の歩み
1954年に米国の
原子力法が改正され、米国と二国間原子力協力協定を結んだ国には、
研究用原子炉とこれに必要な燃料が供給されることとなった。これを受けて、日本は1955年に米国と二国間原子力協力協定を結んだ。その結果、この協定に基づいて米国から供給される原子炉やその燃料が、平和利用以外には使われないことを明示するために、どう使用されているかを米国に報告し、米国からは
査察員を派遣するという、保障措置が適用されることとなった。その後、1958年の新日米原子力協定の締結、日英、日加原子力協定の締結、1968年の日米、日英の両協定の改定を経て、当該国とIAEAの間でIAEAに保障措置の実施を移管する協定(三者間移管協定)を締結し、INFCIRC/66/Rev.2下でのIAEAの保障措置を受けることとなった。IAEAの保障措置は、これ以前に、IAEAから供給を受けた
天然ウランに関連してINFCIRC/26の下で受けており、1964年5月にはIAEAがわが国に初の査察を実施している。1970年の核不拡散条約(NPT)への署名、1976年の批准を受けて、1977年11月にNPT下での保障措置協定(INFCIRC/153)に基づく保障措置実施のための
原子炉等規制法の一部改正を公布し、12月にINFCIRC/153が発効し、IAEAの包括的保障措置が開始された。これに伴い、わが国にある全ての核物質の種類および在庫量をその存在場所(施設)とともに冒頭報告としてIAEAへ報告した。その後、わが国は1998年12月に追加議定書(INFCIRC/540)に署名し、関連する国内の原子炉等規制法を改定するとともに、1999年12月に発効し、本議定書第2条に基づき、日本国内の約150のサイト内の約5000の建物に関する説明を含む冒頭報告を2000年6月に提出した。その後、従来の保障措置(INFCIRC/153)およびINFCIRC/540に基づく新しい保障措置活動から、わが国において核物質の転用がないこと、未申告の核物質および原子力活動がないこと等を結論することができるように検討が進められた。2003年にIAEAが実施した日本での保障措置活動に基づく評価の結果、日本において全ての核物質が申告されており、それらの転用がなかったとの結論が得られ、IAEAは2004年9月より、
軽水炉、研究炉、乾式貯蔵施設および燃料加工施設について段階的に統合保障措置に移行することを決定した。
3.国内保障措置と国際保障措置の仕組み
わが国がIAEAと締結した保障措置協定およびその追加議定書によると、日本国内の全ての核物質および原子力活動は、一部の免除規定による例外を除いて、IAEAの国際保障措置の対象になる。本保障措置は、原則的には日本が自ら実施する国内保障措置を観察することを通して実施されることになっている。すなわち、日本政府が国内の核物質および原子力活動を対象に、核物質を使用し、あるいは保有している
原子力施設および追加議定書に規定された原子力活動に対して実施する国内保障措置の状況を、IAEAが検認することを基本として国際保障措置が実施されている。
日本は、NPTに加盟すると同時に国内保障措置制度の充実を図り、
図1に示すとおり旧科学技術庁(2001年1月6日からは、文部科学省)を中心とする国内保障措置の実施体制を確立した。この図で分かるように、国内保障措置を構成する重要な二本柱は、原子力施設から文部科学大臣(旧科学技術庁長官)(日本国政府)への核物質の“計量管理報告”と政府による原子力施設に対する“査察”(国内法上は保障措置検査と言うが本文では簡略のため、以下においては査察と言う)である。そして政府はこれらの計量管理報告と検査(査察)結果報告をIAEAに報告する一方、IAEAの国際査察を受け、また国内保障措置の実施結果についてIAEAの評価を受けることになる。さらに、米、英、加、豪などの核燃料供給国とは二国間原子力協定に従って必要な申請・通告や確認を行うが、これらの国は、自国が供給した核物質の保障措置について、すべての業務をIAEAに委託することになっている。
4.保障措置の目標
保障措置の目標(目的)は、
有意量の核物質が平和的な原子力活動から核兵器その他の核爆発装置の製造のため又は不明な目的のために転用されることを適時に探知することおよび早期探知の危惧を与えることによりそのような転用を阻止することである。ここでいう有意量と探知時間(あるいは転換時間)はそれぞれ包括的保障措置では
表1および
表2のように規定されていたが、統合保障措置においては特定の保障措置適用パラメータ(例えば、適時性目標(探知時間)および探知確率)は、追加議定書による新しい手段により未申告原子力活動の抑止と探知能力が増強されることから、現在、照射済核物質の探知時間を3か月から12か月にすること等が再検討されている。
5.保障措置の技術的手段
保障措置を実施するための具体的な技術的手段としては、基本手段としての「
核物質計量管理」とその重要な補助手段としての「
封じ込め・監視」および「査察」がある。
核物質計量管理の方法としては、先ず核物質を使用あるいは保有している原子力施設(施設)に、核物質の物質収支区域を設定し、この区域についての核物質の流れ(受け払い)と在庫の量を測定・記録するとともに計量管理報告にまとめる。この計量管理報告には在庫変動報告書、物質収支報告書および実在庫量明細表があり、決まった期日までに施設から文部科学大臣に報告される。国はこれらと査察結果をIAEAに報告する(
図1参照)。なお米、英、仏等の日本への核燃料供給国に対しても二国間協定に基づき、文部科学大臣(政府)はその国の供給した
核燃料物質に関連する諸情報を通告する等の必要な措置を講ずる。
一方これらの諸国は自国が供給した核物質の保障措置をIAEAに委託している。また、核物質計量管理の補助手段として、例えば核物質を収納している容器および機器に封印が施され、みだりに開封されることがないように、また開封されたことが判るようにする。さらに必要な箇所には監視用のカメラやテレビを設置し、核物質の移動などを監視できるようにしている。
国とIAEAはこれらの計量管理報告などに間違いのないことを確認し、また封じ込め・監視の状況を調べるため、施設現場の査察を行う。したがって査察は保障措置実施のための重要な現場活動である。査察は国の保障措置検査官(および/または保障措置検査員)とIAEAの査察員の両者によって行われ、査察に必要な業務量は施設が取り扱う核物質の種類と量および施設の操業の種類によってかなり異なってくる。例えばプルトニウムを取り扱う施設は低濃縮ウランや天然ウランを取り扱う施設よりも査察業務量が多く、また再処理工場や燃料加工工場や濃縮工場のように、核物質をバラの形で扱い、各種の化学処理などをする施設では、原子炉のように核物質を
燃料集合体のような単位体のままで取り扱う施設よりも査察業務量は一層多くなる。
査察時の計量は、単に報告と施設側記録、あるいは記録と実物との照合・確認などにとどまらず、実際に全数あるいは抜取りによる核物質の測定などもある。この測定には、核物質をそのままの形で測る非破壊測定法と、その一部を採取し化学分析などのために形を壊して測定する破壊測定法がある。査察時に実施する作業内容を中心にした保障措置の仕組みを
図2に示す。
6.指定情報処理機関と指定保障措置検査等実施機関
1977年12月にNPT下での保障措置協定(INFCIRC/153)に基づく保障措置実施のための原子炉等規制法の一部改正において、日本国内の全ての核物質の計量管理に関する報告書を一括処理する機関を指定しその業務を実行させることになった。(財)核物質管理センター(情報管理部)がその指定機関として認定され、わが国にある全ての核物質の種類および在庫量をその存在場所(施設)とともに冒頭報告としてIAEAへ報告するための処理を初めて行い、現在も計量管理報告書の処理業務を実施している。また、1999年に追加議定書(INFCIRC/540)の批准に伴い関連する国内の原子炉等規制法を改定したが、この時、国の査察業務等に関する保障措置関連業務の増大に対応し、保障措置の強化・効率化を図り、民間機関の能力の活用方策として保障措置検査(査察)業務等の一部を保障措置検査等実施機関を指定し代行させることになり、(財)核物質管理センター(東海保障措置センター・検査部)がその指定機関として認定され、現在、国内の保障措置検査の一部または全部を代行実施するとともに査察時に収去した試料の分析を実施している。
7.保障措置に違反した場合
査察結果と計量管理報告などの検討結果から、核物質の平和目的以外への転用の有無、また核物質量の有意量以上の在庫差の有無についての評価を各対象施設について、国とIAEAがそれぞれ独自に実施する。国の評価結果はIAEAに報告される。IAEAは全てのNPT加盟国について自らの評価結果を、年1回、保障措置実施報告書(SIR:Safeguards Implementation Report)にとりまとめ各国に送付する。IAEAはこの評価および査察時に異常や違反が認められた場合には、直ちに国に通報して説明を求めることとしている。その結果によっては、IAEAによる特別査察が行われる。しかしながら、たとえ違反があった場合でもIAEAには罰する権限がなく、違反の事実を国に通知するのみである。そのため、国は違反を犯した施設を国内法に従って処罰することになる。また国について違反があったときには、IAEA理事会が対処し、必要な場合は国連の安全保障理事会にも報告され、その判断で関係諸国が原子力に係る資材等の輸出や援助の停止を各国の判断で行うことになっている。
<図/表>
<関連タイトル>
核兵器不拡散条約(NPT) (13-04-01-01)
保障措置のあらまし (13-05-02-01)
査察とその現状 (13-05-02-02)
保障措置の対象となる物質と施設 (13-05-02-03)
保障措置のための目標と技術的手段 (13-05-02-04)
保障措置に用いられる手法の設計 (13-05-02-05)
核物質転用分析 (13-05-02-06)
保障措置の有効性評価手法の開発 (13-05-02-07)
保障措置技術開発と国際協力 (13-05-02-17)
<参考文献>
(1)(財)核物質管理センター(訳):IAEA保障措置用語集 2001年版、IAEA/NVS/3(2002)
(2)(財)核物質管理センター(訳):IAEA/SC/INF3/INF4/INF5 IAEA保障措置
(3)(財)核物質管理センターニュース:核物質管理センター発行の月刊ニュース
(4)(社)日本原子力産業会議(編集発行):原子力年鑑、平成6年版(1994年11月)
(5)科学技術庁原子力局(監修):原子力ポケットブック1998/99年版、(社)日本原子力産業会議(1999年2月)、p.26-34
(6)米国兵器管理軍縮庁:NPT
(7)米国兵器管理軍縮庁:TLATELOLCO
(8)(財)核物質管理センター(編):核物質管理センター30年史(2002年6月)
(9)(財)核物質管理センター開発部(編):核物質管理ハンドブック 2001年版(2001年6月15日)
(10)(財)核物質管理センター:第10回保障措置セミナー資料集(平成2年)