<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 保障措置を実施していく上で、その有効性を維持・向上させ、所期の目標を達成するとともに、これを効率的に行うことが、保障措置実施機関に課せられた重要な課題である。このためには、保障措置の有効性を測る尺度または評価基準を定めることが必要不可欠である。尺度または評価基準が定まればこれを用いて、保障措置の設計、計画、実施、評価、資源の有効利用、マネージメント、研究開発の優先度の設定等を合理的に行うことができる。具体的な評価手法としては、保障措置の実施とその評価のための手法として、現在、“保障措置クライテリア1991−1995”がIAEAによって使用されている。また、本格的な評価システムとして、保障措置有効性評価手法(SEAM)、保障措置達成度評価システム(SPESY)、確率論的評価法(PASE)、戦略支援システム(STRASSY)等の手法が提案され、開発された。また、統合保障措置用評価手法としては、ISEMが開発された。なお、これらの評価手法には設計評価(事前評価)に有効なものと、達成度評価(事後評価)に有効なものとがある。
<更新年月>
2006年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.経緯
 保障措置を実施していく上で、その有効性を維持・向上させ、所期の目的を達成するとともに、これを効率的に行うことが保障措置実施機関に課せられた重要な課題であるが、このためには、保障措置の有効性を測る尺度または評価基準が定まればこれを用いて、保障措置の設計、計画、実施、評価、資源の有効利用、マネージメント、研究開発の優先度の設定等を合理的に行うことができる。
 このような必要性から、国際原子力機関(IAEA)は、1978年頃から独自に、保障措置実施報告書(Safeguards Implementation Report:SIR)のための保障措置実施結果の評価基準(SIR基準またはSIRクライテリア)の開発に着手し、この基準を保障措置の実施結果に適用し始めた。しかし、この基準は理論的根拠が不足していると考えられたので、IAEAはこの基準の開発、改良と並行して、1979年に各国の専門家を集めてコンサルタント会合を開き、保障措置有効性評価手法(Safeguards Effectiveness Assessment Methodology:SEAM)の開発に着手した。この方法論は、1981年のIAEAの諮問委員会でIAEA−SEAMとして確立されるまでに至ったが、その後いくつかの根本的問題が生じたために実用化されるところとはならなかった。
 一方、SEAMを保障措置の達成度評価に用いることに反対した西独(当時)は、独自に、保障措置達成度評価システム(Safeguards Performance Evaluation System:SPESY)の開発に着手し、1984年のコンサルタント会合でその成果を報告した。この方法論では出発点を施設付属書(Facility Attachment:FA)に置いているので、IAEAの興味を引くところとなり、開発が進められることとなった。
 他方、SEAMの改善を目指す動きとして、1986年のコンサルタント会合でオーストラリアが保障措置有効性の確率論的評価法(Probabilistic Assessment of Safeguards Effectiveness:PASE)を開発することを提案した。これは、確率論的安全性評価法(Probabilistic Safety Assessment:PSA)を保障措置有効性評価に応用しようとするもので、IAEAと英国の共同プロジェクトとして開発が進められた。その他、フランスが人工知能を用いた知識ベースシステム(STRASSY:戦略支援システム)の開発を1989年に提案し開発を進めた。そのほか、日本で行っている施設主要工程のモデルの開発、誤警報解析を主要な要素の一つとする方法論の開発、燃料サイクルを対象とする転用シナリオの分析等がある。
 保障措置の強化・効率化策が導入され、統合保障措置の確立が不可欠となったことから、米国は、統合保障措置評価法(Integrated Safeguards Evaluation Method:ISEM)を開発した。
2.SIR基準の開発
 IAEAは、保障措置実施の状況を評価してその結果を保障措置実施報告書(SIR)に載せる必要があるので、1979年頃から独自に、SIR基準の開発に着手し、IAEA内部基準としてこれをSIR用の保障措置実施評価に使用し始めた。当初この基準は十分に練られたものとは言い難かったが、以後毎年見直しが行われ、体裁、内容共に充実してきた。この基準は、有意量核物質の転用があった場合にそれを適時に探知できるような査察活動が行われたか、また国および施設がそれを可能にするように協力したかを評価するものである。この基準は原子炉施設、核燃料施設(加工、再処理、濃縮)および国全体の3つに大別されて、作成された。
 IAEA加盟国は、当初、IAEAの内部基準ということもあって、ことさらに批判することを避けていたが、SIRに対する関心の高まりとともに、基準の内容および変更点、適用の方法等についてIAEAに説明を求めるようになった。その後、SIR基準は、長期基準(Long Term Criteria:LTC)および短期基準(Short Term Criteria:STC)の開発という展開を見せ、前者は、保障措置実施諮問委員会(Standing Advisory Group for Safeguards Implementation:SAGSI)による審議を経て長期指針(Long Term Guideline:LTG)となり、後者は、保障措置の実施および評価に共通の基準として1991〜1995年間に用いられる“IAEA保障措置クライテリア1991−1995”となった。この過程で、IAEAは、進んで加盟国のコメントを求めるようになり、これを反映した改良が行われた結果、新しいクライテリアでは、以前の、IAEA内部基準という基本的性格が若干変わってきている。このように、SIR基準は市民権を得たかに見えるが、最大の弱点は、理論的根拠が弱いことであり、結果をもたらした原因の追求も困難である。そこでIAEAは次のSEAMの開発を合わせて進めた。
3.SEAMの開発
 IAEAは、保障措置のあらゆる分野に適用できる有効性評価のための方法論を開発することを目指して、1979年にSEAMの開発に着手した。米国がその開発を支援した。また、日本も各種施設の転用経路分析を行ってSEAM開発に寄与した。1981年の保障措置有効性評価手法に関する諮問委員会でSEAMが方法論として確立され、以後、日、米およびIAEAが中心になってSEAMの適用化研究が推進された。日本および米国で行われた適用化研究は、保障措置の設計を評価するという観点で行われた。これに対してIAEAでは、この方法論を査察の達成度評価に適用することを試みた。
 設計評価のフェーズでは、まず、施設のモデル化を行う。次に、このモデル施設に対して保障措置手法を仮定し、転用経路分析を行って、転用の方法および手段(隠ぺい手段を含む)を同定し、それぞれの転用経路の技術的難易度を評価する。また、転用に伴って起こる異常の同定を行う。次に、仮定した保障措置手法が、同定された転用経路による転用で起こる異常を探知できるか、また、どの程度の確率で探知できるかを定量化と確率論的検討を行って推定する。さらに、数多くの転用経路に対する転用探知確率を評価する。結局、この方法論では保障措置の有効性を転用探知確率で評価していることになる。
 計画評価のフェーズでは、モデル施設と実際の施設の違いに基づいて転用経路分析および保障措置手法を調整するとともに、実施可能な保障措置活動を計画して転用探知力の再評価を行う。さらに、達成度評価のフェーズでは、計画された保障措置活動の内、実際に行うことのできた保障措置活動に基づいて評価をやり直す。このようにして、保障措置の設計、計画および実施の全ての分野における評価活動が一つの方法論で行われることとなる。
 この方法論の問題点として指摘されたことは、1)転用経路分析の完全性が保証されないこと、2)転用探知確率の定量化において、特にC/S(Containment and Surveillance:封じ込め/監視)について、客観的根拠に乏しいところがあること、3)転用の技術的難易度の高いシナリオについて、どの程度保障措置でカバーすればよいか不明なこと等である。その結果、特に達成度評価に用いることには異論が多く、現在実用化が放棄されていることは経緯の項で説明した通りである。
4.SPESYの開発
 保障措置達成度評価にSEAMを用いることに反対した西独(当時)は、対案として、施設付属書(FA)に規定された査察活動の達成度で保障措置の有効性を評価すべきである、という考えを具体化したSPESYを開発し、1984年のコンサルタント会合で発表した。この手法は達成度評価に限定されている。評価ロジックはピラミッド型のツリー構造をしており、頂点は保障措置目標が達成されたかどうかであり、底辺には施設付属書に基づく個々の査察活動が位置している。また、計算機用言語PROLOGを使用した計算機プログラムが開発されている。このプログラムへの入力データは査察情報であり、施設情報がデータベースとして貯蔵され、計画された査察活動と実施された査察活動を対比する評価ロジックが知識モジュールに蓄えられている。また、出力は評価結果およびこの結果をもたらした論理である。
 この方法論の問題点として、ベースとして用いているFAが非公開であるので、理事会への報告書の作成に使えないことが指摘された。しかし、IAEAはSPESYの計算機プログラムの有効性に注目し、これをFAに依存しない保障措置基準に基づく評価に利用することを提案した。これを受けて、アイテム施設については西独(当時)が自ら改良を行い、バルク施設については、米国が開発を行った。今後開発が必要とされている分野は、査察活動が不完全あるいは部分的にしか行われなかった場合の評価ロジックの構築の問題である。
5.PASEの開発
 1986年の保障措置評価法に関するコンサルタント会合でオーストラリアがPASEの開発を提案し、開発が始まった。PASEは原子炉の安全性評価手法として開発が進められているPSA手法を保障措置の有効性評価に応用したものである。1988年のコンサルタント会合でIAEAおよび英国は、一回目のワークとして行ったPASEの開発と使用済燃料ポンドへの適用について成果を発表した。また、1989年のコンサルタント会合では、二回目のワークとして、PASEのMOX燃料加工施設への拡張適用化の研究を行い、さらに1992年には大型再処理施設への適用化研究を試みた。PASEで用いられている方法論は3段階から成っている。まず、保障措置手法を構築する。次に、転用のための基本的な手段について分析し、この組み合わせによって転用経路の候補を作成する。さらに、この候補を分析し、転用経路を同定する。最後に、保障措置手法によって探知できない転用経路の分析を行う。PASEの適用によって転用経路分析の完全性は保証されると考えられており、SEAMの一つの弱点を克服するものとして位置付けられる。しかし現状では定量化が困難であり定性的分析に留まっている。PASE適用化研究のその後の動きとして、燃料サイクルへの適用およびC/S有効性評価への適用が計画され、作業が行われた。方法論としては設計評価(事前評価)に向いていると考えられる。
6.STRASSYの開発
 1989年の保障措置評価法に関するコンサルタント会合で、フランスが戦略支援システムSTRASSYの開発を提案した。燃料サイクルを対象とした保障措置手法の検討・評価用のもので、知識ベースシステムを方法論とする解析ツールの開発を1992年に行った。全体の開発には相当の時間がかかると考えられるが、単純な燃料サイクルの転用分析から始めて徐々にシステムを高度化して行く予定であり、設計評価(事前評価)に向いていると考えられる。
7.その後の展開
 IAEAのコンサルタント会合をにしてIAEAおよび各国で進められた保障措置評価法の開発は、1990年代前半でその役目を終えたとして終了された。しかし、米国は、統合保障措置を評価するための方法論が必要であるとして、1990年代後半にISEMの開発を行い、2000年にはMOX燃料を用いない軽水炉の統合保障措置法を評価するため、この方法論を用いた。
<関連タイトル>
保障措置のあらまし (13-05-02-01)
査察とその現状 (13-05-02-02)
保障措置のための目標と技術的手段 (13-05-02-04)
保障措置に用いられる手法の設計 (13-05-02-05)
核物質転用分析 (13-05-02-06)
保障措置技術開発と国際協力 (13-05-02-17)

<参考文献>
(1)(財)核物質管理センター:IAEA/SG/INF/1 IAEA保障措置用語集
(2)(財)核物質管理センター:第10回「保障措置セミナー資料集」(平成2年)
(3)核兵器の不拡散に関する条約第3条1及び4の規定の実施に関する日本国政府と国際原子力機関との間の協定(略して、「日・IAEA保障措置協定」)並びに当該協定への追加議定書
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ