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保障措置をより効果的かつ効率的に実施することは、査察側は勿論、施設側にとっても有益である。特に最近は、世界的な原子力発電量の増加によって国際原子力機関IAEAの保障措置業務量は増加しているにもかかわらず、IAEAの予算は増えていないので、人的および機器整備の両面からも対応が苦慮されている。一方、
原子力施設は益々自動遠隔操作化が進み、従来の近接して測定し、また員数を確かめるなどの査察関連業務の実施がますます困難になっている。さらにプルトニウム(Pu)粉末や混合酸化物燃料(MOX燃料)を大量に取り扱う施設では、従業員のみでなく査察官の放射線被ばくも考慮する必要が生じている。これらの問題を解決する手段として保障措置のための技術開発が極めて重要である。また、イラクの核兵器開発疑惑以来未申告の核物質および原子力活動の存在を探知する為の技術開発が急務となっている。
1.保障措置技術開発
保障措置をより効果的なものにするためには、まず
イ)保障措置システム全体の有効な機能
ロ)核物質の測定・計量技術
ハ)封じ込め・監視の技術
ニ)計量管理報告等の保障措置関連情報の収集・処理・解析
ホ)保障措置の実施結果の正確な分析・評価
があげられ、保障措置の技術開発課題も、上記の5項目に集約される。
IAEAは毎年、保障措置実施報告書(SIR)を出し、その中で査察目標達成について直面した主要な問題点を挙げているが、保障措置技術開発のテーマはこれらの中から選ばれることが多い。
(1)保障措置システムの研究
個々のシステムが全体としていかに有効に働くかの研究であり、例えば保障措置手法の研究がこれに含まれる。特に最近のバルク取扱施設では、計算機による自動遠隔制御が進んでいるので、査察時のクリーンアウト(検認のための核物質を一か所に集めること)や査察のために核物質に接近して検認することが困難になっている。したがって査察側は最新の技術を開発するとともに、保障措置システムの組立てにおいても新しい手法の開発が必要になってきている。例えば、大型
再処理施設に関してはニア・リアルタイム計量管理技術(
NRTA)やソリューションモニタリングシステムが開発中である。
(2)測定・計量技術
核物質の数量、重量、容積、組成および同位体比等を測定する重要手段である。これらの測定には保障措置に必要な正確さ、精度、測定速さ等が要求されるが、対象物質の種類、組成、量および測定機器の種類等によって要求が異なるので簡単ではない。測定法に非破壊測定(NDA)法と破壊測定(DA)法があり、NDAでは
γ線や
中性子線を利用した核物質の測定が主である。一方、DAでは化学分析が主で、査察官が現場で収去した試料を国とIAEAの分析所にそれぞれ送って分析する。また、未申告の核物質および原子力活動の存在を探知する為の手段として環境サンプルを収去して高精度分析する事により、過去において当該施設で使用された核物質の種類を解析する試みが開始されている。
(i)NDA
放射線を測定するNDAには、パッシブ法とアクティブ法があり、前者は核物質から自然に放射されるγ線や
中性子線を測定する。後者は外部から中性子線やγ線を測定対象物に
照射し、これによって発生する誘導放射線(中性子やγ線、
X線)を測定することによって対象物質中の核物質量や組成等を知る。アクティブ法は普通、試料から出る放射線が弱くてパッシブ法が適用できない場合に用いられる。なお保障措置のNDAには放射線を利用した測定だけでなく、例えば、核物質の重量をロードセルで測ることや、再処理溶解液のタンク容量を同位体希釈法で測ることなども含まれる。
a)パッシブ法:γ線測定ではシンチレーション計数装置によるγ線スペクトル解析法が広く用いられる。Ge検出器はNaI検出器よりも
検出効率は低いが
エネルギー分解能が高いので、多数の同位体を含むPuの測定に適している。しかし検出器を液体窒素で冷却する必要がある。NaIシンチレーション計数装置では小型可搬式多チャンネル波高分析器が開発され、またGe検出器の液体窒素冷却系の改良などが行われている。また、
半導体検出器の1種であるCd−Te検出器も用いられ始めている。中性子測定では主にHe3検出器を用いた高水準中性子同時計数装置が使用されている。
b)アクティブ法:例えば、
241Am−Li中性子源からの中性子を
ウランに照射し、発生する中性子やγ線の測定からウラン235量を求める。少量のPu測定にも利用される。
c)その他:使用済み燃料から出てくるチェレンコフ光を室内灯を消さないで測定する方法が日本で開発された。またα線による発熱を熱量計で測定してPu量を求める方法(カロリメトリー)が欧米で開発中である。再処理の製品液中のPu含有量測定にPu原子のK軌道電子の吸収端(121.8KeV)を利用する方法(Ke吸収端濃度計)が開発され、日本の再処理工場で使用されている。
(ii)DA
DAはNDAに比べて時間はかかるが、測定精度が高いので、特に在庫差(MUF)解析で少量分割転用を評価する時などに有用である。現在、ウランやPuの含有量測定には電位差滴定法が使われているが、一部では定電位電解法も使用されている。同位体組成の測定には
質量分析計が用いられているが、適時性を向上させるために精度は劣るが小型で可搬型の4重極型質量分析計が使用されている。
(iii)環境サンプリング
原子力施設および追加議定書で申告された場所で、拭取り試料を収去することを環境サンプリングと言い、収去された環境サンプルは高精度分析(粒子分析)される。環境サンプルの粒子分析を実施する目的は、個々の粒子の同位体組成を調べることにより、施設で行われている工程の履歴を明らかにすることである。粒子分析にはDA法の熱イオン化質量分析が用いられているが、米国のDOEではNDA法の遅発中性子活性化分析が調査されている。環境サンプリングは通常拭取り試料を収去しているが、空気サンプルおよび水サンプル等による実施も現在検討・研究されている。
(3)封じ込めおよび監視技術
(i)封じ込め
封じ込めの代表的な方法は封印(シール)で、輸送中や貯蔵中の核物質の容器の開封を防ぎ、またそれを判定するために施される。その他、カメラなどの査察用機器、査察報告書、収去試料などにも封印される。封印には金属封印、粘着性ラベル封印、光ファイバー封印、超音波封印、電子封印などがある。特に電子封印は値段は高いが、シールの破損が即時に判る利点があり、その普及が期待されている。
(ii)監視
カメラやテレビによって、査察官の不在中に監視下にある核物質の移動や機器の操作をモニターする。その他の方式にはポータルモニター等がある。これは核物質の出入りをゲートにおいて金属センサーで捕らえ、その信号を宇宙衛星を経由して直ちにIAEAに送る方式であり、日本で開発された。また、高速炉やプルトニウム燃料製造施設などで核物質の移動を放射線測定により自動検認する各種のフローモニターも開発された。
a)写真監視:多数の自動シャッター式ミノルタツインカメラが用いられていたが、カメラの生産が中止されたので、これに代わるものとしてテレビが使われるようになった。
b)テレビ監視:自動閉回路テレビやビデオを利用した保障措置用のテレビシステムがすでに使用中であり、多カメラを集中制御するさらに進んだシステムが米・欧で開発中である。初期のテレビシステムはアナログ式であったが、パターン認識等のレビューのし易さおよび集中制御のし易さから、現在ではデジタル式が主流となっている。
c)その他:
原子炉の出力モニター、プール内の照射済み燃料の番号を同定する水中監視装置、
レーザーで
燃料集合体の移動を監視する装置などが開発中である。
(4) 情報処理・解析
保障措置関連データは増大する一方であるので、効率的、経済的で情報保護(秘密保持)に適した計算機処理システムの開発がIAEAをはじめ各国で行われている。
(5) 保障措置の達成度(および有効性)評価
達成度評価用にはドイツを中心に開発した評価システムSPESYがあるが、まだ実用化されていない。また、有効性(設計評価用)については、確率論的評価システムPASEがIAEAおよびイギリスで開発中であるが、実用に至っていない。
2.IAEAの保障措置技術研究開発課題
IAEAが現在、保障措置を実施する上で必要となっている技術上の主な研究開発項目には次のようなものがある。
イ)封じ込めおよび監視システムの信頼性向上
ロ)自動化の進んだ施設における保障措置手段の開発
ハ)使用済燃料中のプルトニウムの測定
ニ)無通告無作為査察の適用による保障措置効率の改善
ホ)遠隔モニタリングシステムの開発
へ)SSACの協力・強化
3.国際協力
(1)日本の協力
日本のIAEAに対する保障措置技術支援計画はJASPAS(JAPAN SUPPORT PROGRAM FOR AGENCY SAFEGUARDS)と呼ばれ、1981年発足以来続いている。2006年8月現在で実施中のプログラムは13項目がある。日本の対IAEA分担金は世界第2位であり、JASPAS以外にも日本は大型再処理施設の保障措置のためのLASCAR会合を支援した。
(2)各国の協力
米国の支援計画はPOTASと呼ばれ、2005年3月現在で75件である。この中には技術開発の他に、査察要員のトレーニングや経費の自国負担による専門家派遣などが含まれる。ロシア、ドイツ、カナダ、英国、ユーラトムなども支援計画を持っているが、特にユーラトムは域内各国の保障措置を各国政府に代わって実施し、それをIAEAが観察するという形をとっているので、地域独自の保障措置システムを持っている。すなわち域内の全保障措置対象物質の情報処理とソフトウェア開発を行うセンターをルクセンブルグに、またハードウェアの技術研究所をイタリアのイスプラにおき、ESARDA(EUROPEAN SAFEGUARDS RESEARCH & DEVELOPMENT ASSOCIATION)という独自の保障措置技術開発機構と開発計画を持っている。
(前回更新:2002年9月)
<関連タイトル>
保障措置のあらまし (13-05-02-01)
査察とその現状 (13-05-02-02)
保障措置のための目標と技術的手段 (13-05-02-04)
保障措置に用いられる手法の設計 (13-05-02-05)
軽水炉を対象とする保障措置 (13-05-02-08)
<参考文献>
(1)(財)核物質管理センター(訳)、科学技術庁(監修):IAEA保障措置用語集(2001年)
(2)(財)核物質管理センター:保障措置セミナー資料集
(3)(財)核物質管理センター(訳):IAEA/SG/INF5 IAEA 保障措置−保障措置技術及び測定装置−(1987)
(4)(財)核物質管理センターニュース:核物質管理センター発行の月刊ニュース
(5)(財)科学技術庁原子力局(監修):原子力ポケットブック2005年版、(社)日本原子力産業会議(2005年7月)
(6)(財)核物質管理センター:核物質管理センター30年史(2002年6月)