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<概要>
 原子力施設、放射線利用施設等において事故・故障・トラブルなどの事象が発生した場合に、それが施設の安全性上あるいは原子力施設従事者と公衆の安全上どのような意味を持つのかを表現する指標(評価尺度)がIAEAによって国際原子力事象評価尺度INES)として定められており、その事象の重大性が容易に判断できるようにしている。評価の対象は、原子力発電所核燃料施設、研究炉、放射線利用施設等の原子力施設の事象だけでなく、核燃料物質の輸送中の事故、RI取り扱いにおける放射線被ばくなど原子力施設と原子力利用で発生した広範囲な事象を含んでいる。ここでは、INESの概要説明と主な適用事例を示す。
<更新年月>
2013年01月   

<本文>
1.国際原子力事象評価尺度(INES)
 国際原子力事象評価尺度(INES:International Nuclear Event Scale)は、原子力施設、放射線利用施設等で発生した事象の重大性を示す世界共通の指標として、国際原子力機関(IAEA)と経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)が協力して1990年に策定した。IAEAによるINES利用マニュアルによれば、INESは、発生した事象の安全上の意味をメディアや公衆に迅速かつ整合的に伝達し、防災に役立てることを目的としている。その策定に際しては、世界に先駆けて評価尺度を試用した日本、フランスなど加盟国の試用経験が反映されている。当初は原子力発電所での事象のみを対象としていたが、医療用放射線利用や放射性物質の輸送を含め、原子力関連産業全体に適用できるように拡張された。
 INESによる評価では、表1に示すように、事象をレベル0からレベル7までに分類している。低い方のレベル1からレベル3までを異常事象(incidents)、高い方のレベル4からレベル7までを事故(accidents)として大別している。レベル1に満たない安全上重要ではない事象はレベル0に分類する。レベル1は後述する基準1と2の観点では問題ないが、基準3の観点で問題となる安全上の事象で、特に逸脱(anomally)と呼んでいる。
 なお、原子力施設でおきた事象であっても、原子炉や放射線関連設備の運転に起因しない事象等は、この評価尺度を適用せず、これらを「評価対象外」と呼ぶ。
 INESでは、次の3種類の基準に基づいて事象のレベルが決定されている。
 基準1:人と環境(放射性物質の放出量と被曝)
 レベル2と3(異常事象)では公衆または作業者の被曝量を指標とする。しかし、レベル4〜7(事故)の場合には住民の避難を伴うことが多いため、被曝量の代わりに放出量を指標に用いる。また、被曝による死亡も考慮する。
 基準2:放射線バリアと管理(原子力施設内での制御)
 レベル2と3(異常事象)では、運転区域内の一定以上の放射線レベル、または設計で予想していない区域での相当量もしくは重大な汚染を指標とする。レベル4(局地的影響を伴う事故)では、燃料溶融・損傷、または公衆が著しい被曝を受ける可能性が高い施設内の放射性物質の放出を指標とする。この基準の最も高いレベル5(広範囲の影響を伴う事故)では、炉心の重大な損傷、公衆が著しい被曝を受ける可能性が高い施設内の放射性物質の大量放出を指標とする。(臨界事故や火災を想定)
 基準3:深層防護(原子力施設の安全を確保する機能の劣化)
 原子力発電所等には、所内外への重大な影響を防止するため、多重、多様な安全システムが設置されている。また、運転中の定例試験、定期検査、保守点検や運転方法等の管理によっても安全が確保されている。深層防護の劣化の基準では、これらのハードウェア、ソフトウェアの両面にわたる安全確保手段の劣化の程度について評価する。この基準では、安全上重要ではない事象を示すレベル0から、深層防護が失われたレベル3の範囲に分類している。日本では、このうちレベル0の事象をさらに、安全に影響を与え得る事象(レベル0+)と、安全に影響を与えない事象(レベル0−)に分けて、評価している。
 事象の最終評価は上記の中で関連するすべての基準に基づいて行われ、2つ以上の基準が適用される事象においては、各基準の中で最も高いレベルがその事象のレベルとなる。
2.日本における国際原子力事象評価尺度の適用の経緯
 日本では、原子力施設の事故・故障・トラブルなどについては、軽微なものも含め積極的に公表を行ってきているが、その内容が技術的、専門的なものなので、直ちに一般国民の理解を得ることが困難な場合が多かった。このようなことから原子力事象の原子力施設全体の安全性への影響の度合いについて国民が適切に理解しにくいことがあった。原子力発電についての国民的な関心が高まる中で、事故・故障・トラブルなどについて広く国民の理解を得るため、日本としても、個々の事故・故障・トラブルなどが原子力施設の安全上どのような意味を持つものかを簡明に表現できるような評価指標(評価尺度)として、IAEAが策定したINESの適用を原子力発電所に対して1992年(平成4年)8月1日から開始した。ただし、この評価尺度は、原子力施設の安全規制に関する法令上の基準等とは、目的、内容において異なるものである。
 なお、日本ではこれまで原子力施設における事象発生後のINESの暫定評価を原子力安全・保安院が報告していたが、2012年9月19日以降は原子力規制委員会が発表することとなった。正式評価は、学識経験者で構成される総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会に設置されたINES評価小委員会により行われ、その結果を原子力規制委員会が公表する。発生した事象が、レベル2以上、またはレベル0〜1でも内外で関心を惹くと判断した際には、原則として24時間以内にIAEAに報告し、IAEAは加盟各国に知らせることになっている
3.国際原子力事象評価尺度を適用している国
 IAEAの発表によると、ベルギー、英国、フランス、ドイツ、インド、韓国、中国、日本を含む60以上の国がINESを適用している。
4.国際原子力事象評価尺度の主な適用事例(表2参照)
4.1 海外
 旧ソ連(ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)はレベル7、旧ソ連(ロシア)で起きたキュシュテム再処理施設事故(1957年)はレベル6、英国で起きたウィンズケール原子力発電所事故(1957年)と米国で起きたTMI原子力発電所事故(1979年)はレベル5、英国で起きたウィンズケール再処理工場事故(1973年)、フランスで起きたサンローラン原子力発電所事故(1980年)、ブエノスアイレスで起きた臨界集合体RA-2臨界事故(1983年)及びエジプトで起きた紛失放射線線源による被ばく事故(2000年)はレベル4、及びスペインで起きたバンデロス原子力発電所事故(1989年)はレベル3である。
4.2 日本
 JCOウラン加工工場臨界事故(1999年9月)はレベル4、旧動燃(核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構))アスファルト固化処理施設火災爆発事故(1997年3月)はレベル3、美浜2号炉蒸気発生器伝熱管損傷事故(1991年2月)はレベル2、高速増殖炉もんじゅ二次系ナトリウム漏洩事故(1995年12月)と敦賀発電所2号炉原子炉冷却材漏洩事故(1999年7月)はレベル1と評価され、IAEAに通告された。また、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴って発生した福島第一原子力発電所事故の暫定評価はレベル7であった。この事故に関しては政府、国会、民間の各調査委員会による報告書、さらに東京電力自身による報告書が作成されているが、未解明な点も多いため、今後、原子力規制庁による調査も予定されている。正式なINESレベルの決定にはまだ時間がかかる見込みである。
(前回更新:2004年3月)
<図/表>
表1 原子力事象に適用される国際評価尺度
表1  原子力事象に適用される国際評価尺度
表2 国際原子力事象評価尺度(INES)の評価事例
表2  国際原子力事象評価尺度(INES)の評価事例

<関連タイトル>
米国スリー・マイル・アイランド原子力発電所事故の概要 (02-07-04-01)
チェルノブイリ原子力発電所事故の概要 (02-07-04-11)
海外の原子力発電所における主な事故(タービン火災・爆発事故を除く) (02-07-04-17)
海外のBWR原子力発電所におけるINESレベル2以上の主な事象 (02-07-04-21)
海外PWR原子力発電所におけるINESレベル2以上の主な事象(1992年〜1998年) (02-07-04-22)
海外PWR原子力発電所におけるINESレベル2以上の主な事象(1999年〜2006年) (02-07-04-23)
海外における研究炉の主な事故 (03-04-10-01)
世界の核燃料施設における臨界事故 (04-10-03-02)
放射線利用における放射線被ばく事故 (09-03-02-15)

<参考文献>
(1)原子力安全委員会(編):原子力安全白書 平成11年版、大蔵省印刷局(2000年7月)、p.8,342-343
(2)日本原子力産業会議(編):原子力ポケットブック 2000年版、2000年7月18日、p.144,147,149,161-163
(3)日本原子力研究所国際原子力総合技術センター:原子力防災ポケットブック、1996年7月、p.153-161
(4)渡辺憲夫、平野雅司:国際原子力事象評価尺度(INES)情報に関する和訳データベースのホームページ開設、原子力誌、41(6)、p.628-638(1999)
(5)IAEA:INES, The International Nuclear Event Scale - User's Manual, Resised and Extended Edition 1992, IAEA-INES-92/01(1992)
(6)IAEA:INES, The International Nuclear Event Scale - User's Manual, 2008 Edition (Revised), IAEA(2012)
(7)経済産業省 原子力安全・保安院 原子力安全技術基盤課(編):平成15年版(平成14年度実績)原子力施設運転管理年報、火力原子力発電技術協会(平成16年1月)、p.525
(8)資源エネルギー庁:海外発電所INES情報(2000年1月)
(9)電気事業連合会:原子力・エネルギー図面集 2012年版
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