<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 1895年にレントゲンによってエックス(X)線が発見されたことをもって放射線の歴史の始まりとすれば、人類の放射線障害の経験はそれと殆ど時を同じくして始まっている。これに対し、少しずつではあるが初めは個々の場において、次いで国、学会など種々のレベルで放射線防護が考えられ実施されるようになり、1928年には国際X線ラジウム防護委員会が発足、1950年には国際放射線防護委員会ICRP)へと改称した。その後ICRPは、世界各国の放射線防護の基本的考え方と実施法に対し指導的役割を果たしてきている。
<更新年月>
2011年01月   

<本文>
 人類の放射線障害の経験はX線の発見とほとんど時を同じくして始まったといえるが、その防護、特に被ばく線量を制限して放射線障害の防止を行うようになるまでにはかなりの時間を要した。すなわち、1895年末のレントゲンによるX線の発見から数ヵ月つまり1896年1月にはX線による急性皮膚炎の症状が報告され、ひき続いて数年のうちに脱毛や造血臓器の障害など現在放射線の身体的影響と言われるほとんどの障害を経験するようになった。放射線障害に関する歴史上のトピックスを表1に示す。
 これに対し、少しずつではあったが、初めは個々の場において、次いで国、学会など種々のレベルで組織的に放射線防護のための技術さらには制度が考えられるようになった。例えば、1921年にはイギリスにおいてX線学会の中に「X線及びラジウム防護委員会」が、翌年にはアメリカやフランスにも類似の委員会が組織された。この動きは次いで国際的になり、1928年にストックホルムで開かれた第2回国際放射線医学会議において「国際X線ラジウム防護委員会 International X-ray and Radium Protection Committee:IXRP」が組織された。それ以来、その活動とくに放射線防護に関する勧告は世界中で権威あるものとして認められ、各国の放射線防護の基準として用いられてきた。
 IXRP発足時、耐容線量(Tolerance Dose)という概念が存在した。これは人が少しも障害を受けずに長期間にわたり耐えうるX線量を意味し、一ヶ月あたり1/100皮膚紅斑線量以下なら安全であるとされていた。IXRPは1934年にこの耐容線量の考え方を採用し、1925年より発足した国際放射線単位・測定委員会(International Commission on Radiation Units and Measurement:ICRU)が1928年に定めた放射線の国際単位である”レントゲン(r、1r=10mGy相当)”を用いて耐容線量の値を1日当り0.2r(600mGy/年)と定めた。この数値は1950年まで16年間変更されることなく国際的な基準値となっていた。ただし、米国X線ラジウム防護委員会は、1936年にエネルギーの高いX線発生装置が使用されるようになって造血臓器に対する影響が重要視されたことから、この耐容線量を1日当たり0.1rに低減することを勧告した。
 第二次世界大戦を境に放射線防護にも大きな変化がみられた。原子エネルギーが利用されるようになり被ばく様式が多様化したこと、放射線障害に対する理解が進んだことが大きく影響したからである。IXRPは1950年に開かれた会合において、名称を「国際放射線防護委員会 International Commission on Radiological Protection:ICRP」と改め、放射線の安全基準につき再検討を行った。その結果、耐容線量の考えを不適当であるとし、最大許容線量を導入、その数値として空中線量で0.3r/週を採用した。その後、放射線によって物質に与えられたエネルギー量の単位として吸収線量ラド(rad:radiation absorbed dose、1rad=10mGy)、生体に対する放射線の影響を表す量の単位としてレム(rem:roentgen equivalent man、1rem=10mSv)が登場した。また、初めて公衆の最大許容線量が職業人の1/10と決められた。
 1958年にICRPによって出された初めての勧告は「ICRP Publication 1」として刊行され、種々新しい事柄が盛り込まれた。放射線作業者に対しての線量規制は、生殖腺あるいは赤色骨髄に着目し(均等照射の場合は全身)、最大許容集積線量D=5(N-18)レム(Nは年齢)と連続13週に3レムという最大許容集積線量、皮膚には8rem/13週、手、足などには20rem/13週、その他の臓器には4rem/13週、さらに集団を対象とした最大許容遺伝線量5rem/30年が導入された。1959年には体内放射線の許容量が「ICRP Publication 2」として出版され、最大許容身体負荷量最大許容濃度が勧告された。
 1965年の勧告(Publication 9)では、放射線作業者に対しては最大許容集積線量を廃して、線量限度を5rem/年とし、皮膚などを30rem/年、手、足などを75rem/年、その他の臓器を15rem/年とする勧告がなされた。
 1977年にはICRPの新勧告が「Publication 26」として出版され、内容の大改訂が行われた。すなわち、用語を改め、単位を新しい国際単位(SI)に統一し、放射線リスクの定量的取り扱いの改善のため実効線量当量を導入した。内容的には、放射線の遺伝的影響や癌などいわゆる確率的影響には、受けた放射線の線量と影響発現の間にしきい値を持たない線量効果関係があるという放射線防護への適用のための仮定を設定した上で、それを強く意識し、許容線量の概念もリスクと便益とのバランスに基づいた概念を採用した。また、従来、放射線作業者(職業人)を中心に考慮していたが、一般公衆への配慮が従来に比べれば大きくなったのも新勧告の特徴である。用語としては最大許容線量を廃し「線量限度」とした。主として発がんなどの確率的影響を避けるものとして実効線量当量限度を定め、放射線作業者(職業人)の場合年間50mSv、主として確定的影響を避けるものとして組織線量当量限度を定め、目の水晶体について150mSv/年、皮膚その他について500mSv/年とした。一般公衆の場合、実効線量当量限度として1mSv/年を、目の水晶体、皮膚等に対しての組織線量当量限度として50mSv/年とした。ただし、一般公衆の線量限度は、ICRPのパリ声明(1985年)により原則として年間1mSvに低減された。また、体内被ばくに関連して、従来の最大許容身体負荷量を廃し、年摂取限度(Annual Limit on Intake:ALI)を導入した。
 この1977年勧告以来、線量限度は放射線防護における線量制限体系の三要件のうちの一つと位置づけられた。すなわち、放射線被ばくをもたらす行為の正当化、放射線防護の最適化、被ばく線量の制限、の3点からなる線量制限体系が放射線防護の要点とされ、線量限度は線量制限体系の一要素とされた。なお、集積線量の規制や最大許容遺伝線量などは必要がないとされ、廃止されている。
 最も新しい基本的勧告は、広島・長崎の原爆線量再評価、疫学データの蓄積、がん誘発の予測モデルの変更等によるリスク係数の変更等により、ICRP 60(1990年勧告)として刊行された。線量の概念では、組織ごとのデトリメント(損害)の全損害に対する相対的寄与に基づいて組織荷重係数が見直され、実効線量当量は、実効線量と呼び名が変えられた。また、単位実効線量あたりのリスク評価値に基づいて線量限度も改められ、例えば、主として発がん等の確率的影響を避けるものとしての職業被ばくの限度は、5年間の平均が1年あたり20mSv、かつ、どの1年の線量も50mSvを超えないこと、となった。また、主として確定的影響を避けるものとして等価線量限度を定め、目の水晶体について150mSv/年、皮膚、手、足について500mSv/年、妊婦の腹部表面について2mSv/妊娠期間とした。
 ICRP(IXRPを含む)の基本勧告の特徴の変遷を表2に、放射線作業者(職業人)及び公衆に対する線量限度の変遷を表3に示す。また、ICRP 60勧告における放射線作業者(職業人)及び公衆に対する線量限度を表4に示す。
 2007年には、ICRP Publ.103で、放射線作業者(職業人)については、主として発がんなどの確率的影響を避けるものとして実効線量限度を定め、20mSv/年(5年間の平均線量)、最大50mSv/年を超えないこと、妊婦の胎児について1mSv/妊娠期間、主として確定的影響を避けるものとして等価線量限度を定め、目の水晶体について150mSv/年、皮膚、手、足について500mSv/年とした。公衆に対しては、実効線量限度として1mSv/年を、目の水晶体について15mSv/年、皮膚に対して50mSv/年の等価線量限度とした。ICRP 103勧告における放射線作業者職業人及び公衆に対する線量限度を表5に示す。
 わが国(日本)ではこれらの勧告に沿い、放射線審議会の答申に基づいて、法令の改正が行われており、放射線防護・管理に関係するおもな法令とその制定時期を表6に示す。
 放射線障害に対する科学的知見と社会の認識及び放射線被ばくを伴う行為の社会への受容は時代と共に少しずつ変化し、放射線防護の考え方も時代と共に少しずつ変化している。
<図/表>
表1 放射線障害に関する歴史上の出来事
表1  放射線障害に関する歴史上の出来事
表2 ICRP主勧告の特徴
表2  ICRP主勧告の特徴
表3 ICRPの主勧告における作業者及び公衆の防護基準
表3  ICRPの主勧告における作業者及び公衆の防護基準
表4 ICRP 60の勧告における線量限度
表4  ICRP 60の勧告における線量限度
表5 ICRP 103の勧告における線量限度
表5  ICRP 103の勧告における線量限度
表6 放射線防護・管理に関する主な関連法令
表6  放射線防護・管理に関する主な関連法令

<関連タイトル>
被ばく制限値の推移 (09-04-01-02)
ICRP勧告(1990年)による個人の線量限度の考え (09-04-01-08)
線量および防護に用いられる諸量 (09-04-02-01)
実効線量 (09-04-02-03)
年摂取限度(ALI) (09-04-02-14)
国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12)

<参考文献>
(1)館野 之男:放射線医学史、岩波書店(1973)
(2)国際放射線防護委員会の1990年勧告(邦訳版)、日本アイソトープ協会(1991)
(3)辻本 忠、草間 朋子:放射線防護の基礎−第2版、日刊工業新聞社(1995)
(4)日本原子力研究所東海研究所、放射線業務従事者訓練テキスト(1994)
(5)渡利 一夫、稲葉 次郎(編):放射能と人体、研成社(1999年6月)
(6)小佐古 敏荘:「ICRP新勧告−新しい放射線防護の考え方と基準」、第1回放射線防護の歴史的展開、日本原子力学会誌、Vol.52、No.4 (2010) p.225
(7)日本アイソトープ協会ホームページ:アイソトープご利用の方 > 法令など > 放射線障害防止法令
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ