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<概要>
 被ばくによる障害の大きさは被ばく線量ばかりでなく、放射線の種類、エネルギー、被ばく部位などによって異なる。防護の観点では吸収エネルギーよりも障害の大きさをもって諸基準を策定し、管理実務を行なうことが実用的である。被ばくによる障害評価では、新しい知見が得られる度に考え方・定義・用語等を改定せざるを得ないこと、管理上実用できること、語感から思わぬ誤解を招く場合があったこと等により、防護に関する諸量は用語を含めて7、8〜10年程度という他の科学・技術分野では類を見ない短期間で変更されてきた。また、防護の諸量・用語等は法規制に取り込まれており、近年のICRP勧告が日本の法令に取り込まれるまでには10年以上を要している。このため、科学および法規制共に廃止された量・用語、科学的には廃止されたが法規制上まだ用いられているもの等が混在している。過去に使用され現在廃止された、および現在用いられている主な諸量・用語等をここに整理した。
<更新年月>
2006年01月   

<本文>
 ヒトが被ばくした場合、生じる障害には火傷、脱毛、不妊、ガン、血液のガンとも云える白血病、遺伝障害などがある。これらの障害には放射線特有の障害はなく、被ばく者に障害が発生しても、少数の事例では被ばくによるものか他の原因によるものかの判断はできないという難しさがある。
 X線、ラジウム(Ra)が発見されて以降、診断・治療の他にも、様々に利用されたが、直ぐに多くの障害が見出された。しかし、被ばくとの因果関係を定量的に求めること、さらに放射線の測定や量の表示が困難であった。X線、ラジウムの医学への利用はますます増加が見込まれ、国際放射線医学会は1928年に放射線防護に関する委員会「国際X線・Ra 防護委員会:ICXRP(ICRPの前身)」と量と単位に関する委員会を設立した。以降両委員会は知見の蓄積とともに定義、勧告、指針等の作成を行い、現在に至っている。最新のICRP勧告は1990年勧告であり、2001年に法令に取り入れられた。
(1)1910〜1930年頃−ICXRP勧告以前
 放射線防護において、「線量」という用語が登場したのは1910年代の「紅斑線量:erythema dose」である。二番目の「線量」は、これ以下では障害は発生しないと云う「耐用線量:tolerance dose」で1925年に提唱された。「紅斑」は皮膚の火傷の第一段階で、放射線の量の表し方がまだなかった初期にはX線照射量の単位としても用いられた。「紅斑線量」はX線のエネルギーによって異なるが、現行単位でおよそ0.12〜0.15 C/kg(吸収線量では5〜6Gy)程度である。1925年頃には紅斑線量の1/10〜1/100程度が「耐用線量」とされ、X線の安全取り扱いの基準とされた。スエーデンの生物物理学者のシーベルト(R.M.Sievert:1896〜1966)が1925年に提唱した「耐用線量」は紅斑線量の1/10であった。
(2)ICXRP 1934年勧告
 ICXRPの最初の勧告は1928年であるが、当時は障害と線量の関係が定量的に評価できず、X線装置が高圧であること、および放電中に有害な窒素酸化物が発生することから、感電の起こり易いコンクリート床および換気の悪い地下室でのX線装置の使用禁止、X線取り扱い時間の制限など作業条件の勧告に止まった。
 1934年、ICXRPは防護指針として「耐用量:0.2R/日」という数値的勧告を初めて行なった。その後加速器の発明、原子炉の稼動等により、放射線・放射性物質の種類が急増していろいろな種類の放射線の量を表す必要性が生じ、また放射線障害の知見も蓄積された。1930〜1940年当時、障害発生に関する大きな問題として浮上したのは中レベル線量の照射によるショウジョウバエの遺伝影響の研究(1927年)であった。得られたデータを内挿すると線量ゼロに行くという結果で、これは耐用線量の考えに反する。防護に関する考え方を根本的に検討すべき時であったが国際関係が風雲急を告げる時代となってICXRPは活動できなかった。
(3)1950年代前半のICRP 勧告[1950年勧告,1953年勧告]
 1950年、ICXRPは名称を「国際放射線防護委員会:ICRP(International Commission on Radiological Protection)」と改称した。耐用線量の考えを廃止して、「どのように僅かな被ばくでも線量に比例して影響は発生する」との安全側の仮定に基づいて障害を評価し、「最大許容線量:maximum permissible dose」を設定した。勧告値は 0.3R/週[現行単位では3mGy/週]、および0.1R/日であった。空気の電離量から1928年に制定された「レントゲン単位」は放射線の量に関する唯一の単位であって、「X線装置から放射されるX線の量」および「照射された物体が受け取るエネルギーの量」の両方に用いられていた。
 1953年、ICRU、ICRPは照射された物体の吸収したエネルギー量として新たに「ラド:rad(radiation absorbed dose」単位を制定し、「レントゲン単位」を照射線量のみに適用して、照射と物体が受けるエネルギーとの関係を整理した。X線のエネルギーによって障害の発生が異なることについては、1930年頃から提案されていた「RBE:生物学的効果比(relative biological effectiveness)」を丸めた数値として吸収線量(ラド)に乗じて障害の大きさを表す線量「RBE線量:単位:レム(radiation equivalent man or mammal)」とした。一方、放射線生物学の分野ではRBEは通常1〜2桁の丸めない数値で用いられており、「RBE線量」がこのどちらのRBEの数値を取るものか混乱があった。1962年、ICRP,ICRUは防護で用いられるRBEの丸められた数値には「線質係数:QF(quality factor)」という名称を与え、吸収線量にQFなどの障害に関与する係数を乗じた「線量当量:dose equivalent: DE 」を導入し、単位はRBE線量と同じく「レム:rem」とした。すなわち、DE=D(QF)(DF)・・・とした。QFはミクロ的にみた体内でのエネルギーの分布(線エネルギー付与:LET∞ )の差異による係数で、1, 1.7, 2, 10, 20 などの数値が与えられた。DFは放射性物質の体内での不均一分布に関する係数で「線量分布係数:dose distribution factor」という名称が与えられたが、まだ数値として表すほどには判明していないとしてDFその他については数値を 1 とした。
(4)ICRP 1958年勧告(ICRP Pub 1)
 1958年、ICRPは 0.1レム/週(年間50週;5rem/年から)というレム単位での「最大許容週線量:maximum permissible week dose」を勧告した。年間を通しての被ばく制限にゆとりを持たせるため、「最大許容週線量」だけでなく「最大許容3ヶ月線量:3rem」、「最大許容年線量:5〜12、平均5rem」なども設定して必要な場合には「最大許容週線量」を超える被ばくも認めた。他に、長期間の被ばくの影響の蓄積を考え、ある年齢までに許容される被ばく線量を「最大許容蓄積線量:maximum permissible accumulated dose」として勧告した:許容蓄積線量=5×(N−18)rem ;N は年齢、18という数値は職業上の被ばくが許される最低年齢である。
 身体内の汚染量については、Ra 体内汚染者のデータから 0.1μCi(3.7×104Bq) のRa の放射線量に相当する量を「最大許容身体(器官)負荷量:MPBB(maximum permissible body(organ) burden)として体内汚染の指標とした。また、放射性物質の吸入、経口摂取に関しする作業基準として、週に40時間(1日:8時間×5日;職業上)[および週に168時間(1日24時間×7日;一般人)]の吸入・摂取が長期間継続する※という場合に許容線量の被ばくをもたらす空気中、水中の放射能それぞれ「最大許容空気中濃度(MPC)a:(maximum permissible air concentration)」、「最大許容水中濃度 (MPC)w:(maximum permissible water concentration)」として誘導し、実務上の基準とした。
 1958年勧告は1962年にかなり大幅に改定されたが、直ぐに1965年勧告が出された。
(5)ICRP 1965年勧告(ICRP Pub 9:1966)
 1965年勧告で、ICRPは防護の目的を(1)火傷・不妊などの急性障害の防止、(2)ガンなどの晩発障害を容認できるレベルまでに制限することとした。この考えは、被ばくによる障害を、「あるレベル以上の被ばくで発生して,それ以下では発生しない障害」と「どのように僅かな線量でもそれなりに発生する(と仮定する)障害」との二つに区分して防護を考えるもので、表現は異なっても現在まで引き継がれている。
 ※ 摂取された放射性物質の体内量は(1)「物理的な減衰」と(2)「排泄」により減少するが,摂取がある濃度で長期間続くと摂取量と体内量が平衡に達する。体内量が「許容週線量」の被ばくをもたらす濃度が(MPC)である。(1)(2)とも極めて遅いものがあり、MPCの計算式では摂取の期間として生涯の作業期間の50年を取っている。実際には(1)(2)とも,多くの場合に50年に比較するとかなり短く,より短期間で摂取量と体内量は平衡になる。ほとんどの場合は,(MPC)の濃度で1年間吸入・摂取をすると被ばく線量は年許容線量になると考えても良い。(MPC)は半年とか1年という長期間にわたる被ばくの場合の基準として用いるべきものであるが,実際には1時間でも(MPC)を超える吸入・摂取があると許容線量を超える被ばくになると誤解された。
 1958年勧告では防護の実務上、身体を「全身,生殖腺,骨髄」、「皮膚,甲状腺,骨」、「手足」および「その他の器官」の4グループに区分し、年間許容線量を設定した。最も厳しい第一のグループの許容年線量は5レムとした。
 一般公衆の被ばくについては、コントロールできない被ばくであるとの理由で線量限度:dose limitという用語を用いることにした。最大許容蓄積線量は特殊な場合にのみ用いるとして基本限度から除外した。
(6)ICRP 1977 年勧告(ICRP Pub 26:1977年刊行)
 許容線量、許容濃度などは一般にも知られ、許容(permissible)」という語感から“許容量以下は無害”、“許容量以上は危険”などと間違った解釈が広くなされたことも考慮し、従来の勧告の問題点を整理するとともに前回の勧告以降蓄積された知見を取り入れて1977年に従来の勧告を大幅に改正した新勧告を行なった。
ICRP1977年勧告(ICRP Pub 26;以降数回の修正あり)は、「許容・・・」という用語を全面的に廃止して「・・・限度:・・・ limit」とし、基本限度を実効線量で年間限度:50mSvのみとした。また、従来は吸収線量にQFを乗じた線量当量も単に線量としていたが、QFを乗じたものは線量当量(dose equivalent)と改めた。被ばくによる障害を二つに区分し、不妊、器官の機能障害などある量以上の被ばくで発生する閾値のある障害に非確率的影響:non-stochastic effect、ガン・遺伝的影響のように閾値の有無が未確認でかつ小さい確率で被ばく者に出現すると考えられる障害に確率的影響:stochastic effectという名称を与えた。限度設定の目的を(1)非確率的影響の防止(2)確率的影響の大きさを安全な産業と同じリスクに抑えるとして年線量当量限度:annual dose limitを設定し、量の単位としてはSI 単位系を導入した。ある器官の線量当量:H(単位:Sv)は、H=D×Q×Nで求められる。Dは吸収線量(単位:Gy)、Qは線質係数、Nは障害発生に関与する他の全ての修正係数であるが、定量的な評価はまだ不可能として数値としては1とした。
 身体の主要な器官の確率的影響については、主要器官の放射線感受性を定量的に取り扱えるようになったため、6器官についての感受性の係数WT(1990年勧告で組織荷重係数とした)が与えられ、不均等被ばくの場合にはそれぞれの器官の線量当量にWTを乗じてこれら器官の被ばくを全身均等被ばくの場合に換算できるようにした。この線量が実効線量当量:HE(effective dose equivalent)であり、この実効線量当量の導入によって不均等被ばくのリスク評価が簡便化された。
 放射性物質の吸入・摂取による体内汚染に関しては、取り込まれた放射性物質の体内挙動を定量的に取り扱うことが可能になり、線量預託(dose commitment)という考えを導入した。これは摂取後の将来のある期間(50年間)の被ばく線量を計算し、実務上、この50年にわたる被ばくを摂取時に全て被ばくするものと簡略化するもので、将来にわたる計算された線量は預託線量当量(committed dose equivalent)と云われる。
 1年間の摂取の限度として、預託線量当量が「年線量当量限度」に相当する吸入・摂取量;年摂取限度:ALI(annual limits on intake)が新たに設定され、飲料水について設定された従来の最大許容水中濃度:((MPC)wは廃止された。空気中の濃度限度に関しては年摂取限度と年間の作業による呼吸量から新たに「誘導空気中濃度:DAC(derived air concentration)を誘導して、従来の(MPC)aは廃止された。ICRP Pub 30;作業者による放射性核種の摂取の限度(1979)
(7)ICRP 1990年勧告(ICRP Pub 60:1991年刊行)
  ICRP 1958年勧告で基本的限度(許容量)として年間5レム(50mSv)に相当する量が勧告されて以降、1977年勧告まで基本的な年間限度は50mSvが勧告されてきた。1990年勧告で年間限度は原則として20mSvに引き下げられたが、防護の基本的な考えは引き継がおり、実効線量を求めるための器官・組織の組織荷重係数:WTはより多くの器官について与えられた。前回の勧告(1977年勧告)で採用された年摂取限度:ALIは引き継がれている。多くの用語の改定が行なわれ、従来の(線量)当量は当量が除かれて単に線量に、器官の線量当量は等価線量(equivalent dose)、実効線量当量は実効線量(effective dose)に改称された。預託線量の計算期間(線量預託期間)は一部改正された。
放射線防護で使用された、また現在使用されている主な諸量等を表1に示す。
<図/表>
表1 放射線防護の主な量・用語
表1  放射線防護の主な量・用語

<関連タイトル>
線量に関する単位 (18-04-02-02)
放射線荷重係数と組織荷重係数 (09-04-02-02)

<参考文献>
(1)日本放射性同位元素協会:国際放射線防護委員会、専門委員会IIの報告(1959年)、丸善(1960)
(2)日本アイソトープ協会:国際放射線防護委員会勧告、ICRP,Pub 6(1964),Pub 9(1966), Pub 26(1977)、Pub60(1991)、丸善
(3)日本アイソトープ協会:作業者による放射性核種の摂取の限度、ICRP Pub 30:Part 1, 丸善(1980)
(4)館野之男:放射線医学史、岩波書店(1973)
(5)R.L.Kathren,P.L.Ziemer,Health Physics:A Backward Glance,Pergamon Press(1980)
(6)日本アイソトープ協会:ICRP が使用している主な概念と量の用語解説、ICRP Pub 42、丸善(1984)
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