<本文>
1.背 景
原爆被爆者の健康保持および福祉のため、広島及び長崎にある財団法人放射線影響研究所が健康調査を行っている。その前身は昭和22年米国原子力委員会によって米国学士院が設立した
原爆傷害調査委員会(ABCC)であり、昭和50年からは改組されて日本の法律に基づく上記財団法人の研究所に再編成後、日米両国政府の出資により経営され、専門評議委員会の勧告を得て、調査研究活動を行っている。主要調査プログラムと対象者数は以下の如くである。
調査課題 対象者数 調査開始年
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寿命調査 120,000 昭和33年
成人健康調査 20,000 昭和33年
胎内被爆者調査 2,800 昭和31年
遺伝学調査(F1)
死亡率調査 77,000 昭和35年
細胞遺伝学調査 33,000 昭和42年
遺伝生化学調査 45,000 昭和50年
2.放影研による調査研究の概要
原爆放射線の後障害を
表1 に示す。
(1)寿命調査
昭和25年の国勢調査資料に基づいて広島市及び長崎市在住の原爆被爆者(近距離、遠距離)および非被爆者より成る約12万人の
コホート(固定された調査集団)を設定し、被爆者の寿命や死因を非被爆対照群のそれらと比較するために
疫学調査を行っている。このような40年近いコホート調査の解析結果から数種のがんの死亡が放射線によりはっきりと増加することが示された。なかでも白血病死亡率はすべてのがんの中で最も高く、1Gy被曝すると対照群に比べ約5倍高くなる(
図1 参照)。ついで
多発性骨髄腫の約3倍、乳がん、泌尿器がんが2倍、消化器系のがんと
肺がんが約1.5倍である。なお現在まで全く増加のみられないがんもある(慢性リンパ球性白血病、
骨肉腫)。
(2)成人健康調査
寿命調査対象者の中約2万人を2年毎の健康診断により追跡し、原爆放射線の健康に及ぼす影響を調査している。検査項目は血圧、心電図、胸部
X線、超音波、血液・尿検査各種、骨密度測定等であり、これらの検査結果から健康状態や様々な疾病の発生率について知ることができる。現在では放射線の影響が有意に高いのはがんであるが、がん以外の疾病について現在まだ確定的なデータは得られていない。今後の調査結果が待たれるところである。
(3)遺伝学的調査
原爆被爆者の子供(被爆二世)について
遺伝的影響を究明する目的で、(1)妊娠終結調査による代表的な
先天性奇形の発生率および出生後1週間以内の死亡率調査、(2)被爆二世の寿命短縮調査、(3)親の生殖細胞に誘発される
染色体突然変異について
染色体異常を示す子供の出現頻度の調査、(4)電気泳動法による血液中の酵素と蛋白を検査し、放射線による
突然変異の有無を調べる調査、(5)がんの死亡率調査、などを行っているが、いずれの調査においても遺伝的影響は証明されていない。
(4)胎内被爆調査
原爆被爆時に母親の胎内で被曝した胎内被爆者の研究から、被曝線量が増加するにつれて小頭囲(頭のまわりのサイズが小さいもので、小頭症あるいは精神遅滞を伴うことがある)や、重度精神遅滞の頻度に増加のあることが判明した。妊娠8〜25週に被爆した人には脳の発育に対する放射線の影響が認められた。とくに8〜15週で被爆した人たちの間では放射線線量が増加するにつれて、知能指数値が減少する傾向がみられる(
図2 参照)。なお妊娠8週以前あるいは25週以降ではこのような影響は認められない。重度の精神遅滞*の影響の
しきい値の有無に関してはこれまでに論議のあったところであるが、UNSCEAR(1986)、ICRP Pub.60(1990)では一応しきい値(0.1〜0.2Gy)の存在を認めるという結論がでている。
*放射線影響研究所における重度精神遅滞の定義:
・知能指数(IQスコア)
・簡単な計算や会話ができない者
・身の回りのことが自分でできない者。
・全く扱い難い者。
・施設に収容されていた者。
(5)一口メモ 「被爆」と「被曝」
被爆 … 原子爆弾によるひばく。
被曝 … 放射線によるひばく。
<図/表>
<関連タイトル>
英国における原子力施設周辺の小児白血病 (09-03-01-01)
米国ハンフォード原子力施設従事者の疫学調査 (09-03-01-02)
日本の放射線技師の疫学調査 (09-03-01-03)
晩発性の身体的影響 (09-02-05-01)
放射線が寿命に与える影響 (09-02-05-05)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)
放射線のリスク評価 (09-02-03-06)
胎児期被ばくによる影響 (09-02-03-07)
<参考文献>
(1)国連科学委員会報告 1986年
(2)国連科学委員会報告 1988年
(3)放射線影響研究所要覧 1991年