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<概要>
 ワシントン州のハンフォード原子力施設の労働者の放射線被ばくとその健康影響についてアメリカの研究者グループが解析を行い、微量の放射線被ばくによる発ガンの危険性について論文を発表した。これを通じて論争が行われ、種々の疫学的解析方法による多くの論文が発表されているが明確な結論はまだ出ていない。
<更新年月>
1998年03月   

<本文>
1.背景
 米国ワシントン州のリッチランド市のハンフォード(Hanford)原子力施設は、1943年はじめに軍事目的に設立されたものである。その後1966年に商業用発電炉としてN−炉が稼働され、平和利用へ転換が始まった。現在BWR型炉1基が稼働中である。
 この施設においての男性の長期就労者について追跡調査を行い、一定の期間中における死因と就労期間中の放射線被ばく記録による線量との相関を解析した論文が数多く発表され物議をかもした。
2.調査対象
 解析の対象となったのは、ハンフォード原子力施設に1943年から1971年の期間に働いていた男性のうち、1944年から1972年の間に死亡した3710名中、死亡記録の確実な3520名について、または1953年から1974年にわたっての特定の死因による死者数について、および放射線の外部被ばくについての平均蓄積線量の記録である。
3.マンクーソー論文(文献1)−「職業被ばくにより健康影響が出ている」という説
 論争の発端となったのは1977年に発表されたマンクーソーらの論文である( 表1 参照)。彼等は1943年から1971年の間ハンフォード原子力施設に働いていた男性24,939名のうち、1944年から1972年の間に死亡した人のなかで死亡記録の確実な3,520名について調査した。その結果を表1に示す。就労期間中の放射線被ばく記録を死亡前までの期間毎に分けて平均蓄積線量を求め、がん死亡のグループの平均蓄積線量と他の全死亡者のそれとの間の有為差の有無を調べるという方法(CMD法)により解析した。3,520名の死者のうち670名ががんによるもので、被ばく量の多い労働者に細網内皮系の腫瘍骨髄性のがんが多いと述べている。また各死因別に分けられたグループおよび非がんグループについて「死亡前の期間」(Pre-death period)のそれぞれにおける平均蓄積線量を調べ、線量−効果関係のモデル設定により解析した。その結果、各死因がんグループには平均蓄積線量が死者全体の平均蓄積線量より有為に高い「死亡前の期間」が有り、平均蓄積線量(13.8mGy)が死者全体のそれ(10.7mGy)に比べ有為に高いと述べている。さらに、倍加線量計算が行われ、骨髄がんや細網内皮系腫瘍の倍加線量は8〜25mGyと推定された。これらの結果はICRP 26による線量限度年間50mSv(ICRP 60では5年平均20mSv)より低い値であり、原爆被爆生存者に基づいて推定された値よりもかなり低い値となっている。
4.マークス等の反論(文献2)−「職業被ばくによる健康影響はない」という説
 これに対し、1978年マークスらは1953年〜1974年の期間にわたり特定の死因による労働者の死亡の標準化死亡比(SMR)と全米の白人男子を対象とした標準化死亡比を比較することにより放射線被ばくとの関係を調べた。また、各死因別グループについて被ばく線量とがん死亡の関連について検定を行った。結果はがんのグループと非がんグループの標準化死亡比には有意差はみられないとしている。また、マクミッシェル等の文献5、6、7を引用し、「健康作業者効果」(Healthy worker effect:従業者は健康な人であることによる効果)は、当の疾病の種類によってそれぞれ異なり、他の疾病よりもがんに対して少なく作用することにより、死亡率の解釈においてがんに対する過度の評価を与える危険があることを主張している。そして、マンクーソーらの論文では、「健康作業者効果」のこの点においての調査集団への偏りを見落としていること、標準化死亡比の計算において年齢−暦年調整が欠如していること、倍加線量の推定について自然放射線の地域差による被ばく蓄積線量の違いを考慮していないことなどの批判を展開している。
5.その他の論文−賛否両論
 サンダース(文献3)らはハンフォード施設の労働者の兄弟を対照群として労働者の放射線被ばくの平均蓄積線量と寿命との関係を求めた結果、放射線によるがん死の増加は有意とはいえないと結論している。
 ニール(文献4)らが1978年に発表した論文では、上記のマンクーソーらと同様にCMD法により1944年から1977年のデータについて解析した。標準化死亡比法に比しCMD法の有意性を強調し放射線被ばくとがん発生との間に相関があると結論している。
 1979年にはハッチソン(文献5)らがマンクーソー、ニールらの論文に対し総括的なコメントを発表した。彼等は1943年から1973年までの3,610名のデータで解析をおこなった。マンクーソーらの、がん死亡者の被ばく線量が非がん死亡者のそれより高かったこと、膵臓がん、骨髄腫による死亡と線量との関係が示唆されたことはともかく、病気個々では異なった結論があり問題が残るとしている。さらに遺伝有意線量の推定方法について批判し、マンクーソーらが主張した倍加線量について否定した。
 ハンフォード原子力施設労働者の微量放射線による放射線障害の問題は多くの論争を生み、種々の解析・検定方法が試みられ、結果がそれぞれ主張された。
 その後、1990年代になって、Gilbert等(1993)はハンフォード原子力施設従業員のさらなる迫跡調査を行った。その結果を 表2 に示す。調査対象となった従業員は雇用期間が6ヶ月以上で、被ばく管理のされている33,000人について内部解析を行った。平均累積線量は26mSvであった。死亡率に関するデータは1945年から1986年の期間で、評価の対象とした24部位のがんのうち、他の研究では放射線との関連が認められていない膵臓がんとホジキン病だけが有意水準5%で放射線との間に有意な正の相関があったが(片側p値検定で0.03と0.04)、白血病やその他のがんでは被ばく線量と死亡率との間の関係を示す証拠は見いだされなかった。相対リスクとその信頼区間を表に示す。著者等はこれらの関係は恐らく見せかけのものであろうと説明している。以前の論文(文献10)では、多発性骨髄腫の死亡率について有意な過剰リスクを示したが、今日これらのデータのより詳しい解析では統計的に有意でないとされている。
 ハンフォードデータについては他の研究者等による解析もなされている(文献11)が、Gilbert等の結論とはかなり異なる。これは主に標準的でない、かつ不適切な統計学的手法を用いたためで、余り支持されていない。
<図/表>
表1 死者の二つのグループ:がんと非がん疾患に対する外部照射の記録
表1  死者の二つのグループ:がんと非がん疾患に対する外部照射の記録
表2 ハンフォード原子力施設で最低6ヶ月以上就労した作業者の死亡相対リスク
表2  ハンフォード原子力施設で最低6ヶ月以上就労した作業者の死亡相対リスク

<関連タイトル>
晩発性の身体的影響 (09-02-05-01)
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<参考文献>
(1)T. F. Mancuso, A. Stewart and G. Kneale : Radiation exposure of Hanford workers dying from cancer and other causes. Health Physics 33,369-385,1977
(2)S. Marks,E. S. Gilbert and B. D. Breitenstein : Cancer mortality in Hanford workers,Proc Sympo. On the Late Biological Effects of Ionizing Radiation held by the Inter. Atomic Energy Agency in Vienna,I.369-386.
(3)B. S. Sanders : Low-level radiation and cancer death,Health Physics,34,521-538,1978
(4)G. W. Kneale, A. M. Stewart and T. F. Mancuso : Re-analysis of data relating to the Hanford study of the cancer risks of radiation workers. Proc. Sympo. on the Late Biological Effects of Ionizing Radiation held by the Inter. Atomic Energy Agency in Vienna,I,387-412,1978
(5)G. B. Hutchison and B. MacMahon : Review of report by Mancuso,Stewart and Kneale of radiation exposure of Hanford workers. Health Physics 37,207-220,1979
(6)McMichael,A.J.,Haynes,S.G. & Tyroler,H.A.: Observations on the evaluation ofoccupational mortality data. J.Occup.Med.,17:128-131,1975
(7)Gaffey,W.R.: Cause-specific mortality. J.Occup.Med.,17:128,1975
(8)A. J. McMichael:Standard mortality ratio and the ”healthy worker effect” ; Scatterting beneath the surface.J.Occup.Med.,18:165-168,1976
(9)Gilbert,E.S.,E.Omonhundro,J.A.Buchanan et al.:Mortality of workers at the Hanford site:1945-1986. Health Phys. 64:577-590(1993)
(10)Gilbert,E.S.,G.R.Peterson and J.A.Buchanan:Mortality of workers at the Hanford site,1945-1981. Health Phys.56:11-25(1989)
(11)Kneale,G.W.and A.M.:Stewart.Reanalysis of Hanford data:1944-1986 deaths.Am.J.Ind.Med.23:371-389(1993)
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