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<概要>
 英国の核燃料再処理施設周辺(セラフィールド、ドーンレイ)で小児白血病の発生率が全国平均よりはるかに高いことが1983年発表され、その主たる原因は再処理施設から放出された放射性物質によるものではないかという疑いがもたれた。
 この真偽を確かめるため専門家による諮問委員会等で詳細な検討が重ねられたが、その発生率は環境中に放出された放射性物質の量から推定される期待値よりはるかに高いものであり、説明がつかなかった。現在(2000年1月)も、他の種々な原因について検討中である。
<更新年月>
2005年02月   

<本文>
 1983年11月1日、英国ヨークシャーテレビ局は、セラフィールド再処理施設周辺の町村で子供のがんや白血病の発生率が全国平均よりはるかに高く(例えば2.4km離れたシースケール町では10倍)、それは再処理施設から放出される放射性物質によるものであるとした内容のテレビ放送を行なった。
 そこで専門家がその事実の正否について検討を行なった。セラフィールド再処理施設(旧名:ウィンズケール再処理施設)からの放射能の環境中への放出量を調査し、また疫学調査の結果を吟味した結果、放出量から期待される白血病発生率と観察値の間には大きな差のあることが判明した。すなわち、シースケール町(Seascale:イングランドの北西海岸)の1950年集団の住民各個人が、1950〜1970年の期間に施設から放出された放射能で受ける赤色骨髄線量を計算すると、約3.5mSvとなる。これは調査期間中の自然放射線による線量の13%に相当する(ただし、この値には1957年のウインズケール原子力発電所での火災に起因する0.8mSvの線量が含まれている)。これよりシースケール住民の白血病の発生リスクを求めると、0.091例という値が得られる。一方、現実には1945年以来、4例の20歳未満の白血病患者がシースケールで発生している。これから自然放射線による白血病発生リスク0.5例を差し引くと、3.5例が過剰発生ということになる。放射性核種放出による過剰発生の期待値は0.091例であるから、この値は期待値の40倍である。したがって、3.5例の過剰発生をすべてセラフィールド再処理施設からの放射性核種放出によるものとは考え難い。
 放射線以外の発がんに関係がありそうな要因や放射線と他の要因との複合作用についても検討したが、この地域に特有な発がん要因は見出されなかった。結局テレビ報道の真偽を立証することができなかったが、そうかといって完全に否定するような有力な証拠も得られなかった。
 この問題はその後も尾を引き、他の再処理施設周辺(ドーンレイ:Dounreay、スコットランド北部西海岸、図1参照)でも同様な調査が行なわれ、専門誌に論文が発表されている。すなわち、ドーンレイ原子力施設から12.5km以内の区域で、1979〜1984年間に0〜24歳の白血病発生が期待値の約10倍高くなっていた。しかし、1968〜1978年には過剰発生はなかった。これらの結果は白血病発生数が調査期間および調査区域に大きく依存することを示している。一方、ドーンレイでの放射性物質放出量と疫学調査の結果とを再検討した他の専門家の研究によると、ドーンレイ原子力施設から25km以内の地区の小児白血病は英国平均の2倍高いが、統計上有意ではない。しかし、12.5km以内では3倍高く統計上有意となること、および1979〜1984年間に限ると25km以内でも統計上有意となり、12.5km以内ではさらに10倍も高くなることから、ドーンレイ周辺で若年齢者に白血病の発生が有意に増加していることは確かである(表1参照)。セラフィールド再処理工場周辺でも同じような傾向があることから、再処理工場の何らかの特性がドーンレイ周辺の若年齢者の白血病のリスクの増大をもたらしているということはありうる。
 しかし、一方でドーンレイから放出された放射性物質により周辺公衆のうける線量は、自然放射線、医療放射線、フォールアウトを含めた全体の1.3%とごく低く(表2参照)、1989年の時点での知見では、白血病の過剰発生を放出された放射性物質で説明することはできない(表3参照)。
 1990年、ガードナー等は25歳以下の白血病およびリンパ腫について、行政教区レベル(シースケール町を含む)の小地区、並びに放射能汚染地域一帯と従業員の居住区を含む郡レベルで、症例−対照研究を行った(文献6)。可能性が疑われる9つ以上の要因についてそれぞれ白血病発症との関連を調査した。その結果、一般環境中の放射性物質が関係するような海岸で遊ぶ頻度とか、魚を食べる頻度などの因子について、対照者群に比べ患者群がより多く曝露されていたというデータは得られなかった。しかし表4に示すように、父親がセラフィールドで働いていた場合の相対リスクは高く、さらに被ばく線量別にわけると、線量の大きいほど白血病発症の相対リスクが増加し、線量−反応関係を示した。さらに、受胎前6ヶ月の線量では10mSvで白血病発症の相対リスクが有意に7倍も高かった。また、放射線作業開始後の累積線量が100mSv以上で相対リスクは約6倍と大きく、有意であった。
 しかしながら、その後行われた他の調査では、子供の受胎前の父親の被ばくだけではシースケール町の白血病発症のクラスターは説明できず、Kinlenは人口が粗な地域に大量の人口が流入した場合に生じるウィルス感染に対する免疫力の低下で説明しようとした(この考え方をKinlen人口混合説と呼ぶ、文献6、7)。1983年のテレビ放映以後、この件に関する1990年までの経緯をまとめたものが図2に示してある。
 1994年の論評(文献8)によると、父親の受胎前被ばくとその子供の白血病の発生率との間には関連性があるという仮説は、放射線遺伝学の知見においても、小児白血病の遺伝性に係わる知見においても、またその他の放射線および白血病リスクに関する研究からも支持できず、おそらく父親と白血病との関連性は偶然による可能性が高いこと、またもう一つの可能な説明としては、Kinlenのいう都市部、或いは農村部からの人口流入説もあるが、この説だけでは説明できず、恐らく種々な原因の中の一つであろうとしている。
 スコットランド北部のドーンレイ再処理施設から25km以内で、1968〜1991年にわたり、0〜24歳の年齢層での白血病・非ホジキンリンパ腫の発生率の期待値5.2に対して、観察値12と約2.4倍で有意(p=0.007)な集積性が観察された。さらに1985〜1991年では観察値/期待値は4/1.4で約3倍で有意(p=0.059)であった。しかしながら、セラフィールド施設で見られたような、高い発生率と父親被ばくとの関係は見られなかった(文献9)。
 イングランド・ウェールズにおける原子力施設周辺25km圏と6つの対照地域の発症率を調査した。このうち子供の白血病が有意に高かった施設は2つで、1つはセラフィールドで、もう1つはアルダーマストン・バーグフィールドで観察値/期待値=219/198.7=1.10(p=0.031)であった。これらから、すべての原子力施設近辺で白血病の過剰発生があるとは言い切れない(文献10)。
 イングランド北部で1968〜1985年の間に急性リンパ性白血病と診断された15歳未満の小児について地域集積性について調査したところ、5地域に集積が認められたが、放射線以外の環境要因による可能性が高いと報告されている(文献11)。
<図/表>
表1 ドーンレイ地域、0〜24歳の白血病登録(1968〜1984年)
表1  ドーンレイ地域、0〜24歳の白血病登録(1968〜1984年)
表2 1960年に生まれたある個人の赤色骨髄への被ばく線量(1960〜1984年の線量(mSv)
表2  1960年に生まれたある個人の赤色骨髄への被ばく線量(1960〜1984年の線量(mSv)
表3 1950〜1984年にドーンレイ付近のサーソ市で生れた4,550人の子供に対する放射線誘発白血病の推定値
表3  1950〜1984年にドーンレイ付近のサーソ市で生れた4,550人の子供に対する放射線誘発白血病の推定値
表4 ウェストカンブリアの若年者における白血病リスク増加に関する因子
表4  ウェストカンブリアの若年者における白血病リスク増加に関する因子
図1 英国における原子力施設
図1  英国における原子力施設
図2 英国原子力施設周辺における若年齢層白血病のこれまでの経緯
図2  英国原子力施設周辺における若年齢層白血病のこれまでの経緯

<関連タイトル>
イギリスの再処理施設 (04-07-03-09)
セラフィールド再処理工場から海洋への放射性廃液誤放出事故 (04-10-03-01)
白血病 (09-02-05-02)

<参考文献>
(1)Sir. Douglas Black:Investigation of the Possible Increased Incidence of Cancer in West Cumbria. Report of the Independent Advisory Group, HMSO(1984)
(2)岩崎 民子、市川 雅教、小林 定喜:英国セラフィールド再処理施設周辺の小児白血病発生増加の可能性について、放射線科学、28(6),144-145(1985)
(3)Committee on Medical Aspects of Radiation in the Environment. Investigation of the Possible Increased Incidence of Leukeamia in Young People Near the Dounreay Nuclear Establishment, Scottland, London: HM Stationary Office(1988)
(4)岩崎民子:英国原子力施設周辺の若年齢層白血病増加に関する研究、放射線科学、31(10),279-284,31(11),311-313(1988)
(5)Gardner,M.J., M.P.Snee,A.J. Hall et al.:Results of case-control study of leukemia and lymploma among young people near Sellafield nuclear plant in West Cumbria. Br.Med.J-300:423-429(1990)
(6)Kinlen,L.J.:Can paternal preconceptional radiation account for the increase of leukemia and non-Hodgkin’s lymphoma at Seascale. Br.Med.J-306:1718 -1721(1993)
(7)Black,R.J.,Sharp,L.,Harkness,E.F.,et al.:Leukaemia and non-Hodgkin’s lymphoma,incidence in children and young adults resident in the Dournreay area of Caithness.Scotland in 1968-91.J Epidemiol and Community Health,48:232-236(1994)
(8)Bithell,J.F.,Dutton,S.J.,et al.:Distribution of childhood leukaemias and non-Hodgkin’s lymphomas,near nuclear installations in England and Wales. Br.Med.J.,309:501-505(1994)
(9)(財)原子力安全研究協会編:父親の被ばくと小児白血病−ガードナー仮説に関する検討−、1996年3月
(10)Muirhead,C.R.:Childhood cancer and nuclear installations:a review,nuclear energy,37(6),371-379(1998)
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