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<概要>
 冷中性子とは、5meV(ミリ電子ボルト)以下のエネルギー(波長では4オングストローム以上)の中性子を云う。熱中性子のなかに僅かに含まれている冷中性子を、フィルターを用いて選別、発生させる方法と、熱中性子を極低温の減速材中に通し、冷中性子に変換する方法とがある。冷中性子源装置としては、一般的に後者が採用されていて、極低温の減速材としてその多くが液体水素を用いるため、冷凍設備と組み合わされた装置となっている。
 冷中性子源装置によって得られた冷中性子は、中性子ビーム実験孔から原子炉外へと導き出され、中性子散乱のような中性子物理実験に使用されたり、物質内における原子や分子の動きを観測して、生体高分子などの動的挙動を調べる研究手段として利用されている。
 わが国の冷中性子源装置は、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)のJRR-3M炉、京都大学のKUR炉および高エネルギー物理研究所の加速器に設置されている。
<更新年月>
2003年09月   

<本文>
1.冷中性子の発生
 わが国において、最近、物性物理や生物物理などの研究手段として、冷中性子が広く利用されはじめている。その背景として、冷中性子の発生装置を備えた研究用原子炉(研究炉)や高エネルギー加速器の実現がある。冷中性子を発生させるために最も広く活用されている研究炉において、核燃料物質核分裂で発生する中性子は、数MeV(百万電子ボルト)のような高エネルギーから、数meV(ミリ電子ボルト)以下の低エネルギーまでの幅広いエネルギー範囲を持っている。それらは、「高速中性子」、「熱外中性子」、「熱中性子」、「冷中性子」などと呼ばれている。しかし、これらの呼び名は明確な領域をもって定義されているわけではなく、慣習的なものである。「冷中性子」は、一般に、波長に換算すると約4オングストローム以上の中性子を称している。このような冷中性子を得るためには、熱中性子のなかに含まれる、エネルギーが5meV以下の成分を、たとえばフィルターを用いて選別するとか、約20Kの液体水素のような極低温の減速材中に通し、冷中性子に変換するといった方法による。たとえば、研究炉から得られる中性子のエネルギー分布を見ると、5MeVが中性子エネルギーの最大値であり、5meV以下の冷中性子の総数は熱中性子の僅か1%程度に過ぎない。従って、フィルター方式で得られる冷中性子の数では、たとえ効率良く冷中性子を取り出せたとしても、多くの研究目的にとって十分とはいえない。
 現在では、より多く冷中性子を得るために、たとえば、研究炉のような中性子密度の高い施設を利用し、中性子減速用の減速材を、絶対温度20Kまで冷やす方法が採られている。極低温に冷却された減速材中を通過した中性子のエネルギー分布は、図1の20Kの曲線に示されたように、2meV付近に極大をもつようになる。この原理を利用して、原子炉で発生する熱中性子を、液体水素あるいは液体重水素のような極低温の減速材によって減速し、冷中性子と呼ばれる5meV以下の低いエネルギーの中性子に変えている。このような装置を冷中性子源装置(Cold Neutron Source、以下「CNS」という)と呼ぶ。
2.冷中性子源装置「CNS」の原理と概要説明
 CNSは、減速材の種類、設置方式、冷却方式、空気との隔離方式により、次のように区分される。
 ・減速材の種類:液体水素、液体重水素、超臨界水素
 ・設置方式  :横型、縦型
 ・冷却方式  :直冷式、熱サイフォン式、ファン強制冷却式
 ・隔離方式  :ヘリウムバリアー型、水中設置型
 CNS用の減速材として、加速器のばあいには、取扱いの簡便さから高分子材料を低温に冷却した固体の減速材を用いる例があるが、原子炉のばあいには、高密度、高エネルギーの放射線による変質、分解等を避けるために、液体水素あるいは液体重水素を用いる。CNSは極低温の水素を液体の状態で使用するために、必然的に冷凍設備と組み合わされた装置となっている。
 減速材容器の寸法は、減速能力と中性子損失との関係から最適値が定まる。液体水素のばあいには、水素の減速能力が大きいため、容器の最適厚さは約3〜4cm程度である。液体水素の使用量は比較的少量ですみ、冷凍能力も小さくてよい。従って、装置の規模が小さく、トリチウムの発生量も少ないため、保守が容易であるという利点がある。
 他方、減速材が重水素のばあい、中性子の減速能力は水素に比べて低い。そこで大きな減速効果を得るためには大量の重水素が必要である。そのために減速材の体積が大きくなる。装置の表面積が大きいため、多量の中性子ビームを得るには都合がよいが、装置が大型化してコストやトリチウムの発生量増大に伴う問題が生じる。
 水素や重水素を減速材として用いる際は、冷凍操作により減速材密度が高い状態(通常は液体)に保つことと、核発熱による昇温の影響を取り除く必要がある。減速材の温度を一定に保持する冷凍方式には、減速材容器を直接冷却する直冷式、熱サイフォンを用いて液化した減速材を容器に送り込む熱サイフォン式、低温の減速材を超臨界状態(気体)で循環させるファン強制循環式など種々のものがある。
 現在、わが国には最新の設備を備えたCNS(JCNS)が、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究用原子炉JRR-3Mに設置されている。その主な仕様と構成を表1および図2に示した。図3に冷中性子の発生源と中性子導管を示す。JCNSは、縦型で設置された熱サイフォン冷却方式で、水素と空気を隔離するために水中に設置されている。本装置は図4に示すように、主にCNS本体設備とヘリウム冷凍設備から成る。CNS本体は、減速材容器、真空容器、低温流路管から成るクライオスタット機器で構成され、水素ガスを低温のヘリウムガスで冷却し、液状の水素を低温流路管を通して減速材容器に供給し、貯留する設備である。できるだけ多くの冷中性子を得るために、極低温の減速材を貯留する減速材容器は、熱中性子束の高い炉心近傍に設けられている。ヘリウム冷凍設備は、CNS本体設備に低温のヘリウムガスを供給する設備で、ヘリウム圧縮装置、コールドボックス等から構成される。
 冷中性子散乱実験の高度化に対応するため、減速材容器の形を変更する方式で従来よりもより多くの冷中性子を発生させるように開発を進めている。
3.冷中性子源装置の開発状況
 世界ではじめて原子炉設置型のCNSが設置されたのは、英国ハーウェル研究所の原子炉BEPOで、1957年のことである。その後、ヨーロッパの研究炉を中心に、種々の特徴を持ったCNSが開発され、ドイツ、ユーリッヒ研究所の原子炉FRJ-2、フランスのラウエ・ランジュバン研究所の原子炉GHFRやレオン・ブリュワン原子力研究所の原子炉ORPHEE、米国ブルックヘブン国立研究所のHFBRなど、世界を代表する研究炉に次々に整備されてきた。国内のCNSとしては、京都大学原子炉実験所の原子炉KURにおけるものが、1986年に、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)のJRR-3Mのものが、1991年6月に共同利用運転を開始している。
 国内外の主要なCNSの現状を図5に示す。最近の冷中性子ビーム実験のさらなる需要増に対応するため、米国、フランスなどで改造・増設が進められている。米国標準規格研究所の原子炉NBSRでは、1991年に冷中性子源と中性子導管を整備して、冷中性子ビーム実験を開始し、さらに、1994年には、現在の重水/軽水(固体状態)の中性子源から液体水素型への交換が行われた。ORPHEEでは、冷中性子ビーム孔の増設ならびに減速材容器の改良が進められた。
4.冷中性子の応用
 CNSによって得られた冷中性子は、原子炉からビーム状に引き出され、中性子散乱実験に使用される。中性子散乱法による物質構造の研究においては、波長が長ければ長いほど散乱角度が大きく、測定が容易になる。そこで、生体高分子の構造や合金中の析出物など、複雑な系の観察が可能となる。また、冷中性子法は物質内における原子や分子のゆるやかな時間的変化を実時間で観察できるという、もう一つの特長がある。他の手段では観測が難しかった生物機能について、たとえば、細胞内の状態に近い溶液中で観察したり、あるいは、金属材料中のボイドの発生や水素原子の拡散挙動の調査が可能となっている。このほかに、近年、冷中性子固有の優れた透過性やS/N比特性が生かされて、その利用は、中性子ラジオグラフィや即発ガンマ線分析法などの実験分野へ広がっている。
 われわれに身近な研究成果に、医学分野におけるB型肝炎ワクチンの構造の解明、精密機器分野におけるコンピュータの記憶容量増大のための磁気記憶媒体の微細構造の解明、美容の分野における日本人のクセ毛の構造とかパーマネントウェーブが毛髪に与える影響の解明などがある
<図/表>
表1 冷中性子源装置(JCNS)の主な構成機器仕様
表1  冷中性子源装置(JCNS)の主な構成機器仕様
図1 原子炉から得られる中性子スペクトル
図1  原子炉から得られる中性子スペクトル
図2 冷中性子源装置(JCNS)の主な構成
図2  冷中性子源装置(JCNS)の主な構成
図3 冷中性子の発生元の概略と中性子導管
図3  冷中性子の発生元の概略と中性子導管
図4 冷中性子源装置(JCNS)の系統説明図
図4  冷中性子源装置(JCNS)の系統説明図
図5 世界の運転中冷中性子源装置の現状
図5  世界の運転中冷中性子源装置の現状

<関連タイトル>
JRR-3(JRR-3M) (03-04-02-02)
中性子ラジオグラフィの原理と応用 (08-04-01-01)

<参考文献>
(1)ANDREW KEVEY:”FINAL SAFETY ANALYSIS REPORT ON THE COLD NEUTRON FACILITY FOR THE BROOKHAVEN HFBR”, BNL-21017 (1976)
(2)T. KUMAI et al.:”FUNDAMENTAL EXPERIMENT ON CLOSED CIRCUIT TYPE THERMOSYPHON WITH CONCENTIC TUBES FOR THE JRR-3M COLD NEUTRON SOURCE(II)”, JAERI-M89-114 (1989)
(3)T. HIBI et al.:”JRR-3 COLD NEUTRON SOURCE FACILITY H2-O2 EXPLOSION SAFETY PROOF TESTING”, IAEA-SM-310 (1989)
(4)M.UTSURO et al.:”INSTALLATION OF A LIQUID DEUTERIUM COLD SOURCE IN AN OPERATED REACTOR THERMAL COLUM”, IAEA SM-310 (1989)
(5)日本原子力研究所研究炉管理部:研究炉33年のあゆみ、1990年11月
(6)日本原子力研究所研究炉部:研究炉ハンドブック、1995年2月
(7)日本原子力研究所:日本原子力研究所ホームページ、多量の冷中性子が作れる容器を開発、 
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