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<概要>
 中性子線による透過像は非破壊測定手法として工業の広い分野で研究開発が進み利用されているが農学分野ではほとんど利用されていない。生きている植物では、構成されている成分のうち80%以上が水で占められていることから、植物研究において水の動態を調べることは非常に重要である。植物中の水の動態については色素などを用いた研究や核磁気共鳴吸収(NMR)を利用したイメージング、トレーサの利用などが挙げられるが、まだ植物研究への応用は未開拓である。中性子線により生きた植物中の水動態のみならず、サヤ、ツボミ中の組織の変化、土壌中に育成している根の形態変化を土壌水分変化と同時に像として得ることができる。分解能はX線フィルム法では約20ミクロン、CT法では約100ミクロンと見積もられており、現在本手法は組織レベルでの水や形態イメージング法としての応用が行われている。また、標準試料と同時に照射することにより画像を定量的に解析することが可能である。分解能については中性子顕微鏡の発展が期待されているところであり、さらに向上することが見込まれる。しかし、このように中性子線照射により直接、植物中の水の動態が可視化できるため、植物体、材、種子などの幅広い植物試料への応用が期待される。現在、日本原子力研究開発機構では、「お試し実験として」生物分野への応用を拡大するプログラムを展開している。
<更新年月>
2007年02月   

<本文>
 中性子線を照射すると透過度の差から被検体物質中の水素、ホウ素などの軽い元素ならびに数種の希土類などの像を得ることができる。植物では元素の存在比から水素の像となるが、生きている植物の構成成分の80%以上が水であるため水素の像とは水の像、すなわち組織の像とみなして差し支えないことが判ってきている。植物に熱中性子線を照射すると、通常見ることができない植物中の水の分布、すなわち組織の像を高い分解能で可視化できる。
 中性子線によるイメージング(画像解析)法は大きく分けてX線フィルムを用いるX線フィルム法とCCDカメラを用いて断層像を得るCT(Computed Tomography)法の2つに分類される。X線フィルム法で得られる像の分解能は非常に高く約20ミクロンと見積もられる。CT法は立体的な水分分布を知ることはできるがX線フィルム法と比較して分解能は約1オーダー低くなる。また、将来、中性子顕微鏡が可能となればさらに詳細に植物中の水の動態を知ることができるだろう。非破壊計測は生きた植物生理学という新しい分野を切り開く可能性のある手法であり、これから大きく発展することが期待されるので、中性子線による水のイメージングの概要について述べる。
1.X線フィルム法
 X線フィルム法では、アルミニウムのカセットを用いる。植物試料は、アルミニウムのカセットに直接またはアルミニウム板に固定させた試料をカセットにテープで貼りつける。大きな試料は撮りたい部分のみカセットにテープで固定することも可能である。カセットには、試料を通り抜けた中性子線を放射線に変換する、ガドリニウムコンバータ(Gdを25μmの厚さに塗布したもの)とX線フィルム(Kodak,SR)が減圧封入されている。この試料を固定したカセットを垂直に置き、カセット面に垂直に中性子線を照射する。照射は、日本原子力研究所(現;日本原子力研究開発機構)の研究炉JRR-3M(熱中性子線束:1.5x108n/cm2・s)の場合には照射時間は19〜20秒間が目安である。照射ターゲットを図1に示す。
 照射後、カセットおよび植物育成容器などのアルミニウムから生成する28Al(半減期:2.3分)が減衰するまで約10分間待った後、カセット内のX線フィルムを現像する。X線フィルム上の像はスキャナーやCCDカメラで取り込み標準試料像と比較することにより、黒化度が水分量を示すように、画像処理を行って水分の濃度分布を立体化させる。
 図2には中性子線を用いたメタセコイアならびにヒノキ材の木口(厚さ1cm)の水分像を示した。試料に中性子線を照射すると、水分量の多いところほど中性子線が散乱して通り抜けにくいため、その分、X線フィルムの感光度は少なくなりより白い像となる。上図は通常の光学写真であり、対応する下の図が中性子線像である。下図は水分量が多いところほど白くなるように2次元の像を立体化させたものである。
 スギ木口材の場合には乾燥過程における水分の可視化が可能であり、図3には心材部にもともと水分が多い材(A)と少ない材(B)の例を示した。心材部に水分量が多い場合には乾燥過程でなかなか水分量は減少しない。ちなみに、スギの心材部の水分量を決める要素はまだ分かっていない。同じ種のスギが隣り合って育成していても心材部の水分量は異なる。
 参考までに図4にはカーネーション切花の例、図5には育成中のダイズの根の成長の中性子線像を示した。図6は中性子線による土壌中のダイズの根の拡大図である。
 中性子線を用いた植物中の水のイメージングは応用分野が広く、種子における水分吸収の動態(図7)や木口材の乾燥過程における水分動態、切花中の水分動態などの他、土壌中の根の生育過程も非破壊状態で可視化することができる。
2.CT法
 CT像(断層像)を得るためには、何枚もの画像を処理することから、X線フィルムで一枚一枚像を撮っていては、毎回セットするフィルムの試料に対する位置がずれ、各フィルムから取り出す像の正確な位置決めを行うことはできない。そこで、X線フィルムの代わりに分解能が高い冷却型CCDカメラならびに中性子線を光に変換する蛍光コンバータを用いる。また、試料を正確に回転させる回転台も用意し、回転の制御ならびにカメラのシャッターはコンピュータにより制御する。植物試料を回転台に固定し、回転させながら各角度における像を冷却型CCDカメラに取り込む。例としてアルミニウム容器(直径:3.5cm)に生育させたダイズの例を紹介する。ダイズ試料を1度づつ回転させながら180度まで、合計180枚の画像をCCDカメラに取り込み、構築したCT像を重ね合わせた根—土壌系の立体像が図8である。
 この図は根の上部約2cm、400枚のCT像を、主根が見えるように切り分けて重ねたものである。全ての高さにおけるCT像を重ね合わせると、その立体像をもとに、任意の角度の切断面上の像を得ることができる。植物を育成させながら日を追ってイメージングを行い、それらの像の黒化度の差から土壌中の水分の動態を定量することができる。
 本法は根のみならず、切花、種子、木材など幅広い応用を見込むことができる。図9に、参考としてカーネーションの切花の例を示した。
(前回更新:2003年3月)
<図/表>
図1 中性子線照射ターゲット部
図1  中性子線照射ターゲット部
図2 メタセコイアとヒノキ木口材の中性子線像
図2  メタセコイアとヒノキ木口材の中性子線像
図3 スギ木口材乾燥過程の解析結果
図3  スギ木口材乾燥過程の解析結果
図4 カーネーション切花の水分中性子線像
図4  カーネーション切花の水分中性子線像
図5 生育中のダイズの中性子線像
図5  生育中のダイズの中性子線像
図6 根の拡大中性子線像および立体中性子線像
図6  根の拡大中性子線像および立体中性子線像
図7 種子の水分吸収過程の解析結果
図7  種子の水分吸収過程の解析結果
図8 CT法による土壌中の根および根周辺土壌の立体イメージング
図8  CT法による土壌中の根および根周辺土壌の立体イメージング
図9 カーネーションの中性子線投影像、CT像および合成立体像
図9  カーネーションの中性子線投影像、CT像および合成立体像

<関連タイトル>
放射線による植物機能の解明 (08-03-01-05)
中性子ラジオグラフィの原理と応用 (08-04-01-01)

<参考文献>
(1)T.M.Nakanishi et al.:Water Imaging of Seeds by Neutron Beam,Bioimages 5(2),45-48(1997)
(2)T.M.Nakanishi et al.:Nondestructive Water Imaging by Neutron Beam Analysis in Living Plants,J.Plant Phys. 151,442-445(1997)
(3)T.M.Nakanishi et al.:A Preliminary Study of CT Imaging of Water in Carnation Flower,Nuclear Istruments and Methods in Physics Research A424,136-141(1999)
(4)T.M.Nakanishi et al.:Identification of Water Storage Tissue in the Stem of Cowpea Plant by Neutron Radiography,J.Radioanal. and Nucl. Chem. 242,353-360(1999)
(5)J.Furukawa,T.M.Nakanishi et al.:Water Uptake Activity in Soybean Root Revealed by Neutron Beam Imaging,Nondestructive Test & Evaluation,16,335-343(2001)
(6)T.M.Nakanishi et al.:Water Gradient Profiles at Bean Plant Roots Determined by Neutron Beam Analysis,Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry,264(2),313-317(2005)
(7)中西友子:中性子線による植物中の水のイメージング、化学と生物、Vol.36、No.12、789-797(1998)
(8)中西友子:土壌の物理性、第82号、29-33(1999)
(9)中西友子:放射線を用いた植物試料の水の動態、原子力eye、Vol.46、No.3、84-88(2000)
(10)中西友子:中性子線を用いて植物の水の動態を探る−中性子ラジオグラフィとその応用−、現代化学、7、47-54(2000年7月)
(11)中西友子:生命の科学とは、科学、71(2001)、p.445-448
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