<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 放射線を利用する場合には、放射線と物質との相互作用を巧みに利用する場合と、放射性物質や元素の挙動を追跡する場合とがある。相互作用には、蛍光作用、透過作用、電離作用励起作用があり、また、放射能の追跡では物質・元素の移動を知ることができる。これらの相互作用、放射能の追跡は、その放射性同位体(RI)から放出される放射線の種類によりそれぞれ特異性がある。利用する放射線の種類には、放射性同位体(RI)から放出されるα、β、γ線さらに中性子線があり、人工的に放射線発生装置から得られるX線電子線、イオンビーム等もある。医学および理工学分野では、これらのほとんどの放射線が利用され、農林水産業では、主としてX・γ線が利用されている。
<更新年月>
2005年02月   

<本文>
1.はじめに
 放射線利用の始まりは、ドイツの物理学者レントゲン(レンチェン)が放電管に関する研究の途中で、光を通さない物質を通り抜ける不思議な線が出ていることを1895年に見出し、これをX線と名付けて写真乾板に手指を写したことに端を発している。
放射線の利用は先ず医学で始まった。続いて、理工学分野での放射線利用へと発展した。さらに、農林水産業での放射線利用が進められた。X・γ線はエネルギーを持った電磁波であり、その特性を如何に利用するかが重要であり、その特性の解明と共に、利用方法の開発も進んだ。
2.利用される放射線の特性
 X線に代表されるように放射線は、物質を透過・散乱する性質があり、また透過・散乱途中で持っているエネルギーをほかに与えて、分子・原子を励起したり、電離したりする。放射線検出器の発展により数個単位で測定することが出来るようになり、極微量分析などに利用されるようになった。これらの特性を利用した代表例を次に示す。
(1)透過・散乱特性: X線(レントゲン)撮影、結晶構造解析など
(2)励起・蛍光特性: アイソトープ電池、夜光塗料など
(3)電離特性: 写真作用、放射線治療、品種改良など
(4)核変換特性: シリコン半導体(中性子ドーピング法)、放射化分析など
(5)1個単位の検出特性: 動態挙動解明、超極微量分析など
3.利用される線種
 利用される放射線の種類は、放射性同位体(radioisotope:RI)から放出されるα・β・γ線、中性子線があり、人工的には放射線発生装置を用いて得られるX線、電子線、イオンビーム、短波長の紫外線などもある。最近では、紫外線からX線までの広範囲をカバーするシンクロトロン放射光(Synchrotron Radiation:SR)や自由電子レーザ(Free Electron Laser:FEL)なども利用されている。
(1)α線:核崩壊性原子(U等)の原子核(α崩壊)から放出されるヘリウムの原子核
(2)β線:核崩壊性原子(Th等)の原子核(β崩壊)から放出される電子(e)
(3)γ線:核崩壊性原子(60Co等)の原子核から放出される電磁波
(4)中性子線:核崩壊性原子(252Cf等)の原子核から放出される中性の粒子
(5)X線:金属元素(Cu等)を電子等で励起したときに放出される電磁波
(6)電子線:電子加速器を用いて装置外に取り出してきた電子
(7)イオンビーム:各種装置(加速器等)を用いて取り出したイオン化元素
これらの放射線は、利用目的に合わせて利用されている。
4.利用されている放射線源
 放射線源には、自然界に存在するRIをそのまま利用する場合、自然界のRIを濃縮して利用する場合、自然界の安定元素に中性子等を当ててRIに人工的に変換して利用する場合、加速器等の装置を用いて必要な放射線を発生させて利用する場合、に分けることが出来る。
(1)自然界に存在するRI:β線源の利用、14Cによる古木や古代試料等の年代推定など
(2)濃縮したRI:α線源の利用、ラドン発生器など
(3)人工変換RI:γ線源の利用、原子炉からの中性子照射で製造した60Coや192Irによるがん治療、非破壊検査など
       :β線源の利用、核分裂で生成分離した90Sr、サイクロトロンからのプロトン照射で製造した123Iや201Tlによるがん診断など
       :α線源の利用、原子炉による中性子照射で製造した238Puの核燃料241Am線源を用いた煙検知器など
       :中性子線源の利用、原子炉の中性子照射で製造した252Cf線源による中性子発生装置など
(4)人工放射線源:X線源の利用、X線撮影装置による胸部X線検査など
        :電子線源の利用、電子線加速器による滅菌、材料改質など
5.利用分野
 放射線の利用は、医学分野で始まり今日でも精力的に利用開発が進められている。農業分野では、自然界で起る突然変異の研究から放射線照射による人為的な突然変異発生による研究に利用されている。理工学分野においては、放射線の電離・励起作用に基づく化学変化を利用したり、透過・散乱・回折特性を利用して多くの分野で利用されている。RIを追跡子とするトレーサ利用は、農・水産、理工学など全ての分野で利用されている。各分野ごとに、利用項目の説明、利用放射線の種類、利用特性・原理をまとめて表に示す。
5.1 医学分野(表1
 医学分野における放射線利用は、一般的に診断、治療、検査分野、また、医療用具等医療に関係した製品の滅菌・殺菌分野である。
(1)診断:主としてX線の透過特性を利用した内部組織構造の描出による診断とRIを投与してそこから出るγ線を検出して核医学的に診断する方法がある。後者には診断臓器に適応する放射性医薬品が各種開発されて利用されている。
(2)治療:主としてがん治療に放射線が利用されており、γ・X線を体外から照射する外部照射治療方法と体組織内に密封または非密封のRIを挿入する内部照射治療方法がある。外部照射治療では、直接放射線を照射する場合と組織内に投与した安定元素を中性子で放射化し、そこから出る放射線(α線)を利用する場合がある。
(3)検査:体外に試験体を取り出して検査を行うラジオイムノアッセイ(RIA)が中心である。
(4)滅菌・殺菌:医療関係で滅菌・殺菌が必要な器具類は種々雑多であり、加熱殺菌、ガス殺菌が出来ない製品などに、放射線照射による殺菌・滅菌が利用されている。
5.2 農林水産業分野での利用(表2
 農業・林業・漁業における放射線の利用については、突然変異を利用した植物の育種、害虫の不妊化、果実等の熟度調整等による長期保存、防疫・衛生化を目指した殺虫・殺菌があり、ここではDNA分子鎖の改変や切断を利用している。さらに肥料・農薬等の動態挙動を知るためのトレーサ利用もある。
(1)育種:耐病性、耐害虫性、組成変更等目的に合わせた品種改良を行う。遺伝子操作と競合する分野でもある。
(2)保存・熟成:農産物等の長期保存・熟成には、それぞれ植物の特性にあった方法を開発して商品保存や付加価値を付与している。
(3)殺菌・殺虫:ここには保存目的も含まれるが、より積極的に防疫、食品等の衛生化などを目的とした放射線利用である。
(4)トレーサ利用:RI単独または標識化合物としてRIを利用し、RIから放出されるβ・γ線を追跡することにより、肥料・農薬等の動態挙動を解明する。
5.3 理工学分野での利用(表3−1および表3−2
 理工学分野における利用では、有機材料、無機・金属等全般的な材料を対象として放射線の電離作用・反応活性点生成を直接的に利用した材料創製(材料製造、材料機能化)や製造過程等で発生した環境汚染物質の処理、さらに透過性・散乱性を利用した材料の試験分析やトレーサ利用として放射線源の探査・追跡による状態分析が行われている。
(1)材料創製:放射線を利用した材料創製には、材料そのものの製造、材料の特性の増強、さらに新たな特性の付与がある。
(2)材料機能化:主として材料・製品の表面に反応活性点を生成し機能化を行っている。
(3)環境保全:工業・産業において、製造工程の途中や最終段階で廃棄物を環境に放出する場合が多い、そこで環境負荷を軽減ないしは除去するために放射線化学反応を利用する。
(4)試験分析:各種放射線の透過・散乱特性と極微量検出特性を利用する。
(5)計測応用:放射線の電離、励起、透過、散乱などの現象を利用した応用計測が産業界の基幹及び補助部門で採用されている。(厚さ計、密度計、レベル計、濃度計、硫黄分析計、水分計など)
<図/表>
表1 医学分野での利用
表1  医学分野での利用
表2 農林水産業分野での利用
表2  農林水産業分野での利用
表3−1 理工学分野での利用(1/2)
表3−1  理工学分野での利用(1/2)
表3−2 理工学分野での利用(2/2)
表3−2  理工学分野での利用(2/2)

<関連タイトル>
放射線の電離作用 (08-01-02-02)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
放射線の蛍光作用 (08-01-02-05)
放射線の遮へい (08-01-02-06)
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
放射線照射による農作物の品種改良(放射線育種) (08-03-01-01)
わが国における放射線不妊虫放飼法(SIT)の普及 (08-03-01-02)
電子ビームを利用した環境保全技術 (08-03-03-01)
中性子照射によるシリコン半導体製造の原理 (08-04-01-25)
RIの工業計測用の厚さ計、密度計、水位計などへの利用統計 (08-04-02-06)

<参考文献>
(1)中瀬吉昭:第254回ラジオアイソトープコース テキスト 「1-12 RI及び放射線の利用」 日本原子力研究所(2000)
(2)放射線安全管理センター:暮らしの中の放射線 「放射線の利用」(1993)
(3)千坂治雄、猪越幸雄:「放射性物質を用いた健康用品の使用核種と表面線量率の測定」、RADIOISOTOPES Vol.27, 687(1978)
(4)国連科学委員会報告(UNSCEAR 1977 Report)
(5)友末多賀夫:「電子線硬化法のPETフィルムラミネート鋼板への応用」、「放射線と産業」No.52, 16 (1991)
(6)大庭敏夫:「剥離紙用シリコーンのEBキュアリング」、「放射線と産業」No.61,12 (1994)
(7)向吉俊一郎、珠久茂和:「感熱記録体へのEBキュアリングの応用」、「放射線と産業」No.61, 8 (1994)
(8)日本原子力学会(編):「原子力がひらく世紀」、日本原子力学会、2004年3月改訂
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ