<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線の農林水産業利用
<小項目> 品種改良等
<タイトル>
わが国における放射線不妊虫放飼法(SIT)の普及 (08-03-01-02)

<概要>
 害虫を大量飼育して放射線不妊化したのち野外に放すと、野生虫同士の交尾頻度が低下し、さらに、不妊雄と交尾した雌が産んだ卵は孵化しないので、次世代の野生虫数は減少する。このような不妊虫の放飼を続けることによって害虫を根絶することができる。これを不妊虫放飼法(SIT:Sterile Insect Techniqe)という。世界的には、多くの実施例があり、ラセンウジバエとミバエ類で成功している。国内では、南西諸島全域に生息していたウリミバエと小笠原諸島に生息していたミカンコミバエを、不妊虫放飼法により根絶するのに成功し、同地域の農業振興に大きく貢献している。また、ウリミバエ根絶によって、沖縄県は推定約77億円の経済効果を得ている。
<更新年月>
2004年01月   

<本文>
1.背景
 害虫による農業あるいは畜産業への被害は世界各国で莫大な量に上っており、害虫の駆除は重要な課題になっている。特にウリミバエなどある種の害虫はその害虫が発生している地域から、未発生の地域へのその寄主となる野菜や果実あるいは寄生動物を持ち込むことが法律で禁止されており、このため害虫のいない国あるいは地域では厳重な検疫体制を敷いている。
 害虫駆除法として殺虫剤散布法があるが、環境汚染で人体に悪影響があるため、種々の規制があるのと、この方法では虫の数の減少につれて駆除の効果は低下し根絶することは困難である。また、雄の成虫を誘引する化学物質と殺虫剤を混ぜて綿ロープ等にしみ込ませて野外にばらまく雄除去法があるが、対象害虫は限られる。害虫の根絶に最も効果を上げている方法として、放射線照射を利用した不妊虫放飼法があり、以下に述べる。
2.原理・方法
 不妊虫放飼法による害虫駆除は、1950年以降に米国で研究が進められた。虫を人工的に大量飼育して放射線を照射し、交尾はできるが子孫は残すことができない不妊の虫を生産して、野外に放すと、野生虫同士の交尾頻度が低下し、この不妊雄と交尾した雌が産んだ卵は孵化しないので、次世代の野生虫数は減少する。このような不妊虫の放飼を続けることによって野生虫の交尾の機会をさらに激減させ、ついには害虫を絶滅させるという考えである。
 不妊虫放飼法の創始者として名高いE.F.ニップリング(Knipling)博士(1995年日本国際賞受賞)は不妊虫放飼法が実現できる条件として、以下の5つのことを挙げている。
(1)対象害虫が大量増殖できること
(2)不妊虫がよく分散すること
(3)不妊化によって雄の交尾行動が変わらないこと
(4)雌は一生に1回しか交尾しないか、もし多数回交尾する場合は、不妊雄の精子が正常な雄の精子と競争できること
(5)対象害虫の密度がもともと低いか、他の方法で低くすることができ、不妊虫がこれを上回ることが経済的に可能なこと
 不妊虫放飼法が成功するためには上記の条件を満足する必要があり、虫の生態の調査・研究、大量飼育法、不妊化のための照射条件の検討、照射技術、放飼技術等、総合的な検討が必要である。
3.実施例
 不妊虫放飼法による害虫駆除については、多くの実施例がある。最初に成功したのは1954年、ベネズエラ海岸沖にあるキュラソー島の牧畜に大きな被害を与えていたラセンウジバエの根絶である。その後、フロリダ半島全域を対象に不妊虫の放飼が実施され、1959年にラセンウジバエは根絶された。また、1963年にマリアナ諸島ロタ島のウリミバエがこの方法で根絶された。その後、各国においてミバエ類をはじめ多くの害虫に対し、不妊虫放飼法による駆除が試みられているが、成功例は多くはない。
 国内の不妊虫放飼法の実施例では、沖縄・奄美の南西諸島のウリミバエと小笠原諸島のミカンコミバエがあり、それぞれ成功している、いずれも植物防疫法の指定害虫になっており、同地域からこれらの寄生植物である野菜や果実をミバエ類の生息していない本土へ持ち出すことは法律で禁止されていたが、これらの根絶が確認された島ごとに順次本土への移動規制が解除され、放射線利用が同地域の農業振興に多大の貢献をしている。
 ウリミバエ根絶による沖縄県における経済効果は、移動禁止解除分、移動制限解除分、直接被害解消分の合計として、計76億3千万円と推定されている。ウリミバエ根絶による最も大きな経済効果は、ウリミバエ寄主植物を県外に出荷できるようになったことである。項目別に見ると、寄主植物の県外出荷分40億円、検査・くん蒸処理費用軽減分1億3千万円、県内出荷の被害軽減による増収分35億円の計76億3千万円である。奄美群島では7億8千万円であり、ウリミバエ根絶による経済効果は全体で84億1千万円である。ミカンコミバエに関しては、東京都小笠原諸島だけで不妊虫放飼法が用いられ成功したが、村外への出荷量はわずかであり、4百万円の経済効果である。
3.1 ウリミバエ(表1図1図2および図3参照)
 ウリミバエは東南アジア原産で、カボチャ、キュウリ、ニガウリ、スイカなどのウリ類やピーマン、トマト、ナスなどに寄生して大きな被害を与えるハエの一種である。このハエが日本で最初に発見されたのは1919年に八重山群島で、1929年には宮古群島でも発見されたが、その後40年間分布は拡大しなかった。ところが1970年になって、沖縄本島に近い久米島で発見され、さらに1972年沖縄本島で発見されて以来急速に北上し、1974年には奄美群島全域に広がった。
 このため、1972年に久米島を対象に不妊虫放飼法によるわが国で最初のウリミバエ根絶実験が始められた。虫の生態、飼育等に関する研究とともに、小規模のコバルト60ガンマ線照射不妊化施設を建設し、70Gyの線量を照射した不妊虫の放飼を行い、1978年に同島での根絶に成功した。
 この成功に基づいて、南西諸島全域のウリミバエの根絶事業が始められた。沖縄本島と奄美大島にウリミバエ大量増殖施設と3.7PBq(10万キュリー)規模のコバルト60照射不妊化施設がそれぞれ建設された(図4参照)。沖縄は週に2億匹、奄美は週に4千万匹の不妊虫をつくれる施設で、奄美群島では1981年から、沖縄県では1984年から放飼が開始された。ウリミバエはさなぎの状態で照射を行っている。ヘリコプターによる大量放飼が実施された結果、喜界島(1985年)、奄美大島、宮古群島(1987年)、奄美群島全域(1989年)、沖縄群島(1990年)で順次根絶が達成され、最後の発生地域となっていた八重山群島においても1993年に根絶に成功し、74年ぶりにウリミバエが国内から一掃された。八重山群島、宮古群島、沖縄群島の一部では再侵入防止のための不妊虫放飼を現在も行っている。
3.2 ミカンコミバエ
 ミカンコミバエは、東南アジアの原産で、柑橘類、モモ、ビワ、トマトなどの果実に寄生して、大きな被害を与えるハエの一種で、日本では南西諸島と小笠原諸島に生息していた。
 南西諸島のミカンコミバエは1918年に沖縄本島中部で最初に確認され、1929年には奄美群島全域で確認された。同地域のミカンコミバエの駆除は、奄美群島については1968年から雄除去剤法により行われ1980年に全域で根絶された。沖縄県については同様の方法で1977年から行われ、1986年に全域で根絶された。
 小笠原諸島のミカンコミバエは1920年代にサイパン島から侵入したといわれる。駆除は1975年から雄除去法と不妊虫放飼法を併用して行われた。多い時期で週6百万匹の不妊虫が放飼され、1985年に根絶に成功した。
3.3 イモゾウムシ
 上記ミバエ類根絶の成功に引き続き、沖縄県では不妊虫放飼法による「イモゾウムシ等根絶実証事業」を1994年度から実施している。イモゾウムシは、体長約4mmの小型のゾウムシであり、サツマイモの大害虫である。成虫はサツマイモの茎や塊根に産卵し、孵化した幼虫が茎や塊根を食害する。加害されたイモは黒変して悪臭を放ち、苦みが強くなって食用にならなくなる。本種は、もともと沖縄には生息していなかったが、1947年に沖縄本島への侵入が確認されて以来急速に分布を拡大し、現在では奄美大島以南の南西諸島全域に発生している(図5)。本種は植物防疫法による特殊害虫に指定されているため、発生地から未発生地への寄主植物の移動が禁止または制限されている。
 これらの問題を解決するため、イモゾウムシ不妊化のための照射適正発育段階、適正線量等の基礎的データが得られつつある。イモゾウムシの不妊虫放飼法を成功させるためには、活力ある不妊精子を多数持つ照射雄が不可欠であり、効果的な照射法や不妊化のメカニズムなどに関する研究が精力的に進められている。
3.4 アリモドキゾウムシ
 アリモドキゾウムシは、熱帯・亜熱帯地域に生息するサツマイモの重要害虫である。イモゾウムシと同様もともとわが国には生息していなかったが、1900年代に沖縄県の各群島に侵入し、鹿児島県でも1915年に南西諸島の与論島で確認されて以来分布を拡大し、南西諸島のトカラ列島口之島以南の全島に発生している。鹿児島県では不妊虫放飼法によるアリモドキゾウムシ根絶実証事業を1994年度から実施している。羽化1〜2日前の蛹に50〜80Gyのγ線を照射して不妊化し、放飼試験を実施している。しかし、鹿児島県では喜界島で9年間放飼を続けているが、まだ成功していない。沖縄県の久米島における、アリモドキゾウムシの成虫を照射した不妊虫放飼法による根絶が、ゾウムシ類の世界唯一の成功例である。現在、根絶のために、照射による寿命短縮や分散能力低下、色素処理による分散能力の低下やフェロモン反応性の低下など、種々の課題解決に向けた取り組みが行われている。
<図/表>
表1 南西諸島におけるウリミバエ根絶の状況
図1 南西諸島におけるウリミバエの分布域の拡大
図2 沖縄群島におけるウリミバエ根絶の経過
図3 八重山群島におけるウリミバエトラップ調査結果
図4 沖縄県ウリミバエ大量不妊化照射施設
図5 南西諸島におけるイモゾウムシの分布拡大

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
生物学における放射線利用 (08-01-04-04)
世界における不妊虫放飼法の普及 (08-03-01-03)

<参考文献>
(1)垣花廣幸:不妊虫放飼法によるウリミバエの根絶、放射線と産業、No.51, 33(1991)
(2)小山重郎:不妊放飼法の60年、植物防疫、49(9),(1995)
(3)垣花廣幸、小濱継雄、久場洋之、仲本寛、祖慶良尚、山岸正明:不妊虫放飼法のための放射線によるイモゾウムシの不妊化技術開発、放射線と産業、No.71, 42 (1996)
(4)沖縄県農林水産部:久米島のウリミバエ根絶事業報告書(1979)
(5)伊藤嘉昭:虫を放して虫を滅ぼす、中央公論社、No.570(1980)
(6)小山重郎:Sterile Insect Technique and Radiation in Insect Control, IAEA-SM-255/3 (1982)
(7)垣花廣幸:Sterile Insect Technique and Radiation in Insect Control, IAEA-SM-255/12 (1982)
(8)沖縄県農林水産部ミバエ対策事業所:ウリミバエ根絶防除事業概要(1987)
(9)沖縄県農林水産部特殊病害虫対策本部:平成4年 沖縄県特殊病害虫防除事業報告第18号(1992年)
(10)日本原子力研究所:平成11年度放射線利用の国民生活に与える影響に関する研究、報告書(科技庁委託事業)(2000)
(11)末永博、藤川和博:不妊虫放飼法によるアリモドキゾウムシの根絶、放射線と産業、No.98, 4 (2003)
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