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放射線遮へいの目的は、人体の放射線被ばくを法令で定める安全基準以下に確実に低減させ、取り扱い機器の放射化や作動障害を防止することにある。この目的にとって効果的な方法には、放射線源からできるだけ離れた位置で取り扱うこと、取り扱いはできるかぎり短時間で済ませることに加えて、遮へい体の使用がある。遮へい体の形や構造は使用目的に応じて異なるが、最も簡単な例は遮へい壁と称する広い平板である。
放射線遮へいの原理は、放射線と物質の相互作用を利用して、放射線のエネルギーを構造材の構成物質に吸収させ、物質を透過する放射線量を低減化することである。この相互作用は放射線の種類とエネルギーによって異なる。
そこで、まず、放射線の種類を以下のように分類する;
A.直接電離性放射線
(1)荷電重粒子線(アルファ線、陽子線、
重イオンなど)
(2)ベータ線(電子線、
陽電子線)
B.間接電離性放射線
(3)高エネルギーの電磁波(
X線、ガンマ線など)
(4)中性子線
物質中における放射線の進行方向の強度(線束密度)は、
原子核反応の寄与が大きくない場合には、近似的に式〔I=Io exp(−μx)〕に従う指数法則で減衰する。
μ[/m]は線吸収係数、xは物質の厚さである。物質の質量ρ[g/m
3]を考慮して(μ/ρ)・(ρx)で表したとき、μ/ρ[m
2/kg]を質量吸収係数という。また、遮へい体となる物質の単位長さあたりの放射線エネルギーの減弱を
阻止能という。
1.直接電離性放射線の遮へい
直接電離性放射線とは、電荷を有し、物質の原子・分子の束縛電子に電離・励起作用を及ぼして運動エネルギーを減弱する放射線をいう。直接電離性放射線の遮へいは次ぎに記す間接電離性放射線に比べて容易である。
(1)荷電重粒子線
荷電粒子が物質中を進行して、その運動エネルギーを失うまでの距離(厚さ)を
飛程という。荷電重粒子線の飛程は短い。たとえば、放射性同位元素の崩壊で放出される最大エネルギーのアルファ線(
212Po,10.55MeV)の場合でも、空気中の飛程は11.6cm(これを標準状態の乾燥空気の密度1.226mg/cm
3を用いてg/cm
2単位の飛程に換算すると11.6cm=0.014g/cm
2)に過ぎない。水中では空気中の飛程のほぼ1/500(〜0.3mm)である。荷電重粒子線は直進する性質がある。アルファ線の飛程を参考にして、その他の荷電重粒子線の飛程の概略値を推定できる。
(2)ベータ線(電子線、陽電子線)
放射性同位元素のベータ崩壊のさいに放出されるベータ線は、0から最大エネルギーまでの連続スペクトルである。ベータ線のエネルギーとは最大エネルギーをいう。ベータ線の飛程は荷電重粒子線ほど明確でない。そこで、一種類のベータ線を放出して崩壊する崩壊エネルギー既知の
核種を用いて、飛程とエネルギーの関係を求める。エネルギーが1MeVのベータ線の飛程はおよそ0.4g/cm
2で、密度が2.7g/cm
3のアルミニウム板を用いれば、厚さ2mm以上で遮へいできる。
陽電子の飛程もベータ線と同様であるが、陰電子と合体して2本の0.51MeVのガンマ線に変換するため、(3)に記すようなガンマ線遮へいが必要である。
2.間接電離性放射線の遮へい
間接電離性放射線とは物質との相互作用を介して、荷電粒子を発生させ、減弱する放射線である。主なものに高エネルギーの電磁波(光子)と中性子線がある。
(3)高エネルギーの電磁波(光子ともいう、X線やガンマ線のこと)
図1に鉛の平板を通る電磁波(光子)の質量吸収係数と放射線エネルギーとの関係を両対数値で示す。質量吸収係数は電磁波のエネルギーが増加するにつれて急激に減少し、2〜3MeVで最低になり、さらに高エネルギーになると若干増加する。1MeV以下の低エネルギーでは
光電効果が、1〜5MeVの領域では散乱効果が、それ以上の高エネルギーでは
電子対生成が吸収の主因になる。光電効果が優勢な領域に現れる複数の鋸歯状突起は、鉛原子のX線吸収端による。電磁波のエネルギーが与えられれば、
図1から読みとられた質量吸収係数をもとに先に示した指数法則を適用して、電磁波の遮へいに必要な厚さを推定することができる。実際上は放射線源の形状や測定者の位置関係によって線量が変化する。これらは重ね合わせの原理を適用して評価する。物質の厚さが増すと
吸収線量が表面吸収線量に比べて増える。これは
図2に示すように、電磁波と物質との相互作用で生じる散乱線が主な原因になる。これをビルドアップと称し、厚さxcmでの透過線量は〔I=B・Io exp(−μx)〕になる。
図3に
60Co線源の
ビルドアップ係数を示す。この係数には放射線のエネルギー、物質の種類、厚さとともに幾何学的な条件が関与しているため、その都度実験やシミュレーションにより評価する。
(4)中性子線
中性子は静電場の影響をほとんど受けない代わりに
原子核との衝突でエネルギーが減弱する。
原子炉炉心で発生する0.5〜10MeV程度の
高速中性子は、光子と同様に弾性散乱や非弾性散乱で減弱する。中性子とほぼ質量が等しい軽水素によるエネルギー損失が最大になる。光子と類似の指数法則が適用できる。
これにたいし低速の中性子はその他の放射線と著しく異なった挙動を示す。特に中性子の速度が遅くなると
反応断面積が大きくなることがある。これを熱中性子捕獲反応と称している。なかでもカドミウムやクセノンなどには著しく捕獲反応断面積の大きい同位元素がある。遮へい用材質としては、水やパラフィンのように水素の含有量の大きい物質を選び、減速した中性子の吸収用には
図4に記されたような元素が多く含まれた物質を用いる。
3.放射線遮へいシステム
放射線源の種類と核種の崩壊形式、使用目的に応じた様々な幾何学的形状、放射線と物質の相互作用などはいずれも極めて複雑である。そのために放射線源の仕様、核データ、種々の材質の遮へい体を利用した遮へいモデルについて、モデル実験と電子計算機を用いたシミュレーションが行われている。
(1)原子炉の遮へい
一般に、高速の荷電粒子線や中性子線を扱う場合には、ガンマ線やベータ線を初めとする複数の放射線が随伴しているため、これらを同時に遮へいしなくてはならない。その例として原子炉の遮へいを取り上げる。
スイミングプール型の原子炉は、原子力開発の初期に原子炉の放射線遮へい研究を目的として設置された。水素を多く含む水は低速中性子の捕獲ガンマ線のエネルギーが約2.3MeVであり、水による遮へいが可能である。スイミングプール型の原子炉施設では、無限媒質と見なせるほど大きな水中において、放射線の除去断面積(マクロ実効除去断面積:ΣR、
図5参照)が求められ、この結果から中性子の各エネルギー群ごとの減弱距離(1/ΣR)が詳細に求められた。これはどの方向に対しても減弱が一様な媒質中に点線源が置かれた場合、線量や測定器の読みなどが遮へい体表面からの距離の指数関数になるが、水中で十分に離れた場所で放射線を測定すれば、ΣRが一定と見なせるからである。原子炉における遮へいのモデル実験には、
リドタンク遮へい実験がある。
(2)迷路
一般に、遮へいシステムにおいては遠隔操作具の作動用の空隙が必要で、遮へい体の内外の取り合い部分の不均一性から、不特定の放射線漏洩を伴うことは避けられない。その対策の一つとしてガンマ線に対しては、
図6に示すような迷路の設置が線量の低減化に有効であった。
(3)その他
高エネルギーの放射線と物質との相互作用を扱うさいは、放射線のエネルギーに応じて、放射線と物質の相互作用に占める作用の内容が変化すること、放射線のエネルギーと運動量の保存を同時に満足させる必要があることを常に念頭に置く必要がある。
放射線の遮へいではないが、被ばく線量低減化には線源からの距離を保つことが有効であることは既に記した。参考までに主な放射性同位元素(核種)のrhm値を
表1に示す。
<図/表>
<関連タイトル>
電離放射線 (08-01-01-01)
放射線の分類とその成因 (08-01-01-02)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)
放射線防護諸量の単位の移り変わり (09-04-02-04)
<参考文献>
(1)兵藤知典:放射線遮へい入門、産業図書(昭和49年7月)
(2)野中到:核物理学、培風館(昭和35年8月)
(3)石川友清(編):放射線概論、通商産業研究社(1991年4月)、p100
(4)江藤秀雄ほか:放射線の防護、丸善(昭和57年12月)