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<概要>
 放射線電離放射線)は物質中の原子や分子と相互作用して、そのエネルギーの一部または全部が物質に移行し、入射した放射線のエネルギーは減弱する。放射線エネルギーの減弱過程は放射線の種類によって異なる。これは、アルファ線やベータ線のような荷電粒子の相互作用が中性子のような非荷電粒子のそれと異なるためである。荷電粒子は電子と直接電磁的な相互作用をする。このさい原子や分子のイオンと自由電子が生成する。これを放射線の電離作用と称している。放射線の電離作用は検電器電離箱で検知でき、写真作用や蛍光作用の源泉でもある。ここでは放射線の電離作用の概要を簡単に紹介する。
<更新年月>
2004年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.電離
 物質は原子・分子から構成されている。放射線が物質に入射し、その中を通過する間に、散乱や吸収によって放射線の運動エネルギーの一部あるいはすべてが物質へと移行し、入射した放射線のエネルギーは減弱する。放射線エネルギーの減弱過程を、放射線と物質との相互作用と称している。相互作用のなかで電磁的(むしろ静電的)作用が直接関与する事象を電離作用と称している。放射線の電離作用によって生成した正イオンと自由電子は検電器や電離箱で直接検知・測定することができる。そのため放射線の電離作用は放射能の検出、測定に広く利用されている。
 放射線には直接電離(性)放射線と間接電離(性)放射線がある。直接電離放射線は荷電を有する粒子線(アルファ線、ベータ線など)であって、それ自体が直接、原子の軌道電子あるいは分子に束縛された電子に作用して電離を起こさせる。これにたいし、エックス(X)線やガンマ線などの電磁波光子ともいう)は原子の束縛電子との相互作用、たとえば光電効果やコンプトン散乱を介して、また、電荷を持たない粒子線である中性子線は、原子核との相互作用を介して荷電粒子線を発生させ、ここで二次的に発生した荷電粒子線が電離作用にあずかる。このような放射線を間接電離(性)放射線と呼んでいる。
 放射線の電離作用は、一般に、電離、解離、再結合などが関係する事象が総合した働きである。ここでは、電離作用の検出、測定が比較的容易な気体と半導体(固体)の例を紹介する。
2.電離作用の指標
 放射線が気体を通過すると陽イオンと自由電子が生成される。このさい正イオンと自由電子対、1対あたりの平均生成エネルギーをW値といい、通常eV単位で表す。1eVとは、電子が真空状態で空間電位差1Vの間隙を直進したときに獲得するエネルギーに相当する。数種の気体について求められた複数の粒子線のW値を表1に示す。荷電粒子線の場合にはW値は30〜35eVの範囲にある(多くの気体におけるW値は22〜43eVの範囲にあり、平均値は30eV近辺である)。たとえば、アルファ線が空気を通過する際のW値は35.5eVで、アルファ線のエネルギーが1〜10MeVの範囲でほぼ一定値を示す。電子のW値も34.0eVでアルファ線のそれと大差ない。W値が荷電粒子の種類によって大きく変わらない理由は、物質中における荷電粒子の直接効果(衝突)に比べて、二次効果、つまり直接効果で生じた電子(二次電子という)の効果が大きいためと考えられている。
 固体の場合、電離作用が容易に検出できる例は少ない。半導体または一部の絶縁体は例外である。このさいはイオン対、1対あたりの平均生成エネルギーのことをε値と称している。
3.電離(イオン化)エネルギーと電離作用
 基底状態にある原子が、外部からエネルギーを得て、基底状態よりもエネルギーが高い状態に移ることを電子レベルの遷移といい、原子は励起図1)される。励起状態の寿命は、一般に短く(10−8秒程度)、弱い電磁波(光)を放出して基底状態に戻る。
 電離によって束縛を解かれる電子は、一般には原子中の外殻電子である。光子が物質に入射したさいに生ずる光電効果のように、原子の内殻の軌道電子が失われる場合は内殻電離といっている。
 基底状態の電子は、普通は、その最低のエネルギー、すなわち、n=1のK軌道にある(図2)。水素原子が励起されると、軌道電子はn=2のL軌道、n=3のM軌道などに移る。基底状態にある水素原子の軌道電子と原子核との結合エネルギー、すなわち、電離(イオン化)エネルギー(n=1K軌道電子状態とn=∞:自由電子状態のエネルギー差)は13.53eVであり、水素原子がそれ以上のエネルギーを吸収すると水素イオンと自由電子が生成される。水素原子の電離エネルギーとは、水素原子を電離することができる最低エネルギーである。一般に、気体の原子の束縛電子の電離エネルギーは10〜20eVの範囲内にある。
 空気の主成分は窒素分子と酸素分子である。表1には数種の気体(分子)の電離過程と、各々の電離過程についての電離エネルギーが示されている。一般に分子の電離過程は原子に比べてより複雑である。放射線の種類やエネルギーならびに気体の種類が変われば、それに応じて放射線のエネルギー損失、阻止能、比電離など(図3)が大きく変わる。そこで、これらの変化に対応してW値も変化すると予想される。しかし、予想に反し、これらの気体のW値は30〜35eV程度で大きな変化が見られない。これは電離作用にまでは至らない励起作用の寄与が大きいためではないかと指摘されている。半導体の場合、シリコン結晶での禁制帯幅(気体におけるイオン化エネルギーに対応)は1.12eVであるが、アルファ線の場合のε値は3.6eVである。
<図/表>
表1 いくつかの気体のW値(eV)
表1  いくつかの気体のW値(eV)
図1 ベリリウム電子の電離と励起
図1  ベリリウム電子の電離と励起
図2 水素原子のエネルギー準位図
図2  水素原子のエネルギー準位図
図3 6種類の荷電粒子のエネルギーに対する空気中の比エネルギー損失の変化
図3  6種類の荷電粒子のエネルギーに対する空気中の比エネルギー損失の変化

<関連タイトル>
電離放射線 (08-01-01-01)
放射線の分類とその成因 (08-01-01-02)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)

<参考文献>
(1)石川友清(編):放射線概論、通商産業研究社(平成3年4月)
(2)江藤秀雄ほか:放射線の防護、丸善(昭和57年12月)
(3)久保亮五ほか:理化学辞典 第4版、岩波書店(1989年12月)
(4)G.F.Knoll著、木村、阪井共訳:放射線計測ハンドブック第3版、日刊工業(2001)
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