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<概要>
 核融合反応に伴って発生する中性子及びそれに伴うガンマ線の挙動と影響を明確にし、これらの放射線に対する防護と場合によってはこれらを利用するために必要な解析・評価手法の開発及びそのためのデータベースを確立するのが、中性子工学である。当面の中心的研究開発課題は国際熱核融合実験炉(ITER)等、核融合実験炉の設計に直接的影響を及ぼす遮蔽設計に関わるものであり、特に放射線のストリーミング実験と解析が重要である。
<更新年月>
2005年04月   

<本文>
 核融合炉プラズマ中でD−T核融合反応、
    D + T → He(3.5MeV) + n(14.1MeV)
が進行する。この14.1MeV中性子及び2次的に発生するガンマ線から核融合炉の構成機器に及ぼす影響を正確に理解することと、環境および人間への影響を最小にすると同時に、これらの放射線の利用を図ることが中性子工学の役割である。中性子は全ての核融合炉構成要素と係わることから中性子工学の守備範囲は広く横断的に研究を進めることが重要である。(Ref.1) この中性子工学は便宜的にブランケット核設計と遮へい設計とに分けられる。
1.ブランケット核設計
 プラズマで発生する核融合反応エネルギーの約2割は、上記のHe原子(α粒子)の運動エネルギーを経由して、プラズマに面した第1壁あるいはダイバータ板の表面近く熱エネルギーなどになる。14MeV中性子は核融合反応エネルギーの約8割をプラズマから運動エネルギーの形で取り出し、その95%以上を第1壁を含むブランケット中で熱に変え、さらに発熱反応によりブランケット中の発熱量を幾ばくか増加させる。また中性子はブランケット中に装荷されるリチウムと反応して、天然には存在しないトリチウムをプラズマ中で消費される以上に生産する。すなわちトリチウム増殖比を1以上にする。他方ブランケットはプラズマに近いため厳しい放射線損傷を被り、人間が到底近づけないほど高い誘導放射能を帯びることになる。これらを評価し、トリチウム生成と放射線発熱の空間分布を評価することが中性子工学の中のブランケット核設計の役割である。(Ref. 2)
2.遮へい設計
 核融合炉遮へい設計の役割は、第1に従業員(放射線業務従事者)及び一般公衆(住民)に対する放射線防護であり、第2に炉構成機器に対する放射線損傷と核発熱を許容値以下にすることである。
 第1の役割は、炉運転中に格納容器周辺の従業員及び敷地境界外の住民の被曝線量当量を許容値以下に抑えることであり、また炉停止時に炉の点検修理などで従業員が炉室等に立ち入る際に許容値以上の被曝線量当量を受けないようにすることである。
 第2の役割は、超電導マグネット、加熱装置、真空ポンプ、計測機器等に対する放射線損傷及び核発熱を許容値以下に抑えることである。特に超電導マグネット構成材料の機械的電気的性質の劣化を防止することと、冷凍機器中での核発熱を十分に低くすることが要求されている。
 このほかにも、中性子を計測してプラズマ診断に役立たせることも考えられている。(Ref. 3) そのためには、かなり詳細にプラズマ発生装置を模擬した体系での中性子輸送計算による評価が求められる。
3.研究開発課題
 以上の中性子工学の役割に対応して以下のような研究開発課題が考えられている。括弧内に、今後特に重要と考えられる項目を示す。
(1)核データの測定・整備 (Ref. 4)
(2)核設計、遮へい設計で使用できる形(群定数など)への核データの変換、編集 (Ref. 5)
(3)中性子とガンマ線の分布計算手法(使いやすい2次元、3次元輸送計算コード)(Ref. 5)
(4)トリチウム増殖比、核発熱、放射線損傷、放射化などを計算するための変換係数(レスポンス係数)(中性子とガンマ線の核発熱定数)
(5)核設計、遮蔽設計計算結果を検証するための積分実験(ストリーミング実験)。(Ref. 6)
 上記の(1)〜(4)の核融合炉の中性子工学の設計計算のネットワークを図1(Ref.7) に示す。このように計算を行う手法は一通り整備されており、さらに精度を向上させるために新しい計算コードや核データライブラリーが国内で整備されつつある。また(5)の核融合炉中性子工学の積分実験については、原研(現日本原子力研究開発機構)のFNS(Fusion Neutronics Source)と大阪大学のOKTAVIANという2つの14MeV中性子源が世界をリードしている(Ref.8, 9)。
<図/表>
図1 核融合炉中性子工学計算ネットワーク
図1  核融合炉中性子工学計算ネットワーク

<関連タイトル>
核融合炉工学の研究開発課題(1)プラズマ加熱工学 (07-05-02-01)
核融合炉工学の研究開発課題(2)超伝導コイル (07-05-02-02)
核融合炉工学の研究開発課題(3)真空及び粒子制御 (07-05-02-03)
核融合炉工学の研究開発課題(4)第一壁工学 (07-05-02-04)
核融合炉工学の研究開発課題(5)ブランケット工学 (07-05-02-05)
核融合炉工学の研究開発課題(6)材料工学 (07-05-02-06)
核融合炉工学の研究開発課題(8)トリチウム工学 (07-05-02-08)
核融合炉工学の研究開発課題(9)炉構造・遠隔保守 (07-05-02-09)
核融合炉工学の研究開発課題(10)安全工学 (07-05-02-10)
核融合炉工学の研究開発課題(11)計測制御技術 (07-05-02-11)

<参考文献>
(1)前川 洋:講座「中性子工学」1. 中性子工学とは、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 71, No. 10 (1995) p. 983−986
(2)真木紘一ほか:講座「中性子工学」2. 核融合炉における核設計、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 71, No. 10 (1995) p. 987−1001
(3)井口哲夫、大山幸夫:講座「中性子工学」6. 計測技術、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 72, No. 1 (1996) p. 142−153
(4)高橋亮人、柴田恵一、池田裕二郎:講座「中性子工学」3. 核データの測定と評価、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 71, No. 11 (1995) p. 1113−1122
(5)森 貴正、小迫和明:講座「中性子工学」4. 輸送計算コードと断面積ライブラリー、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 71, No. 12 (1995) p. 1212−1219
(6)大山幸夫、市原千博:講座「中性子工学」5. ベンチマーク実験、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 72, No. 1 (1996) p. 83−90
(7)関 泰:核融合炉ニュートロニクスと計算法、核融合研究、第52巻3号(1984年)
(8)池田裕二郎、高橋亮人:講座「中性子工学」7. トピックスとまとめ、Journal of Plasma and Fusion Research, Vol. 72, No. 3 (1996) p. 243−248
(9)池上英雄ほか(編):核融合研究−2、核融合炉工学、(財)名古屋大学出版会(1995年)
(10)関 晶弘(編):「核融合炉工学概論−未来エネルギーへの挑戦」日刊工業新聞社(2002)
(11)近藤 育朗、栗原 研一、宮 健三:「核融合エネルギーのはなし」日刊工業新聞社(1996)
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