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<概要>
 中性子は電荷を持たないため原子核の中に自由に入り込むことができ、核反応を起こす。中性子の発見と人工放射性核種の生成の報告を目にしたフェルミは、1934年ローマ大学に実験グループを組織して、あらゆる元素を中性子で照射し、放射化させる一連の実験を行った。原子番号の一番大きいウランを放射化したとき、これによって超ウラン元素が生成されたものと考えられた。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.フェルミ達の着眼
  ジョリオ・キュリー夫妻によるアルファ線衝撃による放射化実験の報告を目にしたフェルミ(Enrico Fermi、仏、1901〜1954)は、中性子による衝撃を行えば更に多くの元素が放射化されるに違いないと考えた。アルファ線衝撃による放射化実験はジョリオ・キュリー夫妻以後も試みられたが、原子とアルファ粒子の間に反発力が作用するため、原子番号が20以上の核ではアルファ粒子は核に近づくことができず、核反応による放射化は不可能であった。また、軽い核のうちホウ素、窒素、マグネシウム、ナトリウム、アルミニウム、リンについては、アルファ線衝撃によって放射化が起こることが認められたが、その反応の起こる確率は極めて低く、100万回に1回の程度に過ぎなかった。チャドウィックによって発見された中性子が、ラザフォードの予想通りの性質の粒子であれば、原子核には何の反発を受けることなく接近でき、核の軽い重いにかかわらずに、あらゆる原子を放射化できるのではないかというのが、フェルミ達の着眼であった。
  フェルミは、ローマ大学のアマルデイ、ダゴスティーノ、ラゼッティ、セグレ、ポンテコルヴォとチームを組んであらゆる元素について中性子衝撃による放射化実験を開始した。
 
2.ラドン・ベリリウム線源による放射化実験
  当時用いられていたポロニウム210に接近してベリリウムを置く方式の線源では中性子放出量が不十分だったので、フェルミ達は、小さなガラス管をベリリウムの粉末で満たし、空気を抜いてラドンガスを50mCi封入して、これを中性子源とした。源からは毎秒約5万個の中性子が放出された。
  フェルミ達は原子番号の順に試料を照射していった。試料の放射能GM計数管によって検出された。放射能がどの元素から放出されているのかを調べるには、その放射性核種の同位体と考えられる元素を放射化された試料に添加し、化学的操作によってその元素を分離した際に、放射能がその元素に付着するかどうかを調べる方法を用いた。
  1934年3月に実験結果の第1報が出され、その年の7月に 表1−1表1−2 および 表1−3 の結果が報告された。生じた放射性核種は、軽い元素を照射した際には、元の原子より元素番号が1ないし2低く、重い元素を照射した場合には、元の元素と同じ原子番号を持つ(同位体)ことが多い。すなわち、軽い元素では次に示す(1)、(2)の核反応が、重い元素では(3)の核反応が放射化の主因である。
  (1)核に中性子が入り、陽子が放出される。その結果、原子番号の1つ小さい元素生成される。
  (2)核に中性子が入り、アルファ粒子が放出される。その結果、原子番号の2つ小さい元素が生成される。
  (3)核に中性子が入り、ガンマ線が放出される。その結果、元の核の同位体が生成される。
  中性子衝撃によって生ずる放射能はいずれもベータ壊変であり、電子が放出された。これは、核反応(1)、(2)、(3)のいずれについても、生成された核は元の核よりも陽子数に比べて中性子数が増加しているので、過剰な中性子がベータ壊変で陽子に変わるためであると説明された。

3.中性子減速の効果
  放射化の強さの基準として、銀の放射化が着目された。天然の銀は銀107(存在比 51.83%)と銀109(同48.17%)から成り、いずれも中性子によって放射化され質量数の1つ多い銀108(半減期2.37分)と銀110(半減期24.6秒)になる。ところが、照射によって生ずる放射能の強さは、周囲にどんな物質があるかによって予想外の変わり方をすることがわかった。木のテーブルの上で照射を行うと、大理石の上で照射を行ったときに比べて、銀の放射能がずっと強くなるのである。このことは1934年10月に発見された。
  試しに線源と試料をパラフィンで囲って照射を行ったところ、計数管が狂ったのではにかと思われるような強い放射能が観察された。フェルミはこの現象を次のように説明した。「中性子は周囲のパラフィン中の水素によって何回も散乱されてその速度が遅くなり、そのために原子核の中に入り込みやすくなるのである。」
  水素原子による中性子減速の効果によって反応が起こりやすくなるのは、前項に示す(3)の反応であることが確かめられた。

4.ウランの放射化
  ウランに対する照射の結果が表1−3の最後の行に示されている。15秒、40秒、13分、100分の半減期を持った4種類の放射能が生じている。これらの放射能がどの元素によるものであるかが、化学分析によって試験され、それが原子番号82(鉛)から92(ウラン)までのいずれの元素でもないことが確かめられた。
  当時の周期率表ではアクチノイドの元素族は知られておらず、上記の4種類の放射能は、それぞれレニウム、オスミニウム、イリジウム、白金と同族の超ウラン元素ではないかと推定された。

5.ノダック夫人の指摘
  レニウムの発見者の一人であるノダック夫人(父と夫との共同研究でレニウムを発見した)は、フェルミ達によるウランの放射化の報告を見て、ウランは中性子照射によって核分裂を起こしたのではないかと指摘した。正しい指摘ではあったが、当時の研究者に対して説得力を持たなかった。
<図/表>
表1−1 フェルミ達による中性子放射化実験
表1−1  フェルミ達による中性子放射化実験
表1−2 フェルミ達による中性子放射化実験
表1−2  フェルミ達による中性子放射化実験
表1−3 フェルミ達による中性子放射化実験
表1−3  フェルミ達による中性子放射化実験

<関連タイトル>
中性子放射化分析−原理と応用 (08-04-01-27)
放射化分析 (09-04-03-20)
原子力・放射線にかかわるノーベル賞受賞者 (16-03-03-13)

<参考文献>
1.エミリオ・セグレ 著、久保 亮五、矢崎 裕二 訳、X線からクオークまで、みすず書房、1982年、 266-272頁
2.中村 誠太郎、小沼 通二 編、ノーベル賞講演、物理学 第5巻、講談社、1978年、7-22頁
3.木村 一治、玉木 英彦、中性子の発見と研究、大日本出版、1950年、68-154頁
4.エミリオ・セグレ 著、久保 亮五、久保 千鶴子 訳、エンリコ・フェルミ伝、みすず書房、1976年、115-138頁
5.Fermi, Amaldi, D'Agostino, Rasetti, Segre, Proc. Roy. Soc., A Vol.146(1934)483
6.Amaldi, D'Agostino, Fermi, Pontecorvo, Rasetti, Segre, Proc. Roy. Soc., A Vol.149(1935)522
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