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<概要>
 中性子放射化分析は原子核による中性子捕獲核反応を応用した元素分析法である。研究用原子炉中性子源として利用できるようになり、また、放射線の測定技術の進歩とともに飛躍的に発展した。現在では環境試料、宇宙・地球化学的試料、生体試料等を分析するために広く利用されている。中性子放射化分析の新しい展開として、Ko標準化法の開発・普及と即発γ線分析の実用化が挙げられる。これらの技術は、非破壊的方法で多元素分析が可能であるという中性子放射化分析の持つ特徴をさらに顕著にし、他の分析法に比較して中性子放射化分析法の優位性を示すことになった。
 本タイトルでは、まず中性子放射場分析法の歴史的背景を概観し、定量的分析法としての原理を述べる。次に、Ko標準化法と即発γ線分析について解説し、最後に即発γ線分析の宇宙化学的試料への適用例について簡単に述べる。
<更新年月>
2013年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射化分析とは
 安定な原子核を不安定な原子核に変換することを放射化する(Activate)という。放射化されて生じた不安定核種(放射性核種)は放射性壊変をして、再び安定核種に変わる。放射性核種が壊変し、原子核数が半分になるのに要する時間は常に一定であり、これを半減期と呼ぶ。半減期は核種に固有であり、また壊変に伴って放出される放射線のエネルギーも核種に固有である。したがって半減期と放射線のエネルギーを測定することにより核種を同定することができ、また、放射線の強度を測定することにより核種の量(原子核の個数)を決めることができる。以上の原理に基づき、安定な核種を何らかの手法で放射化し、生じた放射性核種が放出する放射線の強度とエネルギーを測定してもとの安定核種の種類と量を求める分析方法を放射化分析(activation analysis)という。
 安定核種を放射化する手段としては、中性子、荷電粒子、光子(γ線)などが用いられる。このうち、中性子は電荷をもたないことから原子核に容易に近づくことができる。なかでも運動エネルギーの小さな熱中性子は原子核に捕獲される確率が高く、多くの原子核と核反応を起こしやすい。原子核が中性子を吸収するとその直後(10−14秒以内)に即発γ線、または捕獲γ線と呼ばれるγ線を放出する。この一連の反応は(n,γ)反応と呼ばれ、放射化分析において最もよく利用される核反応である。ただし、分析にあたってはこの即発γ線を測定するよりも、中性子を捕獲して生じた不安定核種が安定核種に壊変する際に放出する放射線を測定することのほうが多い。中性子放射化分析の概念図を図1に示す。
2.中性子放射化分析の歴史的変遷
 中性子放射化分析(Neutron Activation Analysis、以下NAAと略記)の歴史は、1936年にHevesyとLeviがラジウム−ベリリウム中性子源を用いてジスプロシウムの定量を行ったことに始まるとされる。その後1950年代に入り、研究用原子炉が普及するにつれて、NAAは分析法として広く用いられるようになった。
 NAAで測定に用いられる放射線はβ線かγ線である。γ線は測定器内部の物質との相互作用(光電効果コンプトン効果電子対生成)によりエネルギーを失い、このうち光電効果ではγ線の全エネルギーが吸収されるので、γ線のエネルギーに対応したピーク波形を与える。これに対してβ線は、その核種に固有な最大エネルギーをもつ連続スペクトル波形を与える。また、γ線は物質透過能が極めて大きいのに対して、β線は小さい。
 1950年代から1960年代のNAAにおいては、化学分離を行って放射性核種を放射化学的に精製する必要があった。放射能の測定にはβ線、γ線がともに用いられた。その後1960年代後半にエネルギー分解能の高いγ線測定用ゲルマニウム半導体検出器が開発され、γ線スペクトロメトリが急速に発展した。
 1970年代に入り、検出器に加えて多チャンネル波高分析器の性能が向上し、エネルギー分解能が従来の機器に比べて飛躍的に向上した。その結果、機器に大きく依存したNAA、すなわちInstrumental NAA(INAA)が普及し、一般化した。最近では中性子放射化分析といえばINAAを意味するほどである。これは同法が目的元素の化学分離操作を必要としないために、分析化学以外の分野の人にとっても利用が容易なこと、それに非破壊分析が可能なことによる。これに対して、従来の目的元素の化学分離を伴うNAAをINAAと区別する意味からRadiochemical NAA(RNAA)と呼ぶようになった。中性子放射化分析の簡単な分類を表1に示す。
3.中性子放射化分析の原理
3.1 生成放射能
 ある元素に中性子を照射し、(n,γ)反応で生成する放射性核種の放射能は次式で求められる。
   D=fσmNθ{1−exp (−λti)}・・・(1)
ここで、fは中性子束(単位:cm-2s-1)、σは中性子放射化断面積(単位:cm2)、mは定量目的元素のモル数、Nはアボガドロ数(6.02×1023)、θは定量目的元素中における標的核種の同位体存在度、λは生成核種の壊変定数、tiは中性子の照射時間をそれぞれ表す。
 生成放射能Dはtiの変化に伴って図2のような変化をする。図2から明らかなように、tiが生成放射性核種の半減期T1/2の4倍を超えるとDの値はほとんど増加しなくなる。この状態を飽和といい、{1−exp(−λti)} を飽和係数という。従って照射時間tiは、長くても分析に用いる放射性核種の半減期の2〜3倍程度にとどめるのが効率的である。
3.2 放射能測定
 NAAで実際に測定される放射能強度Cは次式で表される;
   C=Deb・exp (−λtc) ・・・(2)
ここで、eは測定する放射線に対する測定器の検出効率、bは1壊変あたりの放射線の放出率、tcは試料を中性子照射した直後から放射能測定を行う間までの時間をそれぞれ表す。Cの単位はDのそれに準じて決まり、Dにベクレル(Bq;1秒あたりの壊変率(dps))を用いれば、Cはcps(1秒あたりの計数率)で与えられる。
3.3 定量値の計算
 式(1)と式(2)を組み合わせると、定量値を算出する際の基本式である次式を得る。
   C=fσmNθeb {1−exp (−λti)} {exp (−λtc)}・・・(3)
中性子束fの照射場で時間tiだけ中性子を照射し、冷却時間tcの後にγ線スペクトロメトリを行ってCの値を求めれば、m以外は定数であるから、式(3)からm、すなわち定量目的元素の量が求められる。このようにして定量する方法を絶対法という。しかし現実的には、中性子束fや検出効率eを厳密に求めることは容易でなく、中性子吸収断面積σも試料照射場での中性子のエネルギースペクトルによって異なるので、絶対法で定量値を求めることは現実にはほとんど行われない。
 絶対法における困難を解消する方法として、よく用いられている方法が相対法、あるいは比較法である。この方法では、未知試料と同時に元素組成が既知の比較標準試料を同じ条件で照射し、放射線測定を行う。冷却時間の差を補正したあとの放射能強度は始めに存在する元素量に比例することから、単純な比例計算により未知試料中の元素量を求めることができる。比較標準試料としては、INAAの場合には組成が分かっていて形態の似た試料を適宜選んで用いることが多く、RNAAの場合には高純度試薬などから調整したものを一般に用いる。
4.Ko標準化法
 比較法で定量する場合に未知試料の元素組成を求めるためには、定量目的元素と同じ種類の元素を含む比較標準試料を準備し、照射する必要がある。現実問題としては、未知試料であるが故に、予期できない元素に由来する放射線を測定する可能性がある。そのような場合でも定量値が求められるように、あらかじめ検出が見込まれる多くの元素に対して、生成放射能を実験的に求めておく方法が考案された。その場合、ある標準となる元素を決め、その元素に対する生成放射能の相対値(実際は計測されるγ線のピーク強度比でこの値をk値と呼ぶ)を求めておけば、未知試料の分析時にその標準元素を同じ条件で照射し、測定すれば、他の元素についてはあらかじめ求めてあるk値から定量値を計算することができる。このようにして定量する方法をコンパレータ法といい、標準とする元素をコンパレータ元素とよぶ。ただし、生成放射能比は照射場の条件によって変わるので、同じ原子炉の同じ照射孔でも、照射位置が異なれば、異なるk値を計算に用いなければならず、上記の手法をそのまま一般化するには難がある。
 こうした問題を解決するために、照射場に依存する項とγ線測定に関係する項を分離した形でのコンパレータ係数Koを用いるKo法が考案された。この方法は、コンパレータ法に比べてはるかに一般性が高いので、Ko標準化法と呼ばれることもある。Ko標準化法の特徴は、(n,γ)反応における熱中性子と熱外中性子の寄与を分けて考え、計数効率などの測定条件に依存する項を別に取り扱えるようにした点にある。このうち、熱中性子による寄与分は照射場に関係しないので、熱中性子エネルギー領域でのコンパレータ元素との放射化断面積の比をKo値と定義し、照射場とは無関係な一般化された定数として多くの元素(核種)に対してデータの収集が行われている。通常、コンパレータ元素には金が使われる。熱外中性子の寄与を求めるには、一般にジルコニウム・モニター試料を照射して炉や照射場の特性をあらかじめ測定しておく必要があるが、あとはコンパレータ元素の生成放射能量(例えば比放射能値)を測定することにより、検出されるすべてのγ線ピークについて生成放射能を計算できる。生成放射能から定量値を計算するためには、あらかじめγ線計測に関係するいくつかの係数を求めておき、それを用いる。これらの一連の計算は通常パーソナルコンピュータ上で行うが、Ko法の計算を行うソフトウェアーパッケージが市販されており、特にヨーロッパを中心にかなり普及している。
5.即発γ線分析
 即発γ線も壊変γ線同様、原子核に固有のエネルギーをもつので、即発γ線を測定することによって元素の定性・定量分析を行うことができる。この即発γ線を測定して行う元素分析法を中性子誘起即発γ線分析、あるいは単に即発γ線分析(prompt gamma-ray analysis,PGA)と呼ぶ。この方法も中性子で原子核を放射化することによって行うので中性子放射化分析法に分類される(表1表2参照)。
 即発γ線を測定するには中性子を試料に照射すると同時に放出されるγ線を測定する必要があり、専用の測定装置が必要である。日本で本格的に即発γ線分析ができるのは、(独)日本原子力研究開発機構の3号炉(JRR-3M)だけである。付設されている中性子ガイドホールに中性子導管が設置されており、中性子を炉心から導管を通して原子炉外に導き、試料に照射することによって即発γ線分析ができる。図3にJRR-3Mに設置されている中性子導管の配置の俯瞰図を、図4に即発γ線測定装置の側面図をそれぞれ示す。
 JRR-3Mにおける即発γ線分析では熱中性子と冷中性子の2種類の中性子を選んで用いることができる。原子核への中性子捕獲の程度は中性子吸収断面積で表されるが、中性子のエネルギーが低くなるにつれて吸収断面積が大きくなり、従って分析感度が高くなる。表3にJRR-3Mにおける即発γ線分析の照射条件をまとめる。この表で示すように、照射場における中性子束はJRR-3Mの炉内における通常の中性子照射場における中性子束(最大で2×1014)に比べて6桁から7桁低い。したがって、中性子照射後に残留する誘導放射能のレベルも低く、適当な冷却期間を経れば、自然バックグラウンドレベルにまで減衰する。また、図4で示されるように、試料の照射場のサイズが原子炉内での照射場に比べて大きく、大型の試料をそのまま照射することができる。たとえば考古学的試料や大型の隕石試料などのように小さく破壊することの難しい試料に対しても元素組成を求めることが可能である。
6.即発γ線分析を用いた研究例
 即発γ線分析の最大の特徴は大型の試料でも壊さずにそのまま非破壊分析ができ、場合によっては試料の再利用が可能であることである。地球外物質の代表である隕石の分析は、そのような特徴が良く発揮できる例である。隕石を即発γ線分析によって分析すると、ほとんどの主要元素について非破壊で定量できる。即発γ線分析によって隕石試料を測定した例として、2000年1月に神戸に落下した神戸隕石の分析例を紹介する。2.7gから6.4mgの6試料について即発γ線分析を行い、水素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、硫黄、塩素、カリウム、カルシウム、チタン、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルの14元素を定量できた。即発γ線分析で定量可能な元素のうち、硫黄、アルミニウム、マンガンの含有量を利用すると、図5に示すように隕石の分類が可能であることがわかり、神戸隕石もこれによってCKという種類であることがわかった。
 即発γ線分析の特徴が最大限発揮できる例として、惑星探査によって地球に持ち帰られる試料の初期分析が挙げられる。惑星探査計画によりいろいろな地球外物質が直接採取され、地球に回収された試料の場合、分析に供する試料の量は最小限であるのが望ましく、できれば同一試料を用いて別の情報が得られればなお好都合である。特に、回収試料の量が非常にわずかな場合、即発γ線分析で試料の元素組成による特徴づけをまず行い、その後に同一試料を他の研究に再利用するのが効率的である。その場合に、もっとも注意を要するのは即発γ線分析による同位体組成への影響である。表4はその影響を見積もった結果である。ハロゲン元素の中性子捕獲によって生じる希ガス元素の同位体比への影響がもっとも危惧されるが、この表で明らかなように、その影響は質量分析計による同位体比の分析精度よりはるかに小さく、その影響は無視できることがわかった。このように、即発γ線分析は、隕石や惑星探査で回収される地球外物質の元素分析に大きく貢献するものと期待される。
7.中性子放射化分析の環境試料分析への応用
 中性子放射化分析は前述の宇宙・地球化学的な試料の分析のほか、環境試料の分析にも応用されている。アジア諸国、特に発展が著しい国では大都市を中心として大気汚染が大変深刻な問題となっている。大気環境の評価には種々の環境物質が利用されるがここでは大気浮遊粒子(Suspended Particulate Matter、以下SPMと略記する)をとりあげる。SPMの捕集には一定条件で大気を吸い込み、エアフィルター上に集めるエアサンプラーが利用される。通常粒径が2.5μmより細かい粒子(PM2.5と表記される)と2.5μm〜10μmの粒子(PM2.5-10)に分けられる。SPMの元素組成を求めるのに、日本では主に誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)が利用されている。この方法では、フィルター上の粒子を適当な溶液に溶解し、希釈した溶液を装置に導入するので、SPMの溶液化が重要な操作になる。他方、機器中性子放射化分析で分析する場合には、SPMを捕集したフィルターをポリエチレン袋に封入し、そのまま中性子照射し、適当な時間冷却後、γ線測定を行う。したがって化学操作を伴わず、汚染や溶液化に伴う潜在的問題を回避できる。中性子放射化分析法には多元素を非破壊で、高感度、高確度に求められるという大きな長所がある。東アジアではPM2.5による大気汚染が既に健康影響をもたらす深刻なレベルに達しており、その組成、発生源、拡散・移動メカニズム等を解明するともに、汚染の低減に向けて有効な対策を講じることが急務となっている。
(前回更新:2002年1月)
<図/表>
表1 中性子放射化分析の分類
表1  中性子放射化分析の分類
表2 機器中性子放射化分析と即発γ線分析の特徴
表2  機器中性子放射化分析と即発γ線分析の特徴
表3 JRR-3Mにおける即発γ線分析の実験条件
表3  JRR-3Mにおける即発γ線分析の実験条件
表4 即発γ線分析による同位体比変動の影響
表4  即発γ線分析による同位体比変動の影響
図1 中性子放射化分析の概念図
図1  中性子放射化分析の概念図
図2 中性子照射時間と生成核種の飽和係数の関係
図2  中性子照射時間と生成核種の飽和係数の関係
図3 JRR-3Mにおける中性子導管配置図(鳥瞰図)
図3  JRR-3Mにおける中性子導管配置図(鳥瞰図)
図4 JRR-3Mにおける即発γ線分析装置(側面図)
図4  JRR-3Mにおける即発γ線分析装置(側面図)
図5 即発γ線分析による隕石試料の分析例(硫黄、アルミニウム、マンガン含有量相関)
図5  即発γ線分析による隕石試料の分析例(硫黄、アルミニウム、マンガン含有量相関)

<関連タイトル>
中性子放射化分析−原理と応用 (08-04-01-27)
中性子放射化分析による宇宙物質の分析 (08-04-01-30)
放射化分析 (09-04-03-20)

<参考文献>
(1)日下 謙:放射化分析、共立出版(1973年)
(2)海老原 充:放射化学的中性子放射化分析、ぶんせき、(1988年)、p.904-911
(3)海老原 充:放射化分析、機器分析ガイドブック、丸善(1996年)
(4)海老原 充:中性子放射化分析〜原子核をはかる古くて新しい元素分析法、現代化学、No.328、(1998年)、p.14-20
(5)海老原 充:中性子放射化分析:最適な宇宙物質元素分析法、日本惑星科学会誌、Vol.7、p.18-28、(1998年)
(6)海老原 充:放射化分析は地球外物質の分析にどのくらい有効か?、鉱物学雑誌、Vol.28、p.131-138、(1999年)
(7)海老原 充:中性子放射化分析—最も信頼できる元素分析法、放射線と産業、No.129 (2011)、p9-14
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