<本文>
1. ロシアの核兵器解体に伴うプルトニウムの処分概要
冷戦の終焉と核軍縮の進展に伴い、米国とロシアとの間で戦略兵器削減条約(START−I、1994年12月発効)が締結され、両国の保有する戦略核弾頭は冷戦期の半数程度に減少したといわれている。一方、これに伴って蓄積される兵器級プルトニウムへの懸念が、1996年4月のモスクワ・原子力安全サミットで提起され、ロシアの余剰核兵器解体プルトニウム(以下、「解体プルトニウム」)処分に関する国際協力が本格化した。
処分の対象となる解体プルトニウムは、当初、米国は52トン(兵器級でないもの14トンを含む)、ロシアは約50トンとされていたが、2000年9月に調印された米露協定(PMDA)では、(1)双方が34トンを下回らない量の処分を行うこと、また、(2)余剰プルトニウムを加工して原子炉で
照射するための産業規模の燃料施設を新たに建設すること、(3)燃料施設は2007年より操業を開始して最低2トン/年のペースで処分することなどが合意された。
ロシアは兵器級プルトニウムから製造した混合酸化物(MOX)燃料をバラコボ発電所(VVER−1000)の4基の軽水炉及び高速炉BN600で照射する方針を打ち出した。MOX燃料加工については当初、ドイツのハナウにあるMOX燃料加工の廃止された設備を利用することが検討されたが、対ロシア資金支援の都合が付かずに断念されている。その後、米国は、仏核燃料公社(COGEMA:現、AREVA NC社)の設計でサバンナリバー・サイトに建設するMOX燃料加工施設(MFFF)のコピー施設をロシアにも建設して処分の迅速化とコスト低減を図ることを提案し、2002年12月にロシアも同意した。しかし、ロシアは米国や国際社会が全額を負担しない限りは軽水炉オプションを実施する意思はなく、一部を既存のBN600高速炉で、また大半を未完成のBN800高速炉で処分する意向であることが明確になってきた。そのため、2007年11月の共同声明において、ロシアの軽水炉オプションは完全に消滅し、高速炉BN600とBN800でMOX燃料として照射することになり、2010年4月にPMDAを改訂することになった(
表1参照)。
なお、核兵器解体によって生じた解体プルトニウムの処分については、発生当事国、即ち米国及びロシアが自らの責任で処分するのが基本であるが、ロシアの場合は資金的な裏付けがなく、原子力の技術に関しても種々の技術基盤、インフラが不十分とされたことから、ロシアの解体プルトニウム処分への国際協力は、世界の核軍縮、
核不拡散上の重要事項として認識され、日本としても積極的な処分への貢献を行うこととなった。
2. BN600バイパック燃料オプションの選択経緯と開発計画
1996年4月のモスクワ原子力安全サミットを受け、解体プルトニウム処分の方法やその費用についての調査・検討が、ロシアと米国、フランス、ドイツ、カナダ、日本などの間で本格化した。日本では国内技術を基にMOX燃料燃焼による解体プルトニウムの処分方法の検討が行われ(1996年9月〜1997年5月)、1997年1月には当時の科学技術庁(現、文部科学省)により旧動力炉・核燃料開発事業団(核燃料サイクル開発機構(1998年〜)、現、日本原子力研究開発機構 核燃料・サイクル工学研究所(2005年〜))に対して技術的なとりまとめを行うことが要請された。
ロシアからは、ベロヤルスク原子力発電所の高速炉BN600とロシア原子力科学研究所(RIAR)のバイパック燃料製造施設の増強とを組合せる解体プルトニウム処分(BN600バイパック燃料オプション)が提案された(
図1参照)。このオプションは年間処分量が小さいものの、処分技術に対する信頼性は充分にあり、且つコスト及び処分開始時期が早いこと等から他のオプションより優れていると判断された。
バイパック燃料製造法は被覆管を機械的に振動させることにより、溶融塩電解法(酸化物電解法)によって製造した顆粒状のMOX燃料を稠密に充填する燃料製造法で、1960年代後半から旧東独の協力の下、RIAR高速炉のMOX燃料用として研究・開発され、高速
実験炉BOR−60の標準
燃料集合体の製造に用いて実績を蓄積してきた。従来のペレット燃料製造法に比べ、MOX転換工程の簡略化、ペレット製造工程の削除等経済性に優れ、遠隔操作による製造時の作業員被ばくの低減化が可能としている(
図2参照)。バイパック燃料に関する日露共同研究では、解体プルトニウムを用いた3体のバイパック燃料集合体の照射試験が行われ、原子炉燃焼に関しても問題がないことが確認された。そのため、BN600のMOX炉心化を次の3段階で実施することになった(
図3参照)。
(1)フェーズ0(準備段階:1999年〜2005年)
解体プルトニウム処分の準備のための予備的試験と調査。BFS−2を用いて
臨界実験と炉心解析を行い、解体プルトニウム約20kgを用いた3体のバイパック燃料先行試験集合体(LTA)の製造及びBN600での照射試験を行う。
(2)フェーズ1(先行的処分段階:BN600のハイブリッド炉心化、2001年〜2011年)
BN600炉心燃料の約1/5〜1/4を、バイパックMOX燃料に置換する。このハイブリッド炉心化(部分MOX炉心化)で、年間約0.3トンの解体プルトニウムの処分が可能となる。
(3)フェーズ2(本格的処分段階:BN600のフルMOX炉心化、2007年〜2025年)
BN600燃料を全てバイパックMOX燃料で置換する。このフルMOX化で、年間約1.3トンの解体プルトニウムの処分が可能となる。このほか、バイパックMOX燃料製造施設建設、BN600の改造、寿命延長等(2010年→2025年)を行う。
3. ロシアの解体プルトニウム処分の検討
3.1 日露共同研究
3.1.1 研究経過状況
核燃料サイクル開発機構とRIARは、MOXバイパック燃料集合体に関する共同研究契約を2001年に締結して以来、MOXバイパック燃料集合体の製造及びBN600での照射試験、
照射後試験を実施し、高速炉への適用性・信頼性を実証・評価する研究を2010年まで行った。以下に、主な研究開発内容を示す。
(1)BFS−2臨界実験(1999年6月〜2003年3月)
許認可取得のため、臨界実験装置BFS−2を用いたハイブリッド炉心の核特性データを取得し、データの解析・評価を行った。
(2)バイパック燃料先行試験集合体3体の製造と照射試験(1999年5月〜2005年3月)
ロシア許認可取得のためのバイパック燃料実証試験の支援。約20kgの解体プルトニウムによりMOXバイパック燃料集合体3体(1集合体あたり127本の
燃料ピンで構成)を製造し、BN600で照射(2000〜2002年)後、照射後試験を実施(2003〜2004年)した(
図4参照)。
(3)フルMOX炉心構成の検討とバイパック燃料の試算評価(2001年9月〜2002年9月)
ロシアとの共同研究でBN600炉心のフルMOX化実現の技術的検討及びスケジュール等の検討を行った(
図5参照)。また、コスト試算ではバイパック燃料の製造施設(設備容量1.3トン/年)のプルトニウム1kg当たりの処分費用は2.54万米ドルとなり、2001年の米露によるペレット燃料評価試算(ペレット燃料施設設備容量2.8トン/年)の4.22万米ドルと比較して安価となった。
(4)BN600ハイブリッド炉心・燃料設計と安全解析
BN600ハイブリッド炉心の運転許認可を取得するため、部分MOX燃料化炉心解析と燃料設計解析を行い、設計の妥当性を確認した(2001年9月〜2003年3月)。ハイブリッド炉心の構成を
図6に示す。また、BN600の原子炉構造の特徴を踏まえて、ハイブリッド炉心時の安全解析を行い(
図7参照)、許認可に必要なデータを取得した(2001年8月〜2004年9月)。
(5)RIAR燃料製造施設の整備(2001年7月〜2006年3月)
バイパック燃料集合体数を供給する能力(約50体:解体プルトニウム0.3トン相当)を有する燃料製造施設へRIARの既設燃料製造施設を改造して対応し、実際にバイパック燃料集合体1体を試作して改造施設の機能確認を行った。
3.1.2 研究成果
解体プルトニウムの処分に使用するMOX燃料集合体については、MOXペレット燃料とMOXバイパック燃料のどちらを主体にするかについて、2000年頃から長く議論されてきた。2008〜2009年頃は、RIARが開発したMOXバイパック燃料を主体とし、MOXバイパック燃料の製造施設の検討も行われていたが、BN−600における21体のMOXバイパック燃料集合体の照射試験において、5本の燃料ピンに漏洩が生じ、そのうちの1本の燃料ピンが破損する事象が発生した。原因は被覆管の製造欠陥に起因するものと結論付けられたものの、現在はMOXペレット燃料を主とする方向になった。
3.2 ロシア高速炉における解体プルトニウムの処分
3.2.1 BN600における解体プルトニウム処分
BN600は1980年4月に運転を開始して以降、平均
設備利用率約74%で順調に運転されてきたが、2010年4月に運転期間30年に達し、運転寿命の延長を図るため、プラント機器の健全性評価、蒸気発生器の交換等を行い、更に2020年までの10年間の運転期間延長のライセンスを得た。BN600で解体プルトニウム処分を実施するためには、ハイブリッド炉心ではブランケットの削除等を、フルMOX炉心では燃料集合体構造の変更(上部Na プレナム)及び一次系冷却ポンプの改造等を行う必要がある。このような対策を実施した場合でもハイブリッド炉心では0.3トン/年しか処分できないため有効性に疑問が残り、フルMOX炉心ではBN600の運転期間の制限から処分自体が開始できない可能性がある。
3.2.2 BN800における解体プルトニウム処分
2000年協定の改定版によると、BN800での解体プルトニウムの本格処分は2018年頃から開始し、全炉心にMOX燃料を装荷すると、約1.3トン/年の処分が可能になる。初装荷燃料は、酸化濃縮
ウラン燃料、MOXバイパック燃料、MOXペレット燃料の混合炉心(UO
2燃料468体(
235U濃縮度18.5%〜24%)+MOXペレット燃料54体(マヤクで製造)+MOXバイパック燃料36体(RIARで製造))である。なお、ゼレズノゴルスクの鉱業化学コンビナート(MCC:Mining−Chemical Combine)におけるMOX燃料製造施設(MFFF)はBN800及び将来のBN1200用に年間400体のペレットMOX燃料集合体を製造する予定で、フル操業は2016年の見込みとされている。
4. ロシアの研究開発体制
(1)IPPE(Institute of Physics and Power Engineering:物理エネルギー研究所)
モスクワの南西約100kmのオブニンスクに位置する。原子力発電(RBMK炉、高速炉、宇宙原子炉トパーズ試験施設等)、特に液体金属冷却炉の開発が中心。臨界実験装置BFS−2を持つ。
(2)RIAR(Research Institute of Atomic Reactors:原子炉科学研究所)
ディミトロフグラードに位置する。5基の試験炉、高速実験炉BOR−60等を有する。
高速増殖炉の燃料サイクル関係として、バイパックMOX燃料、乾式再処理技術の研究開発。
(3)OKBM(Experimental Machine Building Design Bureau:実験機械製造設計局)
モスクワの東約350kmのニジニノブゴロド市に位置する。軍用プルトニウム生産黒鉛炉及びウラン濃縮ガス拡散プラントの設計開発、
原子力船の設計開発、高速炉の開発。
(4)ベロヤルスク原子力発電所3号機(BELOYARSK−3:BN600)
BN600は定格電気出力60万kW、定格熱出力1470MWtの高速
増殖原型炉である。ウラル地方のべロヤルスク原子力発電所の3号機として1969年に着工し、1980年2月に臨界、1981年11月に定格電気出力の60万kWに到達したタンク型、ナトリウム冷却型の高速増殖炉である。燃料としてペレット型の中濃縮ウラン燃料(濃縮度17〜26%)を使用し、増殖比は1.02〜1.03程度。電力供給の他、地域暖房としての熱供給源としても利用されている。(詳細はATOMICA「ロシアの高速増殖炉BN−600」<03-01-05-13>を参照。)
(5)ベロヤルスク原子力発電所4号機(BELOYARSK−4:BN800)
BN800は定格電気出力86.4万kW、定格熱出力2100MWtの高速増殖
実証炉である。2006年7月に着工し、2014年6月に臨界、2015年12月に出力23.5万kWで発電後、2016年1月に定格出力に到達した。設計は実験機械製造設計局(OKBM)が担当して1983年に始まったが、1993年に安全ガイドラインによる見直しや、核兵器解体で生じた兵器級プルトニウムの燃焼処分、U−Pu系の燃料サイクル研究に開発目標が定められた。タンク型・ナトリウム冷却で、炉心、冷却材ポンプ、中間熱交換器及び関連する配管がすべて液体ナトリウムで満たされた大きなプールに納められている。3系統の冷却ループを備え、蒸気発生器は三次系にある。
<図/表>
<関連タイトル>
旧ソ連の高速増殖炉研究開発 (03-01-05-09)
ロシアの高速増殖炉BN-600 (03-01-05-13)
ロシアの核燃料サイクル (14-06-01-05)
ロシアの高濃縮ウランの処分計画 (14-06-01-18)
旧ソ連の原子力研究施設 (14-06-01-19)
米国の余剰プルトニウム処分計画 (14-04-01-26)
<参考文献>
(1)サイクル機構:ロシア余剰核兵器解体プルトニウム処分協力の現状、サイクル
機構技法No.14(2002年3月)(現、
http://jolissrch-inter.tokai-sc.jaea.go.jp/pdfdata/JNC-TN1340-2001-010.pdf)
(2)サイクル機構:ロシア余剰核兵器解体プルトニウム処分−原子力平和利用
技術による核兵器廃絶と核拡散防止−
(3)IAEA発電炉情報システム(PRIS):Nuclear Power Reactor Details−
BELOYARSKY-3(BN600)
(4)日本原子力研究開発機構 核物質管理科学技術推進部:ロシア余剰核兵器
解体プルトニウム処分協力−共同研究及び信頼性実証試験の成果報告−、
2013年1月、
http://jolissrch-inter.tokai-sc.jaea.go.jp/pdfdata/JAEA-Review-2012-044.pdf
(5)三菱総合研究所 原子力安全研究本部:平成26年度発電用原子炉等利用
環境調査(新興国における原子力政策・産業動向及び核不拡散・核セキュリティに
関する海外動向調査)報告書、2015年3月、
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000726.pdf、p.303〜p.305