<本文>
1. 米露の核兵器削減と解体核処分
米露は1993年1月、第二次戦略兵器削減条約(START−II)に調印して、核兵器削減・核弾頭解体・解体核処分の動きが始まった。すなわち、両国は2003年までに戦略核兵器を3,500発程度に削減することを条約で合意し、それぞれ大統領声明で核弾頭を解体し、余剰核物質を処分することを国際的に公約した。
2000年9月に米露は余剰兵器級プルトニウムの管理処分について二国間協定「余剰核兵器
解体プルトニウム管理処分協定」(PMDA;Plutonium Management and Disposition Agreement)に調印し、余剰プルトニウムに関しては両国が34トンずつ、計68トンの処分に合意し、2007年までに夫々最小限年間2トンの産業規模の処理能力を目指すことにした。
この二国間合意に先立ち米国は、1990年に核弾頭解体を始め、保有していた約23,000発の核弾頭のうち13,300発の解体を2001年までに終えた。2001年11月にワシントンで開かれた米露首脳会議で、米国は次の10年間にさらに核兵器削減を進めることを提案した。これを受け、2002年5月のモスクワにおける首脳会議の席上で、2012年12月末までに米露ともに核兵器を1,700〜2,200発レベルに削減する協定が締結された。
図1に米露の核兵器在庫量の推移を示す。
2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、特にロシアにおける兵器級核物質(高濃縮
ウランおよび兵器級プルトニウム)の取り扱いに関する安全保障上の国際的懸念が高まり、2002年6月にカナダのカナナスキスで開かれた先進8カ国首脳会議(G−8)では、核兵器や生物・化学兵器などの拡散防止のための新たな取り組み「大量破壊兵器・物質の拡散防止に向けたG−8グローバル・パートナーシップ」が合意された。この中で、主にロシアにおける兵器級核物質の処分、原潜解体、化学兵器の廃棄、その他核拡散防止やテロ防止などの対策の円滑な推進を財政的に支援するため、今後10年間で最高200億ドルの資金調達を行うことが合意され、米国はその半分を負担する意向を表明した。
核弾頭解体で発生する余剰核物質のうち高濃縮ウランについては、天然ウラン等で希釈してU−235の濃度を下げることにより、核兵器に利用できない形態に比較的容易に変換でき、希釈後のウランは発電炉の燃料として利用可能になる。一方、兵器級プルトニウムに関しては
同位体希釈ができない上、それを利用するマーケットが存在しないことから処理処分が簡単ではない。米国の余剰プルトニウム処分計画は国家安全保障問題であり、ロシアとの軍縮交渉の課題であった。
2. 米国の余剰プルトニウム処分計画
米国は1995年3月、史上初めて余剰兵器級プルトニウム38.2トンの軍用備蓄の解除を公表したが、その後の追加14.5トンを併せて、2001年時点52.5トン(兵器級38.2トン、非兵器級14.3トン)を余剰プルトニウムとしている(
図2)。この余剰プルトニウムの処分に関し、クリントン政権下のエネルギー省(
DOE)は、2000年1月、余剰兵器級プルトニウム約17トンをセラミックスまたは
ガラス固化した上で高レベル放射性廃棄物と混載し、ステンレス鋼製
キャニスターに封入して
地層処分する方法(固定化処分)と、余剰プルトニウム約33トンをMOX燃料に加工して、原子炉で燃焼させたのち
使用済燃料として地層処分する方法(原子炉燃焼処分:註1)の二つを併用するハイブリッド方式(
図3)を採用することにし、合計50トンの処分計画を決定した。この余剰プルトニウム処分計画には2022年まで22年の期間と、総額61億ドル(2001年ドル)の費用が見積られた。
しかし、2001年1月、ブッシュ政権が誕生し、予算削減、対ロ交渉、テロ対策等の視点から大幅な計画見直しを行なった結果、2002年1月に、固定化処分方式を廃止し、MOX燃焼方式に一本化して34トンの余剰プルトニウム処分を行う新計画を発表した。この変更により、処分コストの総額は38.4億ドル(2001年ドル)に圧縮され、また実施期間も20年間に短縮される見通しとなった。
なお、ロシアのプルトニウム処分に関しては、当初ロシア型加圧水型
軽水炉VVER−1000での燃焼処分に合意していた。しかし、軽水炉を利用することはロシアの
原子力発電戦略と矛盾し、経済的にも実行が困難であることから、2007年11月の米露共同声明によってロシアのプルトニウム処分は高速炉(BN−600、BN−800)を用いて行われ、プルトニウム処分への適用を目的とした高温ガス炉の研究開発が合意された。これは、2011年に発効したPMDAの改定議定書に反映された。
3. 米国のプルトニウム政策
米国のプルトニウム政策について言えば、余剰プルトニウムの原子炉燃焼も「米国はプルトニウムの民間利用を勧めず、従って自国で原子力発電・核爆発いずれの目的でもプルトニウム再処理を行うことはない」という従来のプルトニウム政策を変更するものではないとしており、他の民間利用やプルトニウム再処理に発展することがないよう最大限に考慮された。即ち、プルトニウム燃料は政府施設で加工して、原子炉燃焼もワンススルーに限っており、使用済燃料は再処理せず地層処分にすることにしている。また、新設する核弾頭解体転換施設およびMOX燃料加工施設は、余剰プルトニウムの処分計画が終わり次第解体されることとなった。
4. 原子炉燃焼処分
1998年7月、エネルギー省は核弾頭の金属プルトニウムを酸化プルトニウムに転換する施設と、転換後の酸化プルトニウムでMOX燃料を作る燃料加工施設を政府所有地に建設することにし、建設用地としてサバンナリバーを選択した。核弾頭プルトニウム転換施設の設計については、エネルギー省は1999年8月、レイセオンと契約を締結した(約4,400万ドル)。また、MOX燃料加工施設の建設・操業と原子炉での燃焼に関しては、デューク・パワー社、米国COGEMA、ストーン&ウェブスターの3社の合同事業体であるDCS(2006年8月にCB&Iアレバ・MOXサービス社に社名変更)に行わせることとし、1999年3月にそれらの設計・許認可に関する契約を締結した(約1億3,000万ドル)。米国COGEMAは、MOX燃料加工の世界的大手であるフランスCOGEMA(現、AREVA NC)の子会社であり、米国はヨーロッパMOX燃料技術の導入を図ろうというものであった(註2)。他方、ストーン&ウェブスターは、かねてエネルギー省のプルトニウム関連業務を請け負っており、そうした技術経験を生かすことになる。
この合同事業体DCSはデューク電力を下請にしており、デューク電力が所有するカトーバ原子力発電所1・2号機およびマクガイア原子力発電所1・2号機の4基の原子炉でプルトニウム富化度3〜5%のMOX燃料を炉心の33〜40%装荷して燃焼させることを予定した。DCSはMOX燃料加工施設の環境報告書を2000年12月に、また建設許可申請を2001年2月に原子力規制委員会(
NRC)に提出し、これらを受けて、NRCは最終環境影響評価書を2003年8月に、最終安全評価報告書を2003年9月に公表し、2003年10月にはMOX燃料加工施設の建設が開始されることになった(
図4参照)。
この処分計画には、本格処理に先立ち、4体の先行試験燃料集合体(LTA:Lead Test Assembly)を製造し、予定されている4基の原子炉のいずれかで先行
照射する計画が含まれた。なお、MOX燃料の製造については、2002年12月に成立した国防予算承認両院協議会法で、2009年末までに1トンを、また2019年1月1日までに34トン全てを製造し終わることが要求された。
この他、エネルギー省は、カナダのCANDU(重水炉)を利用する加露米3国間国際協力(パラレックス計画)も検討していたが、国内に充分な原子炉容量が得られる見通しが立ったので、自国の余剰プルトニウム処分としてはこのオプションを放棄した。
5. 経過
5.1 先行試験燃料集合体(LTA)による燃焼試験
2007年から2022年にかけて予定されている25トンのプルトニウム燃焼計画のフィージビリティー・スタディーを行うため、カトーバ(
PWR、2基×120.5万kW)およびマクガイア(PWR、2基×122万kW)の原子炉に対し以下の3段階から成る照射計画(MRIP)の検討を開始した。第一段階としてMOX燃料の主管理目標を設定し、第二段階で目標を達成させるためのMOX燃料装荷炉心設計に取組み、第三段階で「Casmo−4」や「Simulate−3」などのMOX燃料解析コードにより想定条件や制約条件の検証を行った。条件として使用プルトニウムは核兵器級燃料物質(Pu−240の割合が7%以下)の同位体組成を考慮すること、MOX燃料装荷量は40%以下、MOX燃料最低燃焼度20MWd/kg、集合体平均で45MWd/kg以下、ピーク時燃焼度50MWd/kg以下に設定するなどである。
また、軽水炉でのMOX燃料の燃焼にあたり、実際の核解体プルトニウムを使った実規模LTA照射試験がNRCの認可手続き上必要であることから、2005年4月に認可を受けたデューク・エナジー社が4体のLTAをカトーバ原子力発電所1号機に装荷し、18ヶ月運転サイクル2回の照射試験を実施した。その後、5本の燃料棒がオークリッジ国立研究所で照射後試験に供された。なお、LTAはロスアラモス国立研究所の米国産プルトニウム140kgを使用してフランスCOGEMA社がカダラッシュEURAFAB工場でペレットに成型加工し、燃料棒に充填された後、マルクールにあるMELOX工場で燃料集合体4体に組み立てられたMOX燃料である。
5.2 MOX燃料加工施設(MFFF:Mixed Oxide Fuel Fabrication Facility)の建設
2011年7月に発効した改定PMDAでは米・露両国が2018年にプルトニウム処分を開始することが求められている。米国では、発電炉で照射(燃焼)するMOX燃料の加工施設(MFFF)の建設を2007年から開始した(サバンナリバー・サイト、2016年完成予定、工費見積額49億ドル)。しかし、2012年度の政府会計院では77億ドルが加算され、操業開始も早くて2019年と見積られた。さらに2013年度にはMFFF及びこれに付随した「廃棄物固化棟(WEB)」の建設コストを83億ドル、15年間の運転費を年間6.4億ドル、プルトニウム34トンの処理費用総額を180億ドルと見積もった。コスト上昇の要因は、MOX製品の品質保証基準を満たすための「湿式精製エリア」の確保、米国安全・セキュリティ規制強化に伴う施設の再設計、原発建設活発化による人件費の高騰が挙げられている。
このような予算超過とスケジュール遅延が表面化すると、より効率的な処分オプションを検討することが必要となった。国家核安全保障庁(NNSA)は2014年4月、MOXオプションに加え、4つの予備的なオプション(高速炉、固定化、希釈後処分、深試錐孔処分)を比較した報告書を発表している(
表1参照)。
(1)高速炉での照射・・・液体ナトリウム冷却高速中性子炉を1〜2基建設後、燃料照射
(2)固定化・・・再処理廃棄物のガラス固化体の中にプルトニウムを埋め込む「キャン・イン・キャニスター」アプローチ
(3)希釈処分・・・希釈化と廃棄物隔離パイロット・プラント(WIPP;Waste Isolation Pilot Plant,New Mexico)での処分
(4)深試錐孔処分・・・最大5キロメートルの深さのボアホール(超深坑)での処分
コスト評価についてみると(3)の希釈処分が最も低額である。希釈処分研究は、エネルギー省が2011年から小規模な形で進めてきた。サバンナリバー・サイトで貯蔵されているプルトニウム酸化物粉末0.685トンを長さ15センチのパイプに入れ、これを容量200リットルのドラム缶の中心部に設置するというもので、プルトニウム酸化物粉末を取り出してパイプ内で希釈材と混ぜる作業は、グローブ・ボックス内で行われる。ドラム缶・パイプ容器を「臨界制御オーバーパック」容器とした場合、ドラム缶1本当たりの核分裂性同位体(Pu−239)は380グラムとされ、MOX処分コストの約10分の1に相当する。ただし、WIPPへの搬入に関しては、法的な容量制限を増やさない限り、余剰プルトニウム約50トンのうち、13トンしか収容できないとした。技術上のリスクは低いものの、処分計画を変更するには、ロシアとの追加的合意や政府・議会・地元による承認、法・規制面での大幅な変更など課題も大きい。
なお、サバンナリバー・サイトのMFFF建設は、2014年度以降大幅に予算が縮小され(
表2参照)、コールド・スタンバイ状態となった。サウス・カロライナ州は、MFFFが2014年までに運転開始しない場合、少なくとも1トンのプルトニウムを2016年までにサバンナリバー・サイトから搬出し、2002年4月以降の搬入したプルトニウムは全て2022年までに搬出することを要求している。
(註1)1992年に米国科学アカデミーはエネルギー省の要請でプルトニウム処分の検討を始め、1994年に余剰プルトニウムをウランと混合して燃料に加工し、原子炉で燃焼させる、いわゆるMOX燃料方式(原子炉燃焼処分方式)を答申した。
(註2)米国では1977年、カーター大統領の原子力政策によってプルトニウムの民間利用を禁止したので、今日、同国に産業規模のMOX燃料技術が育っていない。
(前回更新:2003年1月)
<図/表>
<関連タイトル>
米国における放射性廃棄物処理・処分の現状 (05-01-03-27)
START(戦略兵器削減条約) (13-04-01-08)
アメリカの核燃料サイクル (14-04-01-05)
核兵器解体による余剰プルトニウム問題と米国の対応 (14-04-01-23)
ロシアの核兵器解体プルトニウムの処分と高速増殖炉BN600 (14-06-01-25)
<参考文献>
(1)U.S.DOE:”U.S.Department of Energy Strategic Plan”,DOE/PO−0053,Washington,D.C.,September 1997
(2)U.S.DOE:”Record of Decision for the Surplus Plutonium Disposition Environmental Impact Statement”,DOE/EIS−0283,Washington,D.C.,January 2000
(3)U.S.DOE:”Budget Justification and Supporting Documents”,2001−DOE/CR−0060 Vol.1,Washington,D.C.,February 2000
(4)U.S.DOE:”Prepared Remarks by the Office of Fissile Material Disposition to the 3rd Annual JNC International Forum”,Tokyo,February 21−22,2001
(5)国家核安全保障庁(NNSA):The United States Pultonium Balance,1944−2009 An update of Plutonium:The First 50Years,DOE/DP−0137,February 1996、2012年6月、
https://www.fas.org/sgp/othergov/doe/balance.pdf
(6)三菱総合研究所 原子力安全研究本部:平成26年度発電用原子炉等利用環境調査(新興国における原子力政策・産業動向及び核不拡散・核セキュリティに関する海外動向調査)報告書、2015年3月、
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000726.pdf
(7)米国エネルギー省(DOE)プルトニウム処分作業部会:Analysis of Surplus Weapon‐Grade Plutonium Disposition Options、2014年4月、
http://fissilematerials.org/library/doe14a.pdf
(8)国連NPT Review Conference:GLOBAL FISSILE MATERIAL REPORT 2015 NUCLEAR WEAPON AND FISSILE MATERIAL STOCKPILES AND PRODUCTION、2015年5月、
http://fissilematerials.org/library/ipfm15.pdf
(9)核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM):MOX利用に代わる道—分離済みプルトニウムの直接処分のオプション、2015年4月、
http://fissilematerials.org/library/rr13j.pdf