<本文>
1.高速増殖炉BN-600の開発の歴史(参考文献1、5、8)
ロシアは、金属ナトリウムを原子炉冷却材として使用した高速増殖炉を開発し、実用レベルで運転している世界唯一の国である。また、高速増殖炉を建設するために非常に多くの基礎実験を行い、これをベースにBN-600を建設した。これらの基礎実験は、各種の試験施設、臨界実験装置及び高速実験炉を用いて行った。
モスクワの南西約100kmにあるオブニンスク市の物理エネルギー研究所(略号:英語IPPE、ロシア語FEI)には、臨界実験装置BR-1、BR-2、BFS-1、BFS-2がある。また実験炉としてBR-5(熱出力5MWt、ナトリウム冷却、ループ型)を建設し、後にBR-10に改造(熱出力を10MWtに増加)し、熱流力とナトリウム冷却技術を研究した。
ボルガ川近く、デミトロフグラード市にある原子炉科学研究所(英語RIAR、ロシア語NIIAR)に発電用の実験炉としてBOR-60(熱出力60MWt、電気出力10MWe、ナトリウム冷却、ループ型)を建設し1969年12月に商用運転を開始した。その後、カザフスタン共和国(旧ソ連邦)のアクタウ市に高速増殖炉BN-350(熱出力1000MWt、電気出力150MWe、発電と海水淡水化兼用、ナトリウム冷却、ループ型)を1964年10月に着工し1973年7月に商用運転を開始した。しかしながら1998年3月に運転を停止し、1999年4月に閉鎖を決定した。
スベルドロフスク州のベロヤルスク原子力発電所の3号機として高速増殖炉BN-600(熱出力1470MWt、電気出力600MWe、ナトリウム冷却、タンク型)を1969年1月に着工し、1980年4月に電力供給を開始した(旧ソ連の原子力発電所の所在地については
図1参照)。
BN-600の運転を確認後、1984年にBN-800(電気出力800MWe)の建設が始まったが、チェルノブイリ事故(1986年)後の原子力開発の停滞とソ連崩壊(1991年)後の経済混乱のため建設は中断されたままだった。原子力開発計画見直し後の2006年に、BN-800はベロヤルスク原子力発電所4号機として建設が再開され、2014年の運転開始(臨界)を目指している。この建設再開には、BN-600の運転実績が大きな役割を果たしたと考えられる。(参考文献9)
2.高速増殖炉建設の目的(参考文献1、8)
高速増殖炉の目的は、
増殖比を1.0以上にして
核燃料を再生産し、同時に発電も行うことである。すなわち、高速炉の増殖プロセスは、ウラン235が
核分裂して発生する余剰中性子をウラン238に吸収させてプルトニウム239を生産し、これを再び原子炉で燃焼させることである。
1970年頃には旧ソ連にプルトニウム燃料(MOX燃料)を製造できるプラントがなかったので、BN-350及びBN-600は、プルトニウム燃料の代わりに濃縮ウラン燃料(二酸化ウラン)を用いて運転を開始した。すなわち、BN-350及びBN-600を増殖炉としてではなく転換炉として運転したので、増殖比は1.02〜1.03であった。核燃料の再利用と自己補充という増殖炉本来の目的は実現されなかった。
その後もBN-600では、MOX燃料の
照射試験は行われたが、基本的に濃縮ウラン燃料で運転されてきた。これは、ロシアではウラン濃縮技術の開発が進み、濃縮施設に余裕があった一方、MOX燃料工場の建設には相当の期間と追加投資を要するという事情があったからである。なお、今建設中のBN-800ではMOX燃料が採用される計画である。
BN-350及びBN-600からの
使用済燃料は、使用済燃料冷却池で3年以上冷却の後、「生産合同マヤーク」の
再処理工場RT-1で
ピューレックス法により再処理した。
3.BN-600の開発に関連した主な組織(参考文献8)
・物理エネルギー研究所(FEI、オブニンスク市):総括学術指導。
・機械製作試験設計局(OKBM、ボルガ河畔ニージニノブゴロド市):原子炉施設総括設計。
・サンクトペテルブルク・アトムエネルゴプロジェクト(SPbAEP):建設プロジェクト元請。
・原子炉研究所(NIIAR)・無機材料研究所(VNIINM、モスクワ市):燃料開発・設計。
・設計局ギドロプレス(OKB Gidropress):
蒸気発生器開発。
・構造材中央研究所「プロメテイ」(CRISM-Prometey):材料開発。
4.BN-600の特徴(参考文献1)
ベロヤルスク原子力発電所はエカテリンブルグ市の東42kmにある。高速炉BN-600の目的は発電にある。1969年に着工し1980年2月26日に初臨界になった。1980年4月8日に電力供給を開始し、1981年12月18日に設計出力を達成した。
BN-600の主要諸元を
表1に、原子炉の垂直見取図と垂直断面図を
図2に示した。これらの図から判るように、BN-600はタンク型(一体型)を採用することにより、原子炉の安全性を改善した。
BN-600の最初の炉心は、濃縮度ゾーン(二酸化ウランのウラン235濃縮度が21%と33%の2つのゾーン)と、
劣化ウラン(または天然ウラン)のブランケットゾーンで構成された。その後、炉心構成は改良され、現在はウラン235濃縮度を17%、21%、26%の3ゾーン(
図3)とし、炉心の高さを75cmから100cmに、燃料の線出力を480W/cmから540W/cmに増加させたことにより、燃焼度(燃料中の全重金属のうち核分裂した割合)を最大10%まで増加することが可能となった。
濃縮ウラン
燃料集合体と
燃料要素の形状、及びブランケット燃料集合体と燃料要素の形状を
図4に示した。
BN-600の原子炉冷却系は1次循環系と2次循環系とからなり、それぞれ3つの熱伝達ループで構成されている。各ループ(回路)には循環用ポンプがあり、また中間熱交換器1基と蒸気発生器(SG)1基から構成されている。
蒸気発生器は直管型伝熱管で、1ループ当り8セクションから構成され、各セクションは蒸発器、過熱器及び再熱器の3モジュールからなる(
図5参照)。このように蒸気発生器をセクション−モジュールに細分しているのは、ナトリウム漏えい時のナトリウム−水反応の影響範囲を限定するためである。冷却系系統図を
図6に示す。
BN-600の建屋垂直断面図を
図7に、建屋写真を
図8に、BN-600原子炉ホールの写真を
図9に、2次循環系ポンプの写真を
図10に、タービン発電機の写真を
図11に、中央制御室の写真を
図12に、及び燃料取替盤を
図13に示した。
5.BN-600で発生した事故とその対策(参考文献1)
BN-600は1985年から1995年の間に96件の事故が発生し、原子炉を停止した。そのうち27件がナトリウム漏えい事故であった。また、このうちの5件は放射性ナトリウム漏えい事故であった。
1982年から2009年の28年間での平均設備利用率は73.5%であった(参考文献7)。チェルノブイリ事故やソ連崩壊の影響もあまり受けず、特に今世紀に入り2001年以降は80%近い稼働率を達成している。年間2回、燃料交換のため停止していることを考慮すると、優秀な成績と言える。(
図14参照)
BN-600の運転では次の2つ点が重要である。
(1)炉心構造材に与える放射線の影響
(2)蒸気発生器の将来にわたる信頼性
次に発生した問題点と採られた対策を以下に掲げる。
(1)燃料集合体の寸法の増加、温度補償装置、
制御棒及び緊急冷却系は、中性子の影響を強く受け、その結果、燃料集合体の寸法は設計で予想した値を超えてしまった。
対策1:燃料の燃焼度を設計レベルから少し低減させた。
対策2:燃料直径を細くし、新しい被覆管材料で燃料集合体を作った。
(2)
燃料被覆管の重さが軽くなるケースが幾つかあったが、燃料中のガス・プレナムの放射能が大気中に漏れることはなかった。
対策:燃料集合体の検査を実施した。
(3)1981年の定期燃料取替時に制御棒の温度補償装置が故障した。1982年初期に制御棒被覆管と緊急用制御棒が2個破損した。これらは燃料被覆管の
スエリング(ふくれ)と放射線による
クリープ(寸法増加)が原因であった。
対策1:故障した温度補償装置と緊急用制御棒を取り替えた。
対策2:破損した制御棒の被覆管を新しい被覆管に取り替えた。
(4)蒸気発生器は1次循環系でナトリウム漏えいが起きた期間においても運転上の安定性と信頼性が非常に高かった。ナトリウム漏えいを予防し閉じ込める設計上の措置の確実性が実証された。セクション−モジュール構造の蒸気発生器の採用により、ナトリウム漏えい時にも欠陥セクションのみを隔離し、原子炉出力を下げずに運転できた。
6.運転寿命延長(参考文献6、7)
BN-600の当初の設計寿命は、2010年4月に尽きる。運転期間延長に向けた規制対応は、2003年に始まり、次のような作業が行われている。
・6基ある「1-2次系ナトリウム」中間熱交換器のうちの1基が、2005年に取り替えられた。調査結果から、設計供用寿命(25年)が尽きた後も、更に熱交換器を運転できることが確認された。
・2007年春の定検時に蒸気発生器No.5の8モジュールが交換され、更に2008年春の定検時に蒸気発生器No.4の6セクション(18モジュール)が交換された。この結果、「ナトリウム−水」蒸気発生器の高度の信頼性が確認された。
・その他、予備制御所の建設、第二の総合事故防護系の設置、3号機の残存寿命の追加検査と根拠付けや、2次(中間冷却)系に「ナトリウム−空気」熱交換器を設置するなどの事故時冷却系の強化が行われている。
8.稼働率低下の要因分析(参考文献6)
初期の試運転期間を除く1982年から2008年の間の稼働率低下の主要因は、次の通りである。
・計画的な施設の検査と燃料交換による稼働率低下:22.3%
・施設の故障と要員のエラーによる稼働率低下:2.0%
上記期間内に全部で101件の異常事象が発生し、計画外の完全或いは部分的な出力低下に至った。それらは、レベル1の1件を除き、国際尺度INESレベル0又はスケール外だった。これは、BN-600の高度の安全レベルを示している。うち67件では、3つの除熱ループの1つの遮断により出力低下したが、設置出力の2/3レベルで運転が行われた。
表2に、様々な系統・施設と運転操作における発生事象の件数、比率、及び稼働率への影響をまとめて示した。
この中で稼働率への影響が最大なのは、「1.原子炉と1次冷却系」で、中でも燃料棒漏れによる稼働率低下(0.60%)が大きい。この原因による稼働率低下をロシアの他の炉型と比べると、VVER-1000は0.49%、RBMK-1000は0.57%である。BN-600が若干高いのは、他の炉型より温度や中性子束の条件が厳しいからである。全運転期間を通じ、原子炉を緊急停止し漏えい燃料を探索して取替えた回数が6回、出力制限が3回行われた。最大燃焼度制限を設計の9.7%HMから7%HMに下げたが、燃料棒漏えいをなくすことはできなかった。しかし、1986〜1987年の炉心改造後、この原因による稼働率低下はなくなった。現時点では11%HM程度までの高い燃焼度が達成され、更に14%まで増やす見込みである。
1982〜1984年の期間に、主循環ポンプの回転数変化と関連し、振動増加と軸ひび割れ、ポンプ軸と電動機ロータを連結するクラッチの損傷、電気駆動系の異常が見られた。これは、電気駆動パルス出力と軸の固有振動数の一致・共鳴による疲労が原因であった。この問題は回転数範囲の変更により解決され、1985年12月以降、この原因による稼働率低下はない。
稼働率低下に関し、次に来るのは、「2.電源系」である。ここで稼働率低下が最大(0.49%)なのは、タービン発電機の故障であり、原因は冷却水の漏えいであった。他の炉型でのタービン発電機故障による稼働率低下は次の通り:VVER-1000では〜1.02%、VVER-440では〜0.43%、そしてRBMK-1000では〜0.20%。
表2に示すデータの解析によれば、ナトリウム取扱いに関連する問題は、BN-600起動後6〜7年間に解決され、現在の発電量の喪失は、火力発電所や熱中性子炉発電炉(VVERやRBMK)にも共通の機器の故障によるものである。
<図/表>
<関連タイトル>
海外諸国の高速炉におけるナトリウム漏えい事故 (03-01-03-08)
世界の高速増殖炉原型炉 (03-01-05-02)
旧ソ連の高速増殖炉研究開発 (03-01-05-09)
旧ソ連の原子力研究施設 (14-06-01-19)
<参考文献>
(1)Dr.G.V.Kiselev(理論実験物理研究所原子炉部長):旧ソ連およびロシアに於ける高速発電炉の事故と対策、日本原子力情報センター、1996年10月出版、p.30,31,34-39,49-51,57,58
(2)ATOMO(Atom Energo Export)出版、「Beloyarskaya Nuclear Power Plant named after I.V. Kurchatov」,p.13,14,16,18-24
(3)日本原子力産業会議:「世界の原子力発電開発の動向:2002年次報告(2002年12月31日現在)」2003年5月31日発行、p.90
(4)藤井晴雄:「ソ連・ロシアの原子力開発」東洋書店、2001年3月、p.54
(5)Saraev O.V., Oshkanov N.N., Malzev V.V.:Perspectives on safe utilization of plutonium as MOX-fuel at Beloyarskaya NNP, Report on 4 International radiological conference, “Utilization of plutonium:problems and decisions”, Russia, Krasnoyarsk, 5-10, June, 2000.
(6)ニコライ・シカノフ他:28年の運転、REAロスエネルゴアトム2008年8月号、ロスエネルゴアトム社、p.34-37
(7)ボリス・ワシリエフ:原則的な容認性、REAロスエネルゴアトム2010年6月号、ロスエネルゴアトム社、p.22-25
(8)O.サラエフ他:BN-600三十年、Atompressa 2010年4月5日付、p.4
(9)原子力ポケットブック2010年版、p.527