<本文>
1.ロシアの解体ウラン
1991年9月、ソ連の崩壊が予見されると、米国は直ちに核兵器の安全な貯蔵・移転・解体を呼びかけ、同年12月、モスクワで政府間協議を始めた。第二次戦略兵器削減条約(START-II、1993年1月調印)に先立ち、1992年8月にはロシアの核兵器解体で回収される高濃縮ウラン(解体ウラン:HEU)(*1)の買い取りについて合意を取りつけた。
解体ウランとなると盗難防止の他、再転換・核拡散の防止など課題も多いが、少なくともロシアの解体ウランについて米ロは比較的簡単で実際的な方法を採ることで合意した。すなわち、1993年2月、米国がロシアの高濃縮ウラン500トンを向こう20年間にわたって買い取る「核兵器解体に伴う高濃縮ウランの処分に関する米国およびロシアの政府間合意」(高濃縮ウラン合意)を締結した。
ロシアが解体ウランを希釈し低濃縮ウラン(REU)にして米国に引渡し、米国は原子力発電所向けにウラン市場に放出することにした訳である。「メガトン(核兵器)をメガワット(電力)へ」と言われる所以である。これは米国の軍縮政策の一環で、これによって次のようなメリットを期待できる。
(1)解体ウランをロシアから移転することで窃盗や強盗の
リスク を軽減できる。
(2)核軍縮の経済的誘因になる。
(3)ロシア経済が必要としている外貨を提供できる。
(4)米国に需要がある原子力発電所用燃料を経済的価格で調達できる。
(5)ロシア国内で低濃縮化し輸出先を米国に限定することで、兵器級核物質の国際輸送に伴うリスクや国際論議を回避できる。
このように解体ウラン500トンを売却することで、ロシアは向こう20年間に大凡119億ドル(1993年ドル)を期待できる。
核兵器を解体すると兵器級プルトニウムも回収されるが、これはウラン同様(1)から(3)のメリットは期待できても(4)と(5)が成立せず、今までのところ米ロの解体核の取り引きは高濃縮ウランのみに限定されている。
旧ソ連時代1988年に高濃縮ウランの製造を停止したが、1950年以来それまでに少なくとも高濃縮ウラン1,400トンを生産したと見られており、米国が買い取る500トンはその一部に過ぎない。高濃縮ウランは核兵器の他、プルトニウム生産炉、原子力潜水艦推進炉などの燃料としても使用されるので、ロシアの現在保有量は1,250トン程度(1994年現在)と見られるが、その量は明確ではない。備蓄されてきたこれらの軍用高濃縮ウランは、解体ウランと同様に軍縮・核不拡散上、問題になる核物質である。
1998年6月、ロシアは、備蓄されてきた高濃縮ウランをフランス、ドイツの研究炉の高濃縮ウラン燃料用に供給することに合意しており、またスウェーデン、ドイツ、スイスの原子力発電所向けに高濃縮ウランを希釈した低濃縮ウランの供給計画も進めている。先に米国のロシア解体ウランの買い取りは「メガトン(核兵器)をメガワット(電力)へ」として歓迎されたが、ヨーロッパに原子力発電所向けにウラン供給の動きがあり、軍縮・不拡散の視点からのみでなく、エネルギー資源として平和利用の意味でも注目に値する。
2.米国のロシア解体ウランの買い取り
米ロの高濃縮ウラン合意に基づく解体ウランの売買は解体核処分の先駆けとなるもので、米国側はUSECが、ロシア側はテクスナブエクスポルト(TENEX、ロシア原子力省が所管する輸出会社)が実施に当たっている。両社は1994年1月、実施契約を締結している。
この計画で買い取り期間が20年と長いのは、ロシアの低濃縮化の作業能力(当初、年20トン)が大きくないこと、および米国にもウラン市場への影響を緩和しなければならないという事情があったからである。TENEXは1995年6月、低濃縮ウラン第1便6トンの出荷を開始し、米国濃縮公社(USEC)がポーツマス濃縮工場で濃縮度調整の上、同年11月、米国内の原子力発電所向けにウランの供給を始めた。
ロシアは、原子力省(MINATOM)のトムスクにあるシベリア総合化学工場で核兵器を解体、高濃縮ウランを分離し、エカテリンブルグのウラル総合電気化学工場で濃縮度4.4%に希釈している(*2)。
米ロは高濃縮ウラン協定に基づく取り引きを当初5年間は年10トン、その後は年30トンと見積ったが、初年度1995年は製品に品質上の問題もあり、年6トンを超えられなかった。買取価格は、政府間協定で当初、低濃縮ウラン1kg当たり$780と設定された。その後、ロシアの立ち上がりとともに実施状況も好転し、1996年の実施契約改定で1997年18トン、1998年24トン、1999年から2001年までは年30トンに変更した。また、この契約改定で、USECは濃縮分離作業量(SWU:Separative Work Unit)のみ買い取ることにした。この変更によりUSECは、ロシアから低濃縮ウランを受け取ると、その原料(フィード)に相当する量の天然ウランをTENEXに返却することにした。一方TENEXはその天然ウランを市場価格で売却する長期契約をカナダCameco、フランスCOGEMA、ドイツNUKEMの3核燃料会社と1999年3月に締結した。
1996年の実施契約改定時の濃縮分離作業量買取価格は、SWU(kg-
SWU ともいう)当たり$90台の固定価格であったが、その後市場価格が$80台に低下したことを受け、買取価格を市場価格にあわせて変動させる契約に変更する交渉がUSEC、TENEX間で進められ、2002年2月に合意に達した。この契約変更は2002年6月に両国政府の承認を受け、2003年1月から実施に移される(*3)。米ロHEU取引きの進捗状況を
表1 及び
図1 に示すが、2002年9月時点で、累積150トンの高濃縮ウランが4,392トンの低濃縮ウランに転換された。これは6,000発の核弾頭の除去に相当する。
3.解体ウランの市場放出
ロシアの解体ウラン500トンを希釈すると低濃縮ウラン15,259トン(濃縮度4.4%)トンが得られるが、これはイエローケーキ(ウラン精鉱、U
3 O
8 )換算で約18.1万トンと濃縮分離作業量9.2万トンSWU(廃棄濃度 0.30%)に相当する。このような低濃縮ウランおよび濃縮分離作業量が米国に移転され、ウラン市場に放出されるわけである。
他方、米国でも自国の解体ウランなど高濃縮ウラン174トンを余剰と決定しており、そのうち63トンを向こう20年間、USECを通じてウラン市場に放出することにしている(*4)。従って、米ロ分両方を合わせると、向かう20年間に
イエローケーキ (U
3 O
8 )換算で約21.2万トンと濃縮分離作業量約10.2万トンSWUがウラン市場に参入することになり(
図2 および
図3 )、これは世界の
原子炉 (2000年現在435基)を約3年間賄うことができる量である。
また、米ロでは余剰プルトニウムの処分計画も進んでおり、その全部ないしは一部を原子力発電所で燃焼することになると、その分だけウラン需要が置き換えられることになる。さらに両国とも多量の軍用核物質備蓄を抱えており、核軍縮が進むに従って、逐次、余剰分を開放することになると思われる。ウラン市場の大幅な調整が必至と見られる所以である。この余剰在庫の市場放出を考慮すると2000年代の半ばの米国ウラン市場価格(スポット価格)は14〜17ドル/ポンドU
3 O
8 で推移すると予測しており、余剰在庫の放出が市場価格の下げ圧力となるため、1997年〜2010年にかけて米国原子力発電会社は累計で21億ドル〜53億ドルのウラン調達が節約できるとしている。
4.ヨーロッパへの解体ウラン供給
米国のロシア高濃縮ウランの買い取りに比べるとヨーロッパの立ち上がりは遅いが、1996年4月、ロシアは、
EC 管轄の研究炉RHF(グルノーブル研究所)の9年分の燃料用として495kgと、フランスの研究炉ORPHE(サクレー研究所)の6年分の燃料用として約125kgの、合計約620kgの高濃縮ウラン(濃縮度93%)を供給する契約をフランスと締結した。最初の輸送は空輸で行われ、1998年12月28日に、RHFとORPHEのそれぞれ3年分の燃料に相当する227.5kgの高濃縮ウランがフランスに到着した。ロシアはドイツの研究炉FRM-2(ミュンヘン大、建設中)用として400kgの供給にも合意している。
また、ロシアの高濃縮ウランを希釈して低濃縮ウランにし、ヨーロッパの原子力発電所の燃料にするという構想が生まれ、1999年8月、ロシアのエレクトロスターリ社とドイツのジーメンス社が、スウェーデン・ドイツ・スイスの電力会社と契約を取り交わした。向こう5年間、エレクトロスターリ社がMINATOMから毎年1トンの高濃縮ウランの供給を受けて、原子炉燃料を年約30トン加工することにしている。ジーメンス社は、燃料被覆管その他部材と、高濃縮ウラン希釈用としてドイツの使用済み燃料の
再処理 (COGEMAおよびBNFL 委託)で得た
回収ウラン を供給する。ジーメンス社は2001年1月にフラマトム社と合併したが、この計画は合併後のフラマトムANP社に引き継がれている。現在はドイツをはじめとする10以上の原子力発電所でロシアの希釈濃縮ウラン使用燃料が装荷されているか、あるいはその準備が進んでいる。 通常の燃料に比べ割安なため、フラマトムANP社とエレクトロスターリ社は今後10年以内に需要が倍増すると見込んでいる。この方式で、1トンの燃料加工あたり30〜40kgの高濃縮ウランが消費される。なお、この計画で使用されている高濃縮ウランは、原子力砕氷船や原子力潜水艦用として生産されたもので、核弾頭の解体で生じたものではない。
米国の対ロシア政策は核軍縮・不拡散を主目的にしているのに対して、ヨーロッパのアプローチは、これをエネルギー資源と見ているところに違いがあるが、ロシアの高濃縮ウランを買い付けることで結果的に同国の保有量を削減し、核軍縮・不拡散に寄与することにもなるという効果は無視できない。
5.ロシアにおける余剰プルトニウムの処分
余剰プルトニウムの処分法として、原子力発電(加圧水型
軽水炉 (VVER-1000炉)と高速炉(BN炉))の燃料利用がとられる。ロシアではこの国際的処分プロジェクトを実施するため20億ドルの資金協力を要請している。1998年8月のロシア経済崩壊を機に核兵器複合共同体の警備体制が崩壊し、核物質流失の懸念が高まったことなどから、米国のイニシアティブで先進諸国の対ロ支援策が構築されつつある。国際的な議論の場としてはG7(最近はロシアも加えG8)があり、米ロ当事国間では米ロ政府間協議と技術レベルの協議として米ロ独立科学者委員会等がある。
1999年9月ロシアのディミトロフグラードにある原子炉科学研究所(RIAR)では余剰核兵器プルトニウム6kgを使用して同研究所が開発した振動充填技術(バイパック法)により30kgの
ウラン・プルトニウム混合酸化物 (MOX)燃料にされ、同研究所にある高速実験炉BOR-60に装荷された。核兵器プルトニウムが民生利用された世界初のケースである。
余剰プルトニウム処分に関する日本のロシア支援の一環として、核燃料サイクル開発機構(現日本原子力研究開発機構)は上記RIARのバイパック法で解体プルトニウムから
MOX燃料 を作り、ロシアの高速炉BN-600で燃焼させる「BN-600バイパック燃料オプション」の研究協力を1999年5月から進めている。これまでに3体の先行試験用MOX燃料集合体をRIARで製造してBN-600に装荷し、2002年3月に目標燃焼度までの
照射 を完了した。これらの集合体には実際の解体プルトニウム約20kgが使用されており、これだけの量の燃焼処分としては世界最初の実証となった。この燃焼試験の成功により、「BN-600バイパック燃料オプション」の技術的信頼性が実証され、大規模処分への移行の可能性が示された。
一方、2002年1月に米国が自国の解体プルトニウム処分計画で従来検討を進めてきた固定化による処分方式を棄却し、MOX燃料による原子炉燃焼方式に一本化して以来、原子炉燃焼方式に関する米ロ間の調整が積極的に進み出した。その結果、米国が建設するMOX燃料加工施設の設計をコピーした施設をロシアに建設し、ペレット型のMOX燃料として主に軽水炉(VVER-1000)で燃焼させる計画が2002年夏頃から浮上してきており、その実現に向けての関係国間調整が進められている。
[脚注]
(*1) ロシアの解体ウランは濃縮度93%以上と見なければならないが、米国では20%以上を高濃縮ウランと規定しており、処分計画では93.2%〜41.3%の種々のものが対象になっている(文献1)。
(*2) 兵器級高濃縮ウラン(濃縮度93%)を微濃縮ウラン(濃縮度1.5%)で希釈して、濃縮度4.4%の低濃縮ウランを得ている。なお、希釈に用いる1.5%の微濃縮ウランは、濃縮のテイルを
再濃縮 したもので、こうした再濃縮ウランを使用するのは最終製品中の
234 U濃度を制限するためと報告されている。
(*3) USECによるロシア解体ウランの買い取りについては、USECのWebsiteでMEGATONS TO MEGAWATTSを開けば最新情報が得られる。
(*4) 米国は高濃縮ウラン174トンを余剰(1998年2月改定)と決定し、うち 101トンを売却(USECおよびTVA)する計画であり、USECを通して63トンをウラン市場に放出することにしている(文献1)。
<図/表>
表1 米ロHEU取引きの進捗状況
図1 ロシアからの解体ウラン引渡し実績(1995年−2002年)
図2 ウラン市場に供給可能な米ロ余剰ウラン(1997年−2010年)
図3 市場に供給可能な米ロ余剰ウラン濃縮分離作業量(1997年−2010年)
<関連タイトル>
米国の余剰プルトニウム処分計画 (14-04-01-26)
ロシアの原子力政策 (14-06-01-01)
ロシアの核燃料サイクル (14-06-01-05)
<参考文献>
(1) Energy Information Administration: ”Commercial Nuclear Fuel from U. S. and Russian Surplus Defense Inventories: Materials,Policies,and Market Effects”,DOE/EIA-0619,U. S. Department of Energy,Washington,D. C.,May 1998
(2) Williams,C.K. et al: ”Disposition of Excess Highly Enriched Uranium Status and Update”,International Uranium Seminar 97,Nuclear Energy Institute,Monterey,CA.,September 28-October 1,1997
(3) Office of Nuclear Energy,Science & Technology: ”Effect of U.S./Russia Highly Enriched Uranium Agreement 2001”,U. S. Department of Energy,Washington,D. C.,December 2001
(4) US-RUSSIAN MEGATONS TO MEGAWATTS PROGRAM,USEC Website
(5) USEC: ”Government Approve New USEC-Russian Agreement − U.S. and Russia Approve New Market−based Pricing Terms to Convert Warheads to Nuclear Fuel”,USEC News Release, June 19,2002
(6) Nuclear Fuel: ”German-Russian Project Expanding to Blend Weapons HEU with REPU”,Vol. 24,No. 16,pp 1,7-8,McGrow Hill,New York,N. Y.,August 9,1999
(7) Nuclear Fuel: ”Framatome,Elektrostal Looking to Double Business in Down-Blended HEU Fuel”,McGrow Hill,New York,N. Y.,August 19,2002
(8) (社)日本原子力産業会議:原子力年鑑 '98/'99(1998年12月)、p.352-353
(9) (社)日本原子力産業会議:原子力年鑑1999/2000(1999年10月)、p.325-328
(10)日刊工業出版プロダクション:原子力eye Vol.45 No.3、1999年3月号、p.36-40
(11)川太 徳夫:”日露協力による核兵器解体プルトニウムの処分”、Science & Technology Journal,Oct. 2002