<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 宇宙における放射線
<タイトル>
宇宙放射線の影響研究の現状 (09-01-06-06)

<概要>
 航空機乗務員や宇宙飛行士の健康を防護することを狙いとした宇宙放射線の影響研究(宇宙線被ばく研究)に係る取り組みは、被ばくをもたらす物理的な情報の集積・高精度化と、発現し得る生物学的影響の同定・定量化に大きく二分できる。より具体的には、前者については、宇宙放射線環境モデルや粒子輸送計算の精緻化およびそれらを基盤とする被ばく線量評価の信頼性向上、後者については、高LET放射線の低線量率長期被ばくの影響評価およびそれに関与する現象(逆線量率効果、適応応答、バイスタンダー効果等)の機構解明が主要な課題として挙げられる。線質や線量レベルの違いから、航空機乗務員については前者に、宇宙飛行士については後者に重点が置かれている。今後、これらの研究で新たに得られた知見を踏まえて、現行の放射線防護の考え方や管理基準等との整合性に留意しながら、宇宙線被ばくのリスクを適切に評価・管理する技法についての検討が進むと予想される。
<更新年月>
2009年02月   

<本文>
 “宇宙放射線の影響”という言葉が意味する範囲は広い。広義には、宇宙環境で動植物(魚類や昆虫、作物等)に観られる変化や、電子機器や無線通信にもたらす障害の頻度やパターン、地球規模の環境変動に及ぼす影響等も含まれる。本文では、宇宙から飛来する放射線(宇宙線)が人の健康や寿命等に与える影響についての研究に焦点を絞り、これを「宇宙線被ばく研究」と呼称し、概括する。
 地上では、地球の大気や磁場が宇宙線を効果的に遮っているため、宇宙線起源の被ばく線量は他の自然放射線源(大地ガンマ線、ラドン、食品中の40K等)の線量と大差のないレベルにある(文献1)。一方、航空機や国際宇宙ステーション(ISS)で高高度を飛行する場合は、大気による遮蔽が減る分、宇宙線起源の被ばく線量が増加する。さらに高度を増して地球磁気圏の外に出ると、船外活動時の被ばくが顕著に高くなるのに加え、太陽フレアによってGyオーダーの被ばくを受ける潜在的なリスクが生じる。
 宇宙線被ばく研究の目的は、このような、職務遂行のために宇宙放射線の強い高高度の環境に長時間曝される航空機乗務員と宇宙飛行士(文献2)を宇宙線被ばくから適切に防護することにある。なお、観光目的で宇宙へ行く人、いわゆる宇宙旅行者をどう扱うかについては今後の議論を要する。
 現在の宇宙線被ばく研究における主要な取り組みは、高高度の放射線環境や高エネルギー粒子の輸送など物理的情報の集積・高精度化と、人に発現し得る生物学的影響の同定・定量化に大きく二分できる(文献3)。より具体的には、前者については、宇宙放射線環境モデルや粒子輸送計算の精緻化およびそれらを基盤とする被ばく線量評価手法の信頼性向上、後者については、高LET放射線の低線量率長期被ばくの影響評価およびそれに関与する生物学的現象の機構解明が主要な課題として挙げられる。なお、線質や線量レベルの違いから、航空機乗務員については前者の線量評価の高度化に重点を置いた取り組みが主流となっており、宇宙飛行士については後者の生物学的影響、特に宇宙環境の特徴的な成分で人体へのエネルギー付与のパターンが異なる重イオン(He、O、C、Fe等)(文献4)(図1)の生物影響(図2)を観る加速器利用研究が盛んになっている。
 航空機が巡航飛行する高度10〜12kmの宇宙線の線量率は、太陽活動が静穏な平常時においては、数学モデルを用いた計算によって精度よく求めることができる。よって、各乗務員の飛行記録からフライトごとの線量を計算で評価し、それらを記録・積算していくことで、各乗務員の宇宙線被ばく線量を管理することが可能である。このような個人線量データの集積は、将来日本人乗務員の疫学調査研究を行う上で極めて貴重な情報源に成るものであり、長期間継続して行われることが望まれる。
 欧州では1990年代に航空機乗務員等を対象とした大規模な疫学研究が行われ、皮膚がんや乳がんなど特定の疾病について、有意な罹患率の増加を示唆する複数の事例が報告されている(文献5)(図3)。しかし、被ばく線量と罹患率の関係は明らかでなく、航空機搭乗に伴う放射線以外のストレス要因(乾燥、低気圧、振動、閉鎖空間、バイオリズムの乱れ等)の影響が支配的である可能性は否定できない。線量—効果関係に関する統計学的な解析が待たれる。
 航空機乗務員の放射線防護に関わる課題として、巨大な太陽フレアが発生した場合の線量評価がある。太陽フレアがもたらす急激な宇宙線強度の変化は未だ予測が困難で(文献6)、これに対応できる線量評価システムの開発を急ぐ必要がある。
 日本人宇宙飛行士の被ばく線量は、宇宙放射線環境のモデルを用いた予測とNASAが開発したアクティブモニタや個人線量計による実測の両方により評価、照合される。どちらも単独では信頼性に乏しいことがその理由で、特に船壁や人体で二次的に発生する粒子、なかでも20MeV以上の高エネルギー中性子の線量には大きな不確かさがある。
 地球磁気圏外の宇宙放射線環境モデルは、過去の限られた観測データに基づく経験的なもので、月や火星への飛行計画が具体化するのに合わせてさらに精緻化を図ることが必要である(文献7)。具体的には、惑星間空間における銀河宇宙線(GCR)の元素ごとのエネルギースペクトルを精密に把握すること、太陽フレアに伴い高エネルギーの粒子が大量に放出される現象(Solar Particle Event:SPE)の規模や影響を精確かつ迅速に評価できるようにすることがある。SPE発生時に適切な被ばく低減対策の実行を促すシステムの開発も重要である。
 日本人宇宙飛行士の個人被ばく線量は、ミッション期間中身につけていた受動型線量計(TLDおよびCR−39)を帰還後に地上で読み取って評価される。こうした事後対応は、ISSのように軌道が低く比較的短期間のミッションでは妥当だが、1回のミッションに2年以上を要する火星ミッションの場合は、飛行士自身が船内で線量計を読み取り自分で被ばく管理が行えるような線量計を新たに開発する必要がある。
 ところで、国際放射線防護委員会(ICRP)は、He以上の重粒子の生物影響に大きな不確かさがあるとの認識から、その放射線加重係数wRを一律に20で与えている(文献2)。GCRに含まれている重粒子にこのwR値を一律に乗じると線量が非常に大きく評価され、宇宙ミッションを不当に制限する恐れがある。その為、宇宙飛行士の実効線量の評価には、LETの関数である線質係数が用いられている(文献8)。
 生物学的効果とLETの関係を定量化する為、粒子線加速器で生成される高LETのイオンビームを用いた生物照射実験が広く行われている。しかしながら、加速器のマシンタイムや運転コストの制約から、宇宙と同程度の線量率での長時間照射は非常に困難で、照射実験は一般に高線量率で行われる。その結果、地上の実験で発現した影響が宇宙環境でも同様に起こるとは結論づけられない。一方、このような加速器を利用した生物影響研究が進められるなかで、逆線量率効果や適応応答、バイスタンダー効果等の高LET放射線特有の生物学的効果が見出され、現在も活発に研究が進められている(文献9)。
 その他、調査研究の事例としては多くないが、宇宙飛行士の健康に係る疫学研究も行われており、比較的長期間のミッションに参加した宇宙飛行士には白内障の発生頻度が高まること等が報告されている(文献10)。しかし、症例の数がごく限られていることから、宇宙線被ばくが卓越した原因か判別することは難しい。
 今後の動向として、上記した多様な研究で得られた最新の知見を吟味・集約し、現行の放射線防護の考え方や管理基準等との整合性に留意しながら、宇宙線被ばくのリスクを適切に評価・管理する技法を確立するための検討が重要になると考えられる。
<図/表>
図1 銀河宇宙線の主要な核種についてのエネルギー分布
図2 地上で被ばくする機会の多いガンマ線(左)と宇宙で受ける重イオン(右)の細胞に対するエネルギー付与のイメージ
図3 航空機乗務員(CA:客室乗務員、CC:操縦室乗務員、PL:操縦士)における全悪性腫瘍(左)と皮膚黒色腫(右)の標準化死亡比(SMR)と罹患比(SIR)

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<関連タイトル>
自然放射線(能) (09-01-01-01)
航空機搭乗者の被ばく線量 (09-01-05-11)
宇宙放射線の起源 (09-01-06-01)
宇宙放射線の種類 (09-01-06-02)
宇宙放射線の計測 (09-01-06-03)
宇宙放射線による年間被ばく (09-01-06-04)
宇宙放射線の影響研究と意義 (09-01-06-05)
米国自然放射線の疫学調査(アーチャーら) (09-02-07-07)

<参考文献>
(1)町末男、佐々木康人(編):放射線の世界2008、日本原子力文化振興財団(2008)、34-47
(2)ICRP:The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection,ICRP Publ.103,Annals of ICRP Vol.37(2/4),Pergamon Press,Oxford(2007)
(3)藤高和信、福田俊、保田浩志(編):宇宙からヒトを眺めて、宇宙放射線の人体への影響、研成社(2004)
(4)Simpson,J.A.:Elemental and isotopic composition of the galactic cosmic rays,Ann.Rev.Nucl.Part.Sci.33,323-381(1983)
(5)吉永信治、保田浩志:航空機乗務員のがんとその他の疾患−疫学研究による最近の知見−、放射線科学、48(2)、52-61(2005)
(6)Beck,P.,et al.:Validation of modelling the radiation exposure due to solar particle events at aircraft altitudes, Radiat.Prot.Dosim.131(1),51-58(2008)
(7)NCRP:Radiation Protection Research Recommendations for Missions Beyond LEO.Report 153,NCRP,Bethesda,MD(2006)
(8)Yasuda,H.,et al.:Effective dose equivalent in the ninth Shuttle-Mir Mission(STS-91),Radiat.Res.154,705-713(2000)
(9)大西武雄、長岡俊治:宇宙放射線の生物影響研究の重要性、宇宙生物科学 12、5-13(1998)
(10)Cucinotta,F.A.et al.:Space Radiation and Cataracts in Astronauts,Radiat.Res.156(5),460-466(2001)
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