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<概要>
 宇宙放射線の影響の研究には長期間の地道な努力が必要である。目に見えない微細な変化を知るために多数の標本が必要であり、特に100万匹のマウス(メガマウス)の実験が有用である。長期間生体を飼育する努力と、まとまった成果が得にくい等の問題を乗り越えねばならない。特に微小重力下の放射線影響が通常の重力下と異なる可能性があるため、それと取り組むことも、将来の宇宙ミッションを考える上で必要である。地磁気緯度の影響を考えると、極と赤道の差が宇宙放射線強度の最大の差になるが、それでも2倍程度である。
<更新年月>
2005年11月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 宇宙放射線の影響研究は、そのレベルが「種」の生存に影響をもたらす程かどうか、という問題を含んでいる。実際は今まで長年宇宙放射線被ばくにさらされてきた人類が、100万年のオーダー内では何ら影響を受けていないのが実情である。過去にあった様々な大きな「種」としての変動が、各時期の地球磁場が丁度逆転して極めて弱かった時期に一致するという説がある。その時期に宇宙放射線はさんさんと降り注ぎ、その時期に何らかの影響を生命体にもたらし、しかもそれは次の逆転時期まで継続したという説である(図1)。
 地球磁場は地球内部にある高温高圧の流体がある流れの方向に回転することによって発生し、維持されている。個々の場所ではきれいな磁場パターンではないが、全体としては整ったパターンとなる。生物は長年この磁場の中で進化をしてきたので、渡り鳥のように、すっかり磁場に依存するものが出てきたのかも知れない。現存する磁場対流は今から約2億年前から続いているから、その2億年の間に生物種に影響をもたらすものでなければならない。
 宇宙放射線は殆どが荷電粒子である。そして荷電粒子とは磁場によって動き易い方向が決められ、もし磁場がなくなればそのような作用を受けなくなる。この地球磁場の逆転は約100万年の周期で起きているという。これも詳しく見れば、それほどきれいな周期ではなく、全体として周期100万年という程度である。また大陸分布が現在とは大きく違っていた可能性があるので注意が必要である。(大陸は地球内部の対流物質が表面に浮かび、新しい陸が古い陸を押すことによって移動する)。外部から受ける宇宙放射線の強度だけ変動したのではなく、それを被ばくする者の存在場所も動いた、という複雑な系になる。以上はプレートテクトニクスによる説明である(図2)。
 荷電粒子を主成分とする宇宙放射線は地球磁場の影響を受けて、侵入がコントロールされ、生命体の細胞と衝突する。地球を離れた所では宇宙放射線の強度自体は不変と考えてよいから、これが影響するとすれば、現在磁場によって最も妨げている所(磁気赤道)と最も自由に受け入れている所(磁極)を比較する必要がある。もっとも磁極近傍で浴びる宇宙放射線は、決して自由空間でのものと同一でない点に注意せねばならない。
 これらを考えると宇宙放射線の人体影響は、現時点では明らかではなく、様々な傍証によって仮説ができる程度である。長期間に出る影響を知るためには、さらにデータを集めなければならない。そのような研究は残念ながら、今日余り行われていない(図3)。
 したがって今日、宇宙放射線の影響は直接的に調べる方が主流である。線質を論じ、それから影響を論じようという方法である。しかし研究現場では「宇宙」をうっかりすると忘れてしまう傾向がある。途中で見つかる様々な有用な情報に目が行きがちである。その方が成果報告が大量に出る上、評価にも堪え易いためである。100万匹のマウス(メガマウス)を終生飼育して解析するのは、最も大切な仕事かもしれないが、それに10年とか20年を費やすのは大変である。100万匹のマウスを用いてしか出せない結果は常に渇望されるが、実施は困難というのが実情のようである。
 宇宙放射線の影響は、将来人類が遠宇宙にまで進出する場合、必ず問題になるはずである。しかしマウスやラット等の生体を長期間にわたって宇宙放射線レベルで照射しなければ得られない実験も必要である。
 もう一つ重要なものに、微小重力下を支配する法則がある。地上の実験室で行う実験は全て重力下にあるが、これをもっと上方に持っていったらどうかという問題である。宇宙飛翔体の中における実験が問題である。地上と異なるのは、宇宙放射線が多いこと、そこが微小重力環境という2点である。重力が殆ど無いと言う点は薬品などの合成などに影響するかも知れないといわれている。通常は放射線の影響だけを研究していれば宇宙生物学といえるかもしれないが、実際に宇宙を支配するのは微小重力かも知れず、あらゆる場合にそれが影響するのである。
 ところが微小重力については実験がほとんど不可能に近い。もちろん一部で言われているように、回転系の利用による人工重力でこれを解決できるかも知れないが、まだ微小重力に関しては未知である。1年もの長期間宇宙で生活した宇宙飛行士は、帰還直後には支えてもらわないと立てない。2週間程度宇宙にいただけで微小重力の影響を受ける。具体的にはカルシウムが1から4%抜け出てしまう。但しあとで栄養補給することで、殆ど元の値に回復する。2週間程度では放射線の影響はまだ現れない。
 骨からカルシウムが抜けることはロシアが熱心に実験しているが、それは人間を使い、少し頭を上に向けて寝たきり状態で微小重力を擬態し、2ヶ月以上、その姿勢を保つ、というものである。この種の研究でロシアは実に地道な努力をしている。
 牛乳中にあるMilk Basic Proteinをラットに投与すると、放射線単独、放射線+微小重力のいずれのグループでもカルシウム減少を予防する有意な効果が見つかっている。また最近米国NASAで行われているビスフォスフォネートという化合物の投与も減少を抑える。いずれにせよ長期間宇宙に行くことを考えるなら、微小重力下の研究が不可欠である。
 全体として、宇宙放射線は低レベルであり、その影響を見るには長期間をかけ、膨大な試料を扱い、さまざまな傍証組み合わせることが必要である。加速器の大強度放射線ビームを試料に当てて症状を見る放射線影響研究とは異なる。医学利用、特にがん治療の場合、がん細胞を殺すことを目指すが、低レベル放射線の場合、それも宇宙を意識する場合には、健康に生きることができて、その上に、微細な症状の変化を丁寧に調べなければならない。
<図/表>
図1 人類の生命圏の変遷
図1  人類の生命圏の変遷
図2 地球磁場の向きの変遷
図2  地球磁場の向きの変遷
図3 地球外の空間における宇宙線
図3  地球外の空間における宇宙線

<関連タイトル>
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<参考文献>
(1)藤高和信:地上より高いところで受ける放射線被ばく、日本写真学会誌、 67巻6号、550-555、(2004)
(2)西村進:絶対年代測定法、生命の起源と進化、別冊蛋白質核酸酵素、49-59、(1972)
(3)長谷川博一:地球上の放射線、生命の起源と進化、別冊蛋白質核酸酵素、19-27、(1972)
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