<本文>
1.ITER工学設計活動
国際熱核融合実験炉ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)は、
重水素(D)と
トリチウム(T)を燃料とし、その
核融合反応による長時間燃焼を実証するとともに、
核融合炉に必要とされる技術を統合されたシステムにおいて実証し、また、高熱負荷機器・核工学的機器等の総合的な試験を実施することを目的とした実験炉である。ITERの設計活動は、日本・欧州連合(EU)・ロシア・米国の国際的な協力のもとに、1988年から1991年までの概念設計活動として始められ、1992年7月からは、本格的な工学設計活動(EDA:Engineering Design Activity)として、設計及び研究開発(R&D)が6年間にわたって展開された。この期間のEDAにおいては、国際的な設計活動の中心的な組織として共同中央チーム(JCT)を設置するとともに、参加各極内に組織された国内チームが、ITER所長との調整の下で、設計及び工学R&Dを分担実施してきた。なお、プラズマ物理に関するR&Dは、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)のJT-60等、各極のプラズマ実験装置を用いた自発的研究活動として進められた。1992年からのEDAは順調に進展し、その成果は1998年7月の設計報告書として取りまとめられ、当初計画の6年間のEDAを完遂した。
その後、各極とも直ちに建設活動に移行するための経済的・社会的環境が整わず、また、米国は建設サイト国未定の状況等のために米国議会による活動継続の支持が得られなかった(1998年7月から米国不参加)。このため、米国を除く3極(日本、EU、ロシア)によって、装置の建設コストを低減化させたコンパクト型ITERの工学設計を取りまとめるために、EDAを2001年7月までの3年間延長することとなった。EDAの延長期間においては、JCTの作業サイトを那珂及びガルヒンクの2か所に置き、3極からの研究者・技術者約100人が活動を進めている。
図1に、延長期におけるITER/EDAの実施体制を示す。
2.コンパクトITERの概要
ITERのコンパクト化に向けた工学設計においては、当初計画のEDAにおけるR&D等で達成した技術成果やその後のR&Dを通して達成される見込みのある技術に基づいて、大幅なコスト低減(1998年設計報告書による従来型ITER建築コストの約50%を目標)が見通せる装置とする必要があった。コンパクトITERの装置概念については、各極間で幾多の議論を重ね、日本側が一貫して提案してきた「高い磁場のまま、装置寸法を小さくして、パルス運転及び定常運転に対し高密度プラズマの実現を目指す」ことが、小型化に対する基本的な考え方として国際的に合意された。その結果、実験炉としての当初計画の目標は変更することなく、プラズマ性能に係る裕度の見直しに基づいて設定した以下の新たな技術ガイドラインに沿って、コンパクトITERの工学設計を進めることとされた。
核融合におけるコンパクトITERの位置づけを
図2に示す。
(1)プラズマ性能
・エネルギー増倍率Q(核融合反応出力/外部加熱入力の比)が最低でも10以上とし、
自己点火条件(Qが実質的に無限大)の可能性も排除しない。
・電磁誘導方式(変圧器の原理に基づくプラズマ電流駆動の方式)によるD-T燃焼時間は400秒とする。
・電磁誘導方式以外の、高エネルギー粒子ビームや高周波による電流駆動方式を用いることにより、エネルギー増倍率Qが5以上のD-T燃焼定常運転の実証を目指す。
(2)工学性能
・
超伝導コイル、遠隔保守機器等の核融合炉に不可欠な工学技術の実証を行う。
・高熱負荷機器等の炉工学機器の試験及び原型炉用ブランケットモジュールの試験を行う。
中性子壁負荷は0.5MW/m
2以上、中性子積算照射量は0.3MW年/m
2以上とする。
このガイドラインに沿ってコンパクトITERの設計が進められ、2000年1月には概要設計報告書が取りまとめられた。コンパクトITERのトカマク主要部を
図3に、また、主要仕様を
表1に示す。コンパクトITERは、プラズマ主半径(プラズマ大半径ともいう;装置の中心(中心ソレノイドコイルの中心軸)からドーナツ状の真空容器内のプラズマ断面中心までの距離)は6.2m、核融合出力は500MWの装置とされた(1998年設計報告書による従来型ITERのプラズマ主半径は8.14m、核融合出力は1500MW)。
わが国の原子力委員会・核融合会議の下の技術部会によるコンパクトITER概要設計報告書のレビューでは、プラズマ性能及び工学性能とも、技術ガイドラインの目標を達成する上で妥当なものと評価された。他極(EU、ロシア)内のレビューにおいても、概要設計報告書は妥当なものとの評価が得られた。
ITERの機器設計は、工学R&D等で達成した技術成果や現在進行しているR&Dを通して達成される見込みのある技術に基づいて、プラズマ物理の要求を満たすとともに、コンパクトな設計ができるように最適化を行っている。工学R&Dは、実規模級モデルでの性能の確証や製作技術の確立、データベースの蓄積などを目的として計画的に実施してきた。なかでも重要な技術課題を多く含む7つの主要機器については、実規模級モデルの試作開発が4極(工学R&Dについては米国を含む)で分担して進められている。
図4には、4極で開発を進めてきた主要な工学R&Dの分野とその要求性能を示す。わが国はこれらのほぼすべてに参加しており、そのうちの3つの計画(中心ソレノイド・モデルコイル試験、真空容器実規模1/20セクタ試作試験、ブランケットモジュール遠隔保守技術開発)について、幹事極として牽引車的役割を果たした。この外に、プラズマ外部加熱装置(中性粒子入射加熱・電流駆動装置(NBI)、
高周波加熱・電流駆動装置(RF))の開発、トリチウム技術の開発等についても、ITER建設に必要な工学技術の研究開発が着々と進められ、目標性能が達成された。
3.ITERの安全性
ITERは、
核分裂炉(
原子炉)とは異なる以下のような安全上の特徴を持つ。
(1)
連鎖反応がなく核的暴走がない
重水素とトリチウムの核融合反応により中性子とヘリウムが生じるが、これが次の反応を引き起こすような連鎖的核反応は生じない。その代わり、核融合反応を維持するためにはプラズマの圧力や密度を一定のレベルに保つ必要があり、燃料注入や加熱を過大に行うと、プラズマが物理的に固有な限界状態(圧力や密度の限界)に至り出力が低下し、最終的には反応が停止する。プラズマ中に極微量の不純物が混入したり燃料の供給が不足しても、プラズマを維持できず核融合反応は自動的に停止する。このような物理的に固有の性質から、核的暴走を起こすことはない。
(2)
放射化した機器の炉停止後の発熱に対する特別な冷却系を必要としない
核融合反応の結果生まれる中性子により真空容器内部機器(ブランケット、ダイバータ)や真空容器の材料が放射化するが、放射化したこれら機器の核的
崩壊熱の密度は小さく、輻射による冷却のみで除熱できる程度にある。このため、崩壊熱を除去するための特別の冷却系がなくても、機器が熱により損傷することはない。
以上のような安全性の特徴により、核融合出力の増大や除熱機能が失われるようなことがあったとしても、安全性を維持するために特別な設備を必要としない。また、プラズマの急速消滅(ディスラプション)や超伝導コイルの短絡による電磁力等についても、真空容器等に十分な強度を持たせる構造設計や配置設計により対応できる。しかしながら、ITERが比較的多量のトリチウム等の
放射性物質を保有することに鑑み、放射性物質を内包する機器の健全性が損なわれたとしても、それから漏れ出た放射性物質が過度に環境に放出され影響を及ぼすことを防ぐ施設を備える(
図5参照)。すなわち、放射性物質を内包する機器の破損により放射性物質が機器の外部に放出される場合に備えて、当該機器を取り囲む区画を施設内の適切な範囲で隔離し、その区画内の雰囲気をトリチウム除去設備等(非常用雰囲気浄化系、排出ガス処理系)によって浄化した後に排気筒に導くことにより、周辺公衆に過度の放射線被ばくをもたらすことがないようにする。なお、ITERは、建設サイト国の安全規制に適合するために、平常時及び事故時の放射線被ばく線量を含むサイト国の規制要件を満足できるように安全確保が図られる。
(前回更新:2006年3月)
<図/表>
<関連タイトル>
国際熱核融合実験炉(ITER)の概要 (07-05-03-01)
国際熱核融合実験炉(ITER)の装置概要 (07-05-03-02)
ITER計画の経緯−計画全体の経緯と日本の実験炉計画− (07-05-03-03)
ITER計画の経緯−工学設計活動における詳細設計− (07-05-03-04)
ITER計画の経緯−最終設計− (07-05-03-06)
核融合炉の安全性 (07-05-05-01)
<参考文献>
(1)ITER EDA Documentation Series No.16:”Technical Basis for the ITER Final Design Report,Cost Review and Safety Analysis(FDR)”,IAEA(December 1998)
(2)日本原子力研究所那珂研究所(編):「核融合炉をめざして−核融合研究の進展と拡がり−」、平成12年度日本原子力研究所成果報告(2000年11月)
(3)森雅博:「ITER開発の最前線−その実現に向かって−」、平成12年度日本原子力研究所成果報告会−核融合研究の進展と拡がり−発表資料(2000年11月)
(4)日本原子力研究所那珂研究所:
(5)(社)プラズマ・核融合学会:学会誌、特集/ITER工学R&Dにおける成果 vol.75Supplement(1999年5月)
(6)関 昌弘編:核融合工学概論−未来への挑戦、日刊工業新聞社(2002)